33:目が覚めたら知らない天井ですわ
ぼんやりと目を開けたら見知らぬ石造りの天井が見えて来まして……一瞬現在地がよくわからなくなってしまったのですが、どうやら鉄格子のついている半地下の牢屋?みたいな場所に置かれている木と蔓のベッドに寝かされているのだという事がわかってきました。
(虫食いトレントにやられて…じゃ、なくて…倒しました…の、よね?)
最後の方はいっぱいいっぱいすぎて混乱してしまったのですが、おぼろげな記憶が蘇ってくると猛烈な恥ずかしさが込み上げて来てしまい……。
(私ったらなんて…ッ!?もう!じゃなくて、今はそれよりですわ!)
一瞬あの時の感覚がフラッシュバックして来て大変な事になってしまったのですが、恐る恐る奇妙な羽虫のせいで膨れ上がっていた胸とかを確かめると元に戻っておりまして……ホッと胸をなでおろすと同時にムズリと身体が疼いて何とも言えない気持ちになってしまいました。
「アリシア!目が覚めたのですか!?」
「ふゅひっ!?そ、その…はい、おはようございます、ご心配をおかけしたようで?」
なんてモゾモゾとしていると今にも泣き出しそうなアンジェリカにギューっと抱きしめられたのですが、慣れ親しんだ温かさと匂いに包まれると私まで無性に泣けてきてしまいまして……媚毒の効果が残っているのか身体が疼いて変な気持ちになってしまうのが色々と惜しいですわ!
(ううう、ちゃんと治るのかしら?流石にこれ以上乳首が弱くなったら生活に支障が出てしまいますわ)
ヒリヒリとした掻痒感が気になってしまいますし、上からかけられている厚手の布地が擦れるだけで聖衣に恥ずかしい染みが出来てしまうくらいで……暴れる目玉芋虫が潜り込んで来た時の感触を思い出すと身体がモヤモヤとしてきてしまうのですが、そういう嫌な記憶は一旦横に置いておく事にしましょう。
「その、私は大丈夫ですが…アン…達は無事でしたの?」
視線を横に向けると瞳を潤ませたレスリーナちゃんが「良かった良かった」みたいな感じで頷いているのですが、火球を放ってくれたエルフの人達や駆けつけて来てくれたドワーフの人達、それに落下して行ったゴロさんとシンデさんがどうなったのかが気になってしまいますわ。
「私達の事は…はい、大丈夫です、でも、本当に良かった…全然目を覚まさなかったのでどうしようかと…って、す、すみません…つい感極まってしまい…あ、水でも飲みますか?お腹が減っているのなら果物くらいなら…それとも果汁でも搾りましょうか?」
「もう、大げさですわ…えーっと、たぶん数時間かそれくらい眠っていただけですのよね?」
よほど嬉しかったのかアンジェリカが甲斐甲斐しくお世話を焼いてくれるのですが、スッキリとした寝覚めっぽい感覚からしてたぶんそれくらいだと思って訊いてみますと、アンジェリカ達は戸惑うように顔を見合わせていました。
「いえ、アリシアが倒れてから2日が経過しておりますので…その、まだ起き上がらない方が良いと思います」
「2日も眠っておりましたの!?」
よくそれだけの間飲まず食わずで寝込んでいたものだと感心してしまうのですが、その辺りは治癒魔法がある世界だから大丈夫だったのでしょうか?
「はい、なかなか意識が戻らないので肝を冷やしたのですが…無事に目を覚ましてくれて本当に良かったと思います」
「アンジェリカが寝ずに看病をしてくれていたからな、寝覚めスッキリだというのなら感謝の言葉を伝えておくんだな」
なんてレスリーナちゃん達が教えてくれたのですが、本当にアンジェリカには頭があがりませんわ。
「それは…ありがとうございます、でも…アンは無理をしていませんか?ちゃんと休憩はとれています?」
「私は…アリシアが無事ならそれでいいのですよ」
そんなほっこりとした場面になってしまったのですが、アンジェリカが搾ってくれたリンゴっぽい果実の汁を飲みながら話を聴いてみますと、あの時の厄介な虫食いトレント……エルフやドワーフの人達はワームトレントと呼んでいたようなのですが、それを一緒に倒した事で多少の恩義を感じてくれたのかエルフの里に運び込んで媚毒の影響やら潜り込んでいたエッチな目玉芋虫などを取り除いてくれたのだそうです。
(本当に…何とかしてくれて良かったといいますか、治してもらった後でもこの状態なのですねといいますか)
たぶん感度とか感覚に関しては病気や怪我という訳でもないので治療ができなかったのだと思いますが、変に意識をすると乳首が立って来てしまい……ムズムズするのがもどかしすぎますわ!
