(22)うん、頑張る
もう昼休みが待ちきれなくて、四限目が終わったらすぐに陽菜ちゃんの席に行って、手を引くように学食に急いだ。実際に手を引っ張ったわけじゃないけど。
「どうしたの、詩織。」
陽菜ちゃんに不審がられるくらい、気が急いていた。
ナッちゃんと穂乃果ちゃんも来て、ランチが始まったんだけど、
「なんか詩織から報告があるみたいよ。」
と陽菜ちゃんが言うから、さっそくナッちゃんが反応した。
「おっ、なんだ?ついに告白でもしたのか?」
「えっ、そういうんじゃないけど…。」
「翔真の自転車通学なんて、いつまでもつかわからないぞー?」
「う、うん。」
私と結城君が話す時間を増やすために、ナッちゃんはかなり強引に、神谷君との自転車通学を始めてくれた。
そう言われると急に話しづらくなるけど、私にとっては大きな進展だった。と思いたい。
「えっと、いつもの電車の時間に、結城君が来なくて、だから駅で待ってたんだけど。」
「ああ、それで予鈴ギリギリに来たのね?」
「うん、一本後の時間に来たから一緒に電車に乗ったの。」
「それでそれで?」
陽菜ちゃんは話を急かす。ナッちゃんはニヤニヤしながらご飯を頬張っていて、その横で穂乃果ちゃんはふんわりとした笑顔で、サラダのミニトマトにフォークを刺していた。
「うん、高校の志望動機の話になって…。」
「あ、言ったの?」
「えーと、途中までしか言えなかった…。」
結城君が通学のしやすさを理由に高校を選んだと話してくれて、私の志望理由も聞いてくれた。
「結城君と一緒の高校に来たかったから。」
って、言っちゃおうかと思ったのに、「結城君と一緒」までしか言えなくて。
「何それ、じゃあ、伝わらなかったってこと?」
「うん…。あ、でもね、授業を一生懸命聞いてることは、知っててくれたんだよ。」
「詩織ー。結城君は後ろの席なんだからあたりまえでしょ?」
「そうだけど、褒めてくれたもん。」
陽菜ちゃんとナッちゃんはため息。穂乃果ちゃんはミニトマトを取り逃がして、トレーに転がったのを手づかみで口に入れていた。
「まさかそれで終わりじゃないだろうなあ?」
ナッちゃん、ちょっと怖い。
「ううん、違うよ。その後ね、文化祭の話になったの。」
「ああ、文芸部の?」
「うん。」
「詩織ね、文芸部の作品集には自分の名前の作品が出ないから、部長から他のものを出してもいいって言われたんだって。」
話し下手な私の代わりに、陽菜ちゃんがナッちゃんと穂乃果ちゃんに説明してくれた。
「うん、それでね、ブックカバーなんかを考えてる、って話したら、結城君が手伝ってくれる、って言ってくれたんだ。」
あれ、なぜか三人の反応が薄い…。
「ま、まあ、あれよね。私とナッツが結城君に衣装を作ってもらってるわけで、ねえ、ナッツ。」
「そ、そうだよな、あたしたちで直人を使ってるからな。詩織には悪いと思ってるよ。」
二人とも、ちょっとひどい。
「もう、ナッちゃんは結城君をなんだと思ってるの?」
「そりゃ、あたしのダーリンの親友なんだから、大事な手駒、じゃなくて、なんだ、友達?」
「……。」
ナッちゃんの口が悪いのはいつものことだから見逃してあげることにした。
「陽菜ちゃんは、どう思う?結城君のこと」
実は聞いてみたかった。
私は勝手に、結城君への想いを募らせているのだけど、それって陽菜ちゃんから見たらどうなんだろう。
不釣り合いとか、高望みとか、思われていないのかな。
「私は好きよ。」
陽菜ちゃんがそう言ったから、私はドキッとした。
「衣装の話の時も、クールな感じでさ。断るのかと思ったら、代わりの案を出してくれたし、その後もアイデアをたくさん考えたり、すごい試作品をあっという間に作ってくれたり。なんていうか、内に秘めた色気があるよね。って、違うのよ、詩織、人として、っていう意味だからね。」
私が思わずジト目になって陽菜ちゃんを見ていたのがわかったらしい。
「私の親友の相手として申し分のない人だと思ってる、っていうことよ?」
「うん、私も結城君はいい人だと思うよー。詩織ちゃんにとって。」
穂乃果ちゃんがニコニコとフォローしてくれた。
「それで、手伝うっていっても、いろいろあるじゃない?まさか代わりに作ってもらうわけにもいかないだろうし。」
陽菜ちゃんはすかさず話題を引き戻した。
「うん、思い切って、頼んでみたの。ブックカバーの作り方を教えてほしい、って。」
「思い切ってそれかよっ」
とナッちゃんはつっこんできたけれど、陽菜ちゃんは、
「でも、頑張ったじゃない。結城君はなんて?」
と、話の続きを聞いてくれた。
「うん、いいよ、って言ってくれた。それにね、私のお菓子もまた食べたいって言ってくれたんだ。」
「それはよかったわね。詩織のお菓子は美味しいもん、胃袋から捕まえるのはいいと思うわ。」
「うん、頑張る。」
「今度はちゃんと連絡してから行ったほうがいいわよ?突然押しかけるんじゃなくて。」
「え、そうかな。でも私、結城君の連絡先知らない…。」
「教えてあげるわよ、私、知ってるから。あ、衣装の打合せ用に交換しただけだからね?」
