(17)それでいいのか、気持ち的に
ゴールデンウィークが終わり、木曜金曜と授業があって、土曜日になった。
俺は、部屋のベッドの前に、腕組みをして立っていた。
(うう…妙に生々しい…)
ベッドの上には、四着のレオタードが並んでいる。
赤、青、黄、銀の四色。
『二組戦隊ビューティーフォー』の皆さんが着用するコスチュームのベースとなる素材である。
(なんの拷問だよ、これ。)
千夏はどう思っているのか知らないが、俺だって健康体の男子高校生だ。
あらぬ妄想と戦ったり、戦わなかったり…。
連休中に考えた「共通パーツ」のアイデアは、いくつかが採用された。
まず俺が試作品を一つ作って、みんなの了承が得られたら四人分のパーツ製作と、衣装への組み付けをすることになっている。
作業工程としては順調に見えるが、まだ考えなくてはいけないことが山ほどあった。
例えば、戦隊のエンブレム。
武田菱をモチーフにしたデザインには賛同が得られたが、試作するとなると、質感、色味、大きさ、取り付け位置など、さまざまな条件を決めていく必要がある。
(とりあえず、頭を冷やすか…)
洗面所に行って顔を洗う。
五月の甲州の水は、まだヒンヤリと冷たく、頭の中の熱っぽさまで一気に冷ましてくれた。
(よし、やるか。)
文化祭に向けた作業の班分けは、木曜日のロングホームルームで決まった。
衣装班は俺と、美術部の千倉 日向、藤崎 楓さんの三人。
美術部の二人は悪役の衣装担当で、発泡スチロールに色付けをして「怪人」を作り上げるという。
ちなみに、千倉と藤崎さんは中学美術部の頃から付き合っていて、仲良く甲斐高校に進学した。
この春、めでたく同じクラスになって、人目もはばからずイチャイチャしている。
美術部カップルが作る怪人に、戦隊ヒロインたちが衣装で負けるわけにはいかない。気合を入れねば。
『ビューティフォー』の衣装を担当することになった俺には、当然、同級生男子からの風当たりが強い、かと思ったのだが、
「結城、頑張ってくれよっ!」
「お色気を最優先だからな」
「よ、四人のスリーサイズ、教えてくれ」
「戦闘中にコスチュームが破けるように仕掛けを頼むっ」
などなど、激励だか懇願だかわからない声を掛けられた。
裁縫やら刺繍やら、これまで恥ずかしくて隠していたことで、同級生たちから期待されることになるとは、不思議な気分だ。
(そういえば、氷見もやたら巾着を褒めちぎってたな。)
あいつはどうも、物事をポジティブに捉えすぎる傾向がある。しかも大げさだ。
味見させてもらった手作り菓子が本当に美味くて、
「氷見にこんな才能があるなんてな。」
と、感想を言った時も、
「才能なんてとんでもないよ、結城君こそ、すごい才能だよ!」
なんて言っていた。それこそとんでもない話だ。
子どもの頃から家の手伝いをさせられて、仕方なくできるようになった俺と、たった数日間の特訓であれほどの菓子を作り上げた氷見ではまるで違う。
(「才能」って言葉の意味を知ってるのかな、あいつ。)
そんなわけで俺の「いやがられ作戦」は見事に空回りしたわけだが、その作戦ももはや不要になるかもしれない。
氷見に彼氏ができれば、俺の片思いにも未来が開けるのだ。
(これまで以上に、氷見との距離感には気をつけないと。)
どこで誰が見ているかわからない。
氷見が好きな男子に告白した時、
『君って結城と仲がいいんじゃないのか?』
なんて言われたらかわいそうだからな。
連休明けの木曜日から、俺はさっそく行動を起こしている。
朝の電車で立つ位置を「座っている氷見のはす向かい」から半歩、横にずらしたのだ。
微妙な差だが、電車の中で氷見から俺に話しかけるのは難しくなったはずで、実際、木曜も金曜も、氷見との会話はなかった。
途中から電車に乗ってきた翔真が、
「なんだ、直人、氷見ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
と言っていたくらいだから、効果ありと考えていいだろう。
(おっと、今は氷見のことなんかどうでもよかった。)
余計なことに思考を回している余裕などない。
戦隊エンブレムのほうが重要だ。
(ともかく紙で作ってみて、どんな感じか見てみるか。)
俺は雑念を振り払って机に向かい、土曜日曜と試作品の製作に没頭したのだった。
月曜日の朝。
いつも通り座席を一つ確保してやり、氷見を座らせると、俺は氷見の隣に座ったおっさんの正面に立って吊革に掴まった。
電車が走り出すと、氷見がチラチラと俺のほうを見てくるが、理由はわかっている。
俺が通学バッグのほかに、トートバッグを肩に提げているからだ。
中には、この週末で作った試作品が入っている。
エンブレム、スカーフ、マント、ベルト、ミニスカートの五点だ。
「共通パーツ」とはいえ、戦隊ヒロインにとってテーマカラーは重要だから、スカーフ、マントの裏地、ミニスカートの装飾に、色を入れることにした。
