99 激突! 雑種 対 双頭エビ
前回のあらすじ
使えない男代表なダメダメな主人公、と
ダメな男ほど愛おしい
そんな夢見るおっぱいシャジィルの
甘酸っぱい恋のお話。
晴れ渡る青空の下、樹海沿いの草原を寄り添い歩く男女の姿がある。
よく見ると頭一つ高い女性を支え、若い黒髪の男が甲斐甲斐しくその歩みを手助けをしているのが分かった。
「大分良くなったが、まだ足取りが怪しいか?」
「いや・・・歩くだけなら問題ない、と思う」
「そうか? それと、今日の事は誰にも言わない方がいいな」
「まぁ、アンタがそう言うならそうしてもいいけどさ」
「ならそうしてくれ・・・これは二人だけの秘密にしよう」
殆ど耳元で囁かれたその言葉に、大きな体躯を揺らす女性―――シャジィルは困った様に身を捩る。
「わ、わかったよ・・・でももう大丈夫だから、いい加減はなれなよ」
言葉と共に腰に手を回して自分を支える男―――山田の肩をやんわりと押し放しにかかる・・・が、そうはさせじと山田の体が更にシャジィルに身体へと密着を強める。
「まだ全然力が入ってないじゃ無いか。無理しないでシッカリ捕まってろって」
「ちょ、ちょっと、やめなってば!」
半ば山田へと抱き付く体制を強制された彼女は、今まで以上に感じる体温に顔を真っ赤にして慌てふためく。
(どうしたんだいアタシは! この位で取り乱しちまって・・・・・でも胸が、心が、頭の中が掻き乱されちまう!)
この程度のやり取りで慌てる様な初心な人生は歩いていない筈だが、肉体経験は兎も角、恋愛経験初心者の彼女は山田と触れ合うだけで、胸の動悸を押さえる事が出来なくなっていた。
シャジィルは気力を振り絞り、視線を間近に見える山田の顔へと向けると、なんとも無防備な表情が揺れて見える。
(ぜ、絶好の機会じゃ無いか、今なら不意を突いてヤマダの唇を奪う事も・・・クチビル・・・ヤマダ、の・・・くち、びる)
だが、その様を想像しただけで、ボッと頬を燃え上がらせると茹蛸の様になって俯く始末。
もはや彼女は、流れるような自然さで行っていたセクハラも出来ない体になっていた。
「ひ、一人で歩けるって言ってるのに、ほんと分からない奴だね・・・」
ドギマギした胸の内を隠しつつ、照れ隠しにぶっきらぼうな口調で言葉と零すと、溜息を付いた山田がすっと彼女の身体から距離を取る。
「わかったよ、ほら。余り無理して倒れるなよ」
「あ・・・」
離れろ離れろと言っておきながら、実際に離れると名残惜しそうにその手が山田へと伸びた。
だがその手が山田の体に振れる前に彼女の視界へと、天より走る巨大な竜巻が遠くの樹海を刺し貫く光景が飛び込んできた。
「な、なんだい・・・ありゃ・・・」
そう驚きの余り目を見開く彼女の傍らで、顎に手を当てた山田が訝し気に首を捻る。
その視線の先には、天空より流れ落ちる大気の流れが、白い一本の槍の様に樹海の奥地へとそそり立ている様が見えた。
「んーデカい竜巻? いや、雲が地面に向かって流れてんのか・・・もしかして、あいつらか」
ポツリと零れたその呟きには、呆れとも確信とも付かない、微妙な響きが込められていた。
時間が戻る事数十分、樹海内に設けられた傭兵達の仮拠点の一つでは、圧倒的体積を誇る巨大な魔物が思う様に暴力をまき散らしていた。
大地を木々を、触れる全てを粉砕するその破壊力は、何人たりとも立ち向かえない脅威そのものとさえ言える存在感を示している。
しかし―――その脅威をもってしても、恐るべき血に飢えた群れの前では、絶対的な脅威を体現し続ける事は叶わない様であった。
「おら! トロ臭いんだよてめーは!」
打ちつけらえた刃により、凶悪な硬度を誇る筈の甲殻に大きな亀裂が走る。
「よそ見してちゃ、こっちも叩いちゃうからねー」
死角からの一撃が魔物の関節を捉え、その半ばまでをザックリと切り裂いていく。
「ギャヒィイィィィッィ!!」
絶叫を上げ激しく手足を振り回す魔物の体は、散々に打ち砕かれ全身の至る所から体液を吹き出してる。
