(38)ほんとにそれだけだよ?
国道を渡って、いつもの坂道。朝日に照らされている。
並んで歩く結城君を、私は隣から見上げる。
(本物、だよね。)
さっきは本当にビックリした。
今朝は明け方に目が覚めて、早めに準備を済ませて、お母さんと光生と三人で朝食を食べていた。
「ほとんど食べてなかったんだから、ゆっくり食べなさい。」
お母さんがそう言ってくれて、トマトのスープを少しずつ飲んだ。
取れたてのトマトは生で食べるのが一番美味しいけど、今朝はやさしい味のスープがありがたかった。
(いつもより早いから、結城君の家まで迎えに行っちゃおうかな。)
私は覚悟を決めていた。
もう迷わない。
どんなに傷つくことになっても逃げないって決めた。
(ふふっ、でもそんなの言いわけだけど。)
結城君に一秒でも早く会いたい。
いつも結城君からもらっていたパワーが枯渇して、元気が出ないから。
(たった二日なのに。)
一昨日の朝、結城君の前から逃げ出して、その後と、昨日と、会えなかったのは二日だけ。
以前は二日くらい、なんてことなかったのに、どんどん欲張りになっている。
玄関の呼び鈴が鳴って、お母さんが立っていった。
うちは朝から人が来るのは珍しくなくて、近所の人が取れたばかりのお野菜を持ってきてくれたり、JAや試験場の人が来たりする。
でも今朝はずいぶん早い。
玄関で男の人が話しているのが聞こえてきた。
お母さんが、いつもより少し高い声で応じている。
「まあ、ゆうきさん?」
たしかに、そう聞こえた。ご近所にゆうきさんなんていたっけ。
(えっ、結城君のこと?)
そっと席を立って、ドアのところから玄関に通じる廊下に顔を出す。
「いえ、あの、詩織さんに」
結城君が、いた。
驚きのあまり、廊下に飛び出しちゃった。
「ゆ、結城君、ど、ど…」
いろんな気持ちが混ざり合って、言葉がこんがらがった。
「迎えに来たぞ。」
普段通りの柔らかな口調でそう言われて、私は気を失いそうになった。
かっこよすぎるよ、結城君。
大慌てで洗面所に行って歯を磨いて、髪を整えて、部屋に戻って、鞄を持って。
最後に、部屋の姿見でもう一度チェック。
顔は真っ赤だけど、そんなこと気にしていられない。
玄関に戻って、靴を履いて、引き戸を開ける。
結城君は朝日の中に立っていて、ゆっくりと私の方に振り向いた。
(な、なんて言おう)
今さら「おはよう」もおかしいし。
それに結城君の顔がまともに見られなくて、もじもじしちゃった。
「久しぶりだな。」
さっき私が思っていたことを、結城君が言ってくれた。
「うん。たった二日なのに。」
うれしい。うれしい。うれしい!
「少し痩せたか?」
自分ではわからないけど、そうかもしれない。
「今朝までほとんど食べられなかったから…。」
「ばかだな。」
ほんとだね。
昨日の夜、ナッちゃんにも言われたなあ。
今、私は結城君と二人で、駅までの道を歩いている。
「昨日ね、陽菜ちゃんとナッちゃんが来てくれたの。」
「ああ、知ってる。うちにも来た。」
「えっ、結城君のお家に?」
「そうだよ。驚いたよ。」
「そ、それで…?」
あの子たち、結城君に何を言ったんだろう。
「うーん、巾着の進捗を聞かれたから、まだ手をつけてない、って答えといた。」
「え。」
それだけのはずはないけれど、結城君はそれだけ言って黙っちゃった。
(ふふっ、もう。)
かっこいいところも、かわいいところもある、結城君。大好きだよ。
それから、二人はずっと黙ったまま、電車に乗った。
いつも通りの時間が戻ってきて、私にはそれがとても嬉しく思えた。
昼休み――。
学食では当たり前のように、私への「取り調べ」が始まった。
「それで、それで?」
陽菜ちゃんが肩をぶつけてくるから、お味噌汁のお椀を取ることさえできない。
「うん。」
今日は素直に自白します。
「朝ね、結城君がうちまで迎えに来てくれたんだ。」
「「えーっ!」」
