96 お酒は用法用量を守りましょう
前回のあらすじ
実録!まさかの業務上飲酒事件!
酒にまつわる自営業者(傭兵)のモラルの低さに
日本育ちの山田は驚愕を禁じ得ない。
何時になく真剣な表情を浮かべる山田に対し、シャジィルは皮肉気にその唇をつり上げる。
「ふん、この件に関しちゃ、アンタにとやかく言う資格は無いと無いと思うけどねぇ」
過去にCランクであるボルタイルのパーティーを皆殺しにしたと思わしき山田、そんな男を見据え彼女は道理を語るなと鼻を鳴らす。
「結局はアンタも同罪だろ?」
「俺が、同罪・・・」
実際は彼女の勘違いであり、まるっきりの言い掛かりなのだが、言い淀んだ山田にはそれ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。
なぜなら、彼は地面に転がる酒瓶を見て、この上も無く動揺していたからである。
(ま、間違いない・・・アレは今朝、仕事へ向かうシャジィルにウルカが手渡していた酒だ・・・)
これから車に乗る人間に酒を飲ませるのと同様に、仕事に向かう彼女に酒を渡した以上、この業務上飲酒の責任の一端は、ウルカ、ひいては山田に有る事になるのだ。
(どうしよう、マジで同罪なんですけどぉ・・・)
山田はその表情を更に険しく変化させると、胸中にて増々頭を抱え込んだ。
色々と脇の甘い男が不味い事になったと顔を歪ませる一方、対峙するシャジィルもまた、苦しい葛藤の中に迷い込んでいた。
(なんとか説得し口裏を合わせるか? しかしヤマダが約束を守る保証なんてどこにも無い・・・)
それなりに付き合いが有るとはいえ、互いに全幅の信頼を置ける程の関係など到底築けてはいない。
状況次第ではシャジィルは山田を見限る積りでいたし、当然相手も同じ様な考えを持っていると予想ができる。
現に今、山田はゼクスを殺した自分に険しい視線をぶつけている。
そこからは絶対受け入れられ無いという、強い非難と嫌悪の意思が読み取れた。
(あの様子じゃ見逃して貰えそうもない。スラムの皆を危険に晒す訳には行かない以上。ヤマダと言えども・・・・・・ヤルしかない)
山田にはそれなりに好意こそ持っているが、所詮は性欲的に引かれただけの不純な想いだ。
彼女に取って山田とは、気に入った雄という事でしかない。
自らの性事情と背負う責任ではその重さは天と地ほども違うのだ、当然その天秤が大事な身内の安全へと傾くのは極々自然な流れであった。
さらに強化薬で高ぶる感情が彼女の思考を揺さぶり、山田の持つ非人間性を殊更に意識させていく。
仮に口裏を合わせたして、この男は律儀にそれを守るのか?。
今まで所業を見るにこの男には、不要なものは躊躇いなく切り捨てる冷徹さが有る。
脳裏に山田の危険性が思い浮かんでくる程に”山田の死”以外の解決策が見えなくなっていく。
それは何時しか彼女の中で、明確な殺意となって凝り固まって行った。
だが、その力に抗う手段が見つからない。
山田を葬れる未来が見えてこない。
(アイツの力はアタシの遥か先にある・・・挑んだ所で勝ち目など、ない・・・)
しかし相手はギルド長と揉め、スラムのボスと揉め、Cランク傭兵を幾人も葬り、百以上ものゴロツキをも殺し尽くした無頼の男。
正に完膚無きまでの破綻者なのだ。
ここで手を打たなければ、その代償が今後、何時、何処で、どんな形で襲って来るか分かったモノでは無い。
相対する者へ苛烈な制裁を加えて来たこの化け物は、その手を血で濡らす事など一顧だにしないだろう。
今迄はその強さと危険さ惹かれていたが、今はその魅力が心底疎ましく思えてくる。
