55:快堕の獄牢ですわ
魔物達が幾重にも折り重なり混ざり合ったような肉の壁、ドロドロとした地下道には濃厚な媚毒と瘴気が入り混じったようなヌメリがポヤポヤとした光を放っておりまして……そんな場所に一歩でも足を踏み入れてしまうと汗が噴き出し色々なものがビンビンになってしまいますわ。
(だからといって、こんな所で…いえ、そんな事よりもですわ)
魔力の吸収が続いているからノアさんには首輪の中に戻ってもらい……疼くお腹を押さえながらモジモジと内股を擦り付けたり意味もなく周囲に視線を向けてしまったりしていたのですが、土地が干上がる程のマナが集められている原因を調べる必要がありましたし、万が一ゼブルスにエネルギーが送られているような事があればその経路を遮断したり破壊したりする必要があるのですよね。
「魔力の流れは…どうやら帝都の方に続いているようですね」
「では…その流れに沿って進んで行けばよろしいのかしら?」
お互いに身体が火照っている事を隠しながら事務的な会話を交わしていたのですが、何となく意識している事が丸わかりなのがむず痒いですわ。
「そうですね、ただ魔物達も変異しているようなのでご注意を…離れずについて来てください」
「わかりました、前衛はお任せしますわ」
そんな事を言われたので武器を構えながら近づいてみたのですが……。
「すみません、もう少し離れてもらって…いえ、迷惑という訳ではないのですが…今は触りがあるといいますか」
「も、申し訳ありません…つい?」
ピッタリとくっつきすぎたら赤面しているアンジェリカが身を引いていたのですが、無意識に近づきすぎていたみたいで顔から火が出るくらいに恥ずかしいですわ!
(ああもう、早く通過しませんと…私達の精神力が持ちませんわ!)
なんていうやり取りをしながら地下道を進んでいく事になったのですが、快堕の獄牢には肉塊から触手が生えているローパーとかいう魔物がウジャウジャとしておりまして……近くを通ると触手を伸ばして来るのでそういう妨害を斬り払いながら進んでいく事になります。
(んっ、っと、搦め取ろうとしてくる以外は比較的無害なのですが…こんな状態で捕まったら大変ですわ)
こんな所を通らなくていいのなら通りたくはないのですが、得体の知れない何かが蠢いているような怪しげな気配が漂ってきていますし……張り巡らされた魔力網を調べずに放置していたら大変な事になってしまいそうだから仕方がありませんわ。
「アン、右ですわ!」
そういう使命感を胸に地下道を進んでいたのですが、肉壁に浮かぶ血管のような筒の中を膨大な魔力が流れているので感覚が狂ってしまいますし、ブヨブヨとしている地面のせいで平衡感覚も失われてしまい……トロトロとしたヌメリに擬態していたスライムが数歩先を進むアンジェリカの死角から飛びかかって来ました。
「っと、ありがとうございます…スライムの変異種、でしょうか?」
ランプデトネイターでの迎撃が間に会わなかったので魔力を付与した拳で迎撃していたのですが、こびり付いた粘液を振り払うとパタパタと衣服が溶けていってしまい……よくよく見てみるとスライムプールとなっている場所があちらこちらに存在していますし、そういう場所に突っ込まないように気を付けないといけないのかもしれません。
「ああもう、なんで服だけ…アンは…大丈夫ですの?」
たぶん漂っている媚毒とか瘴気にスライムの成分が混じっているのだと思いますが、シュウシュウと音を立てながら衣類が溶けていきまして……肌の方にはなんの影響もないというのが嫌らしすぎますわ。
「なんとか…と、言いたいのですが、身に着けている装備が溶かされる前に仕舞い込んでおいた方がいいのかもしれませんね」
私の聖衣は自己修復機能があるので持ちこたえてくれていますし、聖銀が使われているインペールや強化されたランプデトネイターもスライムの攻撃を跳ね除けていたのですが、聖騎士準拠の防具がシュウシュウと音を立てながら溶けていっておりまして、このままだと不味い事になってしまうのかもしれません。
「少し待っていてください、衣類を脱いでおきますので…」
「です…わね、私もスカートを外しておきますわ」
こんな場所で衣類を脱いでおくのは肉食獣の目の前にお肉を放り投げるような行為なのかもしれませんが、帝都に乗り込んだ時に着る服が無いという事になっても大問題ですし……という事でアンジェリカが着ていた衣類を収納魔法に仕舞い込んでいましたし、私も閉鎖空間で翼を広げていたりヒラヒラとしたスカートを穿いていたりすると身動きがとり辛かったのでしまっておく事にしました。
(これはこれでなのですが…仕方がありませんわ)
全裸のアンジェリカもアンジェリカなのですが、乳暖簾の前垂れにロンググローブとストッキングブーツをガーターベルトで止めているというまるで新婚初夜か何かといった格好になってしまった私も私でして……。
