100 民事不介入
前回のあらすじ
海老魔王「くくく、よく来た勇者よ。今こそ決着を付けようでは無いか」
獣耳勇者「世界の平和は僕が守る!」×100
海老魔王「え、あれ? ちょっと多くない? ちゃんとルールブックとか確認してます?」
獣耳勇者「うるさいしるか! 正義の力を見せてやんよ」×100
海老魔王「ちょ、まっ、あーーーーー!!!」
大体こんな感じ。
「なんだ、あれは・・・雲が地面へ向かってと落ちている、のか?」
街から樹海前に仮設された出張傭兵ギルドへ向かう馬車の窓から、ギルド長ボドウィンは呻く様な呟きを紡ぎ出した。
今だ遠くに見える樹海のただ中に、天から落ちる大気の流れが、一筋の線となり大地へと突き刺さっている。
気圧差により発生した雲が渦を巻き、空から地面へと落ちていくその様子は、まるで天空より飛来した白銀の槍が大地を穿つ様にも見て取れた。
畏怖と荘厳な印象を与えるその光景は、詩人で有ればさも幻想的な表現で言の葉へと置き換えた事だろう。
だか優美とは対極にある彼の感性は、それを単なる異変と捉え眉根を顰める。
特異な気象現象は時に吉兆の兆しとして、人々の心に希望を齎す事が有るのだが・・・。
「くそ、嫌な予感しかしねぇ・・・」
この時のボドウィンは、目に映る現象を不吉な兆候と見なし悪態を付いた。
ある意味―――今日の彼の勘は、実に冴えわたっていたと言えるのであった。
傭兵ギルドの受付嬢ルビアは、目の前でキャンキャン吠る犬族の少女達と、涼し気な表情でそれを受け流す男達の対立を眺めながら、困り切って顔を顰めていた。
「魔物で気を逸らした隙に、そっちが行き成り私達を攻撃したんじゃない!」
「知らんな。第一俺達は魔物など見ていない」
「嘘つくんじゃ無いわよ! アンタ達が引っ張て来たんでしょ!」
「ふん、話しにならん。死に掛けて気でも狂ったんじゃないのか?」
「なんですってぇぇぇ!」
樹海の入り口にて、言い争うは二組の傭兵達。
片や、ラージロスト率いるCランク五人のパーティー。
片や、コリー率いるCランク四、Dランク四の八人パーティー・・・・・・プラスその後ろで何故かムスッとふくれっ面をしている、メイド服を着た十人程の雑種達。
そんな両者は周囲で野次馬よろしく見守る、一般通過傭兵の方々の視線など気に留める事無く、樹海を背に激しい言い争い―――基本的には犬族のボルダナの口撃をラージロストが鼻で笑う―――を繰り広げていたのであった。
『魔物が出たぞ!』
その知らせがギルド出張所に届いた際、ギルド長は不在。
止む無く代打で駆り出さる人員の中に、彼女の姿が含まれた要因は単純に人手不足―――と、何より暇そうだったから。
そんな彼女達が現場へ走り、そこで目にしたのは対立する二つのパーティーと、それを遠巻きに眺める傭兵達の人の輪である。
はいはい通して通してと、元傭兵のギルド職員が強引に割って入り事情を聴くが・・・
コイツが悪い!
アイツが悪い!
は?魔物? 森に帰りましたけど。
アンタの所為だ!
オマエの所為だ!
ヤンのかこら!
上等だよオラ!
