69:封印の間から溢れて来たモノですわ
謁見の間は1階のやや奥まった場所にあったのですが、整然と並ぶ無数の柱と国章が描かれている白地の垂れ幕が玉座まで続いているという厳かな広間……だったのですが、今はその面影もありませんわ。
(なんですの…これは、ドロドロとした瘴気が溢れかえって気持ち悪いですわ)
今はどんよりとした赤黒い瘴気が埋め尽くされていますし、耐性的な問題でしかめっ面をしているノアさんと非戦闘員のタマがビビビっとなっていたのですが、こんな場所では呼吸をするのも一苦労といった感じでした。
「おお…よしよし、大丈夫ですよ、母が守ってあげますから」
「みゅ~…」
そんな状態なので雨宮さんがプルプルと震えているタマを優しく抱きかかえながら撫でまわしていたのですが、垢嘗めスライムにこの瘴気は耐え辛いようでして……。
「今更なのですが…その子はハスラーに預けて来た方が良かったのではありませんか?」
「なにを仰るのです、この子と私は一心同体、離れるなんてとてもとても」
なんて雨宮さんがギューッと抱きしめているので何とも指摘しづらい空気があったのでこんな所まで連れて来てしまったのですが、当の本人は「ぷっい!ぷっい!」と涙目になりながらアンジェリカの意見に同意していまして……流石にこのままでは可愛そうですわ。
「今からゲオルグさんを追いかける…というのも難しいですし、私が預かっておきましょうか?聖氣の盾で包んでおけば多少なりともマシになると思いますわ」
「あら、そう…ですわね、わかりました、では…お任せします」
他の人ならともかく娘ならと手渡してくれる事になったのですが、皇居の中だと魔法に対する妨害が働いているのですよね。
(これくらいの消費ならお安い御用ではあるのですが…何か奇妙な感じがしますわ)
吸われている量がいつもより多いような気がするのですが、謁見の間だと魔法妨害の力が強まるのでしょうか?
そんな事を考えながら女神の聖氣で包んだタマは「ぷぃー」と表情を和らげながらへにょりとしていたのですが、気の抜ける会話をしていたからなのかリッテンベルン宰相から羽織る物を受け取っていたミレーヌさんが少しだけ困ったような表情を浮かべながら口を開きました。
「話し合いは済んだか?」
「ええ、お待たせしま…なのですが、ミレーヌさんは平然と瘴気の真っただ中にいるのですが…大丈夫なのですか?」
雨宮さんの聖氣を吸ってそれなりに強化されているタマですらしょんぼりとしている状態ですし、神躯無しのミレーヌさんも辛いのではないかと思ったのですが……。
「問題ない…というのもおかしな話なのだが、どうなのだろう?長年浴び続けたせいで慣れているのかそれとも…」
「ウィズベリアが何かしているのか?」という視線をリッテンベルン宰相に向けていたのですが、宰相本人は「違います」というように首を振っていまして……なんて事を話しているといきなりドーン!と玉座が吹き飛びました。
「陛下!」
そうして爆発のあった場所から巨大な肉塊が溢れて来たかと思うとムカムカするようなゼブルスの気配が砂埃と共に広がって来たのですが、ミレーヌさんとリッテンベルン宰相の前にはヴォッサム将軍が、私の前にはアンジェリカと雨宮さんがついてくれまして……誰にも守られなかったノアさんが「ちょ、僕だけ放置っすか!?」なんて叫んでいたのですが、今はそんな事に構っている余裕がありませんわ!
(色は…赤色!?って事は、リッテンベルン宰相の!?)
何故味方側の肉人形が玉座の後ろから溢れて来たのだろうと首を傾げながらリッテンベルン宰相を見てみますと、苦虫を嚙み潰したような顔で忌々し気に舌打ちを打っておりまして……とにかく返してもらったインペールを構えながら反対の手でタマを庇うように戦闘態勢をとる事になりました。
「ちっ、くしょうがぁああ、ああもう、うぜぇえええっ!」
そんな風に身構えていると赤色の肉塊と共に飛び出して来た炎のような赤髪をたなびかせたムキムキマッチョな女性……トカゲ人間さんことリンディさんが飛び出して来たのですが、赤黒い鱗で覆われた尻尾でバランスを取りながらガッガガと勢いよく床材を粉砕しながら着地を決めていました。
(あれは…ゼブルスの!?)
リンディさんの腰に巻かれているポーチからゼブルスの欠片の気配が漂って来ていたのですが、あんな物が通路の奥に運び込まれていたら不味い事になってしまいますわ!
