(15)いいかげんにしろ
今年のゴールデンウイークは五連休だ。
うちの店も五日連続で休業。両親は四国旅行に出かけ、家事と弟の世話は全部俺に押しつけられた。
弟の洋太は、中学で陸上部に入部した。朝から練習に出かけていく。
「女子と一緒に練習できるからさ。」
兄と違って洋太は社交的で、容姿の面では俺に似ているくせになぜか女子に人気がある。
小学生の頃からバレンタインにはいくつもチョコレートをもらっていたし、卒業式の時は後輩の女子が泣きながら抱きついているのを目撃した。
翔真は旅館の手伝いで忙しいから遊びに誘うわけにもいかない。
そんなわけで俺は一人、静まり返った家の中で惰眠をむさぼっていたのだが、三日目ともなるとさすがに寝てばかりというわけにもいかず、戦隊ヒーローの動画を観ながら、文化祭の衣装のアイデアを練っていた。
千夏は、
「長袖のバレエ用のレオタードにするつもりだから、よろしくな。」
と言っていた。
レオタードなら光沢もあるし、色も映えるだろう。
キャラクターごとのテーマカラーは、戦隊での位置づけや性格、戦闘方法などを表現する重要なものだ。
となると、俺が製作するのは「共通パーツ」だ。
まず最初に考えたのは、戦隊のエンブレム。
四人だから「武田菱」をベースにすることにした。
甲州武田家の家紋である武田菱は、山梨県警にも採用されているし、山梨県民には馴染みが深い。
四つの菱形を組み合わせた図柄だから、四つのテーマカラーを組み合わせるのにちょうどいい。
ベルトも重要だ。金のバックルと黒いベルトでウエストを締めれば、ボディラインが強調される。
(なんせ、あの『五人美女』のうち四人が着るんだからな。)
俺は今、全校男子の期待を一身に背負っているのだ。
四人の美少女たちの心意気に応えつつ、男子たちに夢と希望と興奮を与える必要がある。
戦隊コスチュームの色気とはチラリズムの境地だから、スリットの入ったミニスカートなんかもポイントが高い。
脚はテーマカラーで覆うのが望ましいのだが、それこそ採寸なんてできないから、白タイツかレギンスで我慢してもらおう。
(問題は戦闘ブーツだな。)
白いブーツを購入してもらう、というのがもちろん手っ取り早い。
だが予算の関係もあるだろうし、講堂の舞台は板張りだから、固い靴底で動き回ると音が気になるはずだ。
(地下足袋を加工するか。)
白い地下足袋なら安価だし、銀色のテープで装飾すればそれっぽく見えるだろう。
(なんだこれ、めちゃめちゃ楽しいぞ?)
アイデアが湯水のように溢れてくる。
(だけど気をつけないと…)
朝倉さんも見るのである。見るだけじゃなくて、実際に着用するわけだ。
本人が「ピチピチで色気がないと」と言っていたとはいえ、セクシーさの強調ばかりに走ると「ヤバい奴認定」は避けられない。
(頭部はまさか隠さないよな。)
戦隊モノでは、戦闘スタイルの時はフルフェイスのヘルメットで顔を隠している。
撮影上の都合もあるのだろう。
しかし、美女四人が揃うせっかくの舞台で顔を隠すのは絶対NGだ。
千夏とバレー部の二人は髪が短いからテーマカラーの鉢巻がいいかもしれない。
長さや太さを変えることで、個性も表現できる。
比較的髪の長い朝倉さんには、ポニーテールにしてもらって、リボンをつけるのもいい。
(朝倉さんだけ特別扱い。いいね!)