と、いがみ合う両者からは、なかなか話を聞き出す事が出来無い状況が続く。
だがしかし、重要な事は『魔物は居ない』そこに尽きた。
ルビアを除くギルド職員が額を突き合わせ、ゴニョゴニョと密談を交わすと。
『じゃ魔物も居ないし、クレームの対応は受付の仕事だから』
そう言って彼女一人が取り残されたのは、ある意味の信頼の現れか、はたまた面倒の押し付けか。
ともあれ、目の前で争う傭兵同士のイザコザの対応が、彼女の双肩に重しの様に圧し掛かった事だけが確かな事の顛末であった。
「えぇっとつまり、コリーさん達はラージロストさん達から魔物を押し付けられた上、行き成り危害を加えられたと?」
「そうよ!」
ボルダナが鼻息も荒く声を荒げると、残るメンバーもウンウンと頷きで肯定を示す。
「で、ラージロストさん達はそもそも魔物すら見て居ない、全ては彼女達の妄言だと言う訳ですね?」
「それが事実だ。付け加えるなら今こうして問い詰められて居る時点で、不愉快極まりない苦痛を強いられて居る被害者でしかない訳だが」
ラージロストはそう言うと、逆に責めるような視線でボルダナ達を睨み付けた。
「そうですか・・・」
困り顔を増々顰め、ルビアは小さく呟くと改めて両者を眺める。
主観的に見ればラージロスト側が嘘を付いて、コリー達の言が正しい様に思える。
もし彼女達の方こそが虚言とするならば、余りにも嘘の内容が攻め過ぎである―――つまりは下手くそなのだ。
子供でももう少しましな嘘をでっち上げるだろう。
まったく関係無いラージロスト達に襲われた等と嘘を吐く意図が理解できない。
何より、プンプンと直情的に怒りを表すコリーに比べ、黒ずくめで陰気な面構えのラージロストはどうにも胡散臭かった。
(如何にも何か悪い事しそうな顔してるしなぁ・・・)
そんな感情的な理由でラージロストを怪しむものの、それを実際に口にして現す事など出来る筈も無く。
「この件はギルド長へと報告し、改めて判断を仰ぎたいと思います」
そんな在り来たりな勧告を告げると、頼れる上司にその全てを丸投げする事と成った。
その煮え切らない判断にラージロストは予想通りだと軽く流し、コリー達は怒りが収まらないながらも仕方なしと、一旦は怒りの矛先を納める。
これでこの場はお開きになるかと思われたが―――
「その前に私達の薬返してよ」
―――コリーのこの一言で、場の空気がまたもや軋み始めた。
「・・・なんだと」
「持ってるでしょ、私達から盗んだケモール商会の回復薬。返してよ」
「言ってる意味が分からんな」
ラージロストはチラリと仲間を振り返り、奪った鞄を破棄した事を再度確認すると何食わぬ顔で視線を戻す。
「俺達が何を返す必要があると言うんだ」
「隠しても無駄なんだから、あの回復薬の匂いがずっとそこから漏れてるんだからね」
そう指差す先はラージロストの背後に控えるメンバーの一人。
その男の手が思わずといった様子で、腰に付けた荷物袋を隠す様に触れた。
「見せて頂けますか」
ルビアに探る様な視線でそう尋ねられ、男は焦りの表情と共にラージロストの顔を伺い見る。
「・・・見せてやれ」
だがラージロストが忌々しそうにそう呟くと、男は渋々といった様子で中身を晒して見せた。
―――そこから現れたのは数本の回復薬。
しかも特徴的なデザインが示す様に、間違い無くケモール商会のそれであった。
「何故ケモール商会の品を? ラージロストさん達は商会からの供給を断っていた筈では」
「以前試しに購入した物だ。使う気には成れんが、捨てるのも惜しいからな」
ラージロストはだからどうしたと余裕の態度でそう答えると、皮肉めいた表情で口元を歪める。
「まさか、使わない回復薬は持ってはいけない決まりでもあったのか?」
「そうは言いません・・・では、その薬は討伐が始まる前、個人的に手に入れた品だと言う事ですね?」
「そうだ、何か問題でもあるか」
「いいえ・・・ですが一応確認させて頂てよろしいですか? 無論、後で補填させて頂きますので」
「・・・好きにしろ」
