68:リッテンベルン宰相の執念とその結果ですわ
「かっ…はっ…!」
仲間だと思っていたリッテンベルン宰相の突然の裏切りに反応できなかったのか彼女になら刺されても良いと思っていたのかはわかりませんが、ラーズグールの中に仕込んでいた聖氣の結晶で貫かれたミレーヌさんが血反吐を吐きながら崩れ落ちまして……。
「陛下!?貴様、ウィズベリアぁあああッ!!」
「将軍!待ってください、何か変ですわ!」
残っていた忠誠心が爆発したかのように詰め寄るヴォッサム将軍にしがみついてでも無理やり間に入るのですが、世界中を敵に回してでもミレーヌさんを助けるという決意を固めていそうなリッテンベルン宰相が裏切るというのが不自然すぎますし……そう思って必死に止めに入ったのですが、ズルズルと引きずられていってしまうような怪力なのがとんでもないですわ!
(でも…どういう事ですの?あんなに血が出て…素人目から見ても致命傷ですわ)
深々と突き刺した聖氣の結晶が砕けて血飛沫と共に舞い散っていたのですが、どこか安らかそうな笑みを浮かべながらミレーヌさんが崩れ落ち……る前にリッテンベルン宰相が受け止めてからソッと床の上に横たえていたのですが、ミレーヌさんが致命傷を受けたからなのか身に纏っていた肉の鎧がシュルシュルと縮んでいくとゼブルスの気配が急速に低下していきました。
「もしかして、リッテンベルン宰相は女帝の神躯を狙って無力化させた…の、でしょうか?」
事情がよくわかっていないアンジェリカからしたら憎き敵であるという以上の感情が無いので見たままを口にしたのかもしれませんが、零れた呟きにノアさんが驚いていまして……本当にそんな事が可能なのでしょうか?
「えっと、神躯の事はあんまりよく知らないんっすけど…そんな事が出来るんっすか?」
「いえ、常識的に考えたら体や魂の方がズタズタになるだけ…です、が…そうとしか?」
「って、そんな事はどうでも良いですわ、今はミレーヌさんの傷を塞ぎませんと!」
リッテンベルン宰相が何かしらの魔法を使っているのですが、それだけでは手が足りないようですし……。
「そ、それ…は、いえ、わかりました」
敵だと思っていた相手なので切り替えが難しいのかもしれませんが「アリシアが望むのなら」という思いと聖騎士としての使命に押されて治療魔法が得意なアンジェリカがミレーヌさんのお手伝いに加わる事になったのですが、神躯を砕いた影響を押さえ込めるかは五分と五分くらいなのかもしれません。
「ウィズ…?」
「はい、はい…私はここに居ます」
そうしてリッテンベルン宰相とアンジェリカの努力のおかげでズタズタになっていた魔力の経路とか空いていた大穴が塞がれていったのですが、どこか清々しそうな表情をしているミレーヌさんの言葉に大粒の涙を流しているリッテンベルン宰相が頷いていまして……どうやら女神の聖氣がゼブルスに対する特攻効果があるという事を突き止めたリッテンベルン宰相の努力の結晶が邪竜の意思に侵蝕されていたミレーヌさんを打ち砕いて解放してくれたのかもしれません。
「そう…か、最後まで…迷惑をかける」
「そんな事を…言わないでください、ようやく…どうにかして」
「いや、自分の体の事だ…こうして苦しみも…」
とか言っているところで自分の勘違いに気付いたのか両手で顔を覆っていたのですが、ミレーヌさんの耳が真っ赤になっているのは見なかった事にしておきましょう。
(なんていう姿を見せられたら怒る気にもなりませんわ…と、いいますか、やっぱりお2人ってそういう関係なのですよね?)
搾り取られた聖氣や聖乳が役に立ったのは良い事なのかもしれませんが、非人道的な扱いを受けた事はキッチリ覚えておりまして……それでも愛し合う2人が幸せそうにしているならとわだかまりを飲み込んでおく事にしました。
そもそも潜入していたアンジェリカ達が捕まらなかったのも民間人の被害が最小限に抑えられたのもリッテンベルン宰相達が裏から手を回していた結果なのかもしれませんし、ゼブルス本体をどうする事も出来ないからとミレーヌさんが使い潰されて擦り切れてしまう前に肉塊に蓄え続けていた魔力で博打に出たというのが事の真相なのかもしれませんが、その執念ともいえる長期的な計画にはただただ感服してしまいますわ。
「何はともあれ丸く収まった、という事なのかもしれませんが…あちらで大変な事になっている人は放っておいても良いのですか?」
多少くたびれているタマを庇いながら灰色肉人形を斬り捨てていた雨宮さんが「あらあら」というように血反吐を吐いているゲオルグルさんの事を示していたのですが、ゲオルグルさんはゲオルグさんで大変な事になっているようでした。
「将軍、すみま…せ、ぐッ!?」
どうやらミレーヌさんの圧力をモロに受けた影響が出ているようで、こちらもこちらでなんとかしないと致命傷ですわ。
「すまない…忘れていたわけではないのだが、大丈夫か?」
やや気まずそうにヴォッサム将軍が状態を確かめていたのですが、高密度の聖氣をぶつけられた事による外傷と体内の魔力の流れに変調をきたしているようでして……。
「え、ええ…なん、とか…回復薬を飲んで一休みすれば、だと」
「そう…か、わかった、無理はするな…っと」