気がつくと立ち姿のヒロインのラフスケッチの周りには、びっしりとパーツのアイデアが書きこまれていた。
「さて、と。」
戦隊コスチュームのアイデア出しに熱中していたら、夕方になっていた。
そろそろ洋太も帰ってくるし、夕飯の買い出しにでも出かけるか。
「その前に米だけ研いでおくか。」
階段を降りて台所に行く。
うちは一階が店舗と作業場になっていて、住居スペースは二階なのだが、台所と食卓と風呂場だけは一階にある。ダイニングキッチン、と言えなくもないが、古い日本家屋だから台所の中に食事用のテーブルがある、という感じだ。
ちょうど、洋太が帰ってきたようで、勝手口で物音がする。
「ただいまー」
と、物憂げな洋太の声。別に返事はしないし、洋太も返事を期待して言ったわけではない。
「友達連れてきたー」
「おじゃまします」
先に洋太が上がってきて、その後ろから少年が入ってくる。
「あー、兄貴。同じ部活の友達、コウセイ。」
なーにが、兄貴だ、洋太の奴。普段は「お兄ちゃん」だろうが。
まあいいや。
「ああ、いらっしゃい。これから夕飯の仕度するけど、うちで食べていく?」
「あ、それいいね。コウセイ、飯食っていけよ。」
「う、うん。すみません。」
礼儀正しく挨拶する友達。顔を上げると、大きな瞳が印象的な美少年だ。
こういう少年こそ、女子の人気を独占するのだろう。
洋太よ、かわいそうだがお前のモテ期は終了だな。
洋太はそのまま俺の前を素通りして、友達を二階の自室に案内する。
俺はいつもより多めの米をザルに入れて、米研ぎを始めた。
二時間後。
俺たち男三人は狭い食卓を囲んで座っていた。
今夜のメニューは、カツ丼とサラダと冷奴と味噌汁。
(うん、我ながら夕食っぽい。)
俺に料理スキルはないから、近所のスーパーで買ってきた。
カツ丼だけは、薄めためんつゆで冷凍のカット玉ねぎを茹で、その上にスーパーで買ったロースカツを適当に切って並べたものに卵液を掛けるという方法で、手料理っぽい雰囲気を出してみた。
サラダも、カット済みのグリーンサラダに、ポテトサラダをトッピングしてやった。
まあ、洋太が恥をかくのもかわいそうだしな。
二人ともけっこう美味しそうに食べてくれた。
「こいつの姉さんがお菓子作りにはまってるらしくてさ、昨日も一昨日も甘い物ばっかり食べてたんだってさ。」
と、洋太。
「そっか、じゃあ男くさい手抜き料理で申しわけなかったけど逆によかったかな、えーと、コウセイ君だっけ。」
「あ、はい、氷見光生です。とっても美味しいです。」
ん、今なんて言った?まさかこの子。
「光生の姉さんも甲斐高校だってさ。兄貴知ってる?」
「姉は氷見詩織っていいます。」
そんなラブコメみたいな展開ってほんとにあるのかよ。
「ああ、中学も同じだったし、知ってるよ。」
毎朝一緒に登校してる、とは言わずにおいた。
「なんか一昨日から急にお菓子を何種類も作って、光生に味見させるんだって。光生、それってあれかな、彼氏ができたとかかな。」
「それはわからないけど。」
「でも女子ってさ、本気度を伝えるのに手作りとかしたがるじゃん。」
洋太、中一のくせになんでそんなこと知ってんだよ。
「うーん。彼氏じゃないかもしれないけど、好きな人ができた、とかかも。最近、様子がおかしい時もあったから。」
「様子がおかしいって?それ、どんな風に?」
こらこら洋太、躾けの悪さをひけらかすんじゃないよ。
「うん、家に帰ったらさ、真っ暗な部屋で一人で座って、ボーッとしてて。ビックリしたんだよね。」
「へえ。他にもおかしいと思うことあったのか?」
「こら、洋太、いいかげんにしろ。」
知らない子の話ならともかく、同級生のそんな話を聞くのは悪いから止めに入った。
「あはは、そうだな、もうやめる。だけどうちは男兄弟だからさ、そういう話って新鮮なんだよ。」
「僕はお兄さんがいるほうが羨ましいけどなあ。」
そりゃどうも。
ちゃんと社交辞令も言える、いい弟君じゃないか。
(なるほど、氷見に好きな人が、ね。そりゃ氷見にだって好きな人くらいいるだろうな。)
俺の予想では文芸部の先輩あたりなんだが。
