71:ゼブルスの正体ですわ
力を取り戻したゼブルスが封印を破壊しながら地上に這い出て来ていたのですが、獄牢の辺りまで伸びた胴体部分は全貌すら把握できない大きさですし、そんな巨体を支える為に伸びた無数の手足のせいで竜というより超巨大なムカデとか何か別種の生物のような感じがしますわ。
(目覚めたばかりで動きが鈍いようですが…あれを何とかしないといけないのは無茶ぶりがすぎますわ)
そんな事を考えながら帝都の外れに陣取っているヴァーナルの陣地までやって来たのですが、ミレーヌさんやリッテンベルン宰相を連れているので驚かれてしまい……。
「おお、アリシア様にヴァルド将軍…よくぞご無事で、それにそちらにおられるのは皇帝…陛下?ふむ、一体全体どうなっておるのかがよくわからぬのじゃが、ここでは人の目も多かろう…ささ、一旦こちらへ」
前線まで出て来ていたフサフサお髭のターナー神官長のおかげでいきなり攻撃を受けるような事態には陥らなかったのですが、流石に皆の視線が痛々しいですわ。
「まずは水と着替えを…と、一息入れてから事情を聞くべきなのかもしれんが、帝都では何が…いきなり溢れて来た瘴気もそうなのじゃが、あの悍ましい化け物がゼブルスとでもいうのか?しかしあの姿は…とても竜と呼べるものではないのじゃが」
指揮所のような天幕に案内された後に飲み物を勧められながら事情を訊ねられたのですが、漂う瘴気や吸収効果のせいで身動きが取れない人が大勢いるようですし、今はのんびりと事情を説明している場合ではないのかもしれません。
「あまり詳しく説明をしている時間がないのですが、要するに…私達は色々な擦れ違いや勘違いをしていたという事ですわ」
「遺恨があるのは重々承知だ…が、今はアレを何とかする為に力を貸して欲しい」
なんて説明にもなっていない私の説明とミレーヌさんが大人しく頭を下げた事で「まあそれなら」と一時的に問題を棚上げしてくれる事になったのですが、女帝として君臨していたミレーヌさんに対して納得する事ができな人も多いので後々問題が噴出して来るのでしょう。
(今は目の前の問題に取り組まないといけないからという判断なのかもしれませんが…とにかく助かりましたわ)
そういう諸々を飲み込み協力しないといけないレベルの化け物がとぐろを巻いてワシャワシャとしていたのですが、ゼブルスから溢れ出しているブヨブヨとした瘴気は帝都に張り巡らされている何かに阻まれておりまして……その辺りはターナー神官長やらリッテンベルン宰相が何かしらの細工を施してくれていたのかもしれませんが、そういう結界に押し込めていられる間に何とかしないと大変な事になってしまうのかもしれません。
「すまない、助かった…しかしほのかに甘いこれは…なんだ?」
そんな話をしている間に自力回復していたリッテンベルン宰相がヴォッサム将軍の治療をおこなっていたのですが、こういう事もあろうかとゼブルス用の特効薬を準備していたようで……本当に色々な対抗策を練っていたものだと感心してしまいます。
「アリシアの母乳に色々な薬草を混ぜた物だけど…媚毒に対する気付け薬みたいな物かな?」
「そうか、効き目が強いのは聖乳が入っているからだな」
なんて聖乳を飲んでみたいと言っていたヴォッサム将軍がウムウムと頷いていたのですが、ゼブルス用の特効薬がアンジェリカ達にも配られる事になりまして……いくら効果があるといっても聖乳が配られるという事には慣れませんし、なんとも言えないムズムズとした恥ずかしさがありますわ。
(そんな事を言っている場合ではないのですが、搾り取られるだけ搾り取られておいてよかったと思う事になるとは…複雑な気持ちですわ)
リッテンベルン宰相が言うにはゼブルスの動きを阻害している結界にも私の聖乳が使われているとの事でして、帝都を覆える量を搾り取られていたという事実に少しだけ遠い目をしてしまい……。
「申し訳ありません、アレの瘴気を浴びた瞬間訳が分からなくなってしまい…本当なら私が盾にならなければいけなかったのですが」
「ええ、お恥ずかしいところを…私もまだまだ修行不足だったという事なのでしょう」
「そうっすね、もう…いきすぎて干乾びるかと」
とにかくアンジェリカ達がリッテンベルン宰相のお薬で持ち直す事になったのですが、身体の火照りがマシになったという程度でまだまだ本調子ではないのかもしれません。
「ホーン神官長、ご報告いたします!」
なんて話し合いをしている間に帝都から脱出して来た人達が合流して来まして……その中には陽動として帝都に潜入していたレスリーナちゃんやゴロさんやシンデさん、エルフの別動隊を率いていたヘルムートさん達がいたのですが、皇居で分かれたゲオルグさん達も救助されたみたいでほっと一息入れる事ができました。
(アン達には休憩を…とかいっている場合でもないのですが、数だけ揃えてもこのままでは全滅ですし、どうしたらいいのでしょう?)
