(16)この辺は田舎だから
大型連休の最終日。
お昼前の塩山駅の改札口は観光客や登山の人も少なくて、落ち着いた雰囲気だった。
いつも通学で使う駅で陽菜ちゃんと待ち合わせなんて不思議な気分。
連休直前の放課後、甲府駅に近いケーキ屋さんで話していたら、陽菜ちゃんが
「塩山ってどんなとこ?実は行ったことがないのよね。」
と言うので、私の家に招待した。陽菜ちゃんには塩山をぜひ見にきてほしいと思ったから。
もうすぐ陽菜ちゃんを乗せた電車が到着すると思うと、ちょっとドキドキする。
改札口の窓からホームに電車が止まったのが見えて、階段を上がってくる乗客の人波の後ろのほうに陽菜ちゃんがいた。
今日は白いシャツの上にカジュアルな薄緑色のジャケットを羽織って、細身のデニムパンツがかっこいい。
青と白のキャップもよく似合っている。
「いらっしゃい、陽菜ちゃん。」
「うん、お迎えありがとうね。意外と近かった。」
陽菜ちゃんは身延線の市川本町という駅の近くに住んでいる。甲府で乗り換えて、塩山までは一時間余りだ。
一緒に駅の階段を降りて、私が毎朝小走りで登る坂道を下っていく。
「昨日ね、文化祭の衣装、買ってきたよ。」
ナッちゃん、エリナちゃん、沙月ちゃんと四人でお買い物の約束をしていたのは聞いていた。
「いいのあった?」
「うん、バレエ用の長袖のレオタードにしたの。エリナが赤で、沙月が青で、ナッツが黄色。私は何色だと思う?」
「えー、ピンク!」
「はずれー。ピンクにするつもりだったんだけどね、白っぽい銀色のがあって、気に入ったから、それにさせてもらったの。」
「シルバーも似合いそうだよね、清純な感じで。」
「ううん、清純というより、むしろセクシーなの。赤とか黒のロープが似合いそう。」
「そ、そうなんだ…」
深く聞くのはやめておこうっと。
陽菜ちゃんが解説してくれたところによると。
華やかなエリナちゃんは、正統派で正義感が強く、まっすぐなタイプの「赤」。
穏やかでお姉さんっぽい沙月ちゃんは、責任感が強くて冷静なタイプの「青」。
豪快で男っぽいナッちゃんは、パワータイプの「黄色」。
そして陽菜ちゃんは縛られていたぶられる役だから、ということで、ピンクより銀色を選んだらしい。
「ほら、ピンクだといかにも、って感じじゃない?弱いから掴まった、っていうさ。でも私としては『強いんだけど奮戦虚しく捕らえられる』みたいなほうがよくてね、わかるでしょ?」
全然わかんない。
私と一緒に脚本を担当することになった渡辺君なら、文芸部でいつもファンタジーな作品を書いているし、「戦隊モノをいくつか観てみるよ。」と言っていたから、上手に構成してくれると思うけど。
「ねえ、前から聞きたいと思ってたんだけど、詩織って文芸部ではどんなの書いているの?」
「私は書いてないよ?」
「えっ、文芸部ってみんな、小説とか詩とか書いてるんじゃないの?」
「ああ、みんなじゃないの。私は『ロムっ子』って言って、書かないで読むだけ。」
「えっ、そんなのずるいじゃない。」
「ううん、えっとね、書いている人同士だと、批評がお互いに偏っちゃうから、読むだけの人がいてもいいんだって。いろんな人が読ませてくれるよ?」
「そうなんだ。詩織としてはそれって平気なの?書いてみたいって思わない?」
「うーん、思わないかな。誘われた時からそういう約束だったから。」
「そんな約束があるの?運動部で言ったら試合は出ないけど練習する、みたいな感じじゃない?」
「えー、そうかなあ。私、名前が『詩織』っていうだけで勧誘されたから。」
陽菜ちゃん、なぜかずっこけてる。
「それで入部しちゃう詩織もすごいけど、でも文芸部って図書室の係とかもしなきゃいけないんでしょ?」
「うん、そう。」
放課後の図書室で、貸出の受付とか返却された本を書棚に戻したりする係は、文芸部員が持ち回りで担当している。
