(19)そうだったっけ?
「あっ、直人、俺のクラスで文化祭の相談があってさ、少し時間がかかるから図書室で待っててくれ。」
帰りに翔真の家に寄ることになっているから、一緒に帰ろうと思って一組の教室に行くと、翔真が入口まで出てきて言った。
「ああ、わかった、あとでな。」
教室の中を覗くと、まだたくさんの生徒が残って、黒板の前に集まっていた。
一組は音楽とダンスを組み合わせた舞台を企画している、と聞いていた。
(あいつ、音楽もダンスもできないじゃん。)
と思ったが、そんな翔真にも何かしら役割があるのだろう。
俺がときどき図書室に寄ることがあるのも、翔真はよく知っている。
高校の図書室なんて、カビ臭い本しか置いてないと思われがちだが、甲斐高校図書室は、雑誌やDVD、少し前のマンガの単行本などが充実している。
一、二時間の暇つぶしにはちょうどいい場所なのだ。何より、静かなのがいい。
校舎は昇降口と中央階段を中心として、南側が「教室棟」、北側が「特別棟」と呼ばれてはいるが、要するに一棟の細長い建物だ。
図書室は「特別棟」の二階にある。
入口の扉を開けて、図書室に足を踏み入れると、目の前の床に白い紙が飛び散るのが見えた。
貸出カウンターのデスクから落ちたようだ。
「あー」
とカウンターの後ろで声がした。
「何やってんだよ、氷見ー。」
またこいつか。
本人に悪気がないのはわかっているが、どうも行く先々で俺の前に現れ、手間を掛けさせてくれる。
目の前に紙が落ちてるんだから、拾わないというわけにもいかない。
幸い、乱れ散っているわけでもないから、手早く集めて拾ってやる。
「あ、ごめんなさい、今、拾うから」
今さら出てきても仕事はないぞ、と思っていたら、氷見はどこかに足をぶつけたらしく「あたっ」と声を上げていた。
(…まったく。)
「大丈夫か?ほら、もう拾ったから出てこなくていいよ。」
「あ、ありがとう…」
どうやら図書室の管理台帳の綴じ紐が切れて、綴じられていた用紙の上半分が飛んでいった、ということらしい。
「替えの紐、あるのか?」
「うーん、ないみたい。」
氷見はデスクの引出しを開けて、ごそごそと中を探っている。
「職員室で聞いてみないと。」
紐が切れたくらいで職員室とは、さすが氷見だ。
「ふーん、ちょっと貸して。」
手書きの用紙を紐で綴じるなんて今どき古風な台帳もあったもんだ。
見ると、ちょうど綴じ穴にかかる部分が劣化して、擦り切れたようになっていた。
ここを繋ぎ直せばまだ使える。
(引っ張りに強い結び方としたら、本結びか。)
なんということもない。
「この結び方ならしばらくは解けないから大丈夫。」
そう言っておかないと氷見は心配するだろうからな。
一本になった紐を綴じ穴に通し直して、最後に蝶結びしてやれば元通りになる。
「ありがとう。」
こんなことくらいで感心するな。
「いや、図書室の係、ごくろうさまだな。」
あれ、そういえば、氷見って一年の時もときどきカウンターにいた。
図書委員なんて委員、あったか?
「氷見、去年もやってたよな?」
「え、うん。文芸部で持ち回りなの。」
そうだったのか。
隣の席の渡辺もカウンターに座っていたことがあるから、気が弱いせいで図書委員を押しつけれていたのかと思った。渡辺が文芸部なのも最近知ったことだ。
典型的なボッチだと思っていたのに、立派な文化部員だったらしい。
考えてみたら文芸部って、何をする部活かも知らないな。
「文芸部って何人くらいいるんだ?」
「二十五人、かな。」
「そんなにいるのか!すごいな。」
人数不足でサッカー部も野球部もない高校で、部員数二十五人とは。信じがたいほどの大所帯だ。
「あのね、文芸部って名前だけど、イラスト研究会と漫画研究会とアニメ研究会が合併してて、だからいろんな活動をしてるの。」
なるほど、そういうことか。
それだけ人数がいれば、かっこいい先輩なんかもいるんだろう。
「じゃあ、当番が回ってくるのは二カ月に一度くらいか。」
「うん、そう。だから、あんまり負担でもないかな。」
いやいや、二カ月に一度、放課後の時間を奪われるなんて俺なら絶対にごめんだ。
「それでも利用者からすれば助かってるよ、ありがとな。」
(氷見に言ったんじゃないぞ、文芸部に言ったんだからな。)
もう「いやがられ作戦」は終わったんだからいいか。
「あ、結城君は、なにか、調べもの?」
「いや、ただの暇つぶし。翔真がクラスで文化祭の相談をしてるらしいから、待たせてもらおうと思ってさ。」
「あ、戦隊の衣装合わせだよね。」
