(13)別にプレゼントじゃないぞ?
「結城君、起きて。着いたよ。」
肩を揺すられて、俺は目を覚ました。
目の前に氷見の顔があった。
(ああ、甲府か。)
氷見に引っ張られて、席に座ったのは覚えている。
(だからそういう反則っぽい顔はしない方がいいぞ。)
ほんのりと紅潮した顔をして、黒い瞳がキラキラと揺れながら俺の顔を覗きこんでいる。
この天然女め。
「ああ、さんきゅ」
いつの間にか、翔真と千夏も乗ってきていた。
普段通りの朝の風景なのだが、どことなくいつもと雰囲気が違う。
(座って見上げることはなかったからな。)
俺はほとんど席に座らないから、三人の姿を低い位置から見るということはなかった。
四人で学校への道を歩き出す。
氷見と千夏が前を歩いて、俺は翔真とその少し後ろを歩くのだから「四人で」というわけではないのだが。
「直人ー、お前、またやらかしたな。」
翔真が肩を寄せてくる。
「ああ、聞いたのか。」
「ああ。」
「いや、久しぶりに徹夜してさ、立ったまま寝ちゃったんだよな。」
「ん?なんの話だ?」
「え、俺が氷見に頭突きして泣かせた、って話だろ?」
「そんなこともしたのか!」
「わざとじゃないって。え、そんなこと、も?」
他に何かやらかしたというのだろうか。
翔真は盛大にため息をついた。
「氷見ちゃんにプレゼントしたことだよ。」
「プレゼント?ああ、巾着袋か。別にプレゼントじゃないぞ?」
昨日のロングホームルームの後、少し回り道をして大きな手芸専門店に立ち寄った。
けっこう思い悩んだ末に、くすんだオレンジ色の生地を購入した。
紫色に合わない、可愛らしさのない色味、という条件にピッタリの布だ。
「直人、あの花、何?」
俺が刺繍した紫の花のことか。
「何って?花の名前、ってことか?」
「ああ。」
そういえば「紫色の花」って検索して、画像をちょっと見てから下絵を描いたから、花の名前なんて意識しなかったな。
「なんの花ってこともないよ。ただの紫の花。」
「そうだよな、そうだろうと思った。」
なんだよ、翔真の奴、妙に思わせぶりだな。
「直人、スマホ出してみ。」
俺は素直にポケットからスマホを取り出した。
「桔梗って入れて検索してみろ。」
「ききょう?」
平仮名で『ききょう』と打って検索。
星形のような、五枚の花びらを広げた紫色の花が表示される。
「ああ、似てるな、これ。そうか、桔梗っていうのか。」
「そう、あれは桔梗だ。でな、今度は『桔梗、花言葉』って検索してみ。」
言われた通りに検索する。
『桔梗の花言葉:永遠の愛、変わらぬ愛、誠実、気品』
ふーん、誰が決めたのか知らないが、花にいちいち意味があるのか。
なるほど、花言葉を使った告白、なんてのもアリだな。
(って、そんな気障っぽいことできるかよ。)
「んで?」
俺がキョトンとしていると、翔真は目を見開いた。
「ば…」
たぶん「ばか」と言おうとしたんだろうが、大声を出しそうになってやめた、という感じだ。
それから、翔真は声量を落として、
「寝ぼけてないでちゃんと考えろ。氷見ちゃんに桔梗の刺繍を入れたプレゼントをしたんだぞ、お前が。」
たしかに、俺はまだ寝ぼけていたらしい。
言われてみれば、変な解釈が成り立つと言えなくもない。
「氷見が気がつくわけないだろ、そんな…」
「もう知ってるよ。電車の中で、刺繍を見た千夏が何の花なのか検索して、花言葉も見つけたんだ。」
翔真だけがこっそり気づく、なんてことのほうがないよな、そりゃ。
(って、これは…とんでもないことをやらかしてないか、俺。)
ようやく、事態の深刻さがわかってきた。
千夏め、余計なことしやがって。
「一応、『直人がそんなこと考えるわけない』とは言っておいたけどな。」
ああ、持つべきものは親友だ。ありがとうよ、翔真。
(いやいやいやいや、待て待て…ダメだろ、これ。)
これが桔梗の花言葉を使った、気障な告白だと受け取られたとする。
氷見にこっぴどくフラれるのはまあいい。
そもそも告白じゃないんだから。
問題はその後だ。
いつの日か、俺が朝倉さんに告白したとして…。
『私、結城君に告白されちゃった』
『えー、あの人、私にも告白してきたんだよ、もちろん断ったけど』
『そうなの?節操がない人なんだ、最悪』
そんな会話が交わされることになるわけだ。
想像するだけで身の毛がよだつ。
