EP101.南方への相談
辺境伯館の会議室には朝の光が差し込んでいた。
机に広げられた地図のインクの匂いに混じって暖炉で淹れた茶の香りが漂っている。窓の外からは鳥の声と水路の音が穏やかに響いていた。
机を囲むのはアズマリアヴィルヘルムそしてフェリクスとリザだった。
「南方の話詳しく聞かせてください」
アズマリアの問いにリザは懐から古い海図を取り出した。
「島の漁師たちが言うには遥か南に未知の大陸があるらしい。何度か漁船が流された話も伝わってる」
「流された、というのは」
「うん。嵐で航路を外れてたどり着いた者がいるって話。でも戻ってきた者は少ないみたい」
その報告にフェリクスが興味深そうに身を乗り出した。
「危険を伴う航海になりそうですな。……ですが、もしそこにも、虚無の残滓が眠っているなら」
「調べる価値はある、ということですね」
アズマリアの言葉にヴィルヘルムが慎重に頷いた。
「焦る必要はない。まずは情報を集めることから始めよう」
◇ ◇ ◇
その提案を受けリザとナディアがさらに詳しい調査を進めることになった。
数週間後国境の交易地に戻ったリザが新たな知らせを持ち帰った。
「島の古老から話を聞けた。その南方の地には虚無とはまた違う力が眠っているかもしれないって」
「違う力、ですか」
アズマリアの問いにリザは慎重に答えた。
「詳しくは分からない。ただ古い伝承では世界の傷を癒やす者とは別にその傷を見守り続けた者がいるらしい」
その話にフェリクスが古い記録を漁りながら唸った。
「聖樹の記憶にも断片的な示唆がありました。……神々がこの世界を去った後もどこかに見守り手が残されたという一節が」
◇ ◇ ◇
その報告を受けアズマリアは静かに考え込んだ。
「もしその見守り手がまだ存在するなら会ってみたいです」
「危険かもしれないぞ」
ヴィルヘルムの心配にアズマリアは静かに微笑んだ。
「分かっています。でも知ることを恐れていては何も始まりません。……それに」
彼女は窓の外エリアーナとノアハルトが遊ぶ庭を見つめた。
「この子たちが生きていく世界のことを少しでも多く知っておきたいんです」
その言葉にヴィルヘルムは深く頷いた。
「――なら、俺も、一緒に、確かめに行こう」
◇ ◇ ◇
準備は慎重に進められることになった。まずは小規模な調査隊を組織し危険の有無を見極める。セーラとダリオも志願した。
「あたしたちも連れて行ってください」
「経験は積んできたつもりだ」
二人の申し出にアズマリアは少し考えてから頷いた。
「分かりました。……でも無理は禁物です」
その言葉に二人は力強く頷いた。
◇ ◇ ◇
出発の準備が進む中ガルシュタインからも思わぬ申し出があった。
「我らの中にも古い伝承を伝え継ぐ長老がいる。彼の知識が役立つかもしれぬ」
「ぜひ、お力を、お借りしたいです」
アズマリアの答えにガルシュタインは深く頷いた。
「千年前の真実が明らかになったように今度は南方に眠る謎が解き明かされる番かもしれぬ」
その言葉に一同は静かな高揚を覚えた。
◇ ◇ ◇
夜辺境伯館の窓辺でアズマリアは南の空を見上げていた。
「――どんな場所なんでしょうか」
「さあな。だが、きっと、また、新しい、出会いが、待ってるんだろう」
ヴィルヘルムの言葉にアズマリアは静かに頷いた。
世界の広がりはまだその果てを見せていない。この物語はまだ新しい地平へと歩みを進めようとしていた。
南方に眠るという見守り手の正体とは何なのか。その答えを求める旅がこれから静かに始まろうとしていた。