三人が叫ぶから、またお隣の席の子たちの手が止まった。
「やるなあ、直人。」
「で?で?」
ナッちゃんと陽菜ちゃんは、少し声量を押さえてくれた。
「うん、一緒に学校に来た。」
ずっこける三人。
聞きたいことはわかってるけど、なんて説明すればいいかわからないんだもん。
「えっとね、最初に『久しぶりだな』って言われた。」
「それってあれよね、『たった二日の間だったけど、俺には長く感じたぜ』ってことよね!」
「落ち着けよ、陽菜ー」
ナッちゃんは笑っている。
「落ち着けないわよっ!それから?なんて言われたの?」
陽菜ちゃんはテーブルの上のA定食に見向きもしない。
「うーん、『少し痩せた?』って聞かれた。あと、ばかって言われた。」
「ちょっとー、詩織、そんなんじゃ全然わからないわよ。」
だって照れくさいし、わからないように話してるんだよー。
「そんなこと言われても、ほんとのことだよ、陽菜ちゃん。」
「あー、そういうこと言うのね?」
「あ、そうだ。」
「なになに?何か思い出した?」
「陽菜ちゃんとナッちゃんが結城君の家に行ってくれたこと、聞いたよ?」
「あ、違うのよ、詩織、おせっかいなことするつもりじゃなくてね、ナッツがさ」
陽菜ちゃんがナッちゃんに話を振った。
ナッちゃんは定食のハンバーグを割り箸で切っているところだったんだけど、驚いた拍子に割り箸がバキッて折れた。
「あー、陽菜あ、あたしのせいにするなよ。」
「ナッツが『直人の家にも行くか』って言ったんじゃない。」
「そうだけど、陽菜こそノリノリで、直人に告白を強要してたじゃん。」
「な、なに言ってんの、あれは、その、結城君にちゃんと覚悟を決めてもらおうと」
(ふふっ、結城君が言いにくそうにしてたの、そのことかあ…)
「陽菜、あそこで直人がほんとに告白してきたらどうするつもりだったんだよ。」
「そんなことになるわけないでしょ!」
「まあな、直人のやつ、ポカンとしてたもんなあ。」
「ナッツだって『いいのかあ、ラストチャンスだぞー』って煽ってたじゃない。」
「いやあ、ヒントくらい出してやらないとフェアじゃないかなと思ってさ。」
なんとなくだけど、だいたいやり取りの様子がわかってきた。
二人して結城君をからかった、ってことだよね?
「穂乃果ちゃん、そのお魚、美味しそうだね。なんのお魚?」
穂乃果ちゃんの今日のお昼は焼き魚定食だ。
「うん、マアジって書いてあった。美味しいよ。一口食べる?」
「うん、ありがとう。…あ、ほんとだ、美味しい。」
陽菜ちゃんとナッちゃんの夫婦漫才を無視していたら、二人はさらに暴走していった。
「だけど陽菜、正直なとこ、直人のことけっこう気に入ってるじゃん。」
「うん、それはまあね。」
「ちょっともったいなかったって思ってないか?」
「そんなことないわよ。もしかしたら告白してくれたかもしれない男子が、親友の彼氏になるのよ?素敵じゃない。」
「あー、そうなるんだ。陽菜、そんなに屈折してて大丈夫か?」
「なによー、屈折って。そんなことより、詩織、呑気にご飯食べてないで続き聞かせてよ。」
あ、戻ってきた。
「続きはないよ?それだけだもん。」
「それだけなわけないじゃない。いよいよクライマックスでしょ?」
「ううん、ほんとにそれだけだよ?あとは二人とも黙って学校まで来たよ。」
「ほんと、直人ってヘタレだな。」
と呆れるナッちゃん。でも陽菜ちゃんの反応は全然違う。
「えー、やっぱりかっこいいわね、彼。『もう言葉なんかなくても伝わるだろ?』ってことよねっ!」
キレイな瞳をキラキラさせている。
陽菜ちゃんはときどき男の子っぽい声色でセリフを挟むんだけど、結城君に全然似てない。
穂乃果ちゃんにはツボだったらしくて、「あははは」って珍しく大きな声で笑っていた。
予鈴が鳴って、お昼休みが終わった。
席に着くと、ポケットでスマホが震えた。
『放課後、ちょっと付き合ってもらっていいか?』
結城君からのメッセージだった。