嘗て無敵を誇っていた防御力は既に無く、今は見るも無残な有様を晒し出していた。
だが崩れない、なおも衰えない。
いまだ健在な巨体と圧倒的体力―――そしてその本領を発揮した回復力を遺憾なく見せつけ、傷つく端からその身体は再生と修復を行ってはブンブンと激しく体を跳ねさせ続ける。
「「ギシャアァァァァァァァ!!!」」
「くそ、タフ過ぎんだろ! いくらぶっ壊しても片っ端から直っていきやがる!」
ボロボロの見た目とは裏腹に、元気いっぱいに振り回される鋏や尻尾を掻い潜るタイアーの不満の示す通り、百の牙達に散々に噛みつかれて尚、双頭の海老の圧倒的破壊力は微塵も陰りを見せる事は無った。
幾度となく砕け散った甲殻は短時間の内に再構築され、幾度となく振るわれた雑種達の得物の方こそ、消耗の度合いを強めつつある程である。
「どうやら出し惜しみしてる余裕は無さそうだ・・・」
手にした槍の穂先に走る亀裂を一瞥し、サラフは意を決して二人の妹達へと視線を向ける。
「ウィマーナ、ポニー! 私達のとびっきりをお見舞いするぞ!」
その言葉で通電を狙うべく散開していた姉妹がサラフを中心に身を寄せる。
次女のウィマーナが自らの槍を地面へと投げ捨てると、姉の右手に掌を添えた。
「出来れば皆の手で仕留めたい所でしたが、しかたないですね」
その呟きに続き、同じく槍を手放した三女のポニーはサラフの左手にその小さな掌を乗せる。
「手柄を独占しちゃうみたいで悪いけど、全部しぶといコイツが悪いんだよね」
姉妹は一塊となり三人で一本の槍を支え持つと、当然の様にその穂先を暴れ回る双頭に海老へと向け構える。
「みんな離れろ! 巻き添えと食うとタダでは済まないぞ!」
サラフの叫びを耳にし、その意味を察した雑種達が一斉に散開した。
「ギギィッ!?」
突然距離を取り、自身の周囲から飛び退いた雑種達を訝しみ、魔物は唯一残った槍を突きつける姉妹へと視線をぶつける。
そのまま本能のままに襲い掛かろうするも、その振り上げた鋏より彼女達の一撃の方が射程が長く、そして速かった。
三姉妹という電極の間に電界が形成されると膨大な魔力を電力源に、不可視の電位の流れが際限無く電子を加速させていく。
そして魔力に後押しされた電流はついには絶縁破壊を引き起こし、三人の突き付けた槍先から紫電の光が迸る。
「さぁイカズチの槍に貫かれ死に絶えろ、デカブツ!」
サラフの叫びを合図に凄まじい音と光が炸裂すると、魔物の身体目掛け激しい雷電が大気を切り裂き走り抜けた。
ズッバァアアアアン!
アーク放電―――その数千度にも及ぶその電子の奔流は打ち出されると同時に着弾し、魔物の分厚い甲殻を安々とぶち破る。
「ギギャオォオオオオオオオオオオ!」
絶叫する魔物に食らい付いた極光は、丈夫な甲殻を炭素とイオンに分解し、その内部を縦横に駆け巡るとイカズチが神経細胞ごとその体組織を消し炭へと変えていく。
これこそが雑種達が山田に相談して編み出した、森のキショイ奴対策第一弾”超高電圧で死刑作戦”であった。
鼓膜を破壊しかねない爆音と、視界を埋め尽くす閃光が過ぎ去った後には、熱せられた魔物の体液より発生した蒸気が辺りに立ち込める。
その蒸気も直ぐに薄れると吹き抜ける空気によって散っていき、蒸気に霞む魔物の姿が次第に露わとなって行く。
「ギ、ギギギ・・・」
歯を軋まる様な唸りを漏らすその姿からは、全身くまなく砕け焼け焦げ、魔物に甚大な損傷を与えている事が伺えた。
発動時間は僅か一瞬、しかしその身を駆け巡った雷撃は、膨大な電圧と熱量をもってその全身を蹂躙していたのだ。
しかしながら、体中の関節部分からはブクブクと泡立つ体液を滴らせ、炭素化した体組織から煙と焦げ臭い匂いを撒き散らしながらも、魔物は緩慢な動きで首を巡らせると、ズシンズシンと重々しい音を響かせ三人の雑種へと向き直る。
「グギィィイィィィ」
そして・・・微塵も衰える事の無い殺意を秘めた鋭い眼光が、サラフの事を射殺さんばかりに睨みつけた。
