EP107.集う者たち
辺境伯館の大広間には各地から集まった人々の熱気が満ちていた。
長机の上には茶と焼き菓子が並び甘い香りが湯気とともに漂っている。窓の外では春の風が木々を揺らし廊下を行き交う足音と低い話し声が絶え間なく響いていた。
南方の大陸から戻って十日。アズマリアたちの呼びかけに応じ王国と魔族領と島々の代表が一堂に会していた。
◇ ◇ ◇
上座に立ったアズマリアはまずセレーネから聞いた話を丁寧に伝えた。虚無が異界の助けを求める声だったこと。そこへ続く道が南方の祭壇に残されていること。
広間は水を打ったように静まり返った。
「虚無が助けを求める声だったとは」
最初に口を開いたのはガルシュタインだった。深い紫の瞳が静かに揺れている。
「我らが千年耐えてきたものは叫びだったというのか」
「はい。ですから敵として退けるのではなく癒やすべき相手として向き合いたいのです」
アズマリアの言葉に魔族の長老たちの間から複雑なざわめきが広がった。
◇ ◇ ◇
「簡単に頷ける話ではないだろう」
アロセールが静かに口を挟んだ。
「千年の苦しみを背負ってきた者たちの前でその原因を助けろと言うのだから」
「分かっています」
アズマリアは正面から魔族の長老たちを見つめた。
「許してほしいとは言えません。ただ私は知ってしまった以上目を背けたくないのです」
長い沈黙の後ガルシュタインが静かに息を吐いた。
「そなたはいつも我らが選べなかった道を示す。……よかろう。我らも協力しよう」
その言葉に広間の空気がようやく動いた。
◇ ◇ ◇
話し合いは具体的な準備へと移った。異界への道を開くには多くの属性の力を一つに束ねる必要がある。
「共鳴陣を組むことになるだろう」
フェリクスが古い図を広げながら説明した。
「かつて世界の傷を癒やした時のように属性の異なる力を円環状に配し中心に結節点を置く術式です。ただ今回は規模が段違いになります」
「どれくらいの人数が要る」
ヴィルヘルムの問いにフェリクスは慎重に答えた。
「最低でも百を超える術者が必要かと。さらに祭壇の図面を読み解く者も」
「百人か」
リザが腕を組んで唸った。
「集められないことはないけど。時間はかかりそうだね」
「ええ。でも焦ることはありません」
アズマリアは落ち着いた声で応じた。
「準備を整え確かな形で臨みましょう」
◇ ◇ ◇
会議は夕刻まで続き役割分担が決まっていった。エレオノーラが神殿の術者を取りまとめアロセールが術式の理論を整理する。リザは島々との連絡を担い癒しの旅団の若者たちが各地を回って協力者を募ることになった。
散会後廊下に出たアズマリアのもとへ小さな足音が駆けてきた。
「お母さま!」
エリアーナだった。後ろからノアハルトがよちよちとついてくる。
「お帰りなさい。会議は終わったの」
「ええ。待たせてしまいましたね」
アズマリアが娘を抱き上げるとエリアーナは少し迷うように口を開いた。
「あのねお母さま。変な夢を見たの」
「夢ですか」
「うん。真っ暗なところで誰かが泣いてるの。小さな声でずっと助けてって言ってるのに誰にも聞こえないみたいで」
その言葉にアズマリアの背筋が冷たくなった。
◇ ◇ ◇
その夜アズマリアはヴィルヘルムにエリアーナの夢の話をした。
「異界からの声が届いているのか」
「分かりません。ただあの子は繋がる力の資質を持っています。もしかすると私たちより先に感じ取っているのかもしれません」
ヴィルヘルムは静かに窓の外を見つめた。
「ならあまり待たせない方がいいな」
「はい」
眠るエリアーナの寝顔を見つめながらアズマリアは小さく息を吸った。
助けを求める声は確かに近づいている。準備を急ぐ日々がこれから静かに始まろうとしていた。




