EP40. 焼け跡の街
王都カルディエラは、以前とは、まるで違う姿になっていた。
崩れた城壁の一部には、応急の足場が組まれ、槌を打つ音があちこちから響いている。焦げた木材の匂いは、まだ完全には消えていなかったが、それに混じって、新しく運び込まれた資材の、木の香りも感じられた。瓦礫を片付ける人々の額には汗が浮かび、その表情には、以前は見られなかった、不思議な生気が宿っている。遠くから、子供たちの、控えめな笑い声が聞こえてきた。
アズマリアは、馬車の窓から、その光景を、静かに見つめていた。
◇ ◇ ◇
「――随分、変わりましたね」
「ああ。あんたの光が届いてから、皆、何かが吹っ切れたようだ」
隣に座るヴィルヘルムが、静かに答えた。
「絶望していた人々が、また、自分たちの手で何かを立て直そうとしている。……それも、あんたが遺したものの一つだろう」
その言葉に、アズマリアは、少し複雑な表情を浮かべた。
◇ ◇ ◇
馬車が城門をくぐると、そこには、以前とは違う光景が待っていた。
王城の門前に、数え切れないほどの民衆が、詰めかけていた。誰もが、アズマリアの姿を見つけると、静かに、しかし確かな敬意を込めて、頭を垂れていく。
「――アズマリア様だ……!」
「世界を救ってくださった、あの方が……」
その声には、かつての「役立たず」という蔑みは、もうどこにもなかった。
◇ ◇ ◇
「――複雑、ですか」
ヴィルヘルムが、静かに尋ねた。アズマリアは、少し考えてから、正直に頷いた。
「はい。……嬉しくない、と言えば嘘になります。でも」
「でも?」
「この歓迎の声は、私が何かを成し遂げたから、向けられているものです。……役立たずと呼ばれていた頃の私には、決して、向けられなかった声」
その言葉に、ヴィルヘルムは、しばらく沈黙した。
◇ ◇ ◇
「――それは、当然の反応だ」
彼は、慎重に言葉を選びながら続けた。
「人は、目に見える結果でしか、他人の価値を測れないことが多い。……だが、それでも、あんたの本当の価値は、あの辺境の人々が、ちゃんと知っている」
「はい。……分かっています」
アズマリアは、静かに微笑んだ。その微笑みには、これまでの十八年間では決して見られなかった、確かな芯の強さが宿っていた。
◇ ◇ ◇
大謁見の間に通されると、そこには、以前とは、まるで違う光景が広がっていた。
豪奢な装飾の多くは、戦火によって失われている。だが、その分、以前よりも、どこか誠実な空気が漂っていた。玉座に座る国王グランツの姿にも、これまでの威圧的な佇まいは、もうほとんど残っていなかった。
◇ ◇ ◇
「――よく、戻ってきてくれた」
グランツは、玉座から立ち上がると、深く、頭を垂れた。
「アズマリア。そなたの働きにより、王国は、そして、この世界は、滅びの淵から救われた」
「陛下……」
「今更、何を言っても、償いにはならぬだろう。だが」
グランツは、震える声で続けた。
「せめて、その功績に見合うだけの、正式な栄誉を、そなたに贈らせてほしい」
◇ ◇ ◇
その言葉に、大神官グレゴリウスが、静かに一歩、進み出た。以前より、幾分か痩せ、老け込んだように見えるその姿には、深い後悔の跡が刻まれていた。
「神殿としても、正式に、そなたを《至高聖女》として迎え入れたいと考えております」
「至高、聖女……」
「これまでのいかなる聖女位階も超える、最高位の称号です。……我々が犯した過ちへの、せめてもの詫びとして」
◇ ◇ ◇
その申し出に、謁見の間に集まった貴族たちの間から、どよめきが上がった。かつて「役立たず」と切り捨てられた聖女が、今や、王国史上最高位の称号を提示されている――その皮肉な巡り合わせに、誰もが複雑な表情を浮かべていた。
アズマリアは、静かに、その申し出を聞いていた。
◇ ◇ ◇
「――さらに」
グランツが、少し言い淀んだあと、続けた。
「王位継承権についても、検討の余地がある。……そなたほどの功績があれば、王家に迎え入れることに、異を唱える者は、もはやいないだろう」
その言葉の重みに、謁見の間が、再び、水を打ったように静まり返った。
◇ ◇ ◇
アズマリアは、しばらくの間、何も答えなかった。
王都で過ごした十八年間、これほどの評価と栄誉を、一度でも受けられたなら、どれほど救われただろうか――そんな想いが、一瞬、脳裏をよぎる。
だが、その想いは、すぐに、静かな確信へと変わっていった。
「――お答えする前に」
彼女は、まっすぐに、玉座を見上げた。
「一つ、確認させてください」
◇ ◇ ◇
「この申し出は、私という人間の価値を、正しく見てくださった上でのものですか。それとも」
アズマリアの声は、静かだったが、確かな芯を持っていた。
「――《神癒》という、力の価値だけを、見ているのでしょうか」
その問いに、グランツも、グレゴリウスも、しばらく、答えることができなかった。
◇ ◇ ◇
謁見の間に流れる、長い沈黙。
その沈黙こそが、この問いに対する、何よりも雄弁な答えだった。
アズマリアは、静かに、しかし確かな覚悟を胸に、次の言葉を紡ごうとしていた。
この場で告げるべき、自分自身の、本当の答えを。




