(24)そんな難しいのはできないよ
水曜日の放課後。
作品集の入稿が終わった文芸部の部室は、お祭り騒ぎだった。
「みんな、ご苦労様!無事に入稿ができました!ありがとう!」
部長の伊智加先輩の声に、わあっと盛り上がる。
「漫画とイラストのみんなは飾り付けのポスター、よろしくね!」
華ちゃんの挿絵を飾るだけじゃなく、漫画パート、イラストパートの部員は一枚ずつ飾り用のポスターを描くことになっていた。
全員分は揃わなくても、華やかな部屋になると思う。
ひとしきり、みんなで入稿を喜び合って、部室の中の熱気が収まるのを待ってから、私は伊智加先輩のところに行った。
「あの、伊智加先輩。」
「どうしたの、詩織ちゃん。」
「私も、出し物を考えてて、ブックカバーを作ることにしたんですけど、置かせてもらっていいですか?」
「へえ、いいじゃない!もちろん、いいわよ。飾るの?売るの?」
「売れるようなものになるかわからないんですけど、十個くらいは作りたいと思ってます。」
「そう、じゃあ、売ることを前提にしましょう。値段は物を見てから相談しよ?」
「はい。」
「材料費だけは部費から出すから、領収書は取っておいてね?」
「そんな、いいですよ、自分で…」
「ダメダメ。そういうのはけじめだから。その代わり、売れた金額は部費にさせてもらうからね。」
「はい、わかりました。」
材料費は布代と糸代だから、大きな金額ではないけれど、赤字になるのは申しわけない。
少し高めの金額に設定して、売れ残りは自分で買えばいいかも。
「詩織ちゃん、ブックカバー作るんだ。布で作るの?」
そばで聞いていた華ちゃんが声を掛けてくれた。
「うん、そうなんだ。あっ、それでね、華ちゃんの挿絵に合わせて、三日月の刺繍をしようと思ってるの。」
「えっ、三日月?竜か猫にすればいいのに。」
「えー、そんな難しいのはできないよ、初めてやるんだもん。」
「そっかー。」
華ちゃんの後ろで、微笑んでいた渡辺君が、ふと思いついたように、
「あ、もしかして結城君に教えてもらうの?」
と言った。
「うん、実はそうなの。」
「結城君って?」
華ちゃんが首を傾げると、
「うん、僕のクラスにね、すごい奴がいるんだ。ほら、僕が、戦隊ヒロインショーのシナリオ書いてたでしょ?そのヒロインたちの衣装を結城君が作ってるんだよ。」
と、渡辺君。
「えー、戦隊ヒロインの衣装なんて作れるものなの?買えばいいのに。」
「それがねえ、衣装にこだわる子がいて、買うのはイヤなんだって。」
渡辺君のシナリオは、私も少しだけ手伝った。
新聞部の季穂ちゃんが「悪役のセリフが優しすぎる」と言って手直ししてくれて、昨日完成した。
最初に捕まっちゃう女の子の役は、私じゃなくて、テニス部の長谷川 彩乃ちゃんが引き受けてくれた。
放送部の三村 明日香ちゃんが、「子ども向け」っぽいナレーションで舞台を盛り上げてくれることになっている。
戦隊の四人は悪役の男子たちと一緒に、ナッちゃんの旅館で練習を始めるらしい。
「ふーん。でもいいなあ。私も刺繍教わりたいー。」
華ちゃんが言うと、渡辺君が、
「うーん、それはダメだね。」
と、柔らかく言ってから、華ちゃんの耳元で何か囁いている。
華ちゃん、くすぐったそうにしたけれど、すぐに頷いて、
「そっか、詩織ちゃん、頑張ってね。楽しみにしてるねっ!」
って言ってくれた。
きっと渡辺君は華ちゃんが結城君から刺繍を教わるのがいやだったんだろうなあ。
二人はいつも本当に仲良しで、信頼し合っているのがよくわかる。
渡辺君が結城君を「すごい奴」と言っていたのを勝手に嬉しがったり、華ちゃんからの激励を喜んだりして、家に帰った、その夜――。
私は自分の不器用さを思い知ることになった。
部屋のソファーで、私はさっそく刺繍を始めていた。
結城君が作ってくれたブックカバーと同じ布を木枠にセットして、お手本はもちろん結城君がくれた巾着袋。
丁寧にゆっくり針を入れていけば同じようにできるものだと思いこんでいたのだけど、やってみると全然、思った場所に針先が入ってくれない。
糸を引く力が強すぎても弱すぎても、表面がガタガタになっちゃうし、糸が捻じれているとキレイにならない。
(えっ、えっ…?)
