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(29)そうかそうか

 甲斐高校の体育館は異様な雰囲気に包まれていた。

 一段高い舞台を使う時は「講堂」と称することになっているから、今日は講堂というべきなのだが、生徒たちは通常「体育館」と呼んでいる。


 三日間の文化祭の、初日を迎えていた。

 初日は講堂の出し物に限られていて、生徒は自由参加だから、客席はスカスカ、というのが通例なのだが、今日は超満員になっている。


「続きまして、二年二組のステージです。『戦隊ヒロインショー 頑張れ!ニクミ戦隊ビューティーフォー』」


 進行役のアナウンスが終わらないうちから、大きな歓声が沸き上がった。

 美少女四人が戦隊ヒロインに扮して登場するのは事前に校内に知れ渡っていたから、最注目の演目として期待されているようだ。


「ちぇ」


 俺は最前列の「関係者席」という場所に座らされていた。


(おかしい…なんでこんなことに…)


 悪役の衣装担当の千倉と藤崎さんは、ギリギリまで「怪人」の衣装の着付けで控室にいて、今も舞台(そで)緞帳(どんちょう)が開くのを待っている。

 なのに、俺はまるで出演者から遠ざけられるように、関係者席に座っているのだ。


「みなさーん、こんにちはー!」


 手を振りながら緞帳の前に登場したのは、放送部の三村さん。


「あれー?元気がないなあ。こんにちはー!」


と観客を(あお)ると、「こんにちはー」と観客が応じる。

 黄色い歓声も、笑い声も、そして野太い叫び声も混じっていた。


 隣の席で氷見も大きな声を出していた。


 「関係者席」に座っているのは、衣装班の俺と、シナリオ担当の渡辺と氷見の三人。

 大道具班は舞台袖にいるし、小道具班は普通に観客席から観ている。


 俺が戦隊の四人から遠ざけられているのは、今日が初めてではない。

 練習の時も、舞台稽古の時も、俺は招集されなかったのだ。


 もちろん、俺だって手をこまねいていたわけではない。


「俺も行ったほうがいいよな。」


と、千夏には何度も言ったのだ。


「直人はいいよ。あたしたちは自分で着れるしさ。」


とか、


「いや、直人にそこまでさせるのは悪いよ。」


とか、千夏らしくもない「遠慮」の言葉で断られた。


 朝倉さんが天使のような微笑みで、


「結城君、素敵なコスチュームを作ってくれてありがとう。」


と言ってくれたのはもちろん嬉しかったが、それっきりである。


 俺が作った衣装なのに、初めて着用された姿を見るのが「当日の本番」なんて納得いかない。


「あーっ、お姉さんのお友達の彩乃ちゃんが捕まっちゃってる!これはきっと悪の組織カイカイ団の仕業(しわざ)ね!」


 さすがは放送部。三村さんは流れるようなセリフ回しで、観客の目を舞台に引きつけていく。


 体育倉庫を模したようなセットが舞台に設けられ、テニスウェアの少女が跳び箱に括りつけられていた。

 テニス部の長谷川さんだ。

 健康そうな太腿がまぶしい。


 そこに怪人たちが登場。


「今日こそはあのにっくき戦隊ヒロインたちをやっつけてやるのだ!」


 あまりの棒読みに、客席からは笑いも起こるが、それも計算通り。

 シナリオに「棒読みで」とト書きされていた。


「みんな、こういう時は大きな声で助けを呼ばなきゃねっ!ビューティーフォーをみんなで呼ぼう!」


 観客のほうも、自分たちを巻きこみながらショーが進んでいくのを理解して、きちんとお約束通りの叫び声を唱和する。


「「ビュー!ティー!フォー!」」


 袖から舞台中央に走り出てきたのが、ビューティーシルバーこと朝倉さんだ。


(うん、たしかに完璧に着こなしてる。)


 レオタードの白銀のラメが照明を浴びてキラキラと輝いている。

 白いマントを華麗になびかせてくるりと一回転すると、ミニスカートのスリットからは白タイツのきわどい部分がチラリと見えた。

 銀テープをあしらった白手袋も、白の地下足袋も、コスチュームによく馴染んでいる。


(スタイルいいなあ、朝倉さん…)


 腰に巻いた黒いベルトは、引き締まったウエストを強調しているし、金色に塗ったバックルも、胸元の戦隊エンブレムも、ちょうどいいサイズ感で「戦隊らしさ」を演出していた。


 大歓声の上がる観客席。


 朝倉さんは勇ましく、そしてセクシーに決めポーズを取る。

 ツインテールに結んだ黒髪の根元で、白と銀のテープを組み合わせたリボンがキラリと光った。


(あれ、ここで決めのセリフじゃなかったっけ?)


