(18)えー、私も?
「えっ、ちょっと、どういうこと!?」
学食に、陽菜ちゃんの叫び声が響き渡った。
みんなの目が一斉に私たちに集まって、陽菜ちゃんは慌ててテーブルに顔を伏せた。
「陽菜、落ち着けよー。」
と、ナッちゃん。だけど、その原因を作ったのはナッちゃんだ。
だって、突然、
「いやあ、昨日、許嫁ってのができちまってさあ。」
なんて言うんだもん。
神谷君のことなのはすぐにわかった。
今朝、腕を組んで電車に乗ってきたから。
「一昨日さ、翔真の部屋に遊びに行ったんだ。で、あたしが本棚のマンガを取ろうとして、翔真を踏んずけたのよ。というか、踏み台にしたんだよね。」
陽菜ちゃんも穂乃果ちゃんも私も、唖然として声も出ない。
「そしたらさ、翔真が『俺のことどう思ってるんだ』って言ったわけ。たぶん『俺のことなんだと思ってるんだ』って言いたかったんだろうねえ。」
ナッちゃん、すごく楽しそうに話してる。
「だから、これはチャンス、と思って、勢いで告白してみた。」
「「えええ」」
三人とも声を合わせて驚いた。
「待って、その流れで、なんて言って告白したわけ?」
陽菜ちゃんが身を乗り出す。たしかに知りたい。
「いや、それは内緒だよ、あたしだって一応照れくさいしさ。」
ナッちゃんでも照れるんだな、って思って、私は「ふふっ」って笑ったのだけど、陽菜ちゃんは納得しなかった。
「ちょっと、ここまで話してそれはないでしょ?」
ナッちゃんはそっぽを向いて、話す気がなさそうだったけど、穂乃果ちゃんが
「結婚したい、ってストレートに言ったんでしょう。」
と、いつものふんわりした口調で言うと、ナッちゃんは少し顔を赤くした。
「まあ、そんな感じかな。」
「そんな感じ、じゃわかんないわよ、ナッツー」
食い下がる陽菜ちゃん。
「わかったわかった、『一生添い遂げたいと思ってるよ』って言ったんだよ。」
「ふわぁ…」
と、変な声が出ちゃった。
穂乃果ちゃんは「ふふふ」って笑って、陽菜ちゃんは、
「それでそれで、神谷君、なんて言ったの?」
と続きをせがむ。
「うん、それがさ、『じゃあ、そうするか』だって。」
そのお返事もどうかと思ったのだけど、陽菜ちゃんは
「うそ、かっこいい」
と、目を輝かしている。
「で、まあ、翌朝、母親にさ、翔真と付き合うことになったから、って報告したんだよ。そしたらもう大騒ぎになって。」
ナッちゃん、その後の顛末は詳しく話してくれた。
お母さんはすぐにお父さんに報告。日曜日の旅館はお昼までにだいたいの仕事が落ち着くらしく、両親が揃って、隣の旅館「石の神」を訪問し、神谷君とナッちゃんの交際開始を話したところ、すぐに両旅館合同の宴席が準備されたみたい。
「会場は『石の神』の会席場でさ、両方の板前さんが気合入れたから料理はどんどん出てくるし、親たちは浴びるように酒飲んでるし。もう二つの旅館を合体させて温泉ホテルにしちまおう、なんて話まで出てきてさあ。さすがのあたしも、翔真も苦笑いするしかなかったよ。」
「ま、まあ、喜んでもらえたのは何よりじゃない。」
と、陽菜ちゃん。穂乃果ちゃんと私は「うんうん」と頷いた。
「だけど、翔真のちょっとした言い間違えがこんなことになるなんてなー。」
ナッちゃんは笑ってるけど、そんなことにしたのはナッちゃんだ。すごい。
私が驚きと感心で呆けていたら、ナッちゃんがズイッと顔を近づけてきた。
「詩織もさ、いざって時はあたしに相談しろよ?」
「えっ、私?」
「直人の外堀埋めるくらいは手伝うからさ。」
思わず、陽菜ちゃんの顔を見る。
陽菜ちゃん、フルフルと首を振って「私は言ってないよ」という意思表示をする。
「見てればわかるよねえ。」
穂乃果ちゃんまで、そう言って笑っている。
「っていうか、わからないと思ってた詩織がすごいよな。」
「詩織ちゃん、去年もときどき、うちのクラス覗きに来てたよねー。」
思わずテーブルに突っ伏した私の頭を、お向かいの穂乃果ちゃんが撫でてくれた。
「あー、それもバレてたんだ。」
と、隣の陽菜ちゃんは背中をさすってくれる。
(えっ、陽菜ちゃんにも言ってなかったはず…)
「ううん、その時はわからなかったの。三組の子がときどき来てるなー、っていうくらい。」
「そうなのよ、今日はちょっと元気ないなあ、って思ってると、気がついたら一組に行ってるのよね。」
(たしかに、ときどきこっそり結城君を覗きに行ってパワーをもらってたけど…)
昼休みが終わるまで、私は顔を上げることができなかった。
放課後の図書室。
甲斐高校の図書室は主に図書の貸出と返却、あとはDVD視聴のブースと、コピー機スペースなどがあるだけで、図書の閲覧や勉強には学習室という部屋が別にある。
だからあまり生徒が来ない。
