98 初恋は突然に
前回のあらすじ
酔っ払った同僚に絡まれた。
凄い酒乱でドン引きです。
もう、ほっぽって帰りたい。
でも明日上司に怒られちゃう。
仕方ないので介抱中 ←今ここ
(ようやく大人しくなったか・・・マジで酒って怖いよな)
山田が腕の中のシャジィルをチラリと見下ろすと、遠慮がちに見上げる瞳と視線が絡む。
「・・・なんで助けに来たのさ・・・ヤマダ」
やけにしおらしい表情でポツリと呟く彼女に、山田は嘆息交じりに小さく肩を竦める。
「困ってそうだったからな、第一助けない理由もないだろ」
「だからってこんな無茶をするなんてどうかしてるよ、アタシがどうなろうと所詮他人事だろ・・・」
「バカ言うなよ、他人事な訳無いじゃないか」
「ヤマダ・・・」
頬を染め掠れた声を上げるシャジィルを、真剣な瞳で見つめ返し山田は思う。
ヒューバットを二日酔いにさせただけでもギルドからアレコレ苦情を言われたのだ、ここで彼女を泥酔させたまま放置したと知れれば、絶対あのハゲがネチネチと絡んで来る事は間違いない。
そもそも彼女に何かあれが、ウルカがションボリしてしまう事だろう、流石にそれは山田的にも看過出来ない一大事なのである。
「お前をほおっておくなんて・・・出来るわけ無いがないだろ」
内々に抱える様々な感情を言葉に乗せて、山田がゆっくりとした口調で吐き出すと、一瞬驚いた様に目を見開いたシャジィルが自虐的な微笑みと共に小さく吐息を吐き出した。
「ぷふ、くふふふ。なんだい結局は私の独り相撲じゃないか・・・・・・もういいよ、アタシは此処に置いて行きな。流石のアンタでもこんな足手纏いを連れてちゃ荷が重いだろ」
次第に数を増しつつある強大な魔獣達を見渡し、彼女は吹っ切れた様に軽く呟く。
「ここに来てもらっただけでアンタは十分義理を果たしてる、後はケジメの問題だ・・・・・・自分の不始末くらい、自分でケリを付けて見せるさ」
言葉と共に山田の胸を押し返し、その腕から身を引こうするシャジィルだが、背に回された拘束が抗う様に力を増した。
「お断りだ、俺は自分の大切な物を投げ捨てる積りは無いからな」
「そ、それって・・・」
「行くぞ」
これ以上の問答は面倒だとばかりに、山田が力強くシャジィルを引き寄せると、僅かに身を固くした彼女であったが、諦めた様に溜息を落とすとそっと静かに目を閉じた。
「わかった・・・全部アンタに任せるよ」
こうして彼女は、山田の胸へと顔をうずめると、事の成り行きを大人しく受けいれたのだった。
魔獣達はただ単純に闇雲に、二つの獲物を目掛け本能のままに全力で襲い掛かる。
前後左右はもちろん上空からも、あるいは地中の中からも奇襲じみた突撃で攻め立てた。
しかし山田は自身より大きなシャジィルを抱き抱えつつも、迫りくるその全てへと対応してみせる。
基本は足で時たま拳で、蹴って弾いて殴って潰して、凶悪極まりない深層の獣達を次々と屍へと変えていく。
そして遂に、長々と続く襲撃を凌ぎつつもひたすら足を止めない山田の視線の先に、魔獣達の包囲の外が垣間見えた。
「やっと囲みの端っこか、一気に抜けるから落ちるなよ」
山田はぎゅっとしがみ付くシャジィルへ一声掛けると、返事を聞く事も無く大地を蹴りつけ加速する。
牙を剝き突っ込んできた獅子の横っ面を蹴り飛ばし、ずんぐりした蜘蛛を分厚い外殻ごと踏み砕くと、その勢いで大きく跳躍。
宙に浮いた獲物を好機と捉え、幾つもの殺気が押し寄せるも、射程に入った端から地面へと叩き落として行く。
最後に樹上で威嚇してくる猿の頭を踏み台に、更に高く遠くへと身を躍らせると、山田は獣達の包囲からすぽっと抜け出す事に成功した。
