(10)えへへ
居間の灯りが点いて、パッと明るくなった。
光生が帰ってきたらしい。
「おかえり、光生。」
「わ、びっくりした。いたのか。」
ソファーに座って、じっとしていた間に、けっこう暗くなっていた。
「姉ちゃん、何してんだよ、暗い部屋で。」
「えー、何もしてない。座ってた。」
「なにそれ。大丈夫かよ?」
「うん、平気。今日は疲れたから夕飯いらないってお母さんに言っておいて。」
私はゆらりと立ち上がって、階段を上り、自分の部屋に入ると、そのままベッドに倒れこんだ。
「はぁ…」
全身に力が入らない。体から魂が抜けちゃったみたい。
(嬉しいことがありすぎて、喜び方がわからないよ。)
今日は結城君と日直だった。それだけでも嬉しかったのに、いろんなことがあった。
彼に任された、授業の号令もちゃんとできた。
黒板消しも結城君と一緒にやった。
放課後は私が失敗して、それを結城君が助けてくれて、日誌でもかばってくれた。
私が落ちこんでいたら、一緒に帰ってくれた。
いつもは自分のことをほとんど話さない結城君が、今日はいっぱいお話をしてくれた。
自分で作ったかわいい巾着袋も見せてくれて…。
「氷見にも作ってやろうか?」
そう彼は言った。言ったよね?
結城君、忙しいだろうからいつになるかはわからないし、本当に作ってくれるのかもわからないけど、そんなことを言ってくれるなんて。
私はむくりと体を起こして、ベッドの脇に掛けてある中学時代のジャージを手に取った。
「中学時代のジャージなんてどうして掛けてるの?捨てるか仕舞うかしなさい。」
お母さんにそう何度か言われたけど、ずっと掛けている。
結城君が刺繍してくれた「点」のところをそっと撫でる。
「えへへ」
そのジャージを胸に抱きしめて、またドサッとベッドに倒れこむ。
嬉しすぎる私にできた喜びの表現は、それだけだった…。
そのまま寝ちゃったみたいで、気がつくと明け方だった。
(久しぶりに、たくさん寝たなあ…)
二年生になってからは、少し寝不足気味な日々が続いていた。
理由はわかっている。
寝る前に日記に書くことが増えて、書いてると目が冴えちゃって寝つけなくなるから。
昨日は日記も書かないで寝ちゃった。
たくさん書くことがある。
(でもその前に…)
シャワーを浴びて目を覚まそう。おなかもすいたし。
私は着替えを持って、浴室に向かった。
その日の昼休み。
私はいつも通り、学食でお昼ご飯を食べていた。
四人掛けのテーブルを囲んでいるのは、陽菜ちゃんとナッちゃんと、私、それとナッちゃんのお友達で三組の大西穂乃果ちゃん。
「今日のロングホームルームって文化祭の相談だよね。」
と、陽菜ちゃん。
「ああ。」
ナッちゃんが返事して、口に入っていたご飯を飲みこんだ。
「陽菜、なんかやりたいことでもあるのかー?」
甲斐高校では、二年生の文化祭の出し物は「講堂の舞台での何か」と決まっている。
演劇とか、自主映画の上映とか、バンド演奏とか、合唱とか。
「うん、戦隊ヒロインショー。」
「はあ?」
陽菜ちゃんとナッちゃんは同じバドミントン部なのだけど、去年はあまり親しくなかった。
仲が悪いとかではなく、部活以外では一緒に行動しない、という距離感。
私が、ナッちゃんと朝の電車でお話しするようになってから、「陽菜・詩織」のコンビと、「千夏・穂乃果」のコンビが合体して、最近はこの四人でお昼ご飯を食べている。
「ほら、ときどきショッピングセンターでやってるじゃない、戦隊ヒーローショーみたいなやつ。」
「まあな、ああいうのがやりたいわけ?」
「そうそう。ほら、二組にはファイブビューティーが四人もいるわけじゃない?」
「って、出演するのか、陽菜。お前、上がり症なのに大丈夫なのか?」
「うーん、わかんない。でも、やってみたいのよ。」
「ふーん…。」
ナッちゃんがニヤリと笑う。私も悪い予感がした…。
「陽菜がピンチになって、ほかの三人で助ける、みたいなやつだろ?」
陽菜ちゃんの妙なフェチズムは、ナッちゃんにも知られるところとなっている。
「そう!詩織が悪役にいじめられてるのを、私が助けに行くんだけど…」
「えっ、私?」
急に私の名前が出てきてビックリした。
「あはは、それいいな。」
ナッちゃんたら、なぜか激しく同意している。
「で、陽菜が逆襲されて、ピンチになると。」
「うんうん。」
「男子たち、大興奮だな、いろんな意味で。」
「ふふっ、私、最近ね、戦隊モノにハマッてるの。昔のやつはすごいのよ、ヒロインの子のパンツなんて普通に見えるし、縛られたり、いたぶられたり。」
陽菜ちゃん、その恍惚とした表情はやめて…。
「ほ、穂乃果ちゃん、三組はもう話し合ったりしてるの?」
話題を変えてみよう、と、私は穂乃果ちゃんに話しかける。
「うん、してるよー。」
話すのがゆっくりの穂乃果ちゃん。可愛い。
中学二年まで、ナッちゃんと中学校が同じで仲が良かったらしい。
甲府の中学に転校したけど、また一緒の高校になった、とナッちゃんが話してくれた。
「なんかねー、山梨の観光名所を紹介する動画?を作るんだってー。」
