↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空海と筆 〜真言宗始まってました〜  作者: moca


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/90

番外編 その⑧

番外編 その⑧

正しさとは主観によって変動する


三筆・橘朝臣逸勢


思えば長い付き合いだった。


私の祖父・橘諸兄の盟友、吉備真備様の付き人として

遣唐使に乗ることになったのだが、

この吉備朝臣様が船に乗る直前に一人の少年を連れてきた。


知り合いの寺の大僧都様からの紹介らしい。


この少年がのちの法印様──つまり空海様だったとはな。

縁とは不思議なものよな。


さて、その法印様。

当時はただの少年、佐伯という姓はあったが法名も持たない少年であったのだが………


やることが破天荒だった。いや、ほんとうに。


水を腐らせない秘術を使う。

星の動きを読んで目的地の方向を見つける。

船の上からなにやらごそごそしていたと思うと、魚が勝手に飛び込んでくる。

その飛び込んできた魚を開いたと思ったら、これまたなにやらかして

ひと月たっても食べられるようにする秘術。

嵐の時に「あっちに行け」「こっちに行け」と指示を出したと思ったら、

避けた方向に雷が落ちる。


などなど、あの頃からもう今の法印様のお力の一端が出ていたのよな。


そしてなにより、帰りの船で遭難してもうだめだと思った時に、

これまた少年があれこれして、結果として島までたどり着けた。

まさに命の恩人様なわけだ。ほんとに長い付き合いだよな。


私にはどうやってもそのような力が無い。

これはもう分かっているので、出来ることをひたすら丁寧にやる。

これしか取り柄が無い事。


なればこそ、しっかりと誠実にやるべきことをやる。

法印様の教えである。


そうして私も大人になり、参内して仕事をするようになり、

蔵人所で仕事をしていたら、法印様──当時は遍照金剛様か──

彼が指導員として派遣されてきた。


周りの人たちは法印様を恐れていたのか遠巻きに陰口を言ったり、

関わらないようにしたりと決していい場所ではなかった。


だから私も思うところがあり、法印様に話しかけたら──


へんじょー

「今、昔の友好にすがり橘……えっと、たちばなさんと友好を深めてしまうと

 橘さんのこれから先が心配になります。

 昔からの友好はいい、とても大事だ。

 でもここは陛下のための場所。

 なので、出来ることを誠実にやることが大事ですよ」


そう言われて、親しげに話しかけたり世間話をしたりすることは

断られてしまったのだよな。


本当に出来たお方だ。


出来ることを誠実にやる──これは確かに大事かもしれないけれども、

法印様は出来る事が多すぎる。

常人には出来ない事が出来るのである。


だから陛下は頼りにする。公家も頼りにする。

民衆も、豪族も、みなみなたよりにする。


でも、それは法印様の命を削っていると何故考えないっ。

そして法印様も、何故微笑んでいられるのだっ。


わからない。私には、わからない。


それからまた年月が過ぎた。


私は立場上、陛下への手紙を読んだり、

陛下からの手紙を代筆したり、

ほかの公卿の方の代筆をしたりする関係で、

法印様への手紙を知ることができていた。


そして──法印様の命の灯が消えた。


真言宗の者どもは「入定した、つまり死んではいない」などと言うが、

生きている我が会えない。言葉も交わせない。酒を飲めない。


なれば、死んでいるのと変わらないではないかっ。


体調が悪いから仕事を辞めて寺で静養する、と

何度法印様が言ったと思ってるのだっ。

そのたびに却下、却下、却下。


法印様の命をなんだと思ってるのだ。


あげく、自分だけ弟に皇位を譲って、

そのうえで楽な立場で上皇となる。


ふざけているのかっ。

法印様への扱いを考えてみろ。なんでそんな事ができるのだっ。


いちど法印様が「教皇SAGAめっ」とつぶやいていたのを聞いたことがある。

その時は意味はわからなかったが、今ならわかる。


上皇陛下などではない。教皇SAGAだ。やつはそうなんだ。

(ところで 教皇SAGAってなんなんだろうな 嵯峨は分かるが………)


だからと言って、何が出来るわけでも、何かをするわけでもないのだが……


法印様、申し訳ないです。


しばらくして………


教皇SAGAが死んだ。


やっとか。法印様の命を吸い上げてのうのうと生きていたバケモノめっ。

法印様に天の国で殴られるがよいわ。


と、一人祝杯をあげていたら──逮捕された。なぜ?


