Ep18. 四つの光
王都郊外、かつて麦畑が広がっていたはずの平原は、見る影もなく荒れ果てていた。
踏み荒らされた土からは、焦げた匂いが立ち上っている。至るところに魔物の死骸が転がり、腐臭が風に乗って漂ってきた。空は分厚い黒雲に覆われ、時折、遠雷のような地鳴りが大地を揺らす。土埃と血の匂いが混じり合った空気を吸うたび、喉の奥がひりつくような感覚があった。
その平原の先、王都の城壁は、無数の亀裂に覆われながらも、辛うじてその姿を保っていた。城壁に取り付く魔物の群れが、黒い波のように蠢いている。
「――ここが、最後の防衛線か」
ヴィルヘルムが、馬上から険しい表情で戦況を見渡した。
◇ ◇ ◇
辺境騎士団と、魔力を取り戻した三聖女、そしてアズマリアの一行が到着したのは、まさに城壁が突破されようとしている、その瞬間だった。
「――間に合った!」
ハロルドの号令と共に、辺境騎士団が一斉に前線へと展開する。剣戟の音、怒号、そして魔物の咆哮が入り混じり、平原全体が戦場と化していった。
「アズマリア、頼む!」
ヴィルヘルムの声に、アズマリアは即座に頷いた。
「――《神癒》!」
両手を大きく広げ、詠唱を紡ぐ。放たれた光は、これまでとは比較にならない規模で、戦場全体を淡く包み込んだ。傷ついた騎士たちの傷が瞬時に塞がり、疲弊しきっていた兵士たちの足取りに、確かな力が戻っていく。
◇ ◇ ◇
「――これが、《神癒》」
城壁の上で指揮を執っていた将軍が、目の前で起きている光景に、思わず声を漏らした。
範囲治癒。それも、通常の回復術式では考えられない規模と速度。傷を癒やすだけでなく、疲労そのものを取り除き、士気を回復させる。まるで、戦場そのものを『あるべき姿』へと戻していくかのような力だった。
「アズマリアの光がある限り、俺たちは倒れない!」
誰かがそう叫ぶと、それが伝播するように、兵士たちの間に新たな士気が満ちていった。
◇ ◇ ◇
「――エレオノーラ、アロセール、リザ! 前へ!」
ヴィルヘルムの号令に応え、三人の聖女が、それぞれの持ち場へと駆け出していく。
「《紅蓮閃・参式》!」
エレオノーラの詠唱と共に放たれた炎は、以前を遥かに超える規模で、魔物の群れを焼き払った。真紅の髪が炎の照り返しを受けて、燃え立つように輝く。
「頂きます、《轟雷・天穿》!」
アロセールの雷撃が、空を覆っていたワイバーンの群れを、次々と撃ち落としていく。冷静な横顔に、これまでにない確かな自信が滲んでいた。
「行くぞおおおお!」
リザの咆哮と共に放たれた衝撃波が、城壁に取り付いていた魔物の一団を、まとめて吹き飛ばす。
初めて、四人の聖女が並び立ち、それぞれの力を存分に振るう光景が、そこにあった。
◇ ◇ ◇
その光景を、かつてアズマリアを「治療係」「戦力にならない」と嘲っていた兵士たちが、呆然と見つめていた。
「……あいつが、戦えなかったんじゃない」
誰かが、震える声で呟く。
「あいつがいたから、全員が戦えていたんだ」
その言葉が、戦場のあちこちで、小さな波紋のように広がっていく。かつて「役立たず」と切り捨てられた力が、今、この戦場において、誰よりも大きな意味を持っていた。
◇ ◇ ◇
戦闘の合間、アズマリアのもとへ駆け寄ってきたエレオノーラが、荒い息のまま笑いかけた。
「アズマリア、こっちは任せて! あんたは、みんなを癒やすことに集中して!」
「はい……! お願いします!」
「王都で散々、あんたを蔑ろにしてきた私たちが、今更こんなこと言うのも変な話だけど」
エレオノーラは、次の詠唱のために片手を掲げながら、それでも一瞬だけ、まっすぐにアズマリアを見た。
「――ありがとう。今度は、私たちがあんたを守る番だから」
その言葉に、アズマリアの胸の奥が、じんと熱くなった。
◇ ◇ ◇
数刻に及ぶ激戦の末、平原に群がっていた魔物の大半が、討伐、あるいは撃退された。
辺境騎士団と三聖女、そしてアズマリアの力が噛み合った戦いは、誰も予想していなかったほどの戦果を挙げていた。城壁の上からは、生き残った守備兵たちの、歓喜とも安堵ともつかない声が上がっている。
「――このまま、魔王城へ向かう」
息を整えたヴィルヘルムが、地図を広げながら告げた。
「王都を守り抜くだけでは、根本的な解決にはならない。魔王軍の総攻撃そのものを止めるには、その大本を断つ必要がある」
アロセールが、静かに頷いた。
「同感だ。……それに」
「それに?」
「アズマリアの力が、なぜここまで王国の根幹に関わっているのか。その答えも、おそらく――魔王軍側にこそ、隠されている気がする」
その言葉に、アズマリアの胸に、はっきりとした緊張が走った。
◇ ◇ ◇
夕暮れの平原、焼け焦げた大地に沈む夕日を背に、一行は魔王城のある北の方角を見据えていた。
これまでの戦いは、あくまで通過点に過ぎない。この先に待つものこそが、この物語の真の核心――アズマリア自身の力の正体、そして世界そのものの秘密に、直結している。
誰も、まだその全貌を知らない。
だが、確かな予感だけが、一行の胸の内に、静かに、しかし重く根を張り始めていた。