「なんだよ、それ、まじめかっ!」
ナッちゃんがすかさず突っ込む。
ほんわか癒し系の穂乃果ちゃんと、オヤジ度マックスのナッちゃんの掛け合いはいつも面白い。
「だけど、陽菜、ホームルームで提案できるか?」
「うーん、それが一番、問題なのよね…。」
陽菜ちゃんは、みんなの前で発表するのがとても苦手なのだ。
言いながら、ナッちゃんの顔をじっと見つめる。
「あたしにやらせる気か!」
「ダメ?」
「自分のことじゃなきゃ喜んで引き受けるけどよ。あたしに主役やらせろ、って言うようなものじゃんね、それ。」
甲斐高一年の「五人美女」というのは、去年、一部の男子たちが勝手に言い出したことだ。
なんでも「容姿のきれいな女子ベストスリー」を決めようとしたら五人になったらしい。
選ばれた人にとっては迷惑でしかない話だと思うのだけど、
「男の子たちがやらしい目で見てくるんでしょ?光栄だわ。」
と、陽菜ちゃんは喜んでいて、表面上は「静観」しているし、
「容姿だけっていうのが潔いよな。あははは」
と、ナッちゃんは気にしていないらしい。
バレー部のエリナちゃんは素直に喜んでいるらしいし、バレーボールに心血を注ぐ沙月ちゃんはエリナちゃんの護衛兼監視役、みたいな感じで黙認している。
もっとも、「クールビューティー」と呼ばれている生徒会の桐生さんだけは「気にしない」というより「相手にしない」という姿勢みたいだけど。
「だけど、陽菜、脚本はどうするんだよ。」
「え、いるじゃない、文芸部が。」
ええー、私?
「ああ、そっか。」
ナッちゃん、合意しないでー。
「衣装は、直人にやらせればいいか。結城直人。」
結城君の名前が出てきてドキッとした。
「ああ、たしか洋品店の息子なんでしょ?」
「よく知ってたな、陽菜。」
「うん、詩織に聞いた。」
「…なんか面白そうな気がしてきたなあ。ホームルームでの提案役は考えてみるわ。」
「お願い。」
そんな提案、通るのかな。バレー部の二人だっていやがりそうだし…。
そもそも、提案者になってくれる子がいるとも思えないもん。
ランチの時、こんな感じで冗談か本気かわからないような話で盛り上がることは珍しくない。
だから、私はあまり現実感を持って聞いていなかったのだけど…。
六限目のホームルームで、私のそんな予想は見事に覆された。
「ドカンと盛り上がる」という表現が、まさにピッタリだった。
提案したのは、新聞部の埜本 季穂ちゃん。
ともかく好奇心が旺盛で、面白いことが大好き、という子だ。
「私たちらしい出し物とは、このクラスの特色を生かすことだと思うの。ファイブビューティーが四人もいるクラスならではの、エキサイティングなエンターテイメントをやりましょう!」
そう前置きした季穂ちゃんが続けて、
「四人には戦隊ヒロインに扮してもらって、ショー仕立ての催しにしたいの。名付けて、二組戦隊ビューティフォー!」
と、叫ぶと、教室の中は「うおおお」というような歓声に包まれた。
「すでに石田千夏さんと朝倉陽菜さんには了解をもらってるの。エリナちゃんと沙月ちゃんはどうかな。」
教室内は驚愕と興奮のるつぼ、って感じになった。
バレー部の長身美女、島崎エリナちゃんが立ち上がって、
「面白そう、かも?」
と了承すると、しっかり者の高森沙月ちゃんも苦笑しながら首を縦に振った。
「ちょっと、みんな、いったん落ち着いて。」
何人かが、いろんなアイデアを口々に言い始めて、収拾がつかなくなると、季穂ちゃんはそう言って、騒ぎが落ち着くのを待った。
「みんなのアイデアはまたあらためて聞きたいと思うけど、いったん私に任せてほしいのよ。私が四人からまず希望とか、できそうなこととかを取材して、取りまとめるから、ね?それでストーリーの骨格ができたら、また相談させてもらうから。」
季穂ちゃんたち新聞部は月に一度「月刊甲斐高新聞」という壁新聞を作っていて、その取材力とか文章力には定評があるから、彼女の一言でクラスのみんなの興奮も収まった。
「文芸部の二人には、シナリオに書き起こすところを手伝ってほしいの。」
このクラスの文芸部は、私と、斜め後ろの席の渡辺君だ。
「うん、協力するよ。」
渡辺君が返事をして、私も、
「うん、わかった。」
と、返事をした。後ろで結城君が、
「渡辺って文芸部だったのか。」
なんて言っていて、渡辺君が「うん、そうなんだ。」と笑っていたのが可笑しかった。
「あのー」
ロングホームルームの議長、正岡 雄太君が教壇で、
「俺、議長なんだけど…」
と、議長なのに手を挙げて、みんなが笑い、その後、この案が満場一致で採決された。
ロングホームルームはそれで終わり、陽菜ちゃんとナッちゃんが私の席にやってきた。
ナッちゃんはそのまま、後ろの席の結城君に話しかけた。
「なあ、直人、あたしたちの衣装、作ってくれよ。」
そんな頼み方もどうかと思ったけど。
結城君は、聞こえなかったのか、と思うくらい、しばらく黙っていた。
でもそのあと、小さなため息をついてから口を開いた。
「無理だよ。」




