(14)芸術作品みたいだよね
放課後。
私はいつものケーキ屋さんで陽菜ちゃんを待っていた。
今日もやっぱりお店は混んでいて、お客さんの出入りも多い。
陽菜ちゃんが入ってくると、そこだけパッと明るくなる。
まるでスポットライトがあたるように、ひときわ目立つ。
「お待たせ―」
陽菜ちゃんが向かいの席に腰を下ろす。
「ごめんね、急に。」
「ぜんぜん。それより、聞いたよー。結城君からプレゼントをもらったんだって?」
「違うの。あ…違わないんだけど、そのことで相談したくて。」
「うんうん。」
そう言いながら、両手を差し出す陽菜ちゃん。
「え、なに?」
「何じゃないわよ、まず見せてよ。」
「あ、そっか。」
まずは見てもらわないと始まらない。
私は鞄から、結城君にもらった巾着袋を出して、陽菜ちゃんに渡した。
「ふーん…ほんとにすごいわね…。」
「陽菜ちゃん、刺繍のこと、わかるの?」
「ううん、まったく。だけど素人目にもキレイじゃない?」
「うん、そうだよね。」
「それで?まず経緯から聞いた方がいいの?」
「あ、うん。一昨日ね、結城君と一緒に日直だったの。」
「うん、そうだったよね。」
朝、陽菜ちゃんが「頑張ってね」と頭を撫でてくれた。
それはもちろん「結城君との日直を」という意味なのはわかった。
私は、一昨日の放課後の出来事を陽菜ちゃんに話した。
掃除の時間に、結城君がお腹が痛いと言っていたこと。
私が、掃除当番がゴミ捨てを忘れたのを見落としてしまったこと。
ゴミ箱を焼却炉に持っていこうとしたら、結城君が代わりにやってくれたこと。
帰りの電車の中で、いつもよりたくさん話してくれたこと。
中学生の時に作った巾着袋を見せてくれたこと。
私が「いいなあ」と言ったら、作ってあげると言ってくれたこと。
そして今朝、眠そうにしながら紙袋を渡してくれたこと。
「そんなことがあったのね。ゴミ捨ては溜まってきたら運動部の男子が捨てに行くっていうのが不文律みたいなものだからねー。」
「え、そうなの?」
「一年の時からそうだったじゃない?」
「知らなかった…。」
「ふふっ、詩織らしいわね。結城君は何も言ってなかった?」
「うーん、私が謝ったら『ゴミ捨てくらいで大げさだ』って言ってた。」
「そうね、それは私もそう思う。電車の中ではどんなことを話したの?」
「結城君にも私にも弟がいて、同じ中学の同じ学年、っていうこととか、二人とも家の手伝いをよくすることとか…あ、そう、それで、結城君が裁縫や刺繍が上手くなったって、巾着を見せてくれたの。」
「共通点があるのはいいわよね。その巾着はどんなのだったの?」
「うん、イニシャルと車の絵が刺繍されていて、ずっと使ってるのに少しも傷んでなくて、すごいな、って思った。」
「ふーん、これと比べてどう?」
陽菜ちゃん、お花の刺繍の巾着を少し持ち上げる。
「それはこっちのほうがきれいだと思う。だって、結城君が自分で使ってるのは中一の時に作ったって言ってたもん。」
「そうよね。絵柄としても立体的だし。」
「うん、もうなんていうか、芸術作品みたいだよね。」
私の勢いが強すぎたのか、陽菜ちゃんはクスッと笑った。
「それでね、陽菜ちゃん。」
「うん、どうしたの?」
「この花なんだけど…ナッちゃんが調べてくれて、桔梗なんだって。」
「ああ、そうかも。私の家でも咲くわ。たしか、夏か秋の花よね。」
「うん、それで…あの…花言葉があって…」
「花言葉?」
「うん…」
私はスマホを取り出して、「桔梗の花言葉」と打ち込んで検索ボタンを押した。
検索結果の画面を見るのは恥ずかしいから、画面が切り替わるのと同時に、陽菜ちゃんのほうに画面を向ける。
「永遠の愛、変わらぬ愛、誠実、気品…」
「ちょっと、陽菜ちゃん、読みあげないで。」
「あー、そういうことか。ナッツが意味ありげに笑ってたのよね。」
ナッツというのはナッちゃんこと石田千夏ちゃん。バドミントン部ではそう呼ばれている。
「それで、詩織はこれが意図的なものかどうか知りたいのね?」
「うーん、意図したものではないと思うの。結城君らしくないし。」
「だけど、もしかしたら、とも思うんでしょ?」
「そうじゃないの…なんて言えばいいのか…」
こういう時、陽菜ちゃんはいつも黙って、私に考える時間をくれる。
私はそれに甘えて、悩んでいることをそのまま陽菜ちゃんに話すし、話しながら考える。
「えっと、知りたいのは…私が今は何をすればいいか、ってこと、かな…。」
陽菜ちゃんは驚いた顔になって、それから優しく微笑んだ。
「すべきことを考えるよりも、したいことを考えたほうがいいんじゃない?」
「えっ、したいこと?」
陽菜ちゃんは黙って頷いた。
(したいこと…私が結城君に、したいこと…?)