そうして状態を確かめていたヴォッサム将軍が「UooOOOx」と襲い掛かって来ていた灰色肉人形を斬り払っていたのですが、こんな所で立ち止まっていると魔物達が寄って来て仕方がありませんわ。
「すみません、その…リッテンベルン宰相が肉人形を操っているのですよね?私達を襲わないように命令を出したりはできませんの?」
「あれは管轄外、鬱陶しい事に邪竜の復活に合わせて引き寄せられているだけで…だから適当に吹き飛ばしておいて欲しい」
との事で、人間同士の戦いにならないように魔物や肉人形を多用していたリッテンベルン宰相なのですが、灰色の肉人形はゼブルスがばら撒いている『慈悲の灰』から産まれて来ている存在なので指示を受け付けないのだそうです。
「なら、化け物が溢れてしまう前に決着をつけるしかないな…とはいえ神躯が無くなった身だ、何もできないのかもしれないが…私が…いや、私達が蒔いた種だ、今まで散々弄繰り回してくれた恨みを晴らすためにも一発殴ってやらないと気が済まなくてな」
「陛下…それは」
なんて事を言いながらリッテンベルン宰相の手を借りながら立ち上がったミレーヌさんなのですが、ヴォッサム将軍が表情を決めかねたような顔をしておりまして……流石に無謀すぎるという気持ちもわかりますし、色々な事が一気に押し寄せて来たせいで表情を決めかねているという気持ちもわかりますわ。
「皆さん…色々と思うところがあるのもわかっています、それでもゼブルスをどうにかしないといけないという点では一致している筈ですわ…だった、それぞれの事情は一旦横に置きまして…まずは忌々しい邪竜の解放を阻止するべきですわ、個別の問題については全部終わった後にぶつけ合えばよろしいのでは?」
だから事情を知っている私が提案する事になったのですが、自分でも何か偉そうな事を言っているような気がしてしまうのは何故なのでしょう?
「本当に…どのような流れで敵対していた女帝達と協力する事になったのかがわかりませんが…いいのですか?神躯無しで挑むとなるとかなり厳しい戦いになりますよ?」
「そうっすね、よくもこき使ってくれてという思いがありますし、この先に待っているのはあのゼブルス狂いなんでしょ?流石に無謀だとは思いますが…まあ、好きにしたらいいんじゃないっすか?」
「ええ、ええ、わかっていますとも、娘が阻止したいというのでしたら協力するのが母の役目というものですわ」
「ぷっ!」
そうしてアンジェリカ達は何だかんだと言いながらミレーヌさん達の同行を認めてくれまして……と、いいますか「好きにしたら?」という投げやりな空気が混じっているような気もするのですが、この場で敵対関係を表明しないだけマシだと思っておいた方がいいのかもしれません。
「感謝する…出来るだけ足手まといにはならないようにするつもりだ」
その辺りの事情諸々を飲み込んだミレーヌさんが軽く頭を下げるのですが、神躯を失ったミレーヌさんがゼブルスの元に向かう危険性を危惧しているヴォッサム将軍が不安そうな顔をしていまして……。
「ウィズベリアは良いのか?このままでは陛下が…」
「このままで…というのはどういう意味でしょう?ミレーヌが行くと決めたのならついて行くだけですから」
「お前、なぁ…まあ、いい…私の命が続く限り陛下をお守りする事にしよう、いざとなったら陛下と共に逃げるのだぞ?」
「すまない、2人とも…最初で最後の我が儘を言わせてくれ」
私達が何だかんだと言いながら受け入れていたので困り顔のヴォッサム将軍がリッテンベルン宰相に話を振っていたのですが、彼女は彼女でミレーヌさんの意思を優先させていまして……そんな2人を見ながらミレーヌさんが苦笑いを浮かべていたのですが、ゼブルスの干渉が無ければなかなか面白い3人組が帝国を率いる事になっていたのかもしれません。
(だからこそ、そういう未来を潰したゼブルスには目にものを見せてやらないといけませんわ!)
封印が解けてしまうのなんかはもってのほかですし、何かしらの手段で再封印とか完全封印が出来ないかとかそういう決意を胸にゼブルスが封印されているという謁見の間に……ミレーヌさん達のおかげでその奥に封印の間がある事が確定したのですが、そんな場所に向かう前に女帝の圧力を受けてダウンしてしまったゲオルグさんをどうするのかという問題が浮上してきまして、その辺りは本人の自己申告で離脱する事が決定しました。
「ここから先に進むには力不足のようです…それに突入して来ている連中に伝えないといけない事が多いですし、私は後方に回る事にしましょう」
そもそもゲオルグルさんが無理やりついて来たのは死処を探しているようなヴォッサム将軍をいざという時に止める為でして……その心配がなくなったので安全な後方に下がる事にしたのだそうです。
「それは…その方がいいが」
「大丈夫ですよ、逃げ回る程度の立ち回りは出来ますので…それに、誰がどこに向かっているのかを把握しているのは私と将軍くらいですからね、戦力的には連絡役を買って出るべきなのでしょう」
「そうだな、わかった、俺が言うのもおかしな話だが…無理はするな、必ず生きて帰るんだ」
「了解です、では…後程、陛下も…ご武運を」
そうして剣を掲げたゲオルグさんが離脱して行くのを見送った後、リッテンベルン宰相に回収されていた武器を返してもらったり案内を受けたりしながら封印の間への入り口があるという謁見の間に向かう事になりました。




