26:獣人達の事情と腕試しですわ
レスリーナ・ガルガナークと名乗った獣人の女の子が率いる一団と出くわした私達は肉体言語を介した話し合いの結果、なんとか味方として受け入れてもらう事が出来ました。
「腰抜けでなければ毛無しでも大歓迎だ、もちろん良い匂いの者もな」
なんていう太陽みたいな笑顔を向けられる事になりましたし、レスリーナちゃんが言うにはこの近くには獣人達の集落があるのだそうです。
「来る気があるのなら来るか?2人なら歓迎するぞ?」
との事で、日が暮れて来ていたのでレスリーナちゃんの父様が治めているという獣人達の集落に向かう事になったのですが、汗とか色々なモノでぐしょぐしょのまま向かうというのは気まずいですし、自動修復機能がついている聖衣ではないのでちゃんと水洗いをしないと汚れが落ちないのですよね。なので身嗜みを整える時間を作ってもらう事になったのですが……。
「我らは気にしないが…良い匂いだぞ?」
「私が気にするのです!」
「そ、そうか…アリシアは毛繕い好き派か」
とかよくわからない納得のされ方をされてしまったのですが、なんとか押し切る事が出来まして……。
「しかし驚いたぞ、ちょっと見て来ると言った梢子がなかなか帰ってこなかったからな、梢子程の実力者が手こずっているとは考えたくなかったんだが…万が一の事を考えてしまった」
「あらあらそれは…心配をおかけして申し訳ありませんでした、まさかこんな所で娘と出くわすとは思ってもいませんでしたので」
そうして私達がいそいそと身を清めている間にレスリーナちゃんとタマを抱きかかえている雨宮さんが話しをしていたのですが、ごく自然に私の事を娘と紹介していたのでレスリーナちゃん達が驚いてしまいました。
「そうか、異様に頑丈だと思ったが…梢子の娘だったのか」
「違…いませんけど違います!というか色々とややこしい事情があるといいますか」
木の陰から顔を出して否定しようとしたら雨宮さんに物凄く悲しそうな顔をされてしまったので言葉を濁してしまったのですが、このままでは誤解が生まれてしまいそうですわ。
「チッ…てめぇの娘っていうんなら先に言っておけよ、無駄に殴られちまったじゃねーか」
とか思っているとゴロさんが速攻で親子関係を認めてしまっていたのですが、この辺りは獣人の見分けのつきづらさと一緒で彼女達からしたら人間の顔がわかりづらいからというのも関係して来ているのかもしれません。
とにかく下手に訂正すると余計にややこしい事になってしまうような気がいたしますし、強く否定した場合は雨宮さんがどのような事をしでかすのかがわからないので臭い物には蓋を……といいますか、触らぬ雨宮さんには祟りなしといった感じでアンタッチャブルにしておいた方がいいのかもしれません。
「ゴロー…負けたのだから口を慎め、すまんな、最近は厄介な連中に追い掛け回されていたので気が立っているのだ」
「わかってますよ!申し訳ありませんで~し~たーあ~くそ、次は必ずぶちのめしてやるからな?」
「ゴロー?」
「へいへい、お嬢には負けますよ!」
ニッコリと笑うレスリーナちゃんの圧力にゴロさんがタジタジで……喧嘩っぱやいゴロさんを従えるだけの実力の片鱗が見え隠れしているようでした。
(親の七光りだけ…という感じでもありませんのね)
一瞬膨れ上がった聖氣はなかなかのものでしたし、実力主義すぎる獣人達を率いるだけの強さを秘めているのかもしれませんが……とにかくレスリーナちゃん達が物凄く警戒しているのも帝国軍が変な化け物を繰り出してきているからなのだそうです。
「肉人形…ですか?」
「ええ、なんというのでしょう?肉体を持っている式神…こちらではゴーレムとかいうのかしら?そういうモノに追いかけられておりまして」
「みーみゅぅ?」
みたいに身嗜みを整えてから移動を開始したのですが、戦闘面の話になると雨宮さんの方が詳しいという事でそちらから説明を受ける事となり……というよりレスリーナちゃんや獣人さん達から話しを聞くと「臭い奴、ブヨブヨしている」とか「ズルズルと近づいて来たかと思ったらドバーって飲み込まれる、そんでバババッってされるとヘナヘナするんだ」みたいな擬音が多すぎてよくわかりませんし、仕方がなくといった感じでタマの体を使ってブヨブヨ肉を表現しながら雨宮さんが説明をしてくれているといった感じですわ。
「あれはなかな噛み切れん、手こずっている間に力が吸い取られる…らしい、数も厄介だ、そうこうしている内に仲間達が連れていかれた」
とかレスリーナちゃんも所々で注釈を入れてくれているのですが、彼女達の話を纏めると物理攻撃が効きづらいブヨブヨとした肉の塊みたいなモノのようで、そんな肉人形に人海戦術をとられると脳筋による突撃戦法しか知らない獣人達では対処が出来ないのだそうです。
「手こずるのなら母が斬り捨てても良いと言っているのですが…」
「その提案は有難いが…我らの信条にもとる」
「とか言って聞きませんの」
なんて雨宮さんも困っていたのですが、余所者でもある雨宮さんだけに頼り切るのは力こそすべてという獣人社会が揺らぎかねないといった感じでして……手をこまねいている内に敗戦が続いて仲間達が連れ去らわれてしまっているのだそうです。
(色々とお困りのようですが、話を聞いている感じではベルザと状況が似ているような?)