文芸部は持ち回りで図書室当番をしているけれど、読書の時間に当てている人が多い。
ノートパソコンを持ち込んで執筆活動をしている人もいるようだけど。
今日もさっき、本の返却に三年生が一人来ただけで、私以外は誰もいない。
いつもは私も本を読んで過ごすのだけど、今日はカウンターに頬杖をついて、ボーッと窓の外を見ていた。
といっても、窓から見えるのは、近くの家の屋根とお寺の林、それから遠くの山々だけだ。
(あーあ、お昼休みは恥ずかしかったなあ)
ナッちゃんが神谷君とお付き合いを始めた、って話で盛り上がっていたはずなのに、なぜか途中から私の話になって、三人にからかわれちゃった。
(それにしても…)
ナッちゃんはすごい。
神谷君への想いの強さにも感動したけど、彼の小さな言い間違えをきっかけに告白しちゃうなんて。
(私だったら絶対できないな…)
もし結城君に『俺のことどう思ってるんだ』なんて言われたら、「えっえっ」ってなるに決まってる。
(ナッちゃんはあのセリフ、前から用意してたのかな。)
そんなわけないよね。「一生添い遂げたい」なんて。
でも、用意してなくて言えるのかな、とも思う。
(私が用意しておくとしたら…)
と、ふと考えて、慌てて首を振った。
みんなに煽るようなことを言われたせいで、ちょっとおかしくなっているみたい。
顔が熱くなって、変な汗が出た。
(ふー)
手元にあった図書室当番の日誌でパタパタと顔を仰ぐ。
その時、図書室のドアがカラカラと開いたから、急いで日誌を机の上に置いた。
「あ」
置く時の勢いが強すぎたみたいで、日誌の綴じ紐が外れて、中の用紙が床に飛んでいった。
(あー、もう)
どうして私はこうなんだろう。
と、立ち上がると、
「何やってんだよ、氷見ー。」
目の前に結城君が立っていた。
呆れた顔で笑って、床に飛び散った用紙を拾ってくれている。
「あ、ごめんなさい、今、拾うから」
焦ってカウンターから出ようとして、今度は机の角に腰をぶつけた。
「あたっ」
もう、こんなマンガみたいなドジっ子っているのかな、と自分でも可笑しくなる。
「大丈夫か?ほら、もう拾ったから出てこなくていいよ。」
「あ、ありがとう…」
拾ってもらった用紙を元通りに戻して、と思ったら、綴じ紐は外れたのではなくて、切れていた。
ちぎれたようになっているから、前から傷んでいたのかもしれない。
「替えの紐、あるのか?」
結城君も気がついて、心配してくれた。
こういう備品は文房具の引出しにあるはずだけど、開けても紐らしきものは見当たらなかった。
「うーん、ないみたい。職員室で聞いてみないと。」
「ふーん、ちょっと貸して。」
そう言われて日誌を渡すと、結城君は、綴じ紐を引き抜いて、それから引きちぎれて二本になった紐を器用な手つきで結んでくれた。
「この結び方ならしばらくは解けないから大丈夫。」
そう言いながら、その紐を日誌の綴じ穴に通して、さっきとは違う結び方で綴じてくれた。
「ありがとう。」
「いや、図書室の係、ごくろうさまだな。氷見、去年もやってたよな?」
「え、うん。文芸部で持ち回りなの。」
図書室に私がいたこと、結城君も気づいてくれてた。それに覚えていてくれた。
「あ、そうなのか。文芸部って大変なんだな。そういえば、渡辺がいたこともあったな。」
「うん、渡辺君も文芸部だから。」
「気の弱い奴が押しつけられてるのかと思ってた。」
「えー、私も?」
「氷見は押しつけられるというより、自分から進んでやりそうだよな。」
「え、そうかな…」
「ああ、氷見って人が面倒に思うことでも正しいと思ったらやるタイプじゃん。」
「それは…」
(それは結城君のことだよ。)
「あ、ごめんごめん、決めつけはよくないよな。文芸部って何人くらいいるんだ?」
「え、二十五人、かな。」
この春、新一年生が十人も入部してくれた。
「そんなにいるのか!すごいな。」
「うん、あのね、文芸部って名前だけど、イラスト研究会と漫画研究会とアニメ研究会が合併してて、だからいろんな活動をしてるの。」
「へえ、なるほどなあ。じゃあ、当番が回ってくるのは二カ月に一度くらいか。」
「うん、そう。だから、あんまり負担でもないかな。」
「それでも利用者からすれば助かってるよ、ありがとな。」
どうしてこの人は、そんな風にさらりとお礼が言えるんだろう。
図書室当番にお礼を言う人なんて初めて見たから、涙が出そうになった。
図書室には、他に誰もいない。
私が、結城君を独り占めしてる…。
(ああ、ダメだ…私…)
そっと遠くから見ているだけの片思いでいいはずだった。
だけど、私の中に、別の気持ちが芽生えてしまった。
(もうずっと、二人きりでいられたらいいのに。)




