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97 未知なる気持ち

前回のあらすじ


樹海で騒ぐ酔っ払い、刃物を持って大暴れ

取り合えず放置で様子見が吉。

 頭上より注がれる生暖かい視線に気付かないまま、シャジィルはただひたすらに剣を振るい、ただひたすらに死を巻き散らしていく。


「あはははははは、来なよ来なよ! もっと纏めてかかって来なよ! あたしをもっと熱くさせておくれ! この程度じゃ、全然満足出来無いんだよ!」


 切る事が気持ちいい、狩る事が気持ちいい、命を終らせる事が、キモチイイ。


 薬に、血に、殺戮に酔った彼女は獰猛な笑みを浮かべ、目に付く全てを切り刻んでいった。


「もっと叫びな! もっと血を流しな! もっともっと死体の山を築き上げなよ!」


 狂ったような哄笑と血走った眼球で魔獣達を追う彼女は、既に正気と狂気の境界線をほんの数歩だが越えつつある。



 戦闘特化のウルカが作った、おっきい人用特性強化薬。


 毒を薬にする筈のハツカ特性レシピを、自己流でアレンジした結果、ウルカは毒から猛毒を作り上げたしまったのだ。


 良かれと思った彼女の善意がシャジィルの全身を強烈に蝕み侵していく。


「あははははは! 全部全部、片っ端からぶっ殺してやるからさぁぁぁ!」


 より強い魔獣へ、より魔獣の多い所へ、シャジィルは戦場を駆け抜け剣を振り回し続けた。


 ・

 ・

 ・


 そして遂に、残すは後一匹となると彼女は足を止め、手にした鋼の切っ先をフォレストベアへとつ突き付ける。



「はぁはぁ、アンタで最後かい・・・結構たのしかったけど、これでお終いさ」


 上がった呼吸を整え、そう宣言すると、シャジィルは獲物へと飛び掛からんと両足に力を溜める。


 だが彼女が駆け出すのとほぼ同時に、フォレストベアの体が背後からの圧力で弾け飛んだ。


「なに!」


 ドバンと砕け散り、幾つものパーツに別れ飛散する肉片を咄嗟に飛び退き回避する。


 そんな彼女を目掛け、血肉だらけの空間を切り裂いて巨大な角と鎧の様な皮を纏った、漆黒のサイが凄まじい速さで突き進んで来る。


「ブフォオォォォォォッォ!」


「くそおぉぉぉ!」


 突き出された一角をギャリギャリと剣の腹を鳴らして受けがなすと、背後へ抜けた魔獣は大木へとぶち当たり、その太い幹を粉々に粉砕する。


 更に二本、三本と追加で木々をなぎ倒したサイは、漸く突進を止めゆっくりとした動きで振り返る。


「ブシュルルゥゥゥ」


 まるで蒸気の様な熱い息を吐き出し、魔獣は射貫く様な眼光と殺気でシャジィルを捉えた。



「なぜ深層の魔獣がこんな所に! いや、既にここが深層なのか!?」


 その言葉を肯定する様に、木々の隙間に深層に生息する強力な魔獣達が次々と姿を現す。



 燃える様な鬣を揺らす巨大な獅子


 太くも短い脚で地を這う岩石の様な蜘蛛。


 鋭利な鱗と膨大な魔力を垂れ流す多目の蜥蜴。


 分厚い胸板と丸太の様な腕と足を振り回す大猿。



 どれもがAランクの傭兵でさえ油断出来ない深層の魔獣。


 一体一体が今のシャジィルを越える強さを持つ、樹海の脅威その物であった。



 シャジィルは素早く周囲へ視線を走らせると、漂う瘴気と肌を焼く殺意に眉を顰める。


「ち、ヤマダに誘い込まれたって訳か、案外小賢しいねぇ」


 苦々しい表情と共に、焦りと苛立ちを言葉にして吐き捨てる。


 移動距離的に見ても精々中層辺りなのだが、層の境界が歪み、深層が大きく張り出したのだとシャジィルは当たりを付けた。