「あらあらお粗末な奇襲で…そのような小細工を弄すれば勝てるとでもお思いですか?その程度では童が作ったビックリ箱の方がまだ驚けるというもの、それともその程度の知恵しか回らない残念な頭であるという自己紹介かしら?」
たぶんファティエラ方面での戦いで色々な事があったのかもしれませんが、そりが合っていなかった雨宮さんとリンディさんの2人は犬猿の仲にランクアップしていたようで……。
「はっ、戦略的撤退と敗退の違いすらわからねー低能にはわからねーだろうが、こっちにはこっちの事情っていうもんがあんだよ!つーかそこに居るのは皇帝と…リッテンベルン!やっぱりてめぇか!何が念のため防衛用の肉人形を再配置しますだ!結局寝返っているじゃねえか!!」
封印の間に向かおうとしては弾き返されるみたいな攻防戦を繰り広げた後なのか、肉塊にヌチャヌチャにされかけて乱れた衣類を整えていたリンディさんは雨宮さんの言葉に馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに笑ってみせながらリッテンベルン宰相にも文句を……ごくごく普通の肉人形であればリンディさんの敵ではなかったのかもしれませんが、ゼブルスの為に蓄えられていた魔力の一部を横流しして無限増殖するように改造されている肉人形は流石に面倒臭い相手だったのでしょう。
(さしずめ肉人形に腕押しみたいな状態だったのかもしれませんが…なかなか嫌らしい仕掛けですわ)
肉人形を封印の間に詰め込む事で物理的な障壁として活用していたのかもしれませんが、そのような小細工を弄していたリッテンベルン宰相は交渉の余地なしというようにただただ殺意のこもった目でリンディさんを睨みつけながら魔法を発動させていまして……まともな会話も説明も無さ過ぎるところが彼女のキレ具合を示しているのかもしれません。
(それだけ溜め込んでいた怒りが…って、不味い、ですわ!?)
リッテンベルン宰相の指示で増殖する肉人形がリンディさんに絡みついたかと思うと奇妙な魔方陣が浮かび上がり……たぶんやろうとしている事はジオルドを吹き飛ばそうとした時の小規模版といいますか、肉人形を動かしている魔力を攻撃力に変えて辺り一帯を吹き飛ばすつもりなのでしょう。
「アリシア!」
「陛下は私の後ろに!」
「は、はい!」
「わかった!」
「って、ちょっと、だから僕も居るんっすから…って、かなりやばめな魔力が集まっているっすよ!?」
それがどれくらいの威力になるのかがわからなかったのですが、ランプデトネイターを構えたアンジェリカが聖氣を集めながら防御態勢に入りまして、その後ろに入った私がワタワタと聖氣の盾の準備をしつつタマとノアさんを守る事になりました。
「…死ねッ!」
ここまで来たら敵対行動を隠さなくなったといいますか、ゼブルスに侵蝕されていた人質が居なくなったリッテンベルン宰相が万感の思いを込めながら放った切り札の一つは連鎖爆発する肉塊のエネルギーを内側のただ一点に叩き込むというものでして……凝縮された爆発が収束していったかと思うとある一定のラインを超えた瞬間まばゆい光が広がりまして、その余波ともいえる衝撃波だけで謁見の間が半壊してガラガラと建物が崩れ落ちて来たかと思うともうもうとした砂煙があがって膨張する空気の圧力で耳がキーンとしてしまいますわ!
「かっ…は!くそ…がっ!」
ただそこは相手もさるものといいますか、邪竜の先兵であるリンディさんは全聖氣を防御用の竜鱗に回して爆発のダメージを最小限に押さえ込んでいました。
(流石に効いたようですが…って、そんな事を言っている場合ではありませんわ!)
不意打ち上等のノアさんは爆発の影響を受けてよろめいていますし、容赦なく追撃に入ろうとしている魔法使いタイプのリッテンベルン宰相は一撃一撃が重い反面チャージに時間が必要でして……他のメンバーはズタボロになっているリンディさんに追撃を仕掛けてもいいものかと悩んでいたのですが、彼女がゼブルスの欠片を持っているというのが一番の大問題ですわ!
「今のうちに彼女のポーチを!そこにゼブルスの欠片がありますわ!」
たぶん聖勇者としてのチート能力の一種なのだと思いますが、特殊なポーチに収められているゼブルスの欠片の気配を感じる事ができるのが私くらいで……。
「なっ!?そ、は、はい!」
騎士として寄って集って袋叩きにするのはと躊躇っていたアンジェリカ達なのですが、ゼブルスの欠片の所在がわかれば話が別ですし、一度戦闘が始まってしまえばいくらリンディさんが強敵だといっても多勢に無勢ですわ。
「こういう相手だと…あんまり役に立てないんっすけどね!」
体勢を立て直したノアさんが攪乱をおこないつつリッテンベルン宰相が広範囲かつ搦め手にもなる魔法の連射、近距離戦をアンジェリカと雨宮さんが受け持ちつつヴォッサム将軍が攻め引きの指示を出しながら連携能力の低い私と神躯無しのミレーヌさんがウロチョロとしていたのですが、どのような攻撃を仕掛けて来るのかがわからない以上注意を割かない訳にもいかないのでしょう。
「チッぃいい!!」
「させ…ません!」
何とか接近したアンジェリカのシールドチャージでバランスを崩した瞬間を狙って斬り込んだ雨宮さんの一撃が竜鱗を削ってポーチを傷つけたのですが、斬り裂いた裂け目から悪意を塗り固めたような真っ黒い結晶が零れ落ちてきまして……。
(あれを、回収すれば…!?)
残りの欠片は封印の間に収められているのだと思うのですが、一つでも守り切れれば完全復活を阻止できると思って踏み込み手を伸ばして……私の手が届くか届かないかというタイミングで床から滲んで来たドロリとした赤黒く輝く触腕がゼブルスの欠片を掴み取ってしまいました。




