EP108.同調の訓練
辺境の練兵場は朝から大勢の人間と魔族で埋め尽くされていた。
踏み固められた土の上に円を描く白線が何重にも引かれ汗と革と薬草の匂いが入り混じっている。足音と号令と詠唱の声が重なり合い空気がびりびりと震えていた。頬を撫でる風だけが妙に涼しかった。
共鳴陣に参加する術者を集めてから半月。各地から集まった志願者は既に八十人を超えていた。
◇ ◇ ◇
「皆さん輪の中の隣の人と息を合わせてください」
円の中央に立つセーラの声が練兵場に響いた。教壇に立つ時と同じ落ち着いた口調だった。
「力を出すのではなく受け取るつもりで。共鳴陣で一番大切なのは強さじゃなくて同調です」
その言葉に参列した術者たちが戸惑いながらも隣の者と手を重ねていく。人間の騎士と魔族の若者が互いに探るような顔で目を合わせていた。
「うまくいかないな」
ダリオが輪の外から腕を組んで呟いた。
「力の質が違いすぎる。揃える以前に弾き合っちまってる」
「それが普通だよ」
セーラは苦笑して頷いた。
「最初は誰でもそう。だから同調訓練が要るの」
◇ ◇ ◇
訓練の合間アズマリアは一人ずつの共鳴適性を確かめて回っていた。術者の掌に自分の手を重ねその力がどんな色をしているかを読み取っていく。
「あなたは水の力ですね。とても穏やかで深い」
「そんなことが分かるんですか」
若い魔族の女性が目を丸くした。
「はい。隣に立つ方の力と相性が良さそうです。並んでみてください」
言われた通りに並ぶと二人の掌の間に淡い光が灯った。魔族の女性が小さく息を呑む。
「あったかい」
「それが共鳴です。覚えておいてくださいね」
アズマリアの微笑みに女性は何度も頷いた。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ練兵場の入口が騒がしくなった。見慣れない紋章を掲げた馬車の列が到着したのだ。
「あれは」
ハロルドが目を細めた。降り立ったのは白髪交じりの初老の男だった。
「ブランシュ伯」
アズマリアが驚きの声を上げると伯は丁寧に一礼した。
「話は聞いた。世界を救った方がまた新たな傷に向き合おうとしていると」
彼が振り返ると馬車から次々と術者たちが降りてきた。揃いの外套を纏った数十人だった。
「我が領地の術者を四十人連れてきた。かつて受けた技術の恩を返す時が来たようだ」
その申し出にアズマリアは胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます。何とお礼を申し上げれば」
「礼には及ばん。分かち合う繁栄とはこういうことだろう」
伯は少し照れたように咳払いをした。傍らのヴィルヘルムが口の端を上げた。
「あんたにしては粋なことをするな」
「成り上がりに言われたくはないが」
かつての皮肉に二人は顔を見合わせて笑った。
◇ ◇ ◇
夕暮れ練兵場の人影がまばらになった頃アズマリアは訓練の記録を整理していた。参加者は百二十人に達していた。
「目標の人数には届きましたね」
「ああ。だがまだ足りない部分がある」
ヴィルヘルムが記録を覗き込んだ。
「揃えるだけなら何とかなる。問題は全員を一つに結ぶ結節点だ」
「はい」
アズマリアは小さく頷いた。かつては自分一人がその役を担った。だが今回の規模ではおそらく一人では支えきれない。
「複数の結節点を置く方法をフェリクスさんたちと考えています。ナディアさんの島の技法が使えるかもしれません」
その時館から駆けてくる足音が響いた。エリアーナだった。
「お母さま!」
息を切らした娘は不安そうな顔でアズマリアの袖を掴んだ。
「また夢を見たの。今度はね歌が聞こえたの」
「歌ですか」
「うん。すごく悲しい子守歌。知らない歌なのにどうしてか懐かしくて」
その言葉にアズマリアはヴィルヘルムと視線を交わした。
夢は日ごとに鮮明になっている。異界からの声が確かな形を取り始めているのだ。
その歌が誰のものなのか。答えはまだ夜の闇の向こうに沈んでいた。