ラージロストは男の道具袋から回復薬を一つ抜き取ると、手の平を向けているルビアへと放り投げた。
「くさいですね・・・」
受け取り封を開いて匂いを嗅いだ彼女は小さく呟くと、取り出したナイフで小さく指先を傷付けると、回復薬を一息で飲み干す。
指先は瞬く間に治癒し違和なく動く指を確認すると、彼女は見せつける様にして指先を差し出した。
「治りました」
ラージロストは強調する様に突き出された指先を見つめ、うっとおしそうに眉根を寄せる。
「だからなんだ。回復薬なのだから当然だろ」
「いいえ、ケモール商会の回復薬は、三日もすれば匂いが消え効果も無くなる欠点を持っています。今これ程の効き目が有る以上、この品が討伐以前に調合された物とは考えられません」
「・・・・・・」
「ラージロストさん、改めて伺いますがこの薬は何処で手に入れたのですか?」
「・・・・・・そう言えば先日、下位の傭兵から幾つか薬を融通して貰った物があったな。その中にでも紛れていたのだろう」
「その方のお名前は?」
「さぁな、顔は知っているが一々名前までは憶えてはいない。ギルドでよく見かける顔だ、分かり次第報告する事にしよう」
「そうですか・・・」
如何にも取って付けた言い訳では有るが、開き直った人間は強い。
結局ラージロストの言葉を切って捨てる事が出来ず、ルビアは尻すぼみに頷く事しか出来なかった。
(うーん真っ黒。でも私がここでどうこう出来る事じゃないしなぁ・・・)
ルビアが内心でそう眉根を顰めていると、小さく鼻を鳴らしたラージロストが彼女達へと背中を向ける。
「ふん、これ以上の下らん言い掛かりは、正式な場を整えてから行って貰おう。俺達はもう引き上げる事にする、バカの相手で無駄に疲れたからな」
太々しくもそう吐き捨てて去って行くラージロストの背中を見据え、ルビアは内心で盛大に溜息を零す事しか出来無いのであった。
「・・・・・・奪った薬は捨てろと言ったはずだが」
樹海より足早に街へ向かう道中の事、ギロリとラージロストに睨まれると、回復薬をくすねた男が額に汗して狼狽えたる。
「す、すまねぇ。最近不足ぎみなんで、ついな・・・」
「馬鹿め、お陰で余計な情報をギルドへ与えてしまったぞ」
「まさか数本抜き取っただけでバレるとは思わなかったんだよ」
「・・・まぁいい、回復薬を持っていたからと言って、確固たる証拠となる事もあるまい」
「だよな! いやーあの時はヒヤヒヤしたぜ。だがあの犬共、生きて戻って来るとは思わなかったが、やっぱ雑種共の所為か?」
「恐らくな。数はしらんが何人か食われてる間に、残った者だけで逃げて来たんだろう」
「ち、道中、魔獣にでも出くわして死んじまえばいいものを、運のいい奴等だぜ。しかし、ちょっと面倒な事になっちまったな」
「なに、明確な証拠がない以上、傭兵同士のイザコザにギルドがそう深く関わってはくるまい。雑種の証言も証拠になる筈もなし、最悪でも精々が両成敗で警告と罰金程度だろう」
そう呟いたラージロストであったが、ふとルビアの様子を思い出し、顎に手をあて訝し気に表情を顰めた。
「だがあの受付の対応、随分と商会の回復薬に詳しいようだったが・・・商会とギルドの関係は思ったより深いのかもしれんな」
そのラージロストの思い悩む様を目にし、仲間達も記憶を探る様にして口々に情報を吐き出し始めた。
「ケモール商会か。確か最近きな臭い噂の多い所だろ、金や物の流れが色々と怪しすぎるって話だぜ」
「あぁ聞いてるよ。ただで回復薬をばら撒いてるとか、実はただの泥水だったとか。そんな意味分かんねぇ噂が殆どだがよ」
「そんな怪しい商会だったら、ギルドが使う訳ねぇだろ。そんな噂、どうせ商人同士の嫌がらせのデマか何かに決まってるって」
「それがギルドと組んで悪どい事やってるって話もあるんだぜ。三日でダメになる回復薬をギルドが平気で配ってるとこ見ると、どうにも真実味が増して来やがらねぇか?」
「確かに・・・そんな欠陥品に大金を出すなんざ、明らかに裏取引が有るとしか思えねぇな」