「はぁはぁ・・・ちっ、しぶとい奴め」
怒りを露わに睨み付ける魔物を見上げ、力を使い果たした三姉妹は膝を突き、荒い息を繰り返しながら口惜し気に表情を歪める。
「も、もう魔力が有りません・・・」
「うぅ、私も空っぽだよ~」
そう全身から疲労感を滲み出す妹達と共に、ぐぬぬと眉根に皺を寄せるサラフの背後から、満面の笑みを浮かべた二人の雑種―――タイアーとシープアが姿を現し魔物へと対峙した。
「おっしゃ、よく耐えたぞキショイ奴!」
「うぷぷぷー、どうやら私達の出番が回って来ちゃったみたいだねー」
二人は魔物の健闘を称えると、ご機嫌なままに歩みを進める。
「前回はさっぱりだったが、今日は目に物見せてやるぜ!」
言葉と共にタイアーが振るった腕の線上に、赤々とした炎が燃え上がる。
「動きの遅い今の君には、ちょーとばかり厳しいかもねー」
更にシープアが腕を突き出すと風が舞、炎の尻尾がクルクルと輪を描き始める。
二人のスキルで舞い踊る炎の軌跡が渦を巻き、上昇気流が作り出されると、たちまち発生した火炎旋風が魔物の体を炙って行く。
固定式のこの攻撃は移動する敵には効果が薄い、しかし継続ダメージを与える特性上、動きの止まった相手にはすこぶる強い。
前回はあっさりと効果範囲はから向け出せた魔物も、動きが緩慢な今は為す術なく、とぐろを巻く炎にその身を焼かれ続けるしかないのであった。
「ギシャアァァァァ!!!」
「いいぜいいぜ! どんどん焼けていきやがれ!」
魔物の絶叫と比例する様に増々上機嫌となったタイアーによって、ドンドン魔力を注ぎ込まれた火炎の渦はその体積を大きくしていくと、遂には魔物の巨体を完全に包み込み、立ち上がる炎の尖塔は木々をも超えて燃え上がった。
「ギャギィイイイイイイイイイ!!!」
「くくく、知ってるか、炎ってのは空気が無いと燃える事が出来ねーんだとよ。なら空気を入れず炎で区切った囲いの中を、ひたすら焼いてくとどうなると思う?」
「ギャギィイイイ!」
「はずれ、正解は燃える事も出来ねーガスがドンドン熱くなっていくんだと。じゃー散々熱せられ、焦らされたそいつ等に、大好きな空気をたらふくご馳走するとどうなると思う?」
悪い笑みを浮かべたタイアーの指先がユックリと頭上へと掲げられる。
「ギギィイ!!」
「その正解は・・・テメェーの体に直接教えてやるよ!」
タイアーの掲げた指先がパチンと音を鳴らすと、轟々と猛っていた炎の塔が瞬く間に霧散していく。
結果、火炎旋風の内側で不活性化した超高温超高圧のガスへと大量の酸素が供給され、眩い光と共に火炎となって膨れ上がった。
ドドドォオォォォォォン!
大気を激しく揺らす衝撃音が、立ち並ぶ木々を揺ら程に激しく叩く。
バックドラフト―――瞬間的燃焼を起こした炎が衝撃波を伴う爆轟となり魔物の直上で炸裂した。
これぞ森のキショイ奴対策第二弾”熱膨張で張っ倒す作戦”である。
そこへ、ここぞとばかりに注ぎ込まれたタイアーの魔力が、爆炎の威力を大きく底上げする。
魔物は咄嗟に二つの頭部を四つの鋏で庇い守るが、押し寄せる熱波とそれ以上の衝撃は鋏を砕き、好き勝手に破壊の限りを尽くしていく。
罅割れ焦げた甲殻を剥ぎ取り、体液の滴る関節を砕く。
遂には鋏の一つを根元から吹き飛ばすと、大きく広がる爆炎の渦はその巨体は完全に飲み込む程に巨大化した。
「ギャシャアァァァァ!」
だが全身を砕かれ、焼かれながらも、膨大な魔力と防御特化のその図体を活かし、双頭の海老はこの地獄を耐え凌ぐ。
もはや甲殻の修復は間に合わず、その下に隠された体組織を曝け出したままに、生命の根幹を維持しつつひたすら命の灯を守り続ける。
そして、巻き上げられた空気で上空の大気が不安定となり、燃料切れとなったタイアーが玉の汗を浮かべ荒い呼吸を繰り返すころ―――
「ギィ・・・ギィイィィィ・・・ギィッ!」
大部分の甲殻を失いながらも、三本に減ったボロボロの鋏を振り上げ、怒れる魔獣が眼前のタイアーへと恨めし気な唸り声を発した。
