15:ヴァルド・ヴォッサム将軍ですわ!
火の神様の名を冠するフレイスト死火山は標高4000メートル級の岩山が連なる山岳地帯の総称で、火属性の魔力を秘めている黒みを帯びた大岩がゴロゴロしていたり多肉系の植物やトゲトゲとした植物が生えていたりと植生がガラリと違うのが特徴でした。
そんな場所の中腹辺りに火竜ノルニスが住んでいた洞窟があったのですが、大昔の人達が温厚なドラゴンを祭るための神殿を裾野に建てたのが交流の始まりで……火竜もそのような人間の気持ちを汲み取り建ててくれた建物で暮らすようになり、長年の経験からくるアドバイスをしてくれたり魔物達から守ってくれたりしていたのだそうです。
(そのような方が…急に暴れ出したのですよね?)
一緒に暮らしていたというノルニスの民は暴れ出した火竜に食べられたか消し炭になってしまい、原因らしい原因がわからなかったという事なのですが……調べるとしたらもともと住んでいたという洞窟か裾野に広がる神殿群か、後は決戦の地となったという原っぱくらいでしょうか?
とはいえ戦った場所はここから少し離れた変哲もない平原なので大した意味がないのかもしれませんが……とにかくそんな場所を根城にしているヴァーナルの人達はドラゴンサイズで建てられている神殿群の中に天幕を張って暮らしているようで、少し覗いた感じでは怪我人も多くて彼らは彼らで苦労をしているのかもしれません。
(このまま見て回るのも悪くはありませんが…出来たらヴァーナルの人達にも聞き込みをしてみたいですわ)
拠点にするくらいなら一通りの調査くらいはしていると思いますし、ノルニスが暴れた原因が少しでもわかったら良いのですが……なんて事を考えておりますと、空気がピリっと張りつめたような気がしてキョロリと辺りを見回してしまいました。
「アリシア…ヴォッサム将軍です」
「ええ、感じますわ…この感覚は…聖氣、でしょうか?」
反射的に護衛位置についたアンジェリカが囁いて来るのですが、2人でコソコソと会話をしていると人混みを掻き分けて2メートル近いガッシリとした体形の鉄錆オールバックの大男が護衛を引き連れ歩いて来ておりまして……歴戦の雄姿らしく眼力の強い巌のような男性で、獅子の鬣を模した装飾品がつけられている黒衣の衣装を身に纏っているのがいかにもといった感じですわ。
そして縦にも横にも大きな人なのですが、身長があるので太っているという感じでもありませんし……気になる所があるとすれば彼の左腕から首の辺りまでを脈動する血管みたいな光が明滅している事でした。
「あれは…神躯の影響だと思いますが、適合率は低そうですね…そういうのを差し引いたとしてもかなりの使い手かと」
横から囁くように教えてくれたアンジェリカによると、ヴォッサム将軍は幾多の戦いを潜り抜けて上級神躯クラスの力を手に入れた人のようで……自分以外の力を宿す必要性があるので男性の上級適合者は稀ですし、負荷が肉体に影響を与えてしまう事が多いのだそうです。
そんなレアケースともいえる神躯の蝕みに精神力だけで耐えきっている大男が近づいて来ていたのですが、ある程度の距離になったところで護衛の1人が私達を指差しながら耳打ちをしていたかと思うと、厳つさの固まりみたいなヴォッサム将軍が小さく頷きいきなり大声を張り上げました。
「皆の者、聞いてくれ!連日の襲撃や大規模な掃討作戦が開始されるという噂で疲弊しているとは思うが、喜ばしい知らせだ!奴らとの一大決戦の前にファティエラから竜滅の騎士と聖勇者が駆けつけて来てくれた、これを天祐と言わずに何とする!俺達は必ず悪逆非道な帝国に一矢報いて…!」
なんて高らかに語り始めて気勢が上がるのですが、わざわざ向こうから出迎えに来てくれたのはそれ相応の理由があったようで……竜滅の騎士と聖勇者がやって来た事を大々的に喧伝してマリエラ教からの援軍が来たみたいな空気を作り出したかったのかもしれません。
(やられましたわ…って、ちょ!?)
