16:作戦会議ですわ!
ヴォッサム将軍はこの機を逃さずベルザの攻略に動き出したのですが、助っ人要員でもある私達は今頃出された牛乳と塩味のするクリームチーズを頂く事になりまして……なんでも長期戦に備えて農耕用の牛馬を連れて来ていたとかで、食料生産の一環として乳製品を作っていたりするのだそうです。
(これが出来得る限りのおもてなしという事なのかもしれませんが)
チョイスがおかしいだけで味はなかなかの物なので文句のつけようがありませんし、礼儀として出された物に口をつけている間にヴォッサム将軍の天幕に人が集まって来ていまして……。
「現状の確認だが、皆も知っての通りあまり良いとは言えん」
たぶん新参者の私達が居るので敢えて口にしたのだと思いますが、ヴォッサム将軍が難しい顔をしながら口を開くと皆さん一様に頷いておりまして……帝国軍の強さは魔物を使い潰せる無限に近い体力を持っている事で、時間をかければかけるだけ被害が嵩んで私達の方が追い詰められていく事になります。
(だからといって…ですわ)
攻勢に出るのも分の悪い賭けでして……多すぎる魔物達を省いたとしてもベルザ近辺に布陣している帝国軍の数は1万人くらいで、内訳としてはファティエラ方面に3000人とベルザに残っていた5000人と雑多に散らばっている2000人になるのだそうです。
「かなり減りましたね…本当ならその3倍は居たのですが」
そんな話をしている時に誰かが呟いていたのですが、減ってくれて良かったというより元同僚が居なくなってしまった事を悲しんでいるようで……最盛期には3万人近い騎士団が揃っていた事を考えると3分の2が離散したか処刑された事になりますし、寂寥感が拭えないのかもしれません。
とにかくそういう帝国軍と相対しているヴァーナルの兵力はヴォッサム将軍が率いる1000人と150人~300人規模で活動をしている別動隊が10組程度と……トータルではだいたい3000人程度の兵力になるのだそうです。
帝国軍の腑抜け具合を考えても額面的な対決では10000対3000と劣勢ですし、ヴァーナルのメンバーの多くが圧政に抗う武装農民レベルなのでまともな戦力として数えられるのは1000人にも満たないというお寒い状況で……ベルザに居る駐留部隊を相手にするだけでも兵力差は5倍以上となかなか大変な戦いを覚悟しないといけませんでした。しかも周囲に散らばっている兵力が戻って来るか帝都からの増援部隊が到着したら一気にひっくり返される可能性も秘めておりますし……。
「こうなったら可及的速やかにベルザを解放する必要がある!その為に俺達は…ルブルスの首を狙う!」
ヴォッサム将軍が作戦目標を告げると天幕の中は「おおお!」みたいな熱意が充満するのですが……攻略対象に選ばれたルブルス・ドゥークーというのは豚とヒキガエルを足して二で割ったような見た目をしているベルザの悪代官なのだそうです。
性格を一言で表すと下衆の極みといった感じの人で、そんな人が南方方面の重要都市を任せられる事になったのは帝国側の人材不足が著しすぎる事と、狂ってしまった帝国の中でも一際性格が終わっているから順応する事ができたからで……って、本当に碌でもない理由ですのね。
「チッ、浮浪者あがりが…こうなる事がわかっていたら斬り捨てておいたのに」
なんて悔しがっている人もいるくらいには憎まれている人なのですが、皆から憎まれている点が私達の勝機でもありまして……ベルザに残っている人達の忠誠心は多寡が知れていますし、代官さえ取り除けばベルザを掌握する事が可能なのだそうです。
(やや楽観的な気がしますが、そこはヴォッサム将軍の腕の見せどころ…という事なのでしょうか?)