「うん、わかってるよー。でも勝手に教えてくれて大丈夫?」
「ナッツに聞いたことにすれば平気よ。」
「あたしかよっ!まあ、そうだけどな。なんなら、あたしから言ってやろうか?これから詩織が行くからよろしくな、って。」
「もー、子どもじゃないんだから大丈夫だよ。」
――結城君のことよりも先に、私のことをどう思ってるのか聞いてみればよかった。
でもその後、ナッちゃんが「ほら」と言って、結城君のチャットのアカウントを教えてくれた。
その日からの一週間は「試験前」の独特な緊張感のなかで、毎日が過ぎていった。
試験前の一週間と、試験期間中はすべての部活動が禁止されて、図書室もお休み。
放課後は毎日、陽菜ちゃんと一緒に勉強した。
「詩織、この日の古典、ノート取った?」
「うん、取ったよ、これ。」
「ありがとう!助かる。」
結城君も褒めてくれたけど、この一学期は毎日ちゃんとノートを取っていたなあ。
ところどころ、眠くて文字が乱れているところはあったけど…。
朝の電車では結城君が「電車の中は貴重な勉強時間」と言って教科書を読み返していて、だから私もノートを見直したり、理解の足りないところをスマホで調べたり。
二十分ほどの時間だけど、結城君と一緒に勉強している気がして、不思議と集中できた。
結城君のチャットのアカウントを教えてもらったことも、私にとっては大事件だった。
毎晩、何かメッセージを送ろうかな、って考えたけど、その妄想だけで十分楽しくて、それに実際に送信する勇気はなくて、一度も送らないままだった。
そして五月の最終週――。火曜日から金曜日までの四日間で中間テストが行われた。
「「終わったーっ!」」
最終日の最後の試験が終わると、教室には解放感と安堵の声が溢れた。
この瞬間から部活動が解禁されるから、ランチの後、陽菜ちゃんとナッちゃんは体育館に、私は特別棟の理科実験室に向かった。ちなみに、穂乃果ちゃんは弓道部なので弓道場に向かっていった。
部室の黒板には大きく「作品集入稿まであと5日!」と書かれていた。
印刷会社への入稿は来週の水曜日。
部室の中は「緊張感」を通り越して「緊迫感」でいっぱいになっている。
三年生の先輩が書いた漫画、一年生の子の短編小説を読ませてもらった。
その後、華ちゃんが、渡辺君の作品の世界観を描いた挿し絵を見せてくれた。
「わぁ、すごいすごい、華ちゃん!」
村人たちの楽しい夢を食べてしまう竜も、竜の夢喰いの力を封じる魔法使いの猫ちゃんも、村の子ども達も、すごく柔らかな顔をして眠っていて、村では大人たちが楽しそうに宴を開いている。
夜空には安心したように微笑む三日月が浮かび、たくさんの星が輝いていた。
「素敵…。華ちゃん、これ、額縁に入れて飾ったほうがいいよ。」
作品集はモノクロ印刷だからもったいない、と思った。
「うん、伊智加先輩にもそう言われたんだ。」
「うんうん、絵葉書にしたいくらい。」
思わずそう言ったら、少し離れた席から「あっ」と声が上がった。
「それいい!そうしよう!」
と伊智加先輩が駆け寄ってきた。
「実はさっき、印刷会社の人と話してたのよ。一ページだけカラー印刷にしたいって言ったら、一ページだけというのはできなくて、四ページならできるって言われたんだけど、予算的にはちょっと厳しかったのよね。モノクロの作品集とセットでカラーの絵葉書を売りましょう!うん、それがいい!」
伊智加先輩、こういう時はすごく早口で、理由の方はよくわからなかったけど、作品集とカラー絵葉書を作る、ということは理解できた。
「華ちゃんもいいよね!」
伊智加先輩の勢いに圧倒されながら、華ちゃんが、
「は、はい。」
と答えて、華ちゃんのイラストが絵葉書になることが決定した。
「詩織ちゃん、ありがとう。」
華ちゃんにお礼を言われたのだけど、私は何もしていない。
「私は何もしてないよ、華ちゃん。」
だけど私も嬉しかったから、二人でハグをして喜び合った。
殺人事件の謎解きで苦しんでいた弥生ちゃんもやってきた。
「伏線から組み立て直したから最初から読んで!」
と言うので、一時間かけて弥生ちゃんの推理小説を読んだ。
利害の反する男女が実は共犯で、二重三重のアリバイ工作と死亡推定時刻の偽装をし、いわゆる交換殺人を目論んでいたことが最後に判明する、という物語になっていた。
「この仕掛け、すごく面白いよ、弥生ちゃん!犯人にはもうちょっと粘ってほしかったけど。」
「そうだよねえ。トリックが暴かれた途端に自白しちゃうっていうのは自分でも納得してないんだけど、ページ数の都合でしょうがなかったんだよぉ。」
「でも探偵役の青年がすごく魅力的だし、読みごたえがあると思う!」
「氷見さんにそう言ってもらえると自信がつくよ、ありがとね!」
作者にお礼を言ってもらえることが、いつもより嬉しく感じられた。
(きっと結城君が『裏方の仕事も大事』って言ってくれたからだ…。)
漫画パートの先輩の「ペン入れが間に合わなーい!」と叫ぶ声が聞こえた。
伊智加先輩が「まだなんとかなる!」と叫び返していた。
そんな騒がしい文芸部の空気が、今日は少しだけ誇らしかった。




