4:ヒュドラ退治ですわ!
やや大回りなルートを通って襲い掛かって来ていた5つ首のヒュドラが南門前で暴れているのですが、その余波で崩れた城壁の隙間からゴブリンとかウルフとか呼ばれている雑魚モンスターが入り込んでいて……少し体が大きいのはホブゴブリンとかオーガとか呼ばれている連中なのでしょうか?とにかく彼らが振るう雑多な武器によって逃げ遅れた人達が蹴散らされていき……すかさず白い鎧を着た聖騎士の人達や自警団の人達が駆けつけて押し返しているのですが、流石に侵入経路が多すぎて押し返すので手一杯のようですわ。
(アンジェリカさん達は…っと、東門が破られてしまいましたのね)
ファティエラの正面玄関である東門が帝国軍の猛攻に曝され陥落し、前衛を務める魔物達が雪崩を打って入り込んで来ていたのですが……そこに立ち塞がっているのがマリエラ教が誇る最強の女騎士であるアンジェリカさんでした。
彼女は白色とピンク色の軽鎧を着こんで鉄板のような大剣を振るいながら獅子奮迅とか一騎当千とかいう言葉が当てはまるような奮戦を繰り広げながらジリジリとモンスター達を押し返していたのですが、こちらはこちらで多勢に無勢で南門のヒュドラの相手をしている余裕が無いのかもしれません。
(皆さんそれぞれの持ち場で頑張っていますし、アンジェリカさんが有象無象を受け持ってくれている間にあのデカブツをなんとかしなければいけないの…ですが)
私はターナー神官長から受け取った華奢な細剣をチラリと見てみるのですが、こんなちっぽけな剣で突き刺したからといってどうにかなるような相手なのでしょうか?
(なんて疑っていても仕方がありませんし、聖勇者の為に作られた武器という受け売りを信じるしかありませんわ!)
そんな決意と共に聖銀剣インペールと名付けられた……ハートの形を模した華奢な銀細工といった趣の細剣を手にすると、私の想いに応えるように鞘の部分がキラキラと消えていきました。
そうして出て来るのは光を固めたような真っ白な刀身なのですが、これは鞘が消えているというより聖氣の塊が圧縮されて変形しているという……とにかくとんでもない力を秘めた戦闘モードに切り替わるのだそうです。
(不幸中の幸いと言いますか、飛行系の魔物が居ないのが救いですわ)
この世界に飛行系の魔物がいないのかそれともたまたま連れて来なかっただけなのかはわかりませんが、1対1に持ち込みやすいという状況を作り出しているという舐め繰り回した帝国軍の準備不足には付け入る隙があるのかもしれません。なんて事を考えながら5つ首のヒュドラに近づいてみると……。
「GURURURUxx!!」
私の姿を認めた5つ首のヒュドラが鎌首を擡げるように身構えるのですが、大口を開けて吠えられるだけでなかなかの迫力ですわね!
「ええい、女は度胸!行きま…きゃぁああっ!?」
いかにも牽制といった空気の塊を華麗に躱したところまでは良かったのですが、踏み込もうと翼に力を込めたところに2つ目の頭から雷の攻撃が飛んで来て……。
『アリシア様!?』
雷が直撃したような衝撃と轟音が響き渡ったかと思うと視界が真っ白に染まり……プスプスと墜落する私をターナー神官長の魔法が受け止めてくださったのですが、流石に一筋縄ではいかない相手なのかもしれません。
(頭の奥…が、痺れ、て…チカチカ、します、わ…でも、これが…神躯の、力?ほとんど直撃した筈、なのに…比較的無傷というのが恐ろしいですわ)
あれだけの一撃を受けても全身がピリピリと痛むくらいですし、少しばかりビックリしすぎて漏れてしまいましたが……とにかく精神的なダメージ以外は軽微ですわ!
『私は、大丈夫ですわ!それと…助けてくださりありがとうございます!』
通じるかはわからないまま念じ返しておくのですが、いくら軽微と言ってもこのような攻撃を受け続けると私の玉のような肌が大変な事になってしまいます。
というより吹き飛ばされ続けて時間を稼がれるのも業腹ですし、このような戦い方では周囲の被害が途轍もない事になってしまうので単純な力押しは止めた方がいいのかもしれません。
「とにか…ひっぃ!?」
そういう訳で何とかしなければいけないのですが、瓦礫の上でポヨンと跳ねてから地上に着地した私目掛けて大量のゴブリン達がワラワラと近づいて来ており……そのビジュアルもさる事ながら、何故か腰蓑一丁というみすぼらしい股間をムクムクとさせている事に恐怖を覚えてしまいました。
(こんな時に何を考えておりますの!?)