「はぁはぁはぁ、くそ、仕留めきれねぇ! ほんとウザ過ぎる程に頑丈な奴だぜ!」
強まりつつある吹き降ろしの風の中、全魔力を使い果たしたタイアーがそう吐き捨てると、激しく上下する彼女の肩にシープアの手がポンと乗せられる。
「じゃーこっからは私のターンだねー」
ここまで風を操り火炎旋風の補助に勤めていた彼女は、タイアーの肩を後ろに引いて下げると、代わる様に自らの足を一歩踏み出し前へ出た。
「ふふふ、君が頑張ったお陰で沢山の空気が空に巻き上げられちゃったー。で、上げた物は下ろしてあげなくちゃねいけないよねー」
魔物を指差し、したり顔で語るシープアの指先が、すいっと天空へと指し向けられる。
それに従い火炎旋風で上昇した大気が天空でその熱を急速に失い、シープアの風のスキルに導かれ円錐状に集束しながら地表目掛け駆け降りてくる。
「それじゃー・・・ぺったんこに潰れて、死んじゃってねー」
ニンマリと満面の笑みで微笑む彼女は、言葉と共を天を指し示した指先を魔物へ向けて振り下ろした。
その直後、ズドドドズドン! と地を揺るがす轟音を響かせ魔物を中心に暴風、いや爆風じみた大気の洪水が発生する。
ダウンバースト―――天空より落下する空気の塊はさながら大槌の様に、槍の様に、秒速数百メートルの速さをもって魔物を打ち据える。
森のキショイ奴対策第三段”大質量でぺっちゃんこ作戦”が今、その場の全てを破壊せんと牙を剝いた。
落下し大地を抉る大気は地表に沿って凄まじい速さで拡散すると、ゴウゴウと轟音を響かせながら戦場となった樹海の悉くを薙ぎ払う。
その暴威は魔物は勿論、チロチロと燻る残り火や、周囲で見守る雑種達にさえ襲い掛かると、逃げる事も防ぐ事も許さずその一切合切を飲み込んでいった。
「ギィギィイイイイイイイイイ!」
「うひゃあぁぁぁぁぁーーー!」
垂直に落下する大気奔流で大地へと圧し潰され絶叫を上げる魔物と、その余波だけで吹き飛ぶ雑種達。
爆心地から放射状に放たれる風圧により周囲をゴロゴロと転がって行く仲間達を尻目にしつつ、大気の壁で防壁を張ったシープアは一人歓喜の叫びを上げていた。
「すっ、すごーーーーい! これはっ爽快すぎるーーー!」
圧倒的猛威を振るう嵐と悲鳴が交錯する阿鼻叫喚の中で、彼女だけが楽しそうにウキャウキャとはしゃいでいた。
その目の前では圧力に屈した魔物の残った甲殻が次々と瓦解し、その歩脚が、鋏が、頭部までもが打ち砕かれて散っていく。
左の頭部が大きくひしゃげ罅割れ、体液をまき散らしながら大地へと倒壊する。
右の頭部は半ばから折れ千切れると、押し固められた土壌を更に押しのけ突き刺さる様に大地に沈んだ。
最後に全ての手足を捥がれ、無残に潰れたその巨体が大地へと圧し潰されると、激しくも短い大気の騒乱はその幕を静かに閉じていった。
後にはひゅうひゅうと流れる風の余韻と、荒れ果てた大地だけが残される。
こうしてクレーターとなった拠点跡には生命と呼べるものは何一つなく、あの場にいた誰一人として生き残る事は出来なかった・・・・・・訳では無い。
結局は吹き飛ばされ、土の中に頭を突っ込んでいたシープアの下半身がモゾモゾと蠢く。
「んん! んーーーーーー! ぷはぁあ!」
彼女は埋まった頭をぽこっと引き抜くと、フルフルと頭の土を払い落し頭上を見上げる。
「おぉぉ・・・」
天には晴れ晴れとした青空が広がっており、降り注ぐ暖かな日差しに思わず間の抜けた声が上がる。
何時もは頭上を覆う木々がなぎ倒され、そこには鬱蒼とした樹海の中でありながら大きな青空広場が出来上がっていた。
周囲を見渡すと大気に抉られ更地と化したスリ鉢状の大地と、その中央で半ば埋まる様に鎮座する魔物の巨体が見えるのみ。
・・・・・・後はそこかしこに頭から地面に埋まった雑種達の足が、ぴーんと天に向かって伸びている位であった。
しばし呆然とその風景を伺っていた彼女だが、不意に満面の笑みを浮かべると、天に向かって両手を大きく振り上げた。