(ヤマダ・・・分かっちゃいたがほんとヤバイ奴だよ。改めて向こうに回すと、嫌って程実感できちまう・・・)
山田が行って来た凶行の数々を思いうと、その残虐とすら言える非道さにシャジィルの背中に冷たい汗が流れ落ちる。
(どうする・・・どうすればいい・・・)
考えれば考える程、今の状況が危険で抜き差しならない様に思えてくる。
しかし幾ら知恵を絞ってみても出て来る答えは全て、最悪の結果を彼女の脳裏へと映し出していく。
何か手を打たなければならない、だがどうする事も出来はしない。
そんな思考の袋小路に追い詰められたシャジィルの瞳に、ふとウルカが持たせてくれた大量の強化薬が映り込んだ。
ごくり。一つ喉を鳴らすと、彼女はその一つを手に取り―――呷った。
一つ飲み干すとまた一つ、次々と強化薬を呷っていく。
その都度に全身を全能感や高揚感が駆け抜け、彼女の気持ちを盛り上げていく。
「な、シャジィル! やめろ!」
山田の焦った叫びが聞こえるが、気にせず呷る。なおも呷る。
そして・・・・・・最後の一つを飲み干した時、彼女の中に有った焦燥や葛藤は、キレイさっぱりと消え去っていた。
(なんだ結局は簡単な話じゃないか。邪魔者が強いなら・・・・・・それ以上の力で潰しちまえばいい)
薬で底上げされた自分の力がハッキリと分かる、目の前のバケモノに抗うに足ると確信に満ちる。
「くくく、ズルいじゃ無いかヤマダ、こんな良いもん隠してたなんてさ。もしかして・・・・・・あんたの強さの秘密もこれかい?」
シャジィルは爛々と輝く瞳に狂気を湛え、裂けるほどに壮絶な笑みを浮かべて山田を見据えた。
瞬間。音を置き去りにする様なシャジィルの剣閃が山田を襲った。
「ぐ、シャジィル・・・おまえ!」
「いい表情だ、やっぱりアンタはそそる雄だよ」
振るった刃は掲げた剣に防がれたものの、山田の瞳の中に焦りの感情を見つけたシャジィルは、自分の推測の正しさと勝機を感じ取ると、その艶やかな唇を怪しく歪めた。
「さぁ、一緒に素敵なダンスと洒落込もうじゃないか」
今の彼女の瞳には、邪魔者を葬り去る未来がしっかりと見えているのであった。
シャジィルの剣を眼前で受けた山田は、歯を食いしばり苦々しい表情で呻く。
(最悪過ぎる! ウチの酒でまた泥酔する奴が出たとか思えば、まさかの酒乱だと! これって、筋肉殺害事件の責任も俺の所為って事になるんじゃねぇだろーな!)
お目当ての筋肉は、一発も殴れない内にシャジィルに殺され、しかも酔っぱらった当の本人には絡まれる始末。
シャジィル最悪すぐると心で叫びを上げつつ、振るわれる剣戟の雨をチマチマと弾き続ける。
いっそド頭の一つもぶん殴ろうかとも思う山田だが、出来るだけ穏便に事を収めたい。
具体的には自分の身に被害が及ばない様、上手い事当事者同士でこっそり示談を行う必要が有るだろう。
故に彼は、目の前の酔っ払いを大人しくさせるべく、その明晰な頭脳を使い策を考えた。閃いた。
「よし!」
すぐさま高度な打開策を導き出した山田は、シャジィルに背を向けると走り出す。
「逃げるんじゃないよ、つまらない男だね! どんなに逃げたって、地獄の底まで追い詰めてやるよ!」
「ふ、付いて来いシャジィル! お前に本当の地獄を教えてやる!」
山田は追い縋る彼女に挑発じみた声を発すると、ニヤリと唇を歪る。
(―――計画通り)
計略の成功を確信し一人ほくそ笑む山田。
(くくく、愚かな奴よ。酔っ払って全力で走るとどうなるか・・・・・・精々ゲロにまみれて後悔するんだな!)
酔っ払いに運動させて気分悪くさせよう作戦発動!