これが低俗なモンスターの哀れな習性というものなのかもしれませんし、私のような美女に対する当然の反応なのかもしれませんが、街の中に侵入して来たゴブリン達は手当たり次第といった感じに襲い掛かっているようで……中には捕まえた人間をどこかに連れ去ろうとしている連中まで居るようですし、これがターナー神官長が言っていた『人間狩り』という奴なのでしょうか?
「こ…の!あっちにいってくださいませ!」
「GOBUUx!?」
そのようなゴブリン達に掴まったら大変な事になってしまいますし、嫌悪感混じりの破れかぶれでインペールを振るうと刃に触れたゴブリンから切り刻まれていき……。
(ひぃいい!?!?ビジュアル的な面と精神的な面で大変な事になっていますわ!?)
聖氣の塊であるインペールの効果なのかはわかりませんが、斬り口が妙にキラキラとしていて……それ自体は別に良いのですが、曲がりなりにも生き物?と認定してよいモノがバラバラになっていくのは色々な点でキツイですわ!?
「GYAUUAAAA!!」
とにかくここにいては不味いと空中に逃げ出すのですが、空中に逃げたら逃げたで5つ首のヒュドラが襲い掛かってきました。
「ああもう!どっちもどっちですわ!」
地上に居たら雑魚モンスターが襲ってきますし、空中に逃げたら5つ首のヒュドラが何かしらのブレスを吐きかけて来て……いくら自由自在に飛び回れるといっても一度に5つのブレスを吐き分けて来る巨大ヒュドラの攻撃を掻い潜り続ける事が出来ませんでした。
(誰かを犠牲に…という考えはノーサンキューですし)
私に集中している狙いを分散すれば踏み込めるのかもしれませんが、そうなってくると最低4人の犠牲者が必要で……攻撃に耐えられるかもしれないアンジェリカさんの顔が思い浮かぶのですが、彼女が東門から離れると大変な事になりかねませんし……。
(ターナー神官長に頑張ってもらう…と、いうのは…流石に難しいですわよね?)
魔法のスペシャリストっぽい神官長ならブレスの1発や2発くらいなら防いでくれそうなのですが……流石にお年を召しているターナー神官長を最前列に配置するというのは少しばかり酷な事なのかもしれません。
(と、なる…と、自力で何とかするしかないですわ!)
「GYUUOOOOxxt!!!」
距離を取って逃げ回っていた私が踏み込むと、待ってましたと言わんばかりに多種多様なブレスが飛んでくるのですが……これをいちいち回避していたら踏み込めるものも踏み込めませんわ!
「だった、ら…出来…ッ!?」
咄嗟に聖氣を集めて盾のように展開するのですが、バチバチと拮抗するように5つ首のヒュドラが放つブレスを防ぎ切る事に成功して……。
「で、もぉお…押し、返え、す、のは…無理、ですわぁああ!!」
ぶっつけ本番の割には上手くいったのですが、5つのブレスが代わる代わる飛んで来るので防御を固めて突撃するという作戦も失敗に終わってしまいます。
このままだとジリジリと押し負けてしまいそうになるのですが、**ビームとか**波のように聖氣を放って隙を作る事も出来なくて……私が扱っているのは豊穣の女神の力ですし、直接的な攻撃に関してはいまいちな性能をしているのかもしれません。
(だから、と、いって…防御に専念し続けるのも…限界が、みえておりますし)
5つ首のヒュドラと戦っているだけで周囲の家屋や城壁にダメージが入っているようですし、このままだと色々なモノが決壊しそうで……とにかくこのままでは埒が明きませんわ!
『おお…まさか聖氣まで操られるとは、これならインペールの真なる力を開放する事ができるやもしれませんですじゃ』
なんていう攻防を繰り広げていると、ターナー神官長が感心したように呟いていたのですが……そういう大事な事は真っ先に教えておいて欲しいですわ!
『それ、は…どうしたら使えますの!?』
色々と問い詰めたくはあるのですが、ターナー神官長のうっかりには広すぎる心で目を瞑って聞き返すと妙に渋られてしまい……。
『インペールに聖氣を集めながら聖句を唱えるだけなのじゃが、膨大な聖氣を消費するものなので御身が危険にさらされる可能性も…』
なんていうシロモノなのですが、ようするに後隙が大きすぎる必殺技のようなものなのだそうです。
『わかり、まし、た…から!早く聖句とやらを教えてくださいませ!あまり長くは持ちませんわ!?』
5つ首のヒュドラがブレスを吐く度に聖気の盾が削られていきますし、力を絞り出すたびに身体の奥底から奇妙な疼きが広がって……。
『こほん、では…インペールに聖氣を集めながらジャッジメント・ディザスターと唱えるのです!』
「ジャッジメント…ディザスター!!」
なんてテレパシーまで自由自在に操る事が出来るようになってきている私に驚きながらも勿体ぶった口調で教えてくださるのですが、教えられた私は一も二もなく聖句を唱えながら集めていた聖氣を右手に……インペールを持つ手に集めながら聖句とやらを唱えるのですが、唱えた瞬間何かしらの……それこそ女神マリエラ様と繋がった様な全能感と共に膨大な聖氣が竜巻のようにインペールに巻きついてきて、それが急速に洗練されていったかと思うと聖氣で出来た一本の巨大な槍のような物に変化していきました。
(これが…っとうに…じゃじゃ馬ですのね!?)
