(28)みんなって誰?
学食のテーブルにA定食のトレーを置いて、隣に座るなり、陽菜ちゃんは肩をぶつけるようにすり寄ってきた。
「で?で?どうだったの、昨日。」
ナッちゃんと穂乃果ちゃんはテーブルの向こうでお弁当を広げて、二人も私に視線を向けている。
「うん、ブックカバーね、十個完成したんだよ。」
結城君は他の人に話さない方がいいって言っていたけど、この三人には今さら秘密にもできない。日曜日に結城君の家でミシンを借りる、ということも前から話していた。
「そ、それはよかったわね。で?」
「えー、陽菜ちゃんは何が知りたいの?」
「だって三回目の『おうちデート』でしょ?」
私はあやうく、取り上げたばかりのお味噌汁のお椀をひっくり返しそうになった。
「お、おうちデートなんかじゃないよ。」
最初と二回目はお店だったし、昨日は「作業場」って結城君が言ってたし。
「陽菜ちゃん、そんな聞き方したら詩織ちゃんも話しにくいと思うよー。」
穂乃果ちゃんが陽菜ちゃんをほんわりと宥めてくれた。
「詩織ちゃん、昨日は何時ごろ結城君のお店に行ったの?」
「うん、十時。」
「そうなんだ、午前中から行ったんだねー。最初にどんなことをしたの?」
「えっと、まずね、これからする作業の内容とか、ミシンの使い方とかを説明してくれて」
穂乃果ちゃんに聞かれるままに、私は昨日のできごとを話した。
「…それで、筒みたいになった布が十個完成したの。そしたら結城君が…」
話しながら、私は気がついた。
(これって、あれだ…)
弥生ちゃんの推理小説にも出てきた。
乱暴に自白を迫る刑事と、優しく話を聞く刑事の二人で行われる容疑者尋問…。
「うんうん、結城君が?」
陽菜ちゃんがときどき、私の自供を促してくる。
「え、昼休憩に、しようって…」
「休憩!?」
陽菜ちゃんのツボは、いまだによくわからないことがある。
「お昼ご飯だよ?陽菜ちゃん。」
「あ、そうよね。お昼はどうしたの?」
「うん、結城君が菓子パンを買っておいてくれたから、一緒に食べたんだ。」
あ、パンのお代、払うの忘れてた。
明日の朝、結城君に聞いて返さなきゃ。
「直人らしいよなあ。」
黙って聞いていたナッちゃんが呟いた。陽菜ちゃんがさっそく反応する。
「なに、ナッツ、結城君らしいってどういうこと?」
「なんていうかなあ、気が利くといえば気が利くんだけど、ちょっと違うんだよなあ、って感じ?」
「ああ、それなんとなくわかる。いいよねえ。」
私には、何が「違う」のか、何が「いい」のか、さっぱりわからない。
「陽菜の好みはいいとして、詩織はどう思ったんだ?」
「え、普通に嬉しかったよ?塩山にね、美味しいパン屋さんがあるんだけど、そこのパンを買いに行ってくれたんだって。それよりナッちゃん、何が違うの?」
「いやあ、普通の男子だったらさ、お昼どうしようか、とか、何が食べたい?とか、聞いてくるじゃんよ。」
「うーん、そうかな。」
「だけど直人って、なんかいっつも考えてて、いろいろ気を回すんだよな。良く言えば、思いやりがあるんだけど、悪く言うと、独りよがりというか、ありがた迷惑というか…」
結城君がお昼ご飯を買っておいてくれて、私は助かったし、嬉しかった。
でも、私のことを考えて、思いやってくれた、なんて…。
「なに赤くなってんだよ、詩織。」
「え、なってないよ!と、ともかく、ありがた迷惑なんてことないよ?結城君が半分に切ってくれたから、いろんな種類のパンが食べられて嬉しかった。」
「え、半分こしたの?それってもう仲良しカップルじゃない!」
と陽菜ちゃんは、どうしても『進展』を感じたいらしい。
「もう、陽菜ちゃん、そういうのじゃないよ。包丁で半分に切って、お皿に乗せてくれたんだよ。」
ナッちゃんは楽しそうにクスクスと笑っていた。
「だけど、どうでもいい相手だったら、そんな手間はかけないよねー。」
と穂乃果ちゃんも微笑んでいるけれど、結城君は「いろいろ食べたいから半分に切った」って言っていた。
「作業しながら、結城君とはどんなお話をしたの?」
「うーん…。あ、戦隊の衣装ね、もっといいものにしたいから要望があったら教えてほしい、って言ってたよ?」
結城君はわざわざ言わなくてもいい、って言っていたけど、穂乃果ちゃんは聞き上手だからつい話しちゃった。
自然に伝えられたから、これはセーフだよね。
「あとは、だいたいブックカバーの作り方とかミシンの使い方の話だったかなあ。」
「それはそうだろうけど。」
陽菜ちゃんには物足りないみたい。
「例えばさ、『お前って好きな男いるのか?』みたいな話とかなかったわけ?」
「えっ…それは、あったけど…」
「「ええっ、あったの?」」