「ああ。それより、氷見、聞いたか?翔真と千夏の話。」
「うん、昼休みに詳しく聞いたよ。」
「ビックリしたよなあ。」
「ふふ、電車に腕組んで乗ってきたから、そうかな、と思ってたけど。」
「氷見は気づいてたのか。俺は翔真が千夏に腕を支えられて乗ってきたと思った。」
「えー、あははは」
「おじいちゃんかよ、って思ったんだけど、腕組んでたんだな。」
「それでビックリした声を出してたんだね、あははは」
やっぱり女子はそういうことによく気がつくものなんだな。
(…俺が鈍いだけなのかもしれないが。)
氷見はいつになく快活に笑っていた。
ふん、鈍感な俺をせいぜい笑うがいいさ。
「それより、私は結城君の試作品のほうがビックリしたかなあ。」
一限目が終わった休み時間に、千夏に試作品を見せたら、戦隊ヒロインの四人だけでなく、クラスの男子女子がひしめくように集まってきた。
「ああ、俺も驚いた。」
なんせ試作品なんだから、裁断も適当だし、縫製も手縫いのものだ。
それでも好評で、長身の「ビューティレッド」こと島崎さんはマントを肩からかけ、クルリと一回転してクラスを湧かせていたし、「ビューティブルー」こと高森さんはスカーフを首に当ててポーズを取っていた。
朝倉さんもミニスカートを腰に当てて、長さをチェックしていた。
一番手間をかけたのは「戦隊エンブレム」だったんだが、あまり関心を引かなかったようだ。
「どうして?」
氷見は不思議そうに小首をかしげている。
「ん、なにが?」
「どうして結城君が驚くのかな、って。」
「いや、俺さ、刺繍だとか裁縫だとかが普通にできるのって、恥ずかしいと思ってたんだよな。知られたらからかわれそう、っていうかさ。」
「そんなことないと思うけど…。」
「氷見だって、中学の時、俺が刺繍できるのを秘密にしてくれてたじゃん。」
「だって、結城君が誰にも言うな、って言ったから…」
「そうだったっけ?秘密にしててくれたことは感謝してるけど。」
中学一年の時の話だ。律儀なのは氷見の長所だな。
「刺繍って特技が恥ずかしいから黙っていてほしかったの?」
「そうだよ。家は洋品店だしさ、恥ずかしいだろ。だけど、うちのクラスでは普通に受け入れられてるし、みんなも喜んでくれてるっていうか、期待してくれるっていうかさ。」
「それは、みんなにもいい物はいいってわかるよー。」
「いい物」だと?バカにしてんのか、こいつ。
これはしっかりと裁断、縫製をしたものを作って、「いい物とは何か」を教えてやらないといけないな。
氷見は何にビックリしたのか聞こうと思ったけど、氷見のことだから「試作品をたくさん作ってきたから驚いた」とか言うつもりだろう。
まあいいや、話題を変えよう。
「そういえば、氷見って文芸部ではどんなことやってるんだ?」
というか、そもそも文芸部が何をする部活なのかもよく知らない。
「えっと、私はみんなが創作した小説とか、漫画とかを読んで、感想を言ったり、おかしいところを指摘したりする係。」
「ふーん、運動部のマネージャーみたいな感じか。…渡辺は?」
「渡辺君は小説を書く人で、ファンタジーというか、夢のあるお話を書いてるの。」
「へえ、あの渡辺がねえ。」
書いている内容よりも、大人しくて自己主張の少ない渡辺が、自分の書いた小説を人に見せているってことが意外だ。
「渡辺君は文章がきれいだし、女の子の描写なんかも丁寧でね、共感できるところが多いの。すごいなあ、って感心しちゃう。」
お、なかなかの高評価。さては、氷見の想い人ってのは渡辺か?
ちょっとカマをかけてみるか。
「へー、教室では静かだから意外だな。渡辺って文芸部ではちゃんとしゃべるのか?」
「うん、作品で伝えたいこととか、登場人物の心理とか、きちんと話してくれるよ?優しい性格が物語によく表れていて、だから渡辺君の小説を読むのが一番楽しいかな。」
ほほう、「一番」ね。
「そうなのか。氷見だったら渡辺も読んでほしいと思っているかもな。」
「うん、最近は、書き上がると一番最初に私に読ませてくれるんだ。」
なるほどなるほど。つまり、そういうことなんだろう。
「文化祭のシナリオも、氷見と渡辺で書いてくれるんだよな。」
「うん…、渡辺君は優しすぎるから少し心配なんだけど、相談しながら作ろうね、って言ってるの。」
二人でお互いへの想いを育みながら、いいシナリオを仕上げてくれたまえ。
「頑張れよ、氷見。」
氷見には本当に頑張ってもらいたい。
「うん、ありがとう。」
氷見は少し顔を赤らめながら、嬉しそうに笑った。