その辺りはベルザに潜入しているヴァーナルメンバーの根回しや裏工作を信じるしかありませんし、政治的な話になって来るとあまり協力する事が出来ないので皆さんと一緒に頷いておくのですが、ドゥークーさんを取り除くために問題となって来るのがとにかく逃げ足の速い人だという事で……いえまあ悪代官らしく太っちょなので走る速度は速くはないのですが、恥も外聞もなく全力で逃げ出す事に定評がある人物なのだそうです。
「前回戦った時は味方への被害を度外視してなりふり構わず逃げられたからな、今度は逃がさん」
なんてヴォッサム将軍が意気込んでいたのですが、ベルザの帝国兵がゴッソリと居なくなるという奇妙な出来事に乗ずる形で攻め込んだ時は斬り込んで来た将軍達の足止めをする為に改造オーガを矢鱈目ったらにぶつけて来るという戦術を取って来て……帝国兵を巻き込んだ乱戦と迷路のような脱出経路に翻弄されている間に取り逃がしてしまいましたし、無理やり強攻したのが祟ってヴァーナルの活動に支障が出ているという因縁の相手でもありました。
「それらを踏まえた作戦なのだが、ゲオルグ達が調べ上げてくれた隠し通路を徹底的に潰して逃げ道を塞いでいく!」
言いながらヴォッサム将軍は机の上に広げられているベルザ近辺の地図を示すのですが、ヴァーナルメンバーが帝国兵と脱出路を押さえている間に将軍が率いる主力部隊が強襲をしかけて一気にドゥークーさんを押さえてしまおうという作戦なのだそうです。
「その上で、2人にはドゥークーの野郎が繰り出してくる魔物を何とかして欲しい」
との事で、私達の役割は足止め代わりに出してくると予想されるドゥークーの切り札を叩き潰す事になりそうでした。
「それは、美味しいポジションを頂けるようですが…よろしいのですか?」
魔物狙いと言われてホッとしてしまったのですが、ドゥークーの周りにいる元お仲間達との戦いをヴォッサム将軍達が引き受けなければいけなくなってしまい……その役割分担で良いのかと聞いてみると、将軍は力強く頷きました。
「対人戦に神躯持ちを出すのは過剰戦力になるからな、それに…同胞を殺すのは俺達だけで十分だ、君達には障害となる魔物を何とかして欲しい」
悪名を被る覚悟を示す事がヴォッサム将軍なりの配慮とか決意の表れなのだと思いますし、私達もその心意気に応える必要があるのでしょう。
「わかりました…お任せください、立ち塞がる化け物は私とアンジェリカで何とかしますわ!」
なんて大言壮語を放っておいたのですが、いくら帝国兵が腰抜けといっても勇敢な人がまったく居ないという可能性は低くて……アンジェリカが心配そうな視線を向けて来ていたのですが、ここで帝国兵とは戦いたくないなんて言ったら士気に関わるので私達は口を閉ざしておきました。
「勿論この作戦には幾つかの穴が…穴しかないような気もするが、特に大きな問題が北東側の第四隠し通路と南南西の第7地下通路を封鎖する人手が足りていない事だ…が、これが偽ざる俺達の精一杯だ」
逃げ道を塞ぐといってもベルザのような大きな城塞都市ではすべてを塞ぐ事が困難で……ドゥークーさんが鉱山に送るべき人材を勝手にこき使って地下通路を増設しているようですし、人手が足りないのは気合と根性で乗り切るしかないのかもしれません。
「申し訳ありません、これでも動ける者は前線に送っているのですが…後方支援の人員を削るのも限界でして」
悔いが残ると言わんばかりのヴォッサム将軍に対して帳面を捲っていた人がそんな事を言っていたのですが、消耗戦に次ぐ消耗戦で動けない怪我人が多くて無理が出来ないようで……という事は、怪我人を治療すれば戦線復帰させる事ができますのよね?
「ねえ、たしか…ターナー神官長達が餞別代りに渡してくれた回復薬がありましたよね?」
「ありますが、あれは…」
「なに、本当か!?厚かましいのは重々承知だが、少しばかり譲ってもらえないだろうか?勿論受けた恩は必ず返す、少量でも良いんだ、時間をかければ命を繋げる者も多い、せめて重傷者に行き渡るだけの数があれば!」
アンジェリカに細々とした道具の管理を任せているのでよくわかっていないのですが、私達が作ったポーションの一部を旅立ちの道具として持たせてくれていたような気がして……そんなアンジェリカへの問いに割り込んで来たヴォッサム将軍におもいっきり頭を下げられてしまいました。
「融通…するのは構いませんが、自分達の分は残させてもらいます…あと、怪我人が何人いるのかはわかりませんが、2人分なので到底行き渡る量があるとも…」
いざという時の為に渡されていた物ですし、アンジェリカが「本当に渡しても?」みたいな視線を向けて来たのですが……目の前で苦しんでいる人がいるというのなら惜しむ訳にはいきませんわと頷くと、アンジェリカは渋々といった感じでポーションを取り出し机の上に並べ始めたのですが……。
「それでも助かる…が、う~む…」
「申し訳ありません、ファティエラでもポーションの需要が多くて…融通できるのはこれくらいかと」
アンジェリカが机の上に置いたポーションの数は5本で……私とアンジェリカが使うだけなら十分すぎる量があるのかもしれませんが、数千人単位の怪我人を抱えている人達が相手では雀の涙すぎました。