前を歩く氷見を見ると、千夏と何やら楽しそうに話しながら、いつも通りに歩いている。
少なくとも「告白されたばかりの女子」には見えない。
氷見だって、多少は俺のことを理解しているだろうから、俺が花言葉を使って告白をするような男とは思わないはずだ。そうであってくれ。
(だけど、もし…)
もしもだ。
朝倉さんが花とか花言葉にすごく詳しくて、あの巾着を見た途端に、
『あら、桔梗じゃない。花言葉は永遠の愛、変わらぬ愛よね。』
なんて気づいたら、おかしなことになるのではないだろうか。
『結城君って、ずいぶん洒落た告白をする人なのね。』
氷見は素直なところがあるから、翔真の言葉よりも仲のいい朝倉さんの言葉のほうを信じてしまうかもしれない。
(いや、氷見がどう思うかは問題じゃないんだって。)
せっかく文化祭の衣装づくりのことで、朝倉さんとの距離を縮められるチャンスだというのに。
(あっ…そういえば…)
電車の中で俺がしでかした、もう一つの失敗を思い出してしまった。
立ったまま眠りかけて氷見に頭突きしたのもひどかったが、その後だ。
「結城君、これ、ありがとう。とっても素敵。」
たしか、氷見に引っ張られて、席に座った直後のことだ。
「喜んでもらえたならよかった。」
俺は反射的にそう言っていた。
これは洋品店とすればいわば営業トークだ。
仕立てた服を配達に行って、お客さんが喜んでくれたら「喜んでいただけたなら何よりです」と返す。
だが、今回用意していたセリフは違う。
『余り物で作ったからあんまりかわいくないけどな。』
かわいいものが好きな氷見に、渋い小物入れだということを印象付けるはずだった。
「もらったのはいいけど、嬉しくない」という気持ちにさせるのが目的だったのだから。
(あれじゃ、まるで…)
そうだ、俺があたかも、氷見に喜んでほしくて作ったみたいじゃないか?
慣れない徹夜なんてするものじゃない。
そもそも、もっと手早く完成させる予定だったのだ。
くすんだオレンジの生地に、最初は紫の刺繍糸で一輪の花を刺繍した。
なんだかベッタリしたイメージになった。
俺は「技術的には最善を尽くす」と考えていたことを思い出して、一度ほどいてやり直した。
濃淡四種類の糸を使ってグラデーションを作り、さらに一輪の花と、ひとつの蕾を加えた。
(さすがに夢中になりすぎたよな。)
縫製に入ったのは明け方で、いつも起きる時間になって完成した。
自分なりに満足できる作品に仕上がったことで、気持ちが高揚していたのかもしれない。
家を出る時までは、さほど疲れを感じていなかった。
だが駅に着いたら、猛烈な睡魔に襲われたのだ。
おかげで、電車の中では二つも失敗をしでかした。
唯一の救いは、氷見が、
「大切にするね。」
と言っていたことだ。
ちょっと聞くと最大限に感謝を伝えているように思えるが、そうではない。
大切にするとは、使う気にはならないから仕舞っておく、という意味だろう。
いつか使うかもしれない、と思っても、たいてい出番はなく、数年経ってから処分に困る。
あちこちに思考が飛んでいたせいで、授業にはまるで集中できなかった。
普段から集中して授業を受けている優等生ではないが。
休み時間は、スマホで調べ物をして過ごした。
この窮地を打開する可能性をひとつ、見出したからだ。
『桔梗ではない他の花だと言い張る』
という作戦だ。
そこで、「桔梗に似た花」で検索するのだが、どれもあまり似ていない。
例えば、「カンパニュラ」という花は星形というより袋っぽい形状だ。
「キキョウソウ」の花びらは細くて、プロペラのような見た目になる。
「ヘリオトロープ」は小さな花が集まって咲くようで、一輪で見れば似ていないこともないが、花言葉が『献身的な愛、夢中、熱望、愛よ永遠なれ』なんて書いてある。
(くそ、この作戦はダメか。)
なんだか策を弄するたびにどんどん深みにはまっていくような気がする。
かといって策を講じなければ事態は改善されない。
もしも、氷見から、
『結城君、あれって私への告白なの?』
と、問い詰められたら、俺は、
『まさか、そんなわけないだろ、あはは』
なんて笑い飛ばせるほど強い男じゃない。言いわけを考えているうちに、
『先に言っておくけどお断りだからね。』
とか言われそうだ。
(まあ、氷見はそんな言い方はしないか。)
氷見が優しい子でよかったよ、ほんとに。