品質以上にその価格が激安だと知らない彼等は、商会とギルドの不明瞭な金の流れに眉を顰め始める。
「しかも商会代表のヤマダって奴、あのシャジィルの色だってんだろ。当然ギルド長とも裏で繋がってても不思議はねぇよな」
男達は持ちうる情報を精査し、ケモール商会と傭兵ギルドの不正会計を脳内で思い描くと、冷や汗を滴らせラージロストへ視線を向けた。
「なぁ・・・まさかケモール商会の影響で、俺等に厳しい処分が下るって事はねぇよな?」
「あのボドウィンがCランクを処罰して、ギルドの力を自ら削ぐとは思えないが・・・」
そう言いつつもラージロストは、心に疑念が湧き上がるのを抑えられずにいた。
最近のファストルの街では、色々と不自然な事件が余りにも多く発生し過ぎている。
それは自分の知らない所で、何らかの陰謀が動いて居る可能性を示している様にも思えた。
(もし、傭兵ギルドがケモール商会と組んで大きな企みを企てていた場合―――)
ラージロストの脳裏に、自分を睨み付ける兎耳の雑種の顔が浮かび上がる。
「・・・あの雑種共の所為で、ギルドが俺達を切り捨てる事も有り得る・・・か」
「おい! それって最悪除名処分もありえるって事かよ!」
それは本来ならば有り得ない状況。
相応の証拠と理由が無い以上、ギルドが傭兵達の揉め事に介入する事は有り得ない。
基本不干渉。
それは何よりも単純で分り易い、野蛮で公正な両者の信頼関係の形でもあった。
しかし、それを押してなお、強行する何かがギルドの裏に隠されていたとするならば。
魔物討伐、依頼料10億、死んだCランクの不審な背景、聞こえる治安悪化や不自然なギルドの人事、等々―――――――――
ラージロストの中で、幾つもの単語が浮かび上がりは消えて行くと、彼自身にもギルドがどの様な対応と取るかが未知数となる。
「万が一・・・・・・獣共の言い分を、ギルドが正当な理由として取り上げると厄介だな」
可能性は低い、だがギルドが自分達の排除に動いた場合、大ナタを振るう大義名分を与える事は何よりも避けたい事柄であった。
「どうする!? いっそ犬共を始末した方がいいじゃねぇのか!?」
男が焦った様に声を荒げると、仲間達も次々に言葉を投げつけ会話を繋げる。
「確かに! 今夜中にやっちまえば問題ねぇだろ!」
「しかしアイツ等、金がねぇからってギルドで寝泊りしてやがるんだぞ! 簡単に襲撃出来る状況じゃねぇ」
「なら戻って、街に戻る前に片をつけるか?」
「人目が多すぎる。第一ギルドの職員も一緒に居たんだ、流石に不味いだろ?」
「いや、だからってよぉ―――」
「慌てるな。どの道この討伐依頼が終わるまでギルドも動きようがあるまい。事が終わり何らかの結論が出るまでに、機会はまだ十分残っている筈だ」
余裕を無くし暴走し始める仲間に、ラージロストは落ち着くよう言葉を発して制動を掛ける。
「下手に動くより今日の所は様子を見る。どうせ明日以降も樹海での捜索は続く筈だ」
「た、確かに、焦る必要な無いねぇか。魔物が居る以上、ギルドとしても魔物捜索に手を抜く訳にはいかねぇからな」
「そう言う事だ、多少の制限は付くだろうが、俺達が討伐から外される事はあるまい・・・確かに魔物が追撃を辞めた所為で、クズ共が生き残ったのは予想外だったが結果としては悪くない。また手柄を立てる機会が残ったのだからな」
まだまだ続くであろう討伐を見据え、ラージロストは冷静に正確に、先を見据えた計画を頭で組み上げていく。
「ふん、少々気に入らん状況になりはしたが何も問題などないとも。下らん獣共の処遇は勿論、魔物討伐に於ける功績もまだ手の届く範囲に有るのだ」
そう考えるとある意味、再度魔物が樹海に消えたのも自分達が理を得る為の布石であったとすら思える。
「魔物の情報は手に入れた。あと数日もしない内に、俺達は大金と栄誉を手に入れる事になるだろう」
ラージロストはニヤリとそう呟くと、自信に溢れた瞳でギュッと拳と握り込んだ。
―――それは、討伐終了の知らせにファストルの街が沸き返る、ほんの数時間前の出来事であった。