同級生になってから、結城君にはいろんなことをしてもらった。
私は失敗をしたり、彼に迷惑をかけたり…。
結城君は、そんな時でも私を責めたり怒ったりしない。
それだけじゃなくて、こんなに素敵な贈り物まで作ってくれた。
「あ、私、お礼がしたい。」
陽菜ちゃん、またクスッと笑った。
「詩織って本当に…無欲というか、欲張らないよね。」
「ううん、それは結城君のことだよ。あー、でもお礼って何をしたらいいのかな。」
「そうねえ。」
「欲しくない物をもらっても迷惑だよね、きっと。」
「うん。私もときどき男子から変なものもらうけど、扱いに困るのよね。」
「変なもの?」
「うん、アロマキャンドルとか、フリフリのハンカチとか…」
「陽菜ちゃん、それは男の子が陽菜ちゃんの気を引こうとしてるんじゃない?」
「そうなのかなあ。だったらもう少し私のことをわかろうとしてくれると助かるんだけど。」
陽菜ちゃんは見た目が清楚で上品なお嬢様だから、男の子たちからすれば頑張ってると思うけど…。
(でもそうだよね、相手のことをわかろうとするのは大事かも…)
結城君が欲しい物、ってなんだろう。まるで思いつかない…。
「消えものは無難よね。」
「きえもの?」
「そう、食べ物とか、お菓子とか。詩織、お菓子作るの上手だからお菓子がいいんじゃない?」
「えっ、手作りってこと?」
「うん、だってこれだって結城君の手作りじゃない。」
「そ、そうだけど、それは私がお願いしたからで、私が勝手に作ったものなんてイヤじゃないかな。」
「いやなわけないじゃない。詩織のお菓子、美味しいもの。」
私の家では、出荷できない果物はジャムにすることが多い。売り物ではなくて、家族で食べたり、親戚にお裾分けしたりするのだけど、数年前からジャム作りは私がすることになっている。
ときどき、そのジャムを乗せたクッキーとか、ジャムを混ぜたケーキを作って、陽菜ちゃんにも味見をしてもらっている。
今だったら温室のイチゴかな…。
「それに、詩織が伝えたいのは『好意』じゃなくて『感謝』なんでしょ?」
「う、うん、そうだけど…」
ジャムなんて果肉とお砂糖を火にかけて混ぜていればできちゃうし、ケーキだってきちんと計量してレシピ通りに作ればできる。
そんな簡単なことでも、私は何度も失敗したのだけれど、最近は失敗することが少なくなった。
どう考えても、結城君が作ってくれた巾着袋とでは釣り合わない…。
「大丈夫よ、詩織。大切なのは気持ちなんだし、喜んでもらえるわよ。」
誰からも好かれる超絶美少女の陽菜ちゃんならそうかもしれないけど…。
「結城君、優しいから、あまり美味しくなくても『美味しい』って言ってくれそうで心配…」
「そんな心配はいらないわよ。だって結城君にとって、もう詩織は特別な存在なんだと思うし。」
「と、特別?そんなことないよ、普通の同級生の一人としか思ってないよ、きっと。」
「えー、普通の同級生にこんな素敵なプレゼントはしないでしょ?」
「それは私がお願いしたから作ってくれただけで…」
「詩織って、見た目が可愛らしいから子どもっぽく見られることが多いと思うのよね。ファンシーな物とか、かわいいものが好きそう、って。だけど、持ち物で可愛いものってクマの『トーナ君』くらいで、どちらかというと、和風で渋い感じのものが好きでしょ?そういうところも結城君はちゃんとわかってるんだなあ、って思った。」
(そ、それはたしかにそうだけど…)
結城君が作ってくれた、ということを喜びすぎていたけれど、この巾着袋のしっとりとした色合いや、上品な花の刺繍は、私の好みにピッタリ合っている。お店で見つけても買っちゃいそう。
「ね、ビニールから出して、物を入れてみたら?」
「えっ、そんな普段使いにしていいのかな。」
「なあに、飾っておこうと思ってたの?」
「そんなんじゃないけど…」
汚したらいやだから、実はまだ透明なビニール袋から取り出していなかった。
「ちゃんと使ってこそ、気に入ってる、っていう気持ちが示せると思うわよ?」
「うん…、そうだよね。」
私は震えそうな手で、巾着袋をビニールの包みから取り出した。
(わあ…)
ビニール越しに見るのとでは、色味も風合いもまるで違う。
手触りのいい生地の質感や、丁寧に縫いつけられた刺繍の立体感。
私の名前のアルファベットは金色の糸で、風雅な全体感の中で明るいアクセントになっている。
レモン色の紐を引いて閉じ口を閉じると、若々しい活気が漂った。
私は鞄の中から、今まで使っていた小物入れを取り出した。
トーナ君と一緒に、京都のお土産屋さんで買ったもので、藍色の西陣織風の絵柄がプリントされている。
素材はビニールで、チャックで開け閉めするタイプ。
中には、イヤホンとかリップクリームとかヘアゴムなんかが入っている。
その中身を、巾着袋に移す。
巾着の内側は、薄灰色の別の布が張られていて、物を入れても刺繍を傷つけることはなさそう。
閉じ紐を締めて、結んでみる。
(すごい…素敵…)
優雅な気品と、清々しい明るさが調和していた。
少女から女性に、一段上がったような気持ち…。
あらためて、感激と感動で目頭が熱くなる。
「どう?詩織が好きな感じじゃない?」
陽菜ちゃんが、身を乗り出すように私の表情を窺って、微笑んだ。