捕まえてどこかに連れて行くといったところや力を吸収しているといったところがドゥークさんを取り込んだ謎の植物と似ているような気がするのですが、こちらでもリッテンベルン宰相が暗躍しているのでしょうか?そんな事を考えながらアンジェリカの方を見てみると「だと思います」というように小さく頷かれたのですが……。
「その件とはあまり関係のない事なのですが…肉人形の話を始めたあたりで何人かが前屈みになっているのは何かありましたの?」
「あれは…気にするな、肉人形に襲われた事がある奴はだいたいああなる…あとは梢子が近くに居るからな、下手な事を言うとナデナデの刑だ」
「あら~その言い方は心外です、少しばかり可愛がってあげただけではありませんか?それをまるで拷問のように言うとは…母は悲しいです」
レスリーナちゃんが「まったくだらしがない」みたいにご立腹なのですが、雨宮さんに関してはご愁傷様ですとしか言えませんし……彼らは彼らで色々と大変な目にあってきたのかもしれません。
「それはそうとして、本当にこんな所に集落があるのですか?獣人達が住んでいるのはもっと東…ジオルグ山脈寄りの場所だと聞いていたのですが、それも肉人形とやらの影響なのですか?」
「ん?ああ…そうだ、最近帝国の奴らのちょっかいが増えて来てな」
私の素朴すぎる疑問で脱線しかけていたのですが、アンジェリカが軌道修正をしてくれまして……レスリーナちゃんが言うにはいくら狩猟生活をしているといっても草食系の人達も居る訳で、そういう人達の為に所々に拠点を作って生活をしているのだそうです。
その拠点の一つが雨宮さんが流れ着いたというノーンの港町だったりする訳なのですが、転々と移動を繰り返しながら生計を立てている氏族が大半という事実は揺るぎようが無くて……統治をする側からみたら目障りすぎるのかザインブルグ帝国の圧力が増していき、元から大した生活基盤がある訳でもなかった獣人達が元居た住処を追われる事になってしまったのだそうです。
「人間は我らの事を嫌うし、まだエルフやドワーフの方が受け入れてくれるだろうと…ああもちろん梢子やアリシア達は気に入っているぞ?何より腕っぷしと匂いが良い」
なんてレスリーナちゃんが嬉しい事を言ってくれましたし、距離的には不帰の森なんていうおどろおどろしい場所に住んでいるエルフやドワーフ達より人間達の生活圏の方が近かったのですが、文化的差異や価値観の相違的に他種族連合の方が受け入れてくれる確率が高いだろうとそちらに向かう事にしたのだそうです。
「それは…苦労をしておりますのね」
彼らの喧嘩っぱやさが無ければヴァーナルメンバーが占拠しているベルザに向かう事を薦めていたのですが、大量の獣人達が押し寄せて来たとなったら混乱は必至ですし……ヴォッサム将軍達にこれ以上の苦労をかけるのは忍びないので止めておいた方がよいのかもしれません。
「そうでもない、父様は強いからな…それに梢子も手伝ってくれている、2人が揃えば無敵だ!」
「ぷい!」
なんてよほどお父様の事を慕っているのか自信満々に胸を張っているレスリーナちゃんと雨宮さんの事を誇らしく思っているタマの1人と1匹が可愛いのですが、ほっこりしながら見ていると雨宮さんに頭を撫でられまして……。
「うふふ、本当に…可愛いですよね?どうですか?レスリーナも娘になるというのは?」
「梢子の提案は魅力的だが…母様に申し訳ないからな、それに一日中ナデナデされてはかなわん」
雨宮さんのナデナデ癖が恐ろしいものであるという事を認識しているレスリーナちゃんが苦笑いを浮かべながら断っていたのですが、そんな会話をしている間に獣人達が森の中に築いたという拠点が見えて来ました。
「これは、なかなかの物ですね」
組み上げられた丸太や運んで来た大岩で作られた塀であるとか、力任せに掘り返されただけの空堀といった自然の要害といった拠点を見たアンジェリカが感嘆の声を上げておりまして……勿論ちゃんとした築城と比べたら見劣りしすぎるのですが、まともな家屋すら建てるのを面倒臭がる獣人達が作り上げた事を考えると驚異的な建築レベルなのだそうです。
「しっかりした物を作らねばいくら父様といっても不覚を取りかねんからな、頑張った」
との事で、やや鼻高々なレスリーナちゃん達の案内で砦の中に入る事になりまして……因みにこんな所に拠点を作っている理由なのですが、あまりにも多くの獣人達が集まって来たせいで食料の備蓄が心許なくなってしまい、まずは食料の調達だとこの辺りに拠点を構える事にしたのだそうです。結果、力自慢が集まり「俺達の方が凄い拠点を作れるぜ!」と頑張り張り合ってしまったようで……。
(それは…色々と大丈夫なのかしら?)
