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93 激突! 筋肉 対 双頭エビ

前回のあらすじ


強大な敵を前に選択を迫られる少女

進むべき先は、友の想いか己が信念か。


身を切る思いと葛藤の中

苦渋の決断が、いま下される。

 静かに見つめ合う姉妹の様な二人の少女。


 見下ろす姉は、深い悲しみと自責に沈み。


 見上げる妹は、優し気な微笑みと、全てを諦めた透明な眼差しを浮かべている。


「・・・ありが、とう」


 姉へと最後の言葉を残し、コリーはそっと静かに瞳を閉じた。



 これで本当の最悪は免れたと、彼女の目元から一筋の涙が零れ落ちた瞬間―――


「よいしょっと」


 ―――ひょいっと、その体が抱き上げられた。


「え? なに? なに?」


 目を白黒させるコリーの疑問など取り合う事無く、ラネットの細く見える両腕がコリーの背中と膝裏をしっかりと支えて固定する。


「ちょっと跳ねるから舌噛まないでね」


「なんで、どうして? 私、お姫様抱っこされちゃってんだけど!?」


「ん? 逃げるからに決まってるでしょ。一緒に」


「だ、駄目だよ! それじゃ直ぐに追いつかれちゃうよ!」


 コリーは焦った。


 あの魔物相手に、人を抱えた状態で逃げ切れるとは到底思えない。


 それが出来る位なら最初からそうしている、だがあの魔物の足はそんな生易しい物では無いのだ。


 だからこそ、自分達を見捨てて逃げて欲しいと訴えたというのに。


 それが分かって居たからこそラネットも、思い悩んだ末に辛い決断したのでは無いか?


 其れゆえの表情、それゆえの苦悩ではなかったのか?


 頭の中でグルグルと不可解が渦巻く中、この期に及んで自分達を救うために、無謀な賭けに出るラネットへ言葉を荒げる。


「私達はいいの! だから―――」


 だが、自分達を見捨てるよう訴えるその言葉は、激しい振動と揺れる視界によって止められた。


 兎の雑種、ラネットの体がコリーを抱き上げたまま、軽やかに空を飛び上ったのだ。


「な!ななな!?」


 驚愕するコリーの体を急激な加速が襲い、それは落下感となってゾワゾワとして感覚が背中からはい上る。


 そして落下するラネットの足が大地に触れた瞬間、又しても二人の少女は宙へと舞った。


 ―――更にもう一度。


 ホップ、ステップ、ジャンプ。


 たった三度の跳躍で、ラネットは魔物を遠く後方へと置き去りにした。



「じゃーこのまま樹海の外まで駆け抜けるわよ!」


 ラネットは風を切りながら高速で走り出し、同じ様に仲間を抱き上げ並走するメイド達から了承の声が返る。


 彼女達の表情は憤懣やるかたないといった様子ではあったが、動き自体は俊敏そのものだった。


 ふとコリーが、ラネットの肩越しに背後を見やると、鋏を振り振り、必死に魔物が追跡を始めているが、その差は開く一方である。


「な、なんか、私が走るより早いんだけど・・・」


 人一人抱えて尚、普通に自分が走る以上の脚力を見せるメイド達を目にし、彼女の口元も思わず引きつる。


 これならラネットの選択も納得出来るが、あの苦悶に満ちた表情は一体なんだったのか?