「堺の揺らぎすらも計算の内かい。なるほど・・・コイツは中々に地獄じゃ無いか」


 酔っ払いを激しい運動でゲロらせようなどと、セコイ事を考える山田にそんな綿密な計略を実行するスペックなど有りはしない。


 しかし、そんな事情など知らない彼女は山田の言葉を思い出し、勝手に勘違いをすると頬から一筋の汗を滴り落とした。



「これじゃ、ヤマダを追いかけるのは無理っぽいねぇ」


 幸か不幸か、強化薬が切れ始めた彼女の頭脳に冷静な判断が戻り始める。


 既に全身を包んでいた全能感は消え失せ、代わりに鈍い疲労感が手足を覆いつつある。


 手にし剣をチラリと確認すると、先の一撃により刀身には幾つもの抉れた傷跡が残っていた。


「流石にヤバいか・・・ここは一度、出直させて貰うよ!」


 シャジィルは湧き上がる焦りを押し殺し、急ぎ樹海の外を目指して駆け出した。


 当然、包囲する魔獣達がそれを見過ごす訳も無く、彼女は数歩も駆けない内に魔獣達の襲撃を受ける事になる。



 何体もの魔獣が、何通りもの方向から、何度も何度も責め寄せる。


 連携など微塵も無い好き勝手な行動、彼等は自らの足を引っ張り合い、数の優位をちっとも活かせてはいなかった。


 それでも単純の能力差ゆえに、次第に彼女を傷付け疲弊させていく。


 シャジィルは悪化する状況に表情を歪めると、全力で剣を振り回し必死で魔獣の包囲からの脱出を図る。


「いい加減しつこいんだよ!」


 蜥蜴の切っ先だらけの尻尾を躱し、その脇を駆け抜け突破を試みるも、大口を開けた獅子が目の前に迫る。


 剣を翳してその牙を防いでみれば、咥えらえた鋼が半ばから食い千切られ、ゴリゴリと咀嚼されると飲み干された。


「く、悪食どもめ!」


 近くの木の陰に身を隠し追撃を避けるが、足で大木にぶら下がった大猿の奇襲を受ける。


 唸りを上げる拳で盾にした剣ごと殴られると、剣は粉々に砕け散りシャジィルの体は大きな大木の幹に背中から打ち付けられた。


 そのまま彼女は、座り込む様にズルズルと崩れ落ちていく。



「ダメージは、それ程でもない・・・しかし、身体がもう・・・」


 限界以上の力を引き出したウルカ特性強化薬は、その反動でシャジィルの肉体からあらん限りの力を奪い取り、彼女を無力な子羊へと変えていく。


「くそ・・・これまでか・・・」


 次第に感覚すら鈍くなる体を見下ろす彼女の口から、遂には諦めたような呟きが零れ落ちた。



 そんな獲物へ一角を掲げる漆黒のサイが、重厚な見た目に因らず凄まじい速度で突撃を仕掛ける。


 最早立つ事も出来ず大木に背を預けたまま、引き伸ばされた時間の中で迫る鋭利な切っ先を見据え、シャジィルは自身の死を悟る。


 一瞬、山田が助けに現れるかもしれないという思いが脳裏を掠めるも、直ぐに自嘲じみた笑みと共にその考えを否定した。


 気が高ぶっていたとはいえ、行き成り切り掛かり本気の殺意を向けた奴を許そうだなんてお人好し、この世界の何処を探したって居る筈が無いのだ。



「ふふ、今思えば流石に早計だったねぇ・・・・・・せめてヤマダに一言くらい謝っておきたかったよ」


 落ち着いた思考で思い返せば、選んだ選択のまずさに我ながら笑いが込み上げて来る。


 先ずは誠心誠意、頼み込む所から始めるべきだった、そうすれば山田の妥協や取引だって行えた筈なのだ。


 だが、今となっては全てが手遅れ、自分勝手な判断で山田の信頼を失い、最後は自らの命さえ失う結果を招いてしまっている。


「ふ、自業自得・・・か」


 シャジィルは今一度自らを笑い、瞳を閉じると静かにその時を待った。





 ズドン!