後はギャーギャー叫びながら追い縋る全ての魔獣を置き去りに、二人は深層から足早に撤退を決め込んだのだった。
多分この方向。
そう適当に検討を付け樹海を突っ走っていると、運良くその足は樹海の外へと向いていたらしく、程なくしてうっそうと茂る木々の陰に代わり、燦燦と照り付ける太陽の光が山田達を照らし出した。
「よし、樹海からの脱出成功・・・しかし何処だここ、全然街が見えないじゃないか」
しかし見当違いの方向に飛び出した様で、見渡す限り起伏のある平原が続くばかり、仮設ギルドへの道程は相応に遠そうであった。
「・・・ま、樹海沿いに走ればその内帰れるだろ」
そう気軽に呟いた山田は仮設ギルドへ向け走り出そうとするが、腕の中でプルプル肩を震わせるシャジィルに気付くと表情を顰めた。
―――こいつ吐くな。
抱えるシャジィルの容体を敏感に察した山田は、貰いゲロなど御免こうむりたいとばかりに、素早く彼女の体を地面へと降ろすと、予想される射線上から自然な動きで退避を行った。
かたや、お姫様抱っこをされて以降、恥ずかしさからまともに顔を上げる事すら出来ず、ずっと山田の胸元で目を閉じていたシャジィル。
羞恥的な部分が色々限界に達し小動物の様にプルプルと体を震わせて居ると、その気持ちを察したらしい山田によって地面の上へと解放される。
そして密着した状態から脱し人心地着いた彼女は周囲を見渡すと、既に深層から抜け出ている事に漸く気付いた。
「・・・ほんとに抜け出しちまうとはね」
降り注ぐ日差しに数瞬目を瞬かせると、羞恥と後ろめたさで真面に目を合わす事も出来ないままに山田の様子をそっと盗み見る。
一見すると涼しい顔をしている山田であったが、深層からの脱出は相当に危険な行為だったはずである。
しかも自分と言う大きな足手纏いを抱えている以上、ちょっとしたミスで命を落としてもおかしく状況であった。
(でもアタシを離さなかった、見捨てなかった・・・自分の身を危険に晒してでも・・・ヤマダはアタシをあの地獄から助け出してくれた)
その事実を改めて認識すると増々気恥ずかしくなり、意味も無く視線がアチラコチラと四方を彷徨う。
そんな不審な挙動を続ける彼女に、頭上から暢気そうな山田の声が掛かる。
「気分はどうだ? 無理やり抱き抱えて運んだからな、気持ち悪かったんじゃないか?」
「別に、そんな事は無いさ・・・・・・懐かしい感じがして悪い気はしなかったよ」
「懐かしい?」
嘔吐砲が何時炸裂するか警戒していた山田は、そのピントのズレた返答に疑問の声を上げるが、シャジィルは気にする事無く儚げな笑みで口元を飾る。
「昔の話しさ・・・ずっと昔、子供の頃の、ね・・・」
懐かしい・・・そう遠い昔、父親に抱き上げられてあやされていた記憶が蘇る。
優しかった父、尊敬する父。
彼女にとって父親とは暖かく側にいるだけで安心できる揺りかごの様な存在だったともいえた。
山田に抱えられていた時、彼女はそんな遠い日の懐かしい感覚を確かに感じていたのだ。
ふとそんな想いが口をついて飛び出し駆けるも、彼女にとって父親の事はデリケートな部分に当たる。
思わず言葉を濁し思い悩んで居ると、山田の全てを見透かす様な真摯な視線が向けられる。
「吐き出したいなら吐き出せばいい・・・・・・そうすれば多少は楽になるだろ」
「そうか、そうだね・・・・・・いっそ全部ぶちまけちまうのも、悪くはないかもしれないね・・・」
山田の諭す様な口調を耳にしたシャジィルは僅かな葛藤を見せるも、意を決し自らの内に秘めた思いを語り始めた。