なかなか厳しい状況だと頭を悩ませているとタマに運んでもらっていたリンディさんの姿が目に入ったのですが、今一番動けるとしたら敵側陣営にいたからなのかゼブルスの影響をそれほど受けていないリンディさんくらいなのですよね。
「すみません、色々と訊ねたい事があるのですが…いいですか?」
「よくねー…が、やめとけやめとけ、そんなフラついたまま再戦なんてしても面白くねーだろ?」
「面白いか面白くないかではございません、そっ首落としても笑っていられるかを…ああもう、手の届く範囲にいるというのに…本当に憎々しいお方ですわ!」
馬鹿正直にゼブルスの事を教えてくれるとは思わなかったので雑談から入ったのですが、雨宮さんが脅すように紫雲斬鉄を構えるとリンディさんが笑っていまして……。
「わかったわかった、本調子になったらまたやろうぜ…って事で、何でも答えるっていう訳にはいかないが…負けたからには筋は通すぜ」
なんてボコられてからは少しだけ大人しくなったような……目的自体は達成しているので暴れ出す必要性がありませんし、敵対組織の真っただ中に連れて来られているので大人しく脱出の機会を窺っているとかそういう感じなのかもしれませんが、会話が成立するのでしたら色々と聞いてみたい事が山積みですわ。
「そうですね、色々と聞きたい事があるのですが…なんでゼブルスなんかの為に動いておりますの?復活させて良いモノかの判断くらいはつきそうなものですのに」
大昔の帝国軍に叩きのめされていたり出生の諸々には同情するべきところがあるのですが、だからといって邪竜を復活させたらどうなるかくらいの判断はつきそうなもので……復活させないといけない何かしらの理由があった場合はリンディさんを頼る事が出来なくなってしまうのですが、その辺りはどうなっているのでしょう?
「んな事を言われても大昔の盟約としか…あんなのになっても俺達が神様と仰ぐお方だからな、逆らえねーんだよ」
との事で、リンディさんの戦力外通告が決定してしまったのですが……その言葉の中にはスルーする事が出来ない言葉が紛れ込んでいたような気がしますわ。
「あんなのになっても…という事は、昔は違ったのですか?」
昔は良い奴だったパターンなのかと思ったのですが、肩をすくめてみせたリンディさんが言うには昔から碌でも無い存在ではあったのだそうです。
「いや~あんまり変わんねーな、つーか…アレは昔から居るだけで瘴気を撒き散らすような傍迷惑な野郎だったんだが、それでもあんなのに寄生されるまではブツブツと呪詛を吐くだけの比較的人畜無害な根暗野郎だったんだが」
なんて軽いノリで驚くべき真実を教えてくれたのですが、なんでもゼブルスに寄生している精神的な生命体みたいなモノが色々な悪さをしてしまった結果、あそこまで肥大化した化け物が生まれてしまったのだそうです。
「えっと、つまり…私達がゼブルスと思っていたモノがゼブルスではなかった…という事ですの?」
ビックリな新事実なのですが、ゼブルスに寄生している欲望と聖氣を喰らう概念的な生き物が長い年月をかけて堕落と快楽を求める化け物にまで成長してしまったようでして……。
「まあ…そうだな、お前達も感じた事はないか?アイツと対峙した時に精神とか思考が塗り替えられていくみたいな感じがしたと思うんだが、成長しきったらありとあらゆる生物…どころか大陸そのものを塗りつぶして暴れ出すんじゃないか?」
大本がゼブルスである以上従うしかなかったと言うリンディさんなのですが、加速度的に大きくなっていくとしたらちょっとした邪竜退治という問題ではなくなってきてしまいますわ!
「大陸そのものにって…そんな大事な事は真っ先に教えておいて欲しかったですわ!?マリエラ様もマリエラ様ですわ、そんなのが相手だとわかっていたら神託の一つでもしておいてくださったらよいものを!」
教えて貰っていたら対抗策が練れたのかもしれないと頭を抱えたくなってしまい……隣で話を聞いていたターナー神官長が考え込むように自慢のお髭を撫でていました。
「ふ~む、アリシア様の言わんとしている事もわかりますが…我々がそのような真実に辿り着く事や協力し合う事が肝要だと考えておいでだったのじゃろう」
「おいでだったのじゃろう…じゃ、ありませんわ、最低限の情報共有はしておいてくれても罰は当たりませんわ!」
今のところはリッテンベルン宰相の結界があるおかげで動きが鈍っているのですが、大地がブルブルと震えて今にも打ち破られそうですし……あんな化け物が出て来た時に対抗できそうな人間が私とミレーヌさんとタマの3人くらいしかいないというのも大問題ですわ。
(ミレーヌさんとタマは本格的に戦えるような力がありませんし、せめて私がもう1人くらい居たら攻撃役と防御役に回れるのですが…今からどうにかするというのも難しそうですわ)
時間をかければミレーヌさんを鍛え上げる事が出来たのかもしれませんが、そんな時間も残されておりませんし……このままでは結界を叩き壊したゼブルスが自由を取り戻してしまい、溢れて来たドロドロに取り込まれた大陸が汚染されてしまうという最悪の事態が訪れてしまうのかもしれません。
「そうですわ、ここまでピンチな状況でしたら…もう一度聖勇者を召喚しなおす事って出来ませんの?呼び出せたら女神パワーを持った人間が増えますわ!」
「それは…少々難しいかと?」
私としては起死回生の一手だと思ったのですが、ターナー神官長が言うには召喚自体が女神様の意思で行われたので自力でなんとかするのは難しいようで……。
「召喚とまではいかないのだけど…賭けに出る事は出来るかも?上手くいけばパワーアップできるかもしれないけど…やってみる?」
溺れる者はリッテンベルン宰相をも掴むではありませんが、彼女が言うにはとんでもないパワーアップが出来るかもしれない方法があるとの事で……今は微かな希望に縋る事でしかゼブルスに対抗する手段が無いのかもしれませんし、多少強引な方法でも挑戦してみる価値があると私達の視線がリッテンベルン宰相に集中しました。
※結界や気付け薬に使われている聖乳なのですが、流石に原液のまま使われている訳ではありません。