そんな演説をぶちかましながら両手を広げて物凄い歓迎ムードを醸し出しながらヴォッサム将軍が近づいて来るのですが、顔が怖すぎるから威嚇されているようにしか思えませんわ!
「ななにをしてますの!?」
「将軍…?」
なんて考えておりますと、近づいて来たヴォッサム将軍が急に私の胸を鷲掴みにしようと腕を伸ばしてきまして……。
「ふむ、いや、デカいな…これは良い乳だ」
アンジェリカに腕を掴まれた状態でヴォッサム将軍がニヤリと笑うのですが、ガハハと笑いながら有難そうに巨乳を拝むので周囲の人達も倣って崇め始めてしまい……恥ずかしいから崇め奉るのはやめて欲しいですわ!
「ゲオルグもよくやった…で、どうだった?久しぶりに前線勤務は」
「楽しめた…と言ったら不謹慎ですが、やはり剣を振るっている方が気が楽です、書類仕事は肩が凝ってしまいますので」
苦笑いを浮かべながら隻眼を細めるゲオルグさんも将軍の前では硬さが取れているのですが、どうやら左目の問題があるので前線勤務から外されていたようで……そんな人まで投入しないといけないくらいには人材不足が深刻なのでしょう。
「しかし…ここで立ち話というのもなんだな、折角聖勇者殿が訊ねて来てくれたのだ…あちらに席を用意したのでついて来て欲しい」
との事で、ほぼ連行されるような形で奥の方にある一際豪華な天幕の中に案内してくれたのですが……中には10人前後のヴァーナルメンバーが広げた地図の前で話をしておりまして、魔物との遭遇地点や帝国軍の動向について話し合っているようでした。
「将軍、お帰りなさい!それで…そちらが竜滅の騎士殿と聖勇者を名乗る女性ですか?」
「そうだ、2人には何か飲み物を…ああ、皆も楽にしてくれ」
将軍が戻ると中に居た人達がビシっと姿勢を正して挨拶をしてくれたのですが、先程の態度は人前に出る時用の演技だったのかヴォッサム将軍は気さくな様子で皆に着席を促していました。
「余裕が無いので殺風景なのは許してくれ…それで、俺がこいつらの纏め役をしているヴォルド・ヴォッサムだ…アンジェリカと…アリシアだったな、伝令から話しは聞いている」
そして「挨拶は不要だ」というように簡単な自己紹介で済ませてしまうのがヴォッサム流なのかもしれませんが、その視線は私達の品定めをしているようで……。
「聖勇者と名乗っているようだが…っと、失礼、にわかには信じられなくてな」
なんて冗談なのか軽口なのかがわかりづらい事を言いながら苦笑いを浮かべられてしまったのですが、敢えて気さくな態度を取って緊張を和らげたいのかこれが素なのかがよくわかりませんわ。
「ええ、驚くのも無理はないと思います」
直接神託を授けられたターナー神官長達でさえ久しぶり過ぎて驚いていましたし、それ以外の人達となると寝耳に水といった状態なのでしょう。
「驚くような事ではある、というのは認めるのだな…だが、勘違いしないで欲しい…先程言った言葉は嘘ではない、このようなタイミングで聖勇者がやって来たという事に意味があるのだろう…よって、ヴァーナルは君達を歓迎しよう…それで…神託、だったか?俺達が協力できる事があったら言ってくれ」
いきなりの本題をド直球で投げつけて来られたのですが、どこから話せばいいのかがわからなくて口ごもっていると……。
「将軍、彼女達の言っている事を信じるのですか?」
流石に胡散臭すぎると誰かが声を上げたのですが、ヴォッサム将軍は難しい顔をしながら腕を組んでしまいます。
「信じる信じない以前に可笑しな事が起きすぎている、それこそ神々の試練だと思う程度には…な」
「そ、それは…確かに、北方辺境領といい魔物の活性化といい…各地で異変が起きている事は否めませんが」
なんて言い合っていたのですが、ここに出て来た北方辺境領というのは帝国の北側に広がる荒れ地の事で、草木も生えない魔物達の巣窟なのだそうです。将軍達は帝国軍に所属している時に辺境領に溢れる魔物達の討伐もしていたようで……。