「親父は傭兵共の間じゃ、臆病者の裏切者って言われてるのさ。十年前魔物が現れた時、一人で街から逃げ出した卑怯者・・・それが親父さ」
「ん?」
ゲロの代わりに愚痴を吐き出しシャジィルに、山田はいよいよもって首を傾げる。
しかし彼女は、その様子に気付く事無くに胸の内を吐露し続けた。
「親父には傭兵としての才能がなかった。戦う時も何時も後ろに隠れてて、終わった後から仲間達と肩を並べ、何食わぬ顔で分け前に有り付く様な人だった」
「ぅん?・・・」
「家でも母に頭が上がらず、よく叱られてる所を目にしたもんさ・・・でも優しかった、何時も母に殴られても、笑顔でペコペコ頭を下げるくらい優しかったんだ」
「へ、へぇ・・・」
どうにも返答に困った山田は、おざなりな返事で適当に言葉を濁すが、シャジィルは楽し気に口元を緩めばかりである。
「よく母の肩を揉んだりご機嫌を取ったり、そう言えば家事も全部親父がやってたっけ。ふふふ、それほど母の事を愛してたんだよね」
「はぁ」
「そんな優しすぎる親父だからみんな誤解した。魔物が出た時一人で街から出て行った事を、ビビッて逃げ出した臆病者だって思い込んじまった・・・・・・でも真実は違うんだ」
一変、悲し気に睫毛を震わせるシャジィルの声が悲しみで湿る。
「親父は知っていたんだ。このまま街に残り魔物との戦いに巻き込まれれば、確実に死んじまうって事を・・・親父は悩んだんだと思う、自分が死ねば残った母や私の心に、決して癒えない深い傷跡を残しちゃうんだってね。そしてそれは、時に死ぬ以上の苦しみを与え続ける事になる・・・・・・だから親父は一人で街を離れたのさ・・・・・・あたし達の為にね」
「・・・・・・」
「確かに暫くは寂しかったし悲しかった、親父が居ない事実にアタシも随分とへこんだもんさ。魔物騒ぎに乗じ泥棒が入ったらしく、家から金目の物が無くなっていた所為で生活も苦しかったけど、まぁ何とか生きて行く事は出来たよ・・・何より」
ここで初めてシャジィルの瞳が山田をしっかりと捉えた。
「親父は生きているって希望が、アタシ達を支えてくれた。もう戻れない覚悟を決めて、非難される事を承知でこの街を去った不器用で優しい親父の想いが、アタシ達に前へと進む力を与えたんだ」
見上げる彼女の視線には、強い誇りと揺るぎない信頼が宿っている。
「でも、誰も親父の優しさを理解してくれない! 私達の為に汚名を被った気高さに気付いてくれない!」
押さえていた気持ちが溢れ出して来る、感情が想いが、止められない流れとなり瞳から零れ出る。
本当の親父の想いを誰かに分かって欲しかった、理解して貰いたかった。
しかし誰にも理解して貰えない、父親の実の兄であるボドウィンですらその優しさを汲み取る事は出来なかった。
「だから・・・・・・アタシ達家族だけは街を去った親父を誇りに思うし、親父を悪く言う奴は許しちゃいけないんだ」
例え街の人全てが父親を理解出来無くても、家族である自分達が信じていれば救われる、報われると思った。
娘である自分が信じ続ければ、父の生き様が無駄に成らないと思っていたし、それで良かった・・・そう今迄は。
「でもアンタだけは・・・アンタにだけは・・・」
だが何故か山田にだけは、分かって欲しいと思った。
いや、目の前の男ならこの思いを汲み取ってくれると思った。
ありったけの想いと強い願いを込めて、シャジィルは山田の瞳を真摯な表情で見つめ続けた。
この気持ちがきっと届くと信じて・・・
一方、―――縋る様な瞳で見上げるシャジィルを見つめ返し、節穴じみた瞳を持つ山田はしみじみ思う。
(それって・・・・・・ただのダメ男じゃね?)