それにしても、好きな人にあげる手作りのお菓子を何種類も練習するなんて、さすがは氷見。健気だ。
(そうだよ、氷見に彼氏ができる、ってのは何よりの解決策じゃないか。)
翔真も言っていた。「千夏に彼氏ができれば穂乃果ちゃんに告白できる」と。
(連休中にお菓子作りの特訓をしているということは、告白準備中、ってことだな。)
恋愛関係については俺には何の手助けもしてやれないが、健闘を祈っておこう。
その氷見が、突然俺の家を訪ねてきたのは翌日の午後だった。
俺は部屋のパソコンで「戦隊ヒーローショー」の動画を観ていた。
戦隊モノのテレビ番組はさんざん見てきた俺だが、ヒーローショーには行ったことがなかったからだ。
実は、普段着というか、戦闘スタイルに変身する前の衣装も必要になるのか、という点が気になったのだ。
文化祭の舞台でやるのだから着替える時間なんてないし、だとすると変身前の衣装は上に重ね着する必要がある。
(ヒーローショーでは戦闘スタイルで登場するんだな。)
そりゃそうか、タレントさんを地方のショッピングセンターに連れていくわけにもいかないしな。
とりあえず、一安心していると、呼び鈴が鳴った。
店舗のほうじゃなくて、勝手口だ。
「なんだよ、宅配便か?」
インターホンみたいな気の利いた文明は我が家にはないから、階段を降りて勝手口のドアまで行かなくてはいけない。
で、ドアを開けると、氷見が立っていたのだ。
同級生女子の突然の来訪に驚いている俺と、真っ赤な顔をして立っている氷見。
二人とも声を発することなく、目を合わせたまましばらく固まっていた。
「あ、あの、結城君、甘い物、好き?」
なに言ってんだ、こいつ。というか、テンパりすぎだろ。
俺はたまらず吹き出した。
「なんだ、街頭インタビューか?」
「え、あっ…ごめんなさい。」
「いいよ。店のほう開けるから表で待っててくれるか?」
勝手口を閉めて、店舗のほうの灯りをつけ、シャッターを内側から開ける。
さすがに家に上げるというわけにいかないから、店のほうで応対することにした。
お客さんと商談するための、小さなデスクがある。
突然来たのには驚いたが、昨日の弟君の話と、氷見の第一声からおおよその予想ができた。
「急にごめんね、あの、これ、巾着のお礼で、お菓子を作ったからよかったら、と思って。」
ふむふむ、なるほどな。
巾着のお礼とは、なかなかいいアイデアだ。
ここは氷見の小芝居に付き合ってやらねばなるまい。
「お菓子作ってくれたのか。お礼なんて気にしなくてよかったのに。」
そう言いながら、素直に受け取る。
紙袋の中に、セロファンに包まれたクッキーと、焼き菓子のようなお菓子が入っていた。
氷見のことだから、きっと好きな人にあげる前に、身内でない誰かに味見してもらおうと思ったのにちがいない。
中学でも高校でも同級生の俺なら、適任ということだろう。
突然、家に押しかけてくるのはどうかと思うが、氷見の必死さがうかがえる。
これはきちんと味見をして、忖度なしの感想を言ってやらねば。
俺はさっそくセロファンを開け、まずクッキーをつまんで口に入れた。
(んっ?なんだこれ…)
美味いのだ。
サクッとした歯ごたえ、ほんのりとバターの香りのあと、イチゴのジャムの甘味がふわりとやってきた。
お店のような味、なんてものじゃない。お世辞抜きで、今まで食べたどんなクッキーよりも美味い。
「氷見、すごいな、これ、ほんとに美味いぞ。」
心配そうに、じっと俺を見つめていた氷見の顔が笑顔になった。
「うん、これなら誰にあげても喜ばれるよ。」
もう一つの焼き菓子は、スポンジの中にジャムを練りこんだようなケーキだった。
型に入れて焼いたものを切った感じで、周囲にほどよく焦げ色がついている。
手に取った瞬間に、ふわふわしっとりなスポンジと、輪郭部分のサクサク食感はわかる。
かじりつくと、まさにその通りの食感と舌触り。
ほどよい甘みと酸味が、芳醇なイチゴの香りとともに口の中に広がった。
「こっちも美味い!氷見にこんな才能があるなんてなあ。」
こんなお菓子をもらって落ちない男はいないだろう。
俺は目の前で嬉しそうに満面の笑みを浮かべる氷見に、親指を立てて「いいね」を贈った。




