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(11)衣装は俺が担当させてもらう

 今年もまた、陽キャたちの浮かれイベント「文化祭」が近づいてきた。

 今日のロングホームルームの議題は、六月に行われる文化祭でのクラスの出し物についてだ。


 二年生の出し物は講堂のステージを使った演目と決まっていて、去年はたしか映画上映とバンド演奏と、あとなんだったかな、忘れた。

 一年生は教室を使った出し物だったから、俺たち一年一組は「ゲーム大会」みたいな手軽なところでお茶を濁した。

 俺は翔真と二人で「輪投げ」を担当して、遊びに来た子ども相手に二日間の文化祭を乗り切った。


 文化祭なんて俺には特に希望もないし、クラスの決定に大人しく従って、与えられた仕事だけこなせばいい。

 今はそれどころじゃないのだ。


 俺は昨日から、「氷見用巾着袋」の構想に没頭している。


 ちょっとした悪だくみで氷見にも巾着を作ってやることにしたのだが、考えが甘かった。

 ダサダサの手作り巾着を押しつけて、氷見からの評価を下げる、それはまあいい。

 しかし、それはおそらく朝倉さんの目に入ることにもなるだろう。

 氷見のことだから「結城君が作ってくれた」なんて無邪気に話してしまうかもしれない。


 となると、だ。


 氷見はともかく、朝倉さんに、


『なんて悪質ないやがらせ』


などと思われては一大事だし、逆に、


『これは心のこもった贈り物』


と思われるのも困る。


『これは素晴らしい出来栄えだけど、詩織ちゃんにはどうかしら。』


 そう思われるようなものに仕上げなくてはいけない。

 朝倉さんがどのくらいの鑑定眼をお持ちなのかはわからないが、技術的なことに関しては俺の最善を尽くす。

 それでいて、あまり凝ったものではなく、「そのへんの余り物でちょっと作った」かのように見えなくてはいけない。

 しかも、氷見とは真逆のイメージでデザインする。


 では氷見のイメージとは何か…。


 最初に思いついたのは「子どもっぽい」なのだが、これは俺が中学時代から氷見を知っているからで、最近は女子高生らしい表情も見せるようになっている。

 「真面目で健気」という印象もある。

 授業の準備がしたいから、と通学路の坂道を走ってくるし、同級生がサボッたゴミ捨てを代わりにやろうとするような奴だ。


 外見では、そうだな、「可愛らしい」と言えなくもない。

 丸みのあるあどけない顔立ちで、黒目がちな大きな瞳がいつもクリクリと動いている。

 表情の豊かさも特徴だ。赤くなる、涙ぐむ、驚いて目を見開く、嬉しそうに笑う、などなど、わかりやすい。


 それと、「かわいいもの」が好きそうだ。

 フワフワした小さなクマのぬいぐるみを中学時代から鞄につけている。


(…まったく。)


 自分から()いた種とはいえ、なぜ俺が氷見のことばかり考えていなくてはいけないのか。


 教室の中は、なんだか大盛り上がりになっていた。


 新聞部の埜本季穂さんが、ファイブビューティーの四人を使った戦隊モノのアトラクションを提案したようだ。

 朝倉さんも出演を承諾してくれたらしい。


(あの清楚な朝倉さんがよく承諾してくれたな。)


 戦隊モノは、俺自身も子どもの頃よく見ていたし、弟の洋太が好きで一緒に見たりしていた。

 細かい設定や戦隊の人数構成や男女比率は変わっても、大筋は変わらない安定感。

 そして子ども心に、妙に色気を感じるコスチューム。


(どうせ千夏が無理やり巻きこんだんだろ。)


 実は小学生の時、洋太にせがまれて戦隊コスチューム風のパジャマを作ってやったことがある。

 いや、せがまれたのはコスチュームだったのだが、型紙がパジャマのしかなかったのだ。


 失敗と試行錯誤を重ね、半年もかかってやっと完成した頃には洋太の戦隊熱もすっかり冷めていて、大して喜ばれなかったのだが。


(あ、昨日、氷見にこの話をすればよかった…)


 どうせ氷見のことだから「すごい」とか「弟思いだ」とか、変なリアクションをしてきただろうけどな。


(それにしても衣装はどうするつもりなんだ?) 


 戦隊コスチュームといえば、「ピチピチ」が基本だ。

 ボディラインのシルエットがはっきりとわからなくてはならない。

 つまり市販のものを買ってきても、あの妙な色気を体現することはできない。


(文化祭の出し物なんだからそんなもの、と言ってしまえばそれまでだけどな。)


 しかし今の教室の熱気からすると、男子たちの期待はかなりのものだ。

 もちろん、俺もそちら側の人間だが、不幸にも俺はその期待が叶わないことを知ってしまっている。

 期待通りのコスチューム製作には、手間も時間もかかるのだ。

 四人の採寸から始めて、四人分の型紙を作り、布を選び、裁断し、縫製することになる。


 文化祭までは一か月半ほどしか時間がないから、どこに頼んでも引き受けてはくれないだろう。

 もちろん、金で解決する方法はあるけどな。


 それにしても、朝倉さんの戦隊コスチューム姿か…。


(見たいような見たくないような、見られたくないような。)


 いかんいかん、余計なことに気を回していた。

 今は氷見の巾着袋のほうが重要だ。


(なんせ、スピードが命だからな。)


 氷見の俺への評価は今のところややプラスに傾いているような気がする。

 早めにプラスマイナスゼロ、欲を言えば「ややマイナス」というところへ引き下げなくてはいけない。


 俺はデザインコンセプトを「セレブ感」にすることに決めた。

 氷見の私服センスは知らないが、家は果樹園農家だと言っていたし、少し大人びて洗練された雰囲気にすれば、もらった氷見は戸惑うだろう。


(となると、早急に布を入手しないとな。)