穂乃果ちゃんまで声を合わせて、三人が同じ言葉で驚いていた。
「どういう流れでそんな話になったの?」
「詩織はなんて答えたんだよ?」
「結城君、意外と大胆だねー」
ハモッた後は、三人それぞれが発言して、私たちの席だけうるさくなった。
隣のテーブルの子たちが会話をやめてしまうくらいで、三人もそれに気がついて口をつぐんだ。
仕方がないから、私は声量を落として、昨日の結城君との会話を説明した。
結城君の家で一緒に作業したことは秘密にした方がいい、と言われたこと。
私が結城君と仲がいいって噂になると、私が困るんじゃないかと気を使ってくれたこと。
その流れで、私に付き合っている人がいるのか、って聞かれたこと。
「彼氏なんていないよ、って言ったら、でも好きな人はいるよな、って聞かれたの。」
「そ、それで?」
陽菜ちゃん、生唾を呑みこむような顔をしている。
「え、そんなこと言えないよ、って言ったよ?」
「あたしだったら、そこで言っちゃうけどなあ。」
とナッちゃん。そんなことができるのはナッちゃんくらいだよ。
神谷君の言い間違えをとらえて「一生添い遂げたい」と告白したナッちゃんの逸話は、私にとっては伝説級だ。
「だけどさ、それって結城君が詩織に関心を持っているというか、意識してるってことよね?」
「どうかなあ、直人だからなあ…」
「結城君だとどうなのよ。」
「翔真が言うには、『直人にセオリーは通用しない』んだってよ。」
陽菜ちゃんとナッちゃんは私を置いてけぼりにして、勝手に結城君の解析を始めている。
「考えてもみろよ、詩織がこんなに献身的に尽くしてるんだからさ、普通なら詩織が自分のこと好きなんじゃないか、って思うだろ?」
「うん、そうね。」
「だけど直人は自分から踏みこんでいかないし、かといって、遠ざけようともしない。生殺しじゃんよ。」
「うん、素敵よね、そういうとこ。」
「いや、だから陽菜の好みはどうだっていいんだって。とにかくさ、直人は詩織の気持ちに気づいてない、というより、想像してない。もっと言えば、想像する能力がない。」
「そんな人いるのかしら。詩織が結城君を好きなのはみんな知ってるじゃない?」
「ええっ!」
今度は私が驚く番だった。
「ひ、陽菜ちゃん、みんなが知ってるって、みんなって誰?」
「みんなはみんなよ。少なくともクラスの子たちはみんなそう思ってるわよ?」
「…うそ…」
「な、ここにもいるだろ?想像する能力のないやつが。」
「もう、ナッちゃんまで、からかわないでー。」
ナッちゃんは、私が『献身的に結城君に尽くしてる』なんて言ってたけど、私は結城君に何もしてあげられていない。いつも迷惑を掛けて、助けてもらうことばかりだ。
「ねえ、ナッツ、結城君ってさ、好きな人いるのかな。」
陽菜ちゃんがナッちゃんのほうに身を乗り出す。
「はあ…こいつらはまったく…」
ナッちゃんは深いため息をついて、
「直人に彼女がいないのは知ってる。それ以上のことは知らない。」
と、いつになくきっぱりと言った。
「そっかあ、私も気にして観察してるけど、わからないのよねえ。」
陽菜ちゃんは、がっくりと肩を落とした。
(結城君が、好きな人…)
私はそのことを考えていなかった。
もっと正直に言うと、考えることをしないようにしていた。
だって考えようとすると、胸の中がチクチクと痛いから。
(だけど…たしかに気になる…)
私の結城君への想いは、もう「片思い」じゃない。
私は彼に「恋」をしてるんだから、いつまでも逃げてばかりはいられない。
(結城君に聞いてみる…のは無理だし。)
結城君も私に聞いた後、「立ち入った質問だった」と言って謝ってくれたし、質問を取り消してくれた。
そんな質問を逆に私からするなんて、できることじゃない。
(今の私は、結城君にとって、どんな存在なのかなあ。)
陽菜ちゃんはこの前、「たしかめてみたら?」とアドバイスをしてくれた。
それはすごく怖いことだけど、恋を叶えるために通らなきゃいけない道なのかもしれない。
「ま、とにかくさ、あたしは詩織を応援するからな。」
ナッちゃんが力強く言ってくれた。
「なによ、ナッツ。私も応援してるわよ。」
「私もー。詩織ちゃん、頑張ってね。」
陽菜ちゃんも、穂乃果ちゃんもそう言って、励ましてくれた。
(そうだよね、私が頑張らないといけないんだよね。)
恋を頑張る、って、どんな行動を取ったらいいのか、わからないけど。
でも、頑張ると決めたんだから、真剣に考えてみよう、と思った。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴って、私は立ち上がった。