 そう首を捻って居ると、眉をハの字に曲げたラネットが口を開いた。


「ごめんね。ほんとならアイツをボッコボコにして、貴方達の仕返をして上げたかったんだけど・・・私達って荒っぽい事は苦手だから」


「あ、そ、そうなんだ・・・」


 生き残るだけで必死だった自分達と、報復に燃えるラネット達。


 お互いの認識の差にようやく気付いたコリーの心に、言い知れぬ気苦労がどっと押し寄せ、適当な相槌を返すだけで精一杯だった。



「・・・私達の頑張りって、なんだったのかなぁ」


 余りにアッサリと窮地を脱した彼女は、先程の絶望との落差を噛み締め、とほほと力無く呟きを漏らす。


「何言ってるのよ、私達が来るまで持ち堪えたのは貴方達の努力の結果よ。あいつ相手に、よく頑張ったわね」


「え、そうかな・・・」


「そうだよ。頑張った子には、帰ったらご褒美上げないとね」


 疾走中でありながら、こつんと器用に額を合わせて来るラネットに対し、コリーは照れた様に視線を逸す。


「・・・子供じゃないし」


 そのまま赤くなった顔を隠す様にラネットの胸元へ頭を押し付けると、揺れる腕の中でその身を任せた。



 全身ボロボロ装備もロスト。


 傭兵の裏切りに依頼の失敗。


 多くを失い進先にも問題が山積みである。



 ―――だが家族が居る、誰一人欠ける事無く家族が居る。


 また一緒に苦労して怒って笑い合える家族が居る、その事実が胸の中をこの上なく暖かくしていく。


「・・・・・・よかった、本当によかった」


 コリーは小さく、しかし感慨深い安堵の吐息を、ほっと一つ吐き出した。


 深くて暗い闇を抜け、少女は漸く身を縛る緊張と恐怖の鎖から解放されたのであった。



 しかし・・・・・・樹海の悪意は底知れず、更なる障害が彼女達の行く手に現れたのである。





「がははははは! やはり俺の勘に狂いは無かったぜ!」


 満を持して現れた、見苦しい筋肉を誇示する大男、その名はゼクス。


 彼は大勢の手下を引き連れて、雑種達が進む山道を塞ぐ様に立ち塞がった。


 カリスマと威厳に溢れるその傭兵は、背後から注がれる部下達の尊敬の念を一身に受け、その体中の筋肉をビクビクと打ち震わせている。


 自信に満ちた面差しと英雄を自負するその上機嫌な男は、足を止めた雑種達へと労いの言葉を投げかける。


「ご苦労だったなカス共、後は俺がケリを付けてやるから感謝しろ! わはははははは!」


「・・・・・・・・・」


 対する雑種達の視線は冷たい。


 行き成り現れた筋肉へと、胡散臭い物を見る様な眼差を投げかける。


 疲労の大きいコリー達でさえ、不快と不愉快さ鬱陶しさの滲んだジト目を、道を塞ぐ障害物へとぶつけていた。



 なんやねんコイツ?


 彼女達の見解は、その一点で一致していたのだ。



「妙な気配を感じてやって来てみりゃ、とんだ大当たりだぜ・・・・・・やはり俺みてぇな出来る男は、もってるもんが違うんだよなぁ」


 自画自賛で悦に入る筋肉に、背後の男達も感心しきりに頷いて見せる。


「旦那が行き成り走り出した時には驚いたが、まさかこんな事になるとは!」


「ホントに流石ですぜ兄貴! マジで来てる、兄貴の時代が来てますぜ!」


「これで魔物を倒しちまえば、もうホンマもんの英雄って奴ですよ!」


 口々に叫ばれる賞賛を受け、ゼクスは増々得意になって胸を反り返した。


「がはははは、そうだろうそうだう! 頭の中で、まるで笛みてーな音が聞こえた気がしたが・・・・・・あれは天からのお告げに違いない。神々が英雄である俺に、魔物を倒せと導きやがったのよ!」



 なんでお前に聞こえてんねん!


 人の身で犬笛に反応した変態に、そう心で突っ込んだラネットは、吹かなきゃ良かったと酸っぱい顔で項垂れた。



 そんな彼女を他所に大分近づいた魔物を見据え、ゼクスの瞳がギラリと光る。


 迫りつつある魔物はその巨体と異様な風体で、見る者を威圧する圧力を放っているが、見ればその甲殻の至る所に傷がついている。


 それは目の前の雑種と、そこに担がれた犬共との戦闘の後だと容易に窺い知れた。


 ・・・ゼクスの口元がニヤリと歪む。


(あの甲羅、見た目程硬くねぇな。こいつ等でも削れるってんなら、俺なら確実にぶっ壊せる!)


 勝算は高いと当たりを付け彼はすぐさま背負った戦斧を手にすると、背後に付き従う仲間達へと号令を下した。


「おめー等! 俺がドキツイのを一発くれてやる! 怯んだ隙に一気に畳み込め!」


「了解しやした!」


 気勢を上げる彼等は冷めた視線で見送るラネット達の横を走り抜け、迫る魔物へと突撃を開始する。


 怯む事無く先陣を駆るはゼクス。


 若くして備えたそのカリスマと、皆を引っ張るその雄姿は、まごう事無き英雄の素質を体現しているようであった。


 彼は駆ける勢いまでも戦斧に乗せて、上から振り下ろされる鋏にカウンターを合わせ迎え撃つ。


「先ずはその邪魔な腕を捥ぎ取ってやるぜ!」


 轟音と唸る風を纏って戦斧が走り――――


 カン!