ヴォッサム将軍もこの量では到底足りないと言いたげなのですが、提供されている物にケチをつける訳にもいかずに唸ってしまい……机を囲む人達が「ここは復帰しやすい中・軽傷者を優先して」とか「いや、死にかけている重傷者を優先して少しでも命を繋ぐべきだ」とか話し合っているのですが、どちらにしてもこの数では焼け石に水ですわ。
「何とかなりませんの?ほら、その…回復魔法とかで?」
そんな都合の良い魔法があったらヴォッサム将軍達が何とかしているような気がするのですが、藁にも縋る気持ちでアンジェリカに聞いてみますと……。
「魔法ではありませんが、治療する術が無い訳でもありません」
「やっぱり難しい…って、ありますの!?」
あっさりと頷くアンジェリカに驚いてしまいましたし、ヴァーナルの人達もザワリとどよめき詰め寄るような勢いで乗り出してくるのですが……ヴォッサム将軍が手で制して黙らせてくれました。
「しかし…どうするのだ?治癒魔法でも肉体の蘇生まではいかぬ筈だ…なのに治療する術がある、だと?まさかお得意のマリエラの慈悲に縋るという訳でもあるまい?」
そうしてザワザワとしていた人達が落ち着いたタイミングでヴォッサム将軍が訊ねてきたのですが、助けられる方法があるのなら私も教えて欲しいですわ。
「先に言っておきますが、マリエラ様の愛情は貴方達が考えているより大きいのでそのように茶化すのは…という説教は後にするとして、ホーン神官長なら重傷者すら治せる治癒魔法を使えるのですが、私達にそのような魔法は使えません…ならばどうするのかというと、ポーションが足りないのであればこの場で量産すれば良いというだけの話です」
「すまん、言い過ぎた…女神を馬鹿にする意図はないし、その口ぶりからすると…このポーションには欠損や重傷者を癒す力があるのか?」
宗教観の違いで一瞬だけピリっとしたのですが、ここで喧嘩をおっぱじめる程2人は子供でもなくて……因みにごくごく普通のポーションは傷口を塞いで簡単な病気を治せる程度のシロモノで、治癒魔法より効果が劣る代わりに誰にでも使えて中期間の保存が出来る医薬品みたいな扱いをされているのだそうです。なのでヴォッサム将軍が「本当にそのような効果があるのか?」と半信半疑で机の上に置かれているポーションの瓶を掴んでチャプチャプと揺らしていたのですが……。
「はい、信じられないと思いますが…そう、です…ね、これから量産するのであれば1本くらい使用しても問題ないかと、それでどれくらいの効果があるのかを試してもらった方がわかりやすいかと?」
なんて事を言いながらアンジェリカがチラリチラリと私の方に目配せをしてきていたのですが、その意味に気付いたのはヴォッサム将軍の方が先でして……。
「なるほど、そのような物を作り出せる存在が聖勇者だという事か…しかしどの程度の物なのかは見てみないと何とも言えんからな、早速試してみても良いか?」
話の流れ的に物凄く嫌な予感がしてきたのですが、ポーションの原材料は私やアンジェリカの聖氣ですし……上級神躯持ちという事でヴォッサム将軍の聖氣でも代用できるのかもしれませんが、ガタイの良い大男から絞り出した聖氣は美味しく無さそうですわ。
(なんていう味の問題じゃありませんし、ポーションを作る場合は薬草とか他の材料が…って、しっかり摘んで来ていますわ!?)
旅の巡礼者兼山菜売りみたいな設定を守る為に売れるだけの薬草を摘んで来ていますし、このままでは不味いと内心冷や汗ダラダラになっているとポーションの使用許可を問われてしまったのですが、竜滅の騎士が語る物凄いポーションの効果に期待感がマシマシの人達の目がギラギラとしておりまして……ここで嫌ですと言えるような勇気を持ち合わせておりませんわ。
「え、ええ…どうぞ」
今頃歯切れの悪かったアンジェリカの思いに気付いた迂闊な私が頷くと、早速左目が見えないゲオルグさんにポーションが使用される事になったのですが、その様子を皆が固唾をのみ込み見守っておりまして……。
「ぐっ…っと、お、おお…見える、見えるぞ!」
ポーションをドバッとかけてみると、パッチリと開いたのグレーの瞳に染みたのか感動に打ち震えているのか大粒の涙が浮かんでおりまして……もうこうなったら皆さんお祭り状態ですわ。
「凄い、このポーションがあれば死にかけだった奴らも助ける事が出来るぞ!一緒に戦えるんだ!」
「まさに天祐、聖勇者様々だ!」
なんて盛り上がってしまい、そんな人達にやっぱり嫌ですなんて事を言い出せる雰囲気でもなくて……私達はポーション作りの為に出汁を搾り取られる事が確定してしまいました。
※牛乳が出てきたのは火属性の強い土地なので井戸水が貴重だからという理由もあるのですが、飲める温泉水みたいな癖のある味をしているので牛乳の方が飲みやすいだろうというよくわからない配慮がありました。
※ベルザの帝国兵がゴッソリと居なくなるという奇妙な出来事 = 独断専行でファティエラ攻めが開始されたタイミングでヴォッサム将軍達も動き出していました。
※マリエラの慈悲に縋るというのは「とりあえずやってみたら良い事があるさ!」みたいな言葉で、使う場面によって若干意味合いが変わって来るのですが、ここでは適当な事をフカしてんじゃねーよって意味になります。