『アンジェリカって…見た目によらずご立派なモノを持っているっすよね』
格好が恰好なので物凄く意識してしまいますし、媚毒の影響でビンとそそり立っているアンジェリカのドラゴンチ〇ポに目がいってしまうのですが……こんな時に何て事を考えているのでしょうと自分自身を戒めながら半笑いを引っ込めておりますと、ノアさんがわかっていても口にしなかった事を囁いて来ました。
「そういうのは思っていても口にしないものですわ」
言葉にすると余計に意識してしまい視線が泳いでしまったのですが、ブヨブヨとした地面の上を歩いているので集中していないと転倒のリスクが大変な事になってしまいますわ。
「何か…気になる事がありましたか?」
「なんでもありませんわ!ただちょっと…ノアさんが要らない事を言っていただけで」
しかも頭の中に直接話しかけてきていたのでアンジェリカには首を傾げられてしまい……そそり立つご立派なモノの話しをしていましたなんて言う事も出来ないので勢いで誤魔化しておく事にしたのですが、ノアさんのせいでかく必要のない恥をかいてしまいました。
「そう、ですか…あまり迷惑をかけてはいけませんよ?」
最初は憑りついているノアさんの事を毛嫌いしていたアンジェリカも少しずつ落ち着いて……は、いないのですが、こんな所で言い争っている訳にもいかないという事でニッコリと笑って会話と終了させているのが何とも言えませんわ。
「Ux…Uuu…x…」
とにかくそういう感じで魔力の流れを辿りながら地下道を進んでいく事になったのですが、スライムプールを回避したり触手の絨毯が広がっている坂道を飛び越えたりしながら奥へ奥へと進んでおりますと、ゾンビとゴブリンを足して肉塊寄りに捏ね繰り回したような灰色の魔物が現れまして……。
「何でしょう…あれは?初めて見る魔物ですが」
「です…わね、どことなく冒涜的な感じがする魔物ですが…魔物、なのでしょうか?」
もしかすると快堕の獄牢の瘴気に当てられた何かしらの成れの果てなのかもしれませんが、薄っすらとゼブルスの因子のような気配が漂って来ておりますし……そういう生き物が地下道に犇めいていたりウロウロとしていたりするのですが、流石に蹴散らして進むには数が多すぎますわ。
「迂回できるところは迂回して行きましょう…という訳にもいかなのも居るようですが」
「ええ、気が重いのですが…そういうのは倒しながら進んでいくしかありませんわ」
枝分かれが多すぎるので迂回路に困る事は無かったのですが、彼らの足取り的に向かっている方向が同じようでして……幸か不幸か認識器官があまり発達していなかったので程々の距離まで近づかないと襲ってこなかったのですが、それでも戦闘が避けられない場面が度々ありました。
(進めば進む程吸収効果も強くなっていきますし、倒し切るのは…現実的ではありませんわ)
充満している媚毒のせいで身体が火照って体力が著しく消耗していきますし、思い出したように襲ってくる触手やスライム達のせいで集中力が削がれていってしまうので連戦は避けるべきなのでしょう。
因みに灰色肉人形の攻撃方法としては体の一部をドバッと吐きかけて来るように伸ばして来る感じなのですが、地下道という地形的な問題で大きく回避する事が出来ませんし……聖氣の盾で防ぐとベチャリとへばりついた所からエネルギーを吸い取って来るというなかなか厄介な相手でした。なので倒せなくもないけど迂回したりやり過ごしたりしながら進んで行こうという事になりまして……。
(あんなのを相手にしながら地下道を抜けるのは…なかなか骨が折れますわ)
と、いうより、こんな調子で枝分かれし続けている地下道が帝都方面まで広がっているとなったらかなりの広さになってしまうのですが、原初の木が生えているデヴァン大森林以外のマナが著しく低下しているという話と合わせて考えると背筋が寒くなる事実が見えて来てしまい……とにかく途中で休憩を挟みながら慎重に進んで行く事になったのですが、もう少しで帝都という場所で一際エネルギーの流れが集中している場所を発見する事になります。
「あれは…」
見た物をそのまま言葉にすると広場の中央に浮いている小型のブラックホールみたいな大穴から無数のチューブが広がっているというモノだったのですが、そんなチューブがあちらこちらの通路に伸びていったかと思うと大地を侵食しながら辺り一帯のマナを吸収しているという悍ましい光景が私達の目の前に広がっていました。
(エネルギーの貯蔵庫や中継地点…というより、何かしらの口のようにも見えるのですが)
そんな場所に向かってノソノソと歩いて来ていた灰色の肉人形達が列をなしていましたし、まるで大穴に捧げる供物だったかのように次々と空虚な大穴の中に身を投げていたのですが……咀嚼するように揺れている大穴を見ていた私は得体の知れない悪寒を感じてインペールを強く握り込んでしまいました。