「ああ、陽菜ちゃん…」


 氷見が横で心配そうな声を出した。


「あっ、光の戦士・ビューティーシルバーが来てくれたっ!カイカイ団の悪だくみなんて、閃光のパンチで木っ端(こっぱ)みじんなんだからっ!」


 どうやら朝倉さんはセリフが飛んでしまったらしく、それをすかさず三村さんがフォローしたようだ。

 カイカイ団の戦闘員が一瞬の躊躇(ちゅうちょ)を見せた後、一斉に襲いかかり、朝倉さんは俊敏な身のこなしで(さば)いていく。

 殺陣(たて)もなかなかの仕上がりだ。


 そこで「怪人」が(むち)をふるうのだが、頭から肩口や腰を覆う、いかつい防具の出来栄えも素晴らしい。

 発泡スチロールで作っているはずだが、いぶし銀の放つ鈍い黒光りは鋼鉄にしか見えない。

 さすがは美術部のベストカップル。


 ビューティーシルバー、奮闘するも怪人の鞭攻撃と腹パンでやられてしまう。

 ばったりと倒れこむシルバー。

 舞台がいったん暗転し、再び明るくなると、シルバーがグルグル巻きに縛られているのだが、そのロープは小道具班渾身(こんしん)の作品だ。

 怪人が鞭を振るうと、ロープが赤く光る。チューブ型のLEDランプらしい。

 白と銀で作られたコスチュームに、赤い光がよく映えた。


 ロープが赤い光を放つたび、朝倉さんが(なま)めかしい悲鳴を上げて、客席の興奮が頂点に達すると、いよいよレッド、ブルー、イエローの三人のヒロインが登場する。


(うーん、これは…)


 想像以上に完成度が高い。


 長身のリーダー格、レッドの尾崎さんには太めの長い赤鉢巻(はちまき)を用意した。

 応援団長のような勇ましさが出ている。


 副将的なブルー、高森さんにはやや細めの青鉢巻。

 参謀的な役割なので、賢明さを感じさせる狙いだったが、うまくいったようだ。


 そしてパワータイプのイエロー、千夏にはあえて鉢巻ではなく、黄色いヘッドバンドを渡した。

 闊達(かったつ)で威勢のいいイメージになっている。

 千夏の場合はそんなことより、胸の大きさの破壊力がすごいのだが。


 レッドが勇敢に戦闘員たちをなぎ倒し、イエローがシルバーを窮地(きゅうち)から助け出した。

 ブルーは人質になっていたテニスウェアの長谷川さんを救出する。


 戦隊ヒロイン四人が揃ったことで形勢は逆転。

 ナレーターの三村さんに煽られた観客の声援を後押しに、怪人たちを駆逐(くちく)して、無事にショーは終了した。


 客席からの割れんばかりの拍手の中、戦隊ヒロイン四人がカーテンコールに立つと、赤、青、黄、白の紙テープが舞った。観客席に散り散りに座っていた小道具班が仕込んでいたものだろう。


「すごかったね、四人とも!大成功だよねっ!」


 氷見は隣の席で座ったまま、ピョンピョンと跳ねるようにはしゃいでいた。


「ああ、そうだな。」


「結城君は誰が一番良かったと思う?」


 なに言ってんだ、氷見は。


「一番って、順番なんかつけられないだろ?みんな頑張ってたし。」


 まあ、俺は朝倉さんしか見てなかったから、他のヒロインの活躍はほとんどわからないんだが。


「そ、そうだね、うん。」


「それにしても盛り上がったよなあ。」


「うん、結城君の作った衣装のおかげだよ。」


 いちいち(えぐ)ってくるな、こいつ。

 俺は衣装づくりだけしかしなかった。

 業者に委託するより安く済んだ、という程度の貢献度だ。


 舞台の上でスポットライトを浴びて、文字通り輝いていた朝倉さんに比べ、俺の存在のなんとちっぽけなことか。

 今日からまた石ころに逆戻りの俺に、「おかげ」も何もあるわけがない。


(だけどまあ、こんな華やかな舞台に関われたんだからよかったかもな。)


 『朝倉さんとの距離を少しでも縮める』という目的はまるで叶わなかったわけだが、この数週間は実に楽しい毎日だった。

 裏方としてできることはすべてやったという自負もあるし、達成感もある。


「いや、おかげというならシナリオを書いた渡辺と氷見だろ。実際面白かったし、観客もみんな舞台に釘付(くぎづ)けになってたもんな。」


「ううん、私は少し手伝っただけだもん。シナリオのほとんどは渡辺君の作品だよ。ね、渡辺君。」


 氷見が渡辺を振り返ると、渡辺は困ったような顔で笑った。


「原案は埜本さんが作ってくれたから僕はそれをなぞっただけだよ。」


 それから渡辺は俺のほうに顔を向けて、


「氷見さんは少し手伝っただけ、なんて言ってるけど、いつも的確な指摘をしてくれて、僕たちはとても感謝してるんだ。文芸部にはなくてはならない存在だよ。」


と言った。渡辺、大人しいタイプだと思っていたが、なかなか男らしい。


(これって、あれだよな、俺の女に手を出すな的な。)


「そうかそうか。」


 俺はそこまで言って、なぜかその先の言葉が出てこなかった。


(あれ、なんだ今の…)


 なんだか一瞬、心の中がざわついたような気がしたのだ。


(気のせいか。)


 たぶん、クラスの舞台で疎外(そがい)感を感じていたところに、文芸部の二人の仲のいい様子を見たからだ。

 孤独感に似た、不安のような、苛立(いらだ)ちのような感覚を覚えたんだろう。


「さ、撤収を手伝おうぜ。」


「うん、そうだね。」


 俺と渡辺は、肩を並べて舞台の袖へと歩いていった。

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