実は、私は根拠もなく自信を持っていた。
中一の時、体育倉庫であっという間に点の刺繍をしてくれた結城君の姿を、今も鮮明に記憶している私なら、刺繍を始めるどんな子よりも有利だって思ったから。
だけどまったくそんなことはなかった。
ネットで初心者向けの刺繍のサイトも調べた。
動画を見たりもしたけど、まるで「失敗例」をなぞるみたいに、初心者らしい失敗ばかりしている。
それだけならいいけれど、ときどき、自分の指を刺しちゃって「あいたっ」って声が出たり、いつの間にか糸が針穴から抜けてしまったり。
『刺繍と裁断までできたら、縫製はここでやったらいいよ。』
結城君はそう言ってくれたけど、いつになるかわからないじゃない!
もう伊智加先輩にも華ちゃんにも宣言しちゃったから、やめるわけにもいかない。
(ど、どうしよう…)
布と針を置いて、ソファーに倒れこんだ。
まだ取り掛かって一時間ほどしか経っていないのに、もう結城君に頼りたくなっている。
甘えたくなっている。
(こんなことなかったのに。)
同じクラスになったことや、同じ電車で通えることだけで、幸せだった。
結城君の内面を知れたり、中学時代の思い出の答え合わせをしたりするのも嬉しかった。
でも、私は知ってしまった。
彼と一緒にいて、二人でお話しする楽しさを――。
日曜日、結城君の家にお邪魔して、お菓子を渡したときのことを思い出す。
今回、私が作って持って行ったのは、八朔のジャムのクッキーと、レーズン入りの焼き菓子。
結城君はまた目の前で、クッキーを食べてくれた。
「んっ、これ、なんだっけ。待て、言うなよ、当てるから。」
モグモグしながらそう言って、じっくりと味わってくれた。
「このフワッと後からくる苦みが…デコポンじゃないし、あっ、八朔か?」
「うん、正解!」
「そうだよな。材料の風味が生きてるよなあ。」
と、本当に美味しそうに食べてくれた。
「その八朔はね、出荷用じゃなくて、家の裏で何本かの木を育ててるの。」
そう言ったら、結城君は驚いていた。
「えっ、もしかしてジャムから作ってるのか?」
「あはは、そうだよー。うちは農家だもん。」
「そうだよな。さすがだな。」
今まで「さすが」なんて言われたことないから、ドキドキした。
「中学の時はね、農家の娘なんて恥ずかしいって思ってたんだ…」
結城君もこの前、『刺繍や裁縫が得意なんて恥ずかしいと思ってた』と言っていたけれど、その気持ちには共感できる部分があった。でも、私がそう言ったら、結城君は、
「あはは、何言ってんだ。」
と、すごく軽い感じで笑ってくれて、なんだかすごく勇気づけられたような気がした。
ありのままの私を、認めてくれたように思えたから。
(それから、結城君は…)
三枚目のクッキーに手を伸ばして、それを口に入れながら、
「そういえば、最初に来た時に聞かれたことだけどさ、」
と言葉をつないだ。
(なんだっけ、何か結城君に聞いたっけ…?)
私が記憶の中を探していると、彼がポツリと、
「好きになった、かな。」
なんて言うものだから、私は首から上が爆発するかと思った。
「ほら、甘いもの好きか、って聞いただろ?あの時は、そんなに意識してなかったけど、氷見のお菓子食べてたら、俺ってけっこう甘いものが好きだよな、って思ったんだよ。」
そ、そうだった。
初めて結城君の家を訪ねて、呼び鈴を鳴らしたら結城君が出てきてくれた。
考えていたセリフが全部飛んじゃって、私は
「結城君、甘い物、好き?」
って、聞いちゃったんだった。結城君の家まで歩きながら、「結城君、甘いもの好きかなあ」と不安に思っていたから。
(陽菜ちゃんもその話をしたらビックリしてたなあ。)
『意味がわからないんだけど』とか『いきなり来て何言ってんだ』とか、不審がられるのが普通だと思うけど、結城君は『街頭インタビューか?』なんて言って笑ってくれた。
「ふふっ…」
ソファーに寝転がったまま、私は笑い声を漏らした。
結城君との会話を思い出していると、心の中がポカポカしてくる。
(これって、もう、そういうことだよね…)
私はもう、結城君に「片思い」しているんじゃなくて、「恋」をしているんだ。
そうはっきりと意識したら、全身がカーッて熱くなって、それから私の意識はしばらく、部屋の中をフワフワと漂った。
でもやがて体の熱が冷めてくると、不思議な力がみなぎってきた。
私は、体を起こしてソファーに座りなおすと、布と針を手に取った。
(そうだ、少し上手くいかないからってメゲてる場合じゃない。)
今できることを、全力でやってみよう。
そして包み隠さず、ちゃんと結城君に見てもらおう。
私はそれから、二時間くらいかけて、へなちょこな三日月の刺繍を一つ完成させた。