 全ては一瞬、そうだと理解する間も無く自分は死ぬだろう。


 そう思っていた彼女の予想に反し、激しい音と共に強烈な突風が顔を叩き、思わず閉じた目元を両腕で庇う。


 次に瞼を開き視界に飛び込んだ光景は、巨大な角を粉々に砕かれ、地面を削りなが大木を圧し折り、半ば土砂に埋まる様にして沈黙するサイの半身。


 そしてサイを蹴り飛ばした姿勢のまま、自分を守る様に立ちはだかる山田の背中であった。


「迎えに来たぞ―――シャジィル」


「・・・ヤマダ」





 トクン。


 胸が高鳴る―――それが答えだった。



 今まで多くの仲間の窮地を救ってきた彼女は、常に感謝され尊敬され生きてきた。


 そこに不満は無い、だが僅かな、ほんの僅かな期待と疑問は存在していた。



 助けられる人間の気持ちとはどんなものだろう?


 自分の窮地に身を挺して助けに現れてくれる人は居るのだろうか?


 それはどんな人なのか?


 どんな感情が湧き上がって来るのか?


 その時自分はどうなってしまうのだろうか?



 仲間を助け、感謝と尊敬の視線を受ける度に、彼女はそんな疑問を募らせていく。


 だが終ぞその時は訪れなかった。


 そもそも、そんな好奇心と願望は強い自分には縁がない、そう思っていた――――――今、この時まで。


 密かに夢見た、しかし叶う筈のない場面を体験し、シャジィルの長年の疑問は解消された。



 トクン。


 胸が高鳴る―――それが答えなのだ。



 跳ねる鼓動とじんわりと心を満たす暖かさに包まれ、シャジィルは何処かぼやけた視線で山田を見つめる。


 そんな放心した様な表情を浮かべる彼女に山田は僅かに首を傾げると、疲れ果て動けない彼女の体を引き寄せ、有無を言わさず抱き締めた。


「ひゃ!? ヤマダ!?」


 一瞬にして我に返ったシャジィルの大きな体が、びくんと大げさに跳ね上がる。


「なななな、なにを!?」



 掴まれた肩には、男の手の平から感じる力強い感触が。


 支えられた太腿には、男の二の腕伝わる熱い体温が。


 そして横顔に触れる男の胸板から、立ち昇る体臭と脈打つ鼓動の振動まで伝わってくる気がする。


 気が付くとシャジィルは、どこぞのお姫様の様に横抱きに抱え上げられ、息が触れ合う程の間近から山田の顔を見上げる羽目になっていた。


「あ、あぁ、あぅぅ・・・」



 僅かに絡み合う吐息と自分を映す瞳を見つめ、勝手に赤く染まる頬をどうにも出来ず、ふるふると唇が狼狽えた様に波打つ。


 勝手に抱えられた事に対する驚きと抵抗感は有る、だがそれ以上に強引に身体を引き寄せらている事に、安心感と何とも言えないむず痒い何かを感じずにはいられない。


 そしてその何かは厄介な事にとても心地よく、抗いがたい魅了を秘めていた。


「なん、で・・・?」


 なんとか絞り出した言葉は、どこか弱弱しく、彼女の持つ本来の快活さが微塵も感じられない。


 そこには”シャジィル”など存在せず儚く身を震わせる女性が、不安そうな、それでいて期待する様な視線で山田を見つめていた。


「少し大人しくしてろ、こんな場所とっとと抜け出してやる」


「う、うん・・・」


 山田のまるで命令する様な一方的なその発言にも、今の彼女は少女の様にか細い返事と共に、真っ赤になりながら小さく頷くだけで精一杯なのであった。

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