(30)私がいてお邪魔じゃない?
文化祭二日目の朝は、いつもと同じ二年二組の教室に登校した。
私のクラスの教室なのだけど、今日は文芸部に割り当てられた展示室になっている。
いつも部室として使っている理科実験室は、理科学部が展示と実験の実演に使うので、私たち文芸部は教室棟三階にある教室に移動してきた。
昨日の夕方、机を片側に寄せて展示スペースを作ったり、七枚のイラストポスターを飾ったりしたから、普段の教室とはまるで雰囲気が違う。
中央には作品集と絵葉書のセットを売る大きなテーブル。
六つの机を寄せ合わせて、テーブルクロスを掛けたものだ。
その右には歴代の先輩方が制作した作品集のバックナンバーを読めるコーナー。
左側には現役の部員が、県のコンクールに出品した作品や、漫画パートの人たちが作った同人誌などを読めるコーナーになっていて、椅子も何脚か並べてある。
私のブックカバー売り場は教室の隅っこに、机を一つ置いて、
『文芸部員が手作りしたブックカバー 200円』
と貼り紙をした。
結城君と一緒に、十個のブックカバーを完成させた翌日、伊智加先輩に見せたら、
「あら、いいじゃない!」
と褒めてくれた。
「材料費はいくら?」
と聞かれたので、結城君にお願いして「材料費」だけを切り分けて作ってもらった領収書を見せた。
「え、安いわね。」
十個売れたとすると、一個二百円以下でも利益が出る。
「はい、知り合いの店で売ってもらったので。」
「ふーん。じゃあ、二百円にしよっか。作品集が三百円だから。」
「そうですね、わかりました。」
そんな風に決めた値段だけど、いざ売るとなると心配になる。
小さな三日月が刺繍されているだけのシンプルなデザインだし、文芸部員でも読書はスマホでする人がほとんどで、文庫本を持っている人は少ない。図書室に来る人も多くないし。
(でも、全部売れなくても売れ残りは自分で買い取ればいいもんね。)
それは作る前から決めていたことだった。
「詩織ちゃん、おはよー!」
華ちゃんが登校して、真っ先に私のところに来てくれた。
「おはよう、華ちゃん。」
「昨日の、すごかったねー!凛空君がシナリオ書いてたから内容は知ってたけど、正直言って舞台として成立するとは思ってなかったんだ。」
「えー、そうなの?」
「うん、ああいうのって、クオリティ勝負じゃない?可愛い子が四人出るって前評判は高かったけど、それだけかな、ってあんまり期待してなかったのよ。でも最初にあの子、朝倉さんが出てきた時、客席がどよめいてたもん。」
「うん、すごい歓声だったよね。」
「パロディーとか物真似とか、そういうレベルじゃなかったよー。テレビシリーズが見たくなるくらいで」
その時、後ろから華ちゃんの両肩をガシッと掴んだのは伊智加先輩。
「はーなーちゃーん、今はおしゃべりの時間じゃないわよねえ。」
「あ、伊智加先輩、おはようございます、はい、いま準備します!」
華ちゃんは、そのまま伊智加先輩に連行されていった。
(ふふっ、連れていかれちゃった)
教室の中には二十人くらいの部員がいて、段ボールから作品集を出して並べたり、非売品の冊子や作品集のバックナンバーを展示したり、慌ただしく開場の準備を進めている。
私も、持ってきた紙袋から、ビニールに包まれたブックカバーを取り出して、机に並べた。
(あ…こういうこと…かな)
結城君の気持ちが少しわかったような気がした。
「何もないから元気がない」って結城君は言っていた。
昨日も開演までの間、すごくつまらなさそうにしていた。
今、文芸部では、作品集に名前が載っている人たちや、自分の作品を展示している人たちが、特別な思い入れを持って手を動かしている。裏方の私とは違う。
私だけ、ぽつんと取り残されているような寂しさを少し感じる。
ブックカバーを出品することにしたから、作品集の「売り子」のシフトは減らしてくれた。
「売り子」をする時間や、休憩の時間は、ブックカバー売り場は閉店することになっている。
休憩時間以外はこの教室にいるということだし、文芸部の活動をずっと見ていられるのだから、独りぼっちではないのだけど。
結城君は孤独な作業で衣装を仕上げた。
みんな、その出来栄えに驚いたし、結城君に感謝もした。
だけど結城君は、もっといいものにしたいと考えていたし、みんなと一緒に作り上げるような「一体感」の中にいたかったのかもしれない。
私は、彼の寂しさに気づいてあげられなかった。寄り添ってあげられなかった。
目の前に並べたブックカバーをひとつ手に取った。
結城君に教わって刺繍した三日月は、笑っているようにも、泣いているようにも見える。
大きさや輝きを増して満月に向かう月でもあるし、やせ細って消えていく月でもある。
(満月になる三日月だったらいいな。)