伝統的にそうみたいで、みんな特に疑問に思うことなく引き継いできた。
ときどき結城君が図書室に来てくれるから、私としては当番の日が嬉しかった。
そんな他愛のない話をしながら国道を越えて、重川という川に架かる橋を渡る。
いくつもの川が流れこむ扇状地の甲府盆地で、この辺りは「扇頂」と呼ばれる地域の一つ。
傾斜の緩やかな扇状地と山地の境目みたいな場所で、日差しをたっぷり受ける急斜面がブドウ栽培に向いているそうだ。
川べりから急な坂道を登ると、私の家が見えてくる。
「あそこだよ、陽菜ちゃん。」
「えっ、どこ?」
「え、あの白い塀のとこ。」
「ええっ、家じゃなくてお屋敷じゃない!」
「あはは、大げさだよー。この辺は田舎だから、農家は敷地が大きいんだよ。」
「お寺かと思った…。」
曾祖父の頃に、家の周りに瓦塀を作ったそうで、白い漆喰の塀の上に瓦が乗っている。
ちょっと大げさな塀と、櫓門みたいな立派な門は、曾祖父の趣味らしい。
果樹園農家は自家用車のほかに、軽トラや、農薬散布車も置かなきゃいけないから敷地の広い家が多い。
「どうぞ、入って。」
上が物置になっている門をくぐって、お庭を横切って少し歩くともう家の玄関。
「門から家までこんなに歩く家に来たのは初めてだよ、詩織。」
なんて陽菜ちゃんは驚いているけれど、このあたりの家の中では少し大きいくらい。
「ここの他に、農園があるんだよね。」
「うん、ここはただの家だもん。ブドウの農園は広いけど、あとはサクランボとイチゴとトマトの温室だけだよ?」
実際には、駅の近くに貸している土地があったり、マンションが二棟あったりするらしいけど…その話は、なんとなくやめておいた。
「家は普通の日本家屋だから大丈夫だよ、陽菜ちゃん。」
「そう?もう驚き疲れちゃったけど、お家もずいぶん大きく見えるわよ?」
「田舎の日本家屋だからかな。あ、お母さん、高校のお友達の朝倉陽菜ちゃんだよ。」
お母さんと陽菜ちゃんの挨拶も終わって、二階にある私の部屋に案内した。
十二畳の和室を洋室に改造した普通の部屋だから、ここなら陽菜ちゃんも落ち着けるはず。
「ハァ、詩織ってお金持ちのお嬢さんだったのね。」
「もう、からかわないで。家はそれなりに広さがあるけど、裕福なわけじゃないもん。」
「あのね、詩織、裕福じゃない家庭では、娘の部屋にソファーなんかないのよ。」
「あ、それはね、居間のソファーを買い替えた時に古いのをもらったの。座って。」
驚きすぎの陽菜ちゃんに座ってもらって、私は冷蔵庫から自家製のブドウジュースを取り出す。
ローテーブルの上のグラスは、下のキッチンから持ってきて用意しておいたものだ。
それと、クッキーとパウンドケーキ。
「ほんとはお昼時だけど、食事は後で用意してもらってるからね。」
「あ、うん、ありがとう。」
「お菓子、昨日作ったんだ。焼きたてじゃなくてごめんね。」
「ううん、美味しそう。いただきます。」
陽菜ちゃん、さっそく手を伸ばしてくれた。
クッキーを手に取って、手を添えながらサクッと食べる。
食べる時も、陽菜ちゃんの所作は優雅で美しい。
「んー、美味しい。やっぱり詩織のお菓子は美味しいわ。」
「ほんと?よかった。結城君にも褒めてもらったんだ。」
陽菜ちゃん、コホッと小さく咳きこんだ。
「待って、えっ、結城君にあげたの?いつ?」
「昨日の午後。結城君の家に持って行ったの。」
「詩織って、ときどきすごく行動力があるわよね。」
たしかに、いつもはトロくて失敗ばかりの私だけど、昨日は頑張れたんじゃないかと思う。
「えへへ、ありがとう、陽菜ちゃん。」
「あー、えーと、あんまり褒めてないんだけど…。」
「えっ、何かいけなかったかな。」
連休に入って、三日間は家の手伝いがあったから、それが終わってからお菓子作りの練習をした。