なんていう葛藤を抱える事になってしまったのですが、エルフの隠れ里というのは外からやって来る人も限られているので宿屋とかそういう宿泊施設が乏しいようで、だからといって得体の知れない人間を誰かの家に泊めるというのも問題があるのでこのような場所に押し込まれておりまして……食料などは頼めば持ってきてくれるようですし、治療面での便宜も図ってくれていたりと待遇面に関しては意外と悪くないのかもしれません。
「そう、でしたの…それで…ここにはアンジェリカとレスリーナちゃんしかいないようですが、他の皆はどうなっておりますの?別の牢屋に入れられているのですか?」
「ふむ、どこから話せばいいのかなのだが…ゴロとシンデが少々厄介な事になっていな」
重々しい空気で語られ始めたのでヒヤリとしてしまったのですが、単純に男女で部屋がわけられているだけといいますか、ゴロさんとシンデさんの態度が悪すぎて隔離されているといいますか、とにかく無事は無事なのだそうです。
「あと、ヴァーナルの人達も捕らえられているようで…そちらに関しては別の場所に纏めて放り込まれているようですね」
なんて事を教えられたのですが、どうやらヴォッサム将軍が送り出した使節団は不帰の森に迷い込んでいたようで……襲いかかって来る魔物達や森全体にかかっている惑いの魔法によって憔悴しているところをエルフの巡回兵に捕まり牢屋に放り込まれていたのだそうです。
「それは…良かったですわ、と、言っていいのでしょうか?」
何人犠牲になって何人救助されたのかがわからないといいますか、捕まってしまった彼らの待遇が気になるところではありますわ。
「それは…まあ、アリシアの懸念もわかりますが、彼らもそれが任務ですので」
言葉を濁したアンジェリカが何ともいえない顔をしていたのですが、そもそも聖騎士であるアンジェリカからすると魔物に襲われて死亡するのも仕事の内といいますか、こちらの世界では過酷な旅路の途中で命を落とすというのはごくごくありふれた事なのかもしれません。
(そう考えますと、私達って恵まれておりますのよね)
上級神躯持ちの私達なら不帰の森の魔物が襲って来ても返り討ちにできますし、比べると微妙に思えてしまうゴロさんとシンデさんでも獣人戦士の中ではエリート中のエリートといいますか、族長の娘さんの護衛を任されるだけの実力がある若手のホープがついて来てくれていますし……そういう私達と比べると大変な旅路だったのだと思います。
(これも異世界間ギャップなのかもしれませんが、彼らの犠牲を無駄にしない為にも…頑張らないといけませんわ!)
そんな風に心の中で決意を新たにしておりますと、大事な用事があった事を思い出す事になりました。
「そういえばなのですが、エルフの里に到着したという事は…将軍からの親書は渡せましたの?」
牢屋に入れられている時点で望み薄ではあるのですが、来訪理由くらいは語る場面もあったと思いますし……比較的緩い軟禁状態が2日も続けばワンチャンあったりするのではないのでしょうか?
「ああ、それは…大丈夫ですよ、流石に魔法的な罠が仕掛けられていないかを調べる必要があったので直接手渡せた訳ではありませんが、マリーメリー経由で将軍からの親書を渡す事が出来ましたし…謁見の準備も進められているようですし、よほど不味い事にならなければ私達の身柄もその時に解放されるかと」
との事で、魔法がある世界なので直接の手渡しは安全面に問題があるようで……ただマリーちゃんがメッセンジャーを請け負ってくれる事になったようですし、女王陛下は女王陛下で色々と聞きたい事があるので面会をするための時間を作ってくれる事になったのだそうです。
「それじゃあひと段落した…と、思っておいてもよろしいのかしら?」
「ええ、ヴァーナルとの協力関係をしたためた親書を渡す事が出来ましたし、後はガルガナークの言っていた移住関連の話と、武器の調達及び製造についての話をするだけですね」
とにかくその辺りの話し合いは後日と言われたようで……襲い掛かって来たワームトレントの解体や調査も始めているようですし、帝国軍の動きも不穏な状況なので謁見のタイミングが後ろにズレこんでいるのだそうです。
(悪意があって地下牢に放り込んでいるという訳でもないようですし、これはこれでと我慢する事にしますわ)
いきなり押しかけて来た身としては大人しく待っている事しか出来ませんし、長期戦を覚悟するつもりでのんびりさせてもらう事にしましょう。
「ちょっと待ってくれ、それは…どういう事だ?我らが武器を作る事になったのか?」
なんてのんきに構えていたのですが、私達の会話の中で引っかかるところがあったレスリーナちゃんが疑問を差し込んできておりまして……。
「すみません、肝心要のレスリーナちゃん達の考えを聞いておりませんでしたわ!」
うっかりどころの話ではないのですが、バタバタとしすぎてレスリーナちゃん達の意見を聞きそびれておりまして……慌てて起き上がった私は獣人達の独立性とか保守点検のしやすさなどを考慮した結果、獣人達が武器を作れるようになっていた方がいいのではないかという話をアンジェリカとしていた事を話しておく事にしました。
「それは…うむ、確かに…一部の頑固者からは反対されそうだし、最終的には父様が判断を下す事になるとは思うが…我は良い考えだと思うし、ムーラン達も喜ぶと思う」
そういう風に前向きに検討をしてくれる事となりまして……因みにレスリーナちゃんが名前を出したムーランさんというのは雑務全般を取り仕切っているアライグマの獣人のようで、手先は器用だけど非力な彼らは雑用係として虐げられている節がありまして、そういう人達にも何かしらの役割を持たせる事が出来たらといった事を考えているのだそうです。
「そうですね、問題は部族全体の問題ですし、そもそも技術を教えてくれるかという問題も…っと、誰か来たようですね」
私達がそんな話をしておりますと、地上へと続く扉がガチャリと開いてゾロゾロと何者かが降りて来まして……。
「む、目覚めていたのか…喜べ客人達よ、セラフィーヌ様がわざわざ時間を作ってくださる事となった…すぐにここを発つので大人しくついて来るように!」
やって来たのは少しだけ偉そうな態度の超絶美形な金髪エルフと護衛達だったのですが、どうやら起きて早々女王陛下との謁見に臨む事になりそうですわ。