レスリーナちゃんの口ぶりでは目の前の砦だけでも万単位、周囲に散らばり勝手気ままに暮らしている人達まで含めると数十万単位の獣人達が集まって来ておりまして……狩猟だけでそれだけの人数を賄えるのかが心配になってくる無計画さなのですが、不足分を補うために帝国軍の拠点を襲って食料やら物資をかっぱらってきているから大丈夫なのだそうです。
「おう、帰ったか…そっちの連中はどうした?」
そんな事をしているから帝国軍に目の敵にされているのではないかと勘繰ってしまうのですが、私が呻いている間に出迎えてくれたレスリーナちゃんのお父様……少しだけ白髪の混じった薄い琥珀色の鬣を持つライオン系の獣人がやって来まして、名前はザックス・ガルガナークさんというのだそうです。
「ただいま!こっちの胸の大きなのが梢子の娘のアリシア…こっちのピンク髪がアンジェリカだ、2人とも強いぞ?ゴローがワンパンだ」
「そうか!ゴローを破る程の強者か、それは良い!」
いかつい顔立ちの割には穏やかで綺麗な金茶色の瞳を持っている191cmの毛深いマッチョマンが駆け寄るレスリーナちゃんを持ち上げ振り回していたのですが……娘であるレスリーナちゃんは人間の部分と獣の部分が半々といった感じなのですが、お父様はライオン9割のゴロさんタイプの獣人さんでした。
そんな人が機嫌よく笑う度に内側から溢れる聖氣で鬣がブワブワと揺れていまして、ヴォッサム将軍と似たような野性味がある人ですわ。
(見た目はライオンっぽくて怖そうなのですが…話がわかる人のようですし、これなら一安心ですわ)
レスリーナちゃんに対する態度を見ている限りでは「オレ、オマエ、マルカジリ」なんて言うような野蛮人でもないようで……そもそもここに居るのは各種族の代表達なので流血沙汰はご法度なのだそうです。
なので多種多様な獣人達が目白押しで……彼らは一様に石や木片に紐を通したネックレスなどを身につけておりまして、何かしらの宗教的な意味がありそうな毛皮の貫頭衣を着ておりました。
というのも独自の価値観で動いている人達を纏める為のルール作りが必要だったようで、装飾品や衣類の形状で各自の役職や地位が一目でわかるようにしているのだそうです。
「さて、梢子の娘というのであれば信用…したいところなのだが、ここに居る連中の中には毛無しに対する不信感が強い者も多い、だから…そうだな、よし、訓練用に岩を持ってこい!」
ザックスさんが振り回していたレスリーナちゃんを下ろしたかと思うと力自慢の熊系の獣人やら牛系の獣人やらに命じて数メートル単位の大岩を運んで来させまして、ワイルドな笑顔を向けてきました。
「ここでは流血沙汰はご法度だからな、この大岩を少しでも動かす事が出来たらお前達の力を信じる事にしよう…どうだ?梢子の娘というのならそれくらい楽勝だろ?それとも自信が無いのか?」
ズズーンと地面が揺れるレベルの大岩を数人がかりで持って来られたのですが、温厚そうに見えたレスリーナちゃんのお父様も力がすべてという脳筋なようですし、受け入れてもらう為には私達の力をここに居並ぶ人達に納得させる必要があるのかもしれません。
※ここで出て来た数十万人というのは移動に賛同した人達の数であって、獣人達の総人口ではありません。住み慣れた土地を離れたくないとゴネた人達も多いですし、帝国に捕まり奴隷のように働かされている人達も沢山います。というより未だにその辺りでフラフラと放浪している人達や帝国軍に捕まってしまった人の方が多いくらいで、ここに居る人達はごくごく一部という事になります。