周囲の聖氣まで巻き込んでいくような巨大なうねりに翻弄されてしまうのですが、聖氣が集まれば集まるほど変な慣性がつくといいますか、まるで巨大なドリルに奥の方を捏ねくり回されているような感じがして……ええいもう、破れかぶれですわ!
「さっさと…沈みなさい!!」
防御に回している聖氣まで集まっているのか、ヒュドラの攻撃を防ぎきれずにピリリと頬に傷が入ったのですが……こうしている間にも犠牲者がうなぎ上りですので多少の怪我くらいなら目を瞑りましょう。
そう思いながら踏み込む私目掛けて5つ首のヒュドラが吠えかけて来ますし、一直線に突撃して来る私目掛けて5つのブレスを吐くのですが……その程度の吐息で私の必殺技は止められませんわ!
「ふぎっ!?ッ…ぁぁああああッ!!」
「GYAAAAAXxxxxtt!!!」
吐きかけられる炎や雷などのブレスを渦巻く聖氣の槍で貫くと、ならばという感じで5つの首が動いて噛みついて来るのですが……それすらも貫き巨大なヒュドラの胴体部分にジャッジメント・ディザスターが命中して、ぶち当たった所に渦巻く聖氣が集まり捻り潰すように圧縮・消滅していきました。
「GYUUOOOOxxt!!?」
そうしてどてっ腹に数十メートルの大穴を空けられたヒュドラが聖氣の渦に飲み込まれていったかと思うと、後ろ数百メートルの地表を削り取りながらキラキラとした光に変換されていくのですが……とんでもない威力ですわね。
(これ、で…)
ヒュドラが跡形もなく消え去ってしまったのを確認すると力が抜けてしまい、軽い酩酊感にも似た余韻にフラつき地上に降り立つのですが……緊張の糸が切れてしまったのか身体がガクガクと震えて滝のように汗とか色々な物が溢れ出して来ました。
(魔物の、軍勢、も…巻き込めたようですし、後は、アンジェリカさん達に任せれば…大、丈夫…です、わよ…ね)
必殺技を放った後でも背中の翼は健在ですし、頭の奥の方に痺れるような感覚がこびり付いて変な感じですし、ただでさえ布面積が乏しいドレスが引き千切れて目も当てられない姿になっているような気がするのですが、今はそれより……。
「さ、あ…デカブツは私が倒してあげましたわ!後は残っている雑魚を叩きのめして傍観を決め込んでいる帝国軍を蹴散らしますわよ!」
私は恐る恐るといった様子で消し飛んだヒュドラの様子を見に来た人達に胸と虚勢を張ると、最大の脅威が取り除かれた事を示しながら発破をかけて差し上げました。
※5つ首のヒュドラが大回りな南門ルートで攻めて来たのは帝国軍の統制の無さが招いた醜態であり、当初の予定では最前列に配置し一気呵成に東門を突破するという作戦でした。その為の準備や足並みを揃えていたのですが、召喚前から徐々に漏れ出していた聖氣を感じ取った魔物達のテンションが上がってしまい、自制の利かない下級の魔物達から我先にと攻め込み統制不能となります。
強襲となったおかげで若干の混乱をもたらす事には成功したのですが、主力であるヒュドラの投入時期を考えなくてはいけなくなり……流石に東門前でゴチャゴチャとしている魔物達を轢き潰すのもどうかと思って迂回させたのですが、大回りさせた事によって色々な覚悟を決めたアリシアのインターセプトが間に合い撃退されてしまいました。
後方に控えていた帝国軍との連携ミスもその辺りの混乱が原因の一つとなっているのですが、三者が連動して動いていた場合はとんでもない被害が出ていたのかもしれません。
※因みに聖銀剣インペールが妙に可愛らしいデザインをしているのはこちらの世界にやって来るのが女性だと告げられていたからで、とりあえず無難な剣にしておこう、女性なら扱いやすい細剣の方が良いかな?みたいな感じで作られました。