なんでも国家転覆を狙ったらしい。誰が? 我が?


現陛下のご子息の息子様の取り巻きが主犯らしい? 我も?


なんでも内裏に我の名が書いてある竹簡があったらしい?


そりゃあるだろ。だって我そこで仕事してるんだぞ?


拷問されて、自白強要されて、でも我なにもしらない。

知らないものは知らないとしか言えない。


取り調べをしてるのが藤原北家の者。つまり政敵か。


最初から「そうあるべし」と狙われていたと知り得たのは後の話。


出来ることを誠実に精一杯やってきた人生だったのだが、

何も残せなかったなぁ。


我はどうやら東国へ流罪になるらしい。

拷問のせいか体がつらい。


これは遠回しに「死ね」「京から出て行ってそこで死ね」と言われてるのだな。


精一杯、朝廷のため、陛下のため、頑張ってきたんだけどなぁ。


どうやらここまでのようだ。遠江というところらしい。


我の生きてきた理由ってなんだったのだろうか。

出来ることを精一杯誠実にやってきたつもりだったのだけどなぁ。


法印様、あなた様のようになれませんでした。

友であり、師であり、目標であったお人よ。


今一度どこかでお会いしたかった。心残りでございます。


ああ、もうだめか。

なんでだろうか。

何故だろうか。

どうしてだろうか。


くやしい、くやしい。


誰が悪いのか。我が悪いのか。藤原が悪いのか。

いや、教皇SAGA……あいつか。


おのれ教皇。おのれ。


呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる

呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる

呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる

呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる 呪ってやる


──いっ……おいっ……たちばなさんっ。


ここはどこだ。われはなんだ。よぶのはだれだ。


「たちばなさん、たちばなさん。そんなに怒ってどうした? おなかでも痛いのか?」


そうよぶのは──ほういんさま。……ほういん様?………法印様!


「怨霊になっちゃうとはな~。心配になって迎えに来たぞ」


こんな我を迎えに来てくれるとは……いや、我にそんな資格なし。

我はなにも、何の価値もありませんゆえ。


「わが友、逸勢よ。そんな悲しい事言うなよ。

 貴様が自分を価値が無いというてもな、見てる人は見てるぞ。

 分かる人は分かるぞ。もちろん俺にもわかる。


 誰が何を言う事があれど、俺は思う。

 貴様の書は“あたたかい”と。


 人の為に誠実に精一杯やってるのが伝わる暖かさだ。


 上手い下手とか、価値があるとか価値が無いとか、

 そういう次元の話じゃなくてな。


 暖かさがある書──これは貴様だけど、貴様にしかできない。

 さすが、わが友じゃな。


 いいか逸勢よ。

 これから先、貴様は“三筆”と呼ばれるであろう。


 それは天下に三人しかいない書の偉人という称号だ。


 まあ、ほかに我と、あの教皇SAGAもいるから、

 いろいろ思うところはあると思うがな。


 これから連れていく先で、しかと真実を見るがいい。

 聞くがいい。感じるがいい。


 ここで怨霊なんてやってるよりずっと楽しいぞ。


 久しぶりに酒でも飲もうじゃないか。わが友よ」


我を──私を──名前で。


ありがとう、友よ。


ああ、名前、忘れてたとか知らなかったわけじゃないんですね。


「そそそそそ、あたりまえじゃないですかやだー」


こうして怨霊は、怨霊として被害が出る前に終わった。



番外編 その⑧

正しさとは主観によって変動する 終わり




真実とは、歴史とは。


見たくない現実を見なければいけないとき。

知りたくない現実を知らなければいけないとき。


人はその人の在り方が出る。



次回 番外編その⑨

答え合わせ


この次もさーびすさーびすー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。