「最っ高ーーー! これからの戦いっアタシが主役だよーーー!」
「んな訳ねーだろこの馬鹿が! もう使わせねーよこんなアブねーもん!」
ぼこっと埋まった上半身を引き抜き、土にまみれたタイアーが大声で吠えると、次々と雑種達の頭が地面から生えだしてくる。
「まじ最悪、自爆じゃんこれ!」
「確かに! もうテロだよこれじゃ!」
「あー封印だわ、これはもー封印決定だわ!」
ポコポコ土中から現れた雑種達は、口々に溜まっと土とシープアへのダメ出しを吐き出していく。
「ぺっぺっ、もーこれほんとヤバイ、ジェノサイドすぎる」
「服がボロボロだし、装備も荷物も全部飛んでちゃったんだけど」
「実質、うちらの方がダメージでかくない?」
そんな周りからの心無い指摘に、シープアはぷっくりと頬を膨らませた。
「なんでよー、サイコーに使える技なのにー。キショイ奴もイチコロだったじゃない」
「こっちもイチコロだっつーの!」
駆け寄ったタイアーに耳元で怒鳴られると、涙目と成ったシープアが腕を振り回し抗議する。
「うぅ、なによなによ、みんなして私のこと悪者にしてー! 私がアイツを倒さなきゃ、どうなってたと思うのよー!」
「普通に削って終わってたんじゃね?」
「つか完全に虫の息だったし」
「余計な一手だったね」
「うぅ、うわぁぁぁぁぁん! みんなが意地悪するー!」
遂に泣き出したシープアは、嫌々と地面で手足をバタかせ始めるが、ちょいちょいある事なので誰も気に留める者は居なかった。
シープアを放置した雑種達一同は周囲を見渡すと、改めて現在の状況を再確認する。
キモイ死体一、持ち物全損多数。
言う成れば勝者無しの負け戦に等しい結果で有る。
結局、前回以上の損失を出し、得る物が何もない事に思い至った彼女達は悲し気にその肩を落とした。
「・・・復讐って空しいね」
「そうだね、人は恨みを断ち切る事で前へと進まなきゃいけないんだ・・・」
何か違う様な気がしないでも無いが、しみじみとした深い溜息がいくつも木霊した。
「はぁどうすっか? 武器も薬も全部無くなっちまったしなぁ」
「それ処かご飯もまとめて飛んでったよ・・・・・・目的は果たしたんだし、もう帰って良くない?」
「でもコレってどうする、素材とかお肉取らなくていいの?」
「お肉・・・」
一同の視線が潰れた海老の死骸に集まる。
ボロボロになった体組織と、ぐじゅぐじゅと垂れ流される体液。
何よりそのキショイ見た目が、非常に食欲をそそらない。
彼女達は思った―――きっとコイツは美味しくない!―――と。
世の全てを美味いか不味いで判断する彼女達は、目の前の不味そうな物体に何の価値も見出せなかった。
「・・・よし、帰ってお昼にしようぜ!」
「さんせー。お腹ぺっこぺこだし、お風呂にも入りたい」
「じゃー帰りに、何匹かお肉ぶん殴って持って帰ろーよ」
しばらく嫌そうな視線で魔物を眺めていた雑種達だったが、そう見切りを付けると放置が決定した。
「あ、でもハサミだけでも持って帰らない、ヤマダに見せたらきっとビックリするよ」
「おお、ナイスやん」
「ついでに褒められちゃうかもね」
「おお、ナイスすぎやん」
そうと決まればと、埋まったハサミを掘り出し数人で担ぎ上げる。
そしていまだ寝転がって駄々をこねるシープアの両手を掴むと、じたばたと暴れる両足をそのままに、彼女をズルズルと引きずって帰路に就く。
「いーやー! もっとスキル使いたいのーーーー!」
「はいはい、またキショイ虫が出たら使おうね」
「ほんと!」
「キショい虫がでたらね・・・・・・次は十年後か二十年後か分からないけど」
「あーーーん! みんながいじわるするーーー!」
そんな、わーわーぎゃーぎゃー喚きながら立ち去る雑種達。
その脳内では不味そうな魔物の事など既に過去の物となり、今の思考の大半は山田からのご褒美と今日のご飯によって占められていた。
だからこそ、魔物のその巨体が僅かに身動ぎした事になど、気付けるものは誰一人として居なかったのであった。