何種類か作って、光生にも味見をしてもらって、クッキーとパウンドケーキを結城君へのお礼にすることに決めた。
もっとも、三日目は光生はお友達の家で食事をご馳走になったとかで、味見をしてくれなかったけど。
でも、色と形、味は自分なりに納得できるものになったから、四日目は朝からそのレシピでお菓子を作って、午後、結城君の家に届けに行った。
そんな経緯を、私は陽菜ちゃんに説明した。
「そうなんだ…。結城君、ビックリしてなかった?」
「うん、ドアを開けてくれた時、すごく驚いた顔してた。」
実は私も動揺しちゃって、しばらく声が出なかった。
「そうよねえ。それで、詩織はなんて言ったの?」
「それが…あの…『結城君、甘いものは好き?』って聞いちゃって…」
「えっ、いきなり?最初に?」
「うん…」
「結城君、どうしてた?さらに驚いたんじゃない?」
「ううん、それが笑ってくれて、『なんだ、街頭インタビューか?』って。」
「あははは、そうなんだ、結城君も大した人ねえ。」
(ほんとだ…私、昨日は無我夢中で気づかなかったけど、結城君はやっぱり小さなことに動じない人だ…)
「うん、それから、洋品店のお店を開けてくれて、お店でお菓子を渡したの。」
そこまで話して、私はなんだか不思議な気持ちになった。
昨日の結城君、ちょっと変だったような…?
「どうしたの、詩織。」
「ううん、なんか、昨日の結城君が…いつもと感じが違ったかな、って…」
「え、どんな風に?」
「うーん、なんだろう…お菓子を渡したら、すぐに中を見て、お菓子を取り出して、二つとも食べてくれて…すごく美味しい、って褒めてくれたんだけど…」
「うんうん。」
「気のせいかもしれないけど、私がお礼を持っていくこと、わかってたような気がして…」
「わかってたとは思えないけど…だけど、期待していた、ってことかもしれないわね。」
「期待?」
「うん、そう。心のこもった贈り物をして、詩織との関係が一歩進めばいいな、っていう。」
「え、そう、なのかな…」
「関係っていうのは言い過ぎかもしれないけど、対話っていうのかしら。やり取りが増えるというか。」
「うん…お礼をするってそういうことかもしれないよね…」
してもらうだけでなく、お礼をする。それは貸し借りをなくすってことじゃなくて、やり取りが始まる、ということ。陽菜ちゃんの言ったことは理解できた。
「結城君、美味しいの他には何か言ってなかった?」
「えっと、あ、『氷見にこんな才能があるなんてな』って言ってくれた。」
きっと優しい結城君の社交辞令だと思うけれど。
「そうなのね…。ねえ、詩織。やっぱりたしかめてみたら?」
「たしかめるって?」
「あの巾着に、結城君のどんな想いがこめられていたのか。」
「えー、そんなことできないよ。どうやってたしかめるの?」
「そうねえ。あ、例えばさ、私も詩織の巾着を羨ましがって、作ってもらいたい、って話していた、ってことにするのは?」
「陽菜ちゃんが…?」
「うん、そう。それで結城君が、拒否したり、面倒くさそうにしたらさ、詩織にだけ特別にあげたかった、ってことがわかるじゃない?」
「そうかもしれないけど、結城君はみんなに優しいから、きっと喜んで作ってくれると思う。」
「でも、その作品の出来とか、相手への理解の強さとかがわかれば、詩織に作ってくれた巾着と比較ができるじゃない。」
「うーん、そんな結城君を試すようなことは…なんていうか、気が進まないかなあ。」
「んー、そっか。じゃあ、私から頼んでみてあげよっか。」
「えっ、それは困る…かも…」
私より何倍も可愛くて綺麗な陽菜ちゃんに頼まれたりしたら、結城君、めろめろになっちゃいそうだもん。
「…わかった、私、機会があったら話してみる。」
そんな勇気を出せる日が来るのかな、とも思うけど、今はともかく陽菜ちゃんが先走らないように、私はそう言った。