彼の計略は何時もの様に底が浅かった。
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「いい加減にしな! どこ迄逃げれば気が済むんだい!」
適当な方向に走り始めて暫く、背後から聞こえる威勢のいい怒声に山田は首を傾げて唸る。
「おっかしいなぁ・・・結構走ってんのに、何で気分悪くならないだよ・・・あんだけ酒をイッキしたら普通吐くだろ?」
解せぬと眉根を寄せる山田だが、そもそもシャジィルは飲酒などしていない。
しかしポンコツ気味な彼の脳みそはその事実に気付く事無く、ひたすらに首を捻り続るだけである。
「あーなんか面倒臭くなって来た・・・・・・もう角でも捻じって大人しくさせようかな」
そして終いには、いつもの様に腕力で片付けようかと思い始めた矢先、目の前の木々の間から巨大な熊の魔獣が飛び出してきた。
「ガァアァァ―ぎゃぶん!」
しかし即落ち2コマの様にド頭を殴り飛ばされたフォレストベアは、飛び掛かった姿勢のまま大地に落され山田の背後へと消えて行く。
「邪魔だよ!」
「ぎゃひぃ!」
そして続くシャジィルに急所を踏み抜かれると、そのまま流れる様に天へと召されたのであった。
道のど真ん中で倒れていた彼も悪いが、躊躇なく踏みつけ駆け抜ける彼女も大概である。
そんな無慈悲なひき逃げ犯の左右から、御用だとばかりに二匹の大鹿が躍りかかる。
「ちっ、忙しい時になんだってんだい!」
振り上げた剣で右の大鹿の顔面を縦に裂く。
悲鳴を上げ仰け反る姿を一瞥する事なく、素早く横に飛び退いたシャジィルの髪を、背後から突き出された鋭い角が数本攫って行く。
振り向きざまに剣が振るわれると、その角は根元からキレイに切り飛ばされ、隙だらけの魔獣の腹が大きく割り開かれた。
ゾロリと臓腑を吐き出し崩れ落ちる魔獣を捨て置き、顔面を縦に裂かれた魔獣へ剣を走らせると、その首が大地へ落ちて小さく弾み、二体の大鹿は仲良く屍を晒した。
「ふ、他愛ないねぇ」
本来なら苦戦するであろう状況で、容易く勝利を収めたシャジィルは山田を追おうと視線を戻す。
しかしその視界には、次々と姿を現す魔獣達の姿が映り込んで来るのであった。
樹海の悪意。
時に場違いな強敵や尋常では無い数の魔獣が発生し、熟練の傭兵すらも命を落とす恐ろしい災い。
そして今、彼女の目の前には稀に見る質と量の魔獣が、押し寄せる波の様に広がっていた。
「・・・上等だよ、ヤマダを狩る前に少し遊んでやろうじゃないか」
どこか妖艶さを醸し出す表情で笑みを浮かべると、シャジィルは小さく覗いた舌先でペロリと唇を湿らせた。
「ははははは! 弱い、弱すぎるよアンタ等! こんなに弱かったのかい!」
何時もなら大勢で挑む大物達が、シャジィルの手にした得物によって次々と蹴散らされていく。
心のタガが緩んだ彼女は、その爽快さに気持ちよく酔いしれていた。
「ほらほら、魔獣のくせに愚図ってんじゃないよ! さっさと殺されに来なって!」
既に足元には多くの死体が横たわり、血と死の香りが辺りには充満している。
―――彼女は何時しか、殺戮そのものを純粋に楽しみ始めていた。
「ガチの酒乱じゃん・・・」
そしてその様子を大木によじ登り、こっそり覗き込んでいた山田がドン引きした表情で見つめる。
酔っ払い、うひゃうひゃはしゃぐシャジィルを見下ろしている彼の口からは、疲れたような溜息が深々と垂れ流されて行く。
「はぁ、変なクスリでもやってんじゃねーだろーな・・・」
冗談めかして愚痴を零す山田だが、その言葉はとても的確に騒動の原因を言い当てていた。
「あの調子だとガチで角を引っこ抜いても、流血したまま暴れ回る未来しか見えないし・・・・・・こりゃシャジィルが目を回してぶっ倒れるか、汗と一緒に酒が抜けるのを期待するしかねーかな」
テレビで観た血だらけに成りながらも戦う闘牛を思い出しながら、山田は彼女の肝臓が頑張ってアルコールを分解する事を期待する事にして、面倒臭いが九割を占める気分で荒ぶる猛牛の雄姿を静かに見守り続けた