 ロングホームルームは埜本さんが上手く仕切ってくれたようで、多数決が行われていた。

 俺は手だけ挙げて、多数派に迎合し、ロングホームルームは終了。


(少し足を延ばす必要があるな。)


 セレブ感を出すなら刺繍は紫色をベースにしたい。紫色なら濃淡取り交ぜていくつかの刺繍糸を持っているから、生地だけ探して買えばいい。生地に合う締め紐があればそれも買おう。

 うちの倉庫にも生地はあるし、甲府にも生地を扱うお店はあるが、「洗練されたセレブ感」を求めるとなると、大きな専門店に行ったほうがいいだろう。


 急いで帰り支度をしていると、


「なあ、直人」


と千夏の声がした。


「あたしたちの衣装、作ってくれよ。」


 ん?今なんて言った?


(衣装を作れ、だと?)


 これだから素人は困る。

 戦隊コスチュームを作るなら、もっとも重要なのは「精密な採寸」だ。

 時間的な無茶は考慮しないとしても、俺に四人の採寸をしろと言うのか。


 思わず絶句して、採寸シーンをひと通り思い浮かべてから、俺はため息をついた。


「無理だよ。」


 たとえ、本人たちがよくても、俺の心臓は耐えられまい。


「なんだよ、もったいぶることないだろ。」


「そうじゃない。四人分のコスチューム作りなんて、どう考えたって間に合わないんだよ。」


「なんで?同じようなのを四つ作るだけじゃんよ。」


「あのなあ、千夏。それぞれ体型が違うんだから、型紙だって違うんだぞ?同じでいいなら市販のを買えばいいだろ。」


 とりあえず、製作時間を理由に断ることにした。


「ダメよ。」


 そう言ったのは――朝倉さんだった。


「ブカブカのコスチュームなんてダメよ。ピチピチで、セ…色気がないと。」


 え、今、セクシーって言いかけた?


「朝倉さん、ピチピチって言うけど、それは精密な採寸をしなきゃいけないってことなんだよ。俺に採寸されるのなんていやでしょ?」


「え、どうして?」


「どうして、って…体の隅々まで寸法測るんだよ?しかも水着みたいな姿じゃないと正確に測れないし…」


 さすがに「下着姿」とは言えなかった。


「仕立て屋さんに採寸してもらうんだから当たり前じゃない?」


 いやいやいや、そんなことしたら男子たちに俺が殺される。いや、その前にたぶん俺の心臓が止まる。


「し、仕立て屋さんならそうかもしれないけど、同級生の男子だったらいやでしょう?」


 まだほとんど話したこともない、道端の石ころみたいな同級生男子だぞ?


「それは恥ずかしいけど、それもまた、じゃなくて、そんなこと気にしていたら、いいコスチュームはできないじゃない。」


 あれ?朝倉さん、そんなに乗り気なのか?


「えっと…、朝倉さん、特別な思い入れがある、とか?」


「うん、あのね、私、戦隊ヒロインに憧れてるのよ。」


 そんな子どもっぽくて可愛いところがあるんだなあ、朝倉さん…。

 可憐な容姿と清廉な立ち居振る舞いからは「戦闘アクション」なんて想像がつかないけど。


「いいだろ、直人、役得じゃんよ。」


 千夏め、いたいけなモブ男子をからかうな。

 というか、お前の採寸でも俺は鼻血を吹く自信があるぞ?


「…わかったよ。衣装は俺が担当させてもらう。」


 俺は覚悟を決めた。わけではなく――代替案を思いついた。


「ただし、採寸はしない。衣装も一から作るのは間に合わないから、加工して作るよ。」


「加工…?」


「そう、四人で相談して、レオタードでも、競泳用水着でもいいから、なるべく似たような感じで色違いのものを買ってきてもらう。それに、俺がタイトなミニスカートとか、戦隊っぽい装飾とかをして、舞台でそれっぽく見えるように加工する。それならどうかな。」


 朝倉さん、しばし黙考。

 考えながら俺を見つめるのはやめてほしいんだが。


(いや、やめてほしくないけど、心の準備がさ…。)


 そう思いながらも、朝倉さんの栗色のきれいな瞳に、吸いこまれそうになる。


(ああ…意識が遠のきそうだ…)


「うん、わかった。」


 朝倉さん、少し考えて妥協してくれたようだ。


「できれば、ゴールデンウィーク明けには実物が欲しいんだ。質感とか色味とかは写真じゃわからないから。」


「うん、相談してみる。」


「俺のほうは、いくつかアイデアを作ってラフを描いてみるよ。」


「うん、ありがとう。よろしくね。」


「あ、じゃあ、俺、今日は行くところがあるから、これで。」


 朝倉さん、千夏、それに氷見の三人に見送られて教室を出た。

 氷見は横でずいぶん心配そうな顔つきで見てたな。

 そんなハラハラしなくたって、こんなことで同級生と喧嘩したりしないぞ?


 今日はそんなことより、氷見の巾着に使う布を手に入れるという大事な用が…


(あれ?そんなことより、ってことはないだろ。)


 慌てて脳内のセリフを訂正する。

 朝倉さんと接点ができたことは大変良かった。今日はついでにすることがある。


(うん、そうだそうだ、ついでの用事をとっとと片づけよう。)


 なんせ昨日から構想していた「氷見用巾着袋」のアイデアがほぼ固まったのだ。

 自分から進んでモノ作りをしてみようと思ったのは初めてだが、家の手伝いで細かい技術はたぶん身についている。

 それらを総動員して、微妙なバランスの作品に仕上げる。


 俺はいつの間にか、ワクワクするような気持ちになって、専門店に向かっていた。

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