いくつかでも売れたら、結城君に嬉しい報告をして感謝を伝えたい、と私は思った。
最初のお客さまは、陽菜ちゃんとナッちゃんだった。
招待試合の前に立ち寄ってくれたみたいで、バドミントン部のユニフォーム姿。
すらりと伸びた白い美脚を惜しげもなく露わにしている。
二人が入ってきただけで、教室がパッと華やいで、空気が変わった。
「お嬢さん、ひとつくださいな。」
陽菜ちゃんが可愛くおどけて、百円玉を二枚渡してくれた。
「ありがとう、陽菜ちゃん。」
「あたしも。」
ナッちゃんも買ってくれた。
「ありがとう、ナッちゃん。」
陽菜ちゃんはさっそくビニールを開けて、ブックカバーを取り出して広げた。
「すごくきちんとできてるわね。これに入れる文庫本買わなきゃ。」
「ブックカバーに入れるために本を買うの?逆じゃない?陽菜ちゃん。」
「詩織、何言ってるの。今や紙の本は新しい読書スタイルよ?ファッションよ。いたっ」
陽菜ちゃんの後頭部を、ナッちゃんがペチッと叩いた。
「言い過ぎだよ、陽菜。でも、たしかにいいな、これ。あたしも使うよ。」
ナッちゃんの読書姿はちょっと想像できないけど。
「言っとくけど、あたしけっこう本読むんだからな。」
心を読まれちゃった。「えへへ」と笑ってごまかしておく。
二人は、試合まで時間がないようで、すぐに教室を出て行った。
文芸部に、静かでまったりとした時の流れが戻った。
今日は金曜日だから、他校の生徒や来賓客はとても少ない。
来てくれるのは部員の友達や同級生がほとんどだから、お客さんが一人もいない時間もあった。
(結城君は来てくれるかなあ。)
結城君は部活に所属していないので、今日明日は自由登校。
学校に来てもいいし、来なくてもいい。
「ちょっと行くかもしれない。」
って昨日は言っていたけど…。
それも「高校に行くかも」という話であって、文芸部にではない。
(考えてみたら、結城君には文芸部に来る理由なんてないもんね。)
たまたま、前の席の私と、隣の席の渡辺君が文芸部、というだけ。
ブックカバーの売れ行きなんて気になるはずもない。
私は勝手に「結城君と作った」と思っているけど、結城君からしたら「少し教えただけ」だろうし。
明後日の日曜日の午後、クラスの「打ち上げ」があるから、その時にいくつ売れたか報告しようっと。
そんなことをボーッと思いながら、ブックカバー売り場にちんまりと座っている私。
(えへへ)
そっと売り場にしている机を撫でる。
昨日の準備の時、どさくさに紛れて結城君の机を借りちゃったのだ。
机の左上に「3-5」というシール。昨日、机を元の位置に戻せるように最初に貼った。
廊下側から三列目、前から五番目、という意味で、私の机は「3-4」。
たぶんどこかに片づけらているか、展示台に使われていると思う。
「詩織ちゃん、お昼行こっ!」
気がつくと、目の前に華ちゃんと渡辺君が立っていた。
「あ、うん!」
そう返事をして、机に乗せたブックカバーは紙袋へ。
前に貼った貼り紙は折り返して机の上に乗せた。
「あっ、私も買わせてもらっていい?」
「うん、もちろん!」
「売り切れちゃって困らない?」
「あはは、そんな心配はいらないよー。」
二百円をもらって、ブックカバーを渡す。
これでやっと三つ売れて、残りはまだ七個もある。
「学食でいいよね。」
「うんうん。」
今日は学食も営業してくれている。
三人で廊下に出て、
「私がいてお邪魔じゃない?」
と聞いたら、華ちゃんは「そんなことないよー」と笑ってくれた。
「ね、凛空君。」
「うん、僕も氷見さんにブックカバーを作った時の話とか聞きたいしね。」
「そうだよね、詩織ちゃん、頑張ったもんね。」
二人は普段のお昼は一緒に食べてないけれど、別に交際を隠しているというわけでもなくて、華ちゃんがクラスの子たちと食べるからみたい。渡辺君は、パンを買ってきて教室で本を読みながら昼休みを過ごしている。
(あっ)
渡辺君には私が結城君の机を借りてることがバレちゃうかもしれない。
だって、渡辺君の机には「2-5」ってシールが貼ってあるから。
(渡辺君はそんなこと気にしないか。)
気づいたとしても、言いふらしたり、からかってきたりしないだろうから安心だ。
と、思っていたのだけど。
「氷見さんが使ってる机ね、結城君のなんだよ。」
「そりゃそうよね。私の絵葉書の下の机も凛空君のだもん。」
「あはは、そうなんだ。」
「うん、そんなのあたり前。」
なんて会話を前でしていて、顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
(あれ…渡辺君も気づいてるってこと?)
そういえば陽菜ちゃんが「クラスのみんなが知ってる」って言ってたけど、あながち嘘ではないのかも。
眩暈がしたような気がして、コケそうになっちゃった。