 ――――そんな乾いた音を立て、全力で振るった戦斧が弾かれ砕けた。


「は?」


 間の抜けた言葉と共に、目の前を砕けた戦斧の破片がユックリと飛び散って行く。


(斧・・・なんで、壊れて?・・・)


 思いもよらぬ結果に硬直したゼクスの思考は、渦巻く疑念に飲み込まれていった。


(硬い? いや、犬や雑種でも削れたんだろ? なんで俺の斧が弾かれ、え? なんで?)


 まるで走馬灯の様な緩慢な時間の中で、そんな疑問がグルグルと脳内を巡る。


(おかしいだろ!? あんなカス共相手にそんなボロボロになってんのに! どうして!? なんでこんな!?)


 そして答えなど出ないまま、彼の体に魔物の鋏が到達する。


「ぐはぁあっ!」


 戦斧を振った反動で直撃こそ免れたものの、巨大な質量を持つ鋏は、掠めただけでゼクスの体を大地へと叩き付けた。


 その衝撃で我に返り、はっと目を見張る彼の視界を埋めつくのは、ワシャワシャと蠢く節足の群れ。


 息を呑む間も有らばこそ、その群れは尻餅を突くゼクスの全身を瞬く間に覆い隠していった。


「ぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」


 上がるは絶叫。


 何れ英雄に成らんとするゼクスが、恥も外部かなぐり捨て、ただひたすらに恐怖と本能から発した魂の叫び。


 それはワシャワシャと蠢く節足に飲み込まれると、あっと言う間に小さいなっていく。


 そして魔物がゼクスの居た地点を通り過ぎる頃には、絶叫もその姿も、彼の存在を示す何もかもが、跡形も無く消え去っていたのだった。



「え?」


 続いてゼクスの後方から駆けていた傭兵達からも、気の抜けた声が漏れる。


 信頼する兄貴分の一撃で体勢を崩す筈の魔物が、勢いを落とす事無く突っ込んで来るのだ。


 しかもその信頼する兄貴分を虫けらの様に踏み潰して。


 在り得ない事態、在り得ない光景に、彼等の脳は意味が分からないとストライキを起こす。


 それ程までにゼクスへ寄せる信頼は大きく、男達の受けた衝撃は大きかった。



 故に彼等もまた、止まる事も避ける事も出来ず、空白となった思考そのままに・・・・・・怒涛の如く押し寄せる歩脚の波に飲み込まれる事になった。


「「「ぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」」」


 漸く我に返り絶叫を上げる傭兵達を、魔物は踏み倒し、圧し潰し、粉々に砕いて攪拌していく。


 時間にして十数秒・・・ゼクスに付き従ったおっさん達の体もまた、畑にすき込まれる肥料の様に土の中にその姿を消していった。



「ギシャシャシャシャーーーー!」


「わー! 予想どおりの展開ーーーー!」


 一切スピードを落とす事無く迫る魔物から、悲鳴を上げてメイド達が逃げ出す。


「分かってたけど、期待とか丸っきりしてなかったけど・・・」


「ついつい、怖い物見たさで見守ってしまった・・・」


「いや、ほんと何しに来んだか、あいつら・・・」


 余裕がある分、うっかり彼等の寸劇を最後まで眺めていた彼女達の口々から様々な不平が漏れる。


 結局、ゼクスに始まり、そのた大勢のおっさん等が消えるまで出来事が、まるで無かったかの様に事態は進み、立ち止まり経緯を見つめていた分だけ距離を詰められたラネット達の逃走が再開された。



 だがその逃走も直ぐに終りを告げる事になった。


 ズガガガガガガガン!


「ギィシャアァァァァァァァ!」


 硬質な物同士が激しくぶつかる騒音と絶叫が響く。


 何事かと振り返るラネットの目に、自分のお尻へ視線を向ける魔物が映る。


 どうやら背後から攻撃を受けた魔物が、相手に対してブンブンと鋏と頭を振り回し、怒りの抗議を活動を行っている様であった。


 土煙の中チラホラ見えるその人影は十人程の集団で、長い槍の様な得物で魔物のお尻を突いているらしい。


 もしや筋肉が復活でもしたのかと、驚きの眼差しを向けるメイド達の前に、魔物の頭上を飛び越え三つの影が姿を現した。



「おや、ラネットじゃないか。