「すまない、話の腰を折った…それで、神託の内容について教えて貰う事は出来るのだろうか?」
「ええ、上手く説明できないので荒唐無稽な話になるのかもしれませんが、マリエラ様によるとこの世界に大いなる災いが近づいて来ているようで…私達は神託の解明と阻止の為に動いていると思ってくだされば」
多少のフカシを入れて災いなんて言ってみたのですが、急にそんな事を言われた人達は面を食らってしまったようで……天幕の中に居る人の中には「そんな馬鹿な」みたいな顔をしている人達が多いのですが、ヴォッサム将軍はそのような人達に手を振って発言を遮りました。
「ふむ、大いなる災い…か、具体的にどのような危機が迫っているのかはわからないのか?」
「すみません、現時点では…私達はその調査の為に各地に赴いておりますの」
「なるほど、ラヴィンゼンの試練のようなものだな…しかしそうなると…」
ヴォッサム将軍は「どのように協力すればいいのか」みたいに考え込んでしまったのですが、私はアンジェリカに目配せをしてから頷き返しました。
「私達はベルザで帝国軍の動きを探っておりまして、次は急に暴れ出したというノルニスの住処を調べようと思っていたのですが…調査をおこなう許可を頂いても?」
流石に勝手にウロウロしていたら怒られるという事くらいはわかりますし、事前に許可を頂いておこうと思ったらヴォッサム将軍は難しそうな顔をしながら「う~む」と唸り出してしまい……。
「前言を撤回するようで気が引けるのだが、これから本格的な戦いが起きようとしている時期だからな…そんな時期に余所者がうろついていると士気に関わる…だから落ち着くまで待って欲しい、もちろん一区切りつけた後は自由に調査をしてくれても構わないし我々も調査の手伝いをする事を約束しよう」
なんて事を言いながら意味ありげな視線をチラリチラリと向けて来るのですが……ようするにさっさと調査をしたいのならこちらの事も手伝いやがれという事なのでしょう。
(本当に…食えないオヤジですわ!)
聖勇者を受け入れるという建前と戦力の増強をしたいという本音のバランス感覚が優れているからヴァーナルのトップに立っているのかもしれませんが、しゃらくさいですわね。
「わかりました、早期に決着がついたら問題がありませんのよね?」
私が胸を張りながら啖呵を切るとアンジェリカが小声で窘めて来るのですが……ヴォッサム将軍が大々的に喧伝してしまったので後には引けませんし、ベルザで行われている帝国軍の傍若無人な振る舞いは目に余りますわ。
(義を見てせざるは勇無きなり、ここで怖気づいていたら聖勇者の名が廃りますわ!)
なんていうノリと勢いだけで参加を決めてしまったのでアンジェリカが呆れていたのですが、申し訳なく思いながらも人助けの為に一肌脱いでもらい……勿論変な意味じゃなくて、とにかく一緒に頑張ってもらいますわよ?
「です、が…私達は無益な殺生を好みません、もしヴァーナルの皆さんが帝国軍のように非道な行いをするというのでしたら…後は、手伝える事と手伝えない事があるのはご容赦ください」
ヴァーナルと帝国軍が同じ穴の狢というのでしたら協力する意義がありませんし、私達を良いようにこき使おうとしてもさっさと裏切らせてもらいますわ。
「わかっている、彼らも仰ぐ旗が違うだけで我々と同じ帝国人だ…とはいえ中には無条件で無罪放免という訳にもいかない連中もいるが、無辜の民には極力被害が出ないように配慮する事を誓おう」
そんな約束が交わされ私達とヴァーナルの間に協力関係が築かれる事になりましたし、早速人が集められて実務的な話し合いが始まる事になりました。
※アリシアの得意技の中に何かよくわからないけど自信満々に言い切るというものがあります。