たまたま、うちの店に黄色い布が余っていたから、試作品は白をベースに黄色を入れて製作した。
つまり「ビューティイエロー」こと千夏用のパーツだ。
(千夏に頼んで、翔真の部屋で試着してもらうか。)
それなら、実際に着用した時のバランスが見られるし、翔真に感想を聞くこともできる。
電車が石和温泉駅に着くと、今朝は翔真が千夏に腕を支えられて乗ってきた。
(おじいちゃんかよ。)
いくら朝が弱いとはいえ、幼馴染に支えられて通学とは、まったくもって情けない。
「よ、おはよ。」
二人に挨拶すると、千夏は「おはよ、直人」と返事をするが、翔真は無言で片手を挙げて挨拶。
いつも通りだ。
「なあ、千夏、戦隊コスチュームのパーツなんだけどさ、試作品作ったから、今夜翔真の部屋で試着してくれないか?バランスとか確認したいからさ。」
「え、もう?さすが直人だな。わかった、部活終わったら翔真の部屋に行くよ。」
「おう、頼むわ。翔真もいいか?」
翔真はけだるそうに「ん。」と言って頷く。
なんだ、調子でも悪いのか、と思っていたのだが、甲府駅から高校までの道では普段通り、肩を寄せてきた。
「なあ、直人。あのさ…」
妙に真剣で、深刻な声音だ。
「俺、千夏と付き合うことになった。」
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「ええっ!」
思わず驚きの声を上げると、前を歩いていた千夏と氷見が振り向いた。
千夏はニヤリと笑い、氷見は不思議そうに首をかしげて、前に向き直って歩いていく。
「な、なんで、そうなったんだよ。」
普通に祝福してやるところなのかもしれないが、意外な事態に驚く気持ちが勝ってしまった。
「いやあ、一昨日さ。」
「一昨日!」
「ああ、夜、千夏が遊びに来たんだよな。まあ、しょっちゅう来てるんだけどさ。」
「ああ。」
「で、なんかの拍子に、俺が『千夏、お前は俺のことをなんだと思ってるんだ』って言ったわけ。」
「まあ、よくそんなこと言ってるよな。」
「だろ?それがさあ、間違えて『千夏、お前は俺のことをどう思ってるんだ』って言っちゃってさ。」
「なんだと思ってる」と「どう思ってる」はたしかにまったく違う。
しかし、二人の普段の距離感とか、千夏の性格から考えても、言い間違いに気づかないとは思えない。
「で、千夏が『それって、あたしが翔真を好きか、って意味?』って言ったんだよ。そんなの、冗談だと思うだろ、普通。」
「ああ、まあな。」
「くだらないから黙って聞き流したんだけど。そしたらあいつ、『好きっていうか、一生添い遂げたいと思ってるよ』って言ったんだぜ?」
「…すげえな、千夏。」
「だよな。それでまあ、俺もそうだな、って思ってさ。」
え、おいおい、この前話してたのとまったく違うじゃねえか。
「翔真、お前…」
「いや、言うな、わかってる。だけどさ、直人、旅館業っていうのは特殊な世界なんだよな。この連休中、ずっと接客とか掃除とかやってて、実感したっていうか、再確認したっていうか。」
たしかに、高校二年にもなれば、ただ「家の手伝いをさせられている」というだけでは済まないのかもしれない。
「でっかいホテルはさ、分業もできてるから、経営者なんてデスクワークだし、オーナーなんて何もしない。逆に小さい旅館とか民宿は、アットホームでなんでもやるけど、お客さんも常連が中心だし、求められる利益も大きくない。うちとか千夏のとこみたいな中規模旅館は一番面倒なんだよ。」
珍しく、翔真は真面目に語った。
「そんな世界に、よその人を巻きこんで苦労させるより、そういう宿命を背負ったもの同士で頑張る方がいいのかな、って思ってさ。」
将来を見据えた決断、ということか。
「それでまあ、そういうことになった。」
どういうことになったのか、は聞かずにおこう。
「昨日はさらに大変だったんだよ。」
土曜日に交際開始。その翌日の日曜日、ということか。
「もう、あいつの家の両親と、うちの両親とで、婚約祝賀パーティーみたいになっちまって…」
翔真君、キミ、それは見事に嵌められたってことでは…?
「二つの旅館をぶっ潰して、大きな温泉ホテルにしよう、なんて話まで飛び出す始末でさあ。」
「もう逃げられないな、そりゃ。」
電車に乗ってきた時、千夏が翔真の腕を支えていたように見えたけど、あれって腕を組んでた、ってことか!
「で、翔真はそれでいいのか、気持ち的に。」
「そうだな。まあ、憧れと恋愛は違うっていうか、現実を直視するっていうか、千夏は乱暴な態度に見えるけど真面目で献身的だからさ。」
以前、千夏は言った。
『何を求めるかってことじゃんね。』
あれは「恋をしたら告白しなければならないのか」という問いに対する答えだった。
まるで切ない心の内を語ったかのように聞こえたけど、千夏はもっと壮大なビジョンを描いていたらしい。
千夏、おそるべし。
翔真はそれから「ふふっ」と小さく笑った。
「二人きりの時は可愛いところもあるしな。」
そうかいそうかい、ごちそうさま。