身も蓋も無い感想、結局山田にも父親の優しさとやらは理解できなかった。
口からリバースでもしてスッキリしろよと促した筈が、何故か行き成り父親をディスり始めるシャジィル。
困惑したまま話を聞くと、なぜか今度は父親全肯定へと続き、終いには物言いたげな視線で同意を求めて来る始末である。
うちのパパは凄いんだ!
そう言われても話しを聞く限り、家族を捨てて逃げ出しただけのクズいお父さんにしか思えない。
と言うか、出てくる単語を鑑みるに夫婦仲にも疑惑が残る。
つまるところ、魔物騒動に乗じ金を持って鬼嫁から逃げ出したへたれ夫。
山田の中にはその解釈しか存在しなかった。
しかし・・・瞳を潤ませ見上げるシャジィルを見るに、正直に言葉を紡ぐのは憚られる。
やっぱりここは、何か気の利いた事を言うべきなのだろうか。だが何を?
知らず知らずの内に山田のズボンをぎゅっと握りしめ、縋る様に見つめて来るシャジィル。
今まで見た事も無いような仕草、涙で揺れる瞳、熱を帯びた視線を向ける憂いを帯びた女性の表情を見定め、山田はその内なる気持ちを今度こそハッキリと理解した。
(あぁそうかシャジィル・・・・・・・・・おまえ、まだ酔っ払ってんだな)
今迄の熱弁も、必死に訴え掛ける視線も、紅潮した頬も、熱い吐息も―――その潤んだ瞳さえも。
その全てがアルコールによって引き起こされた、酔っ払い現象に過ぎない。
そう結論付けた山田は作り笑いを浮かべ、この場で最もふさわしい言葉を口から吐き出した。
「そっか・・・・・・立派なお父さんだね」
「―――うん!」
酔っ払い対策 ”適当に話を合わせる”を発動させ、心にもない事をほざくと、シャジィルの顔に満面の笑みが浮かんだ。
山田はその上機嫌な笑顔を見つめ、これで良しと自らの機転に心で喝采を送る。
(ふ、俺も多くの娘を養う身、女心の機微くらい軽く読めるようななってきたな)
こうして無駄な自信を付けて自画自賛をする節穴男は、見上げる酔っ払いを愛想笑いで見つめ返した。
お腹減ったし、そろそろ帰りたいという思いをその胸に隠したまま・・・
柔らかな笑顔に嬉し涙すら浮かべ、シャジィルは大きく跳ねる胸の鼓動と共に何度も何度も大きく頷いた。
(やっぱり、やっぱりわかってくれた! ヤマダはアタシを、親父を理解してくれたんだ!)
今まで感じた事の無い程の暖かな気持ちで心が満たされていくシャジィルだが、彼女は知らない。
目の前の男が女心など露ほども出来ない、使えない男性ベスト3に入るダメ人間で有る事に。
ましてや潤んだ瞳を向けて来る女性を前に「もうかえりたい」などと考えるダメダメ人間などと知る由も無い。
知らない。だからこそ幸せな気持ちのまま、彼女は素直に純粋に彼への好意を思い募らせていく。
(こんな気持ちは初めてだ。自分でも理解できない感情が心の奥で渦巻いている・・・・・・でもこの感情は、絶対悪いものじゃない!)
この時シャジィルは初めて異性に対し、性欲以外の愛情を心に宿し戸惑っていた。
極限状態の中、吊り橋なんとが発動したのかも知れないし、シャジィルと言う女性の本質が、実は飛んでも無く乙女だったのかも知れない。
或いは強化薬が及ぼした脳内への影響や、性欲と愛情の相互誤認が引き起こされたのかもしれない。
事の真相は傍らの山田や薬を渡したウルカ、更にはシャジィル本人にも推し量る事など出来ないだろう。
ただ結果として確かなのは、夢見る少女35歳。
彼女の初恋が今、始まりを告げたのであった。
さ、さぼり過ぎた・・・
ごめんなさい、許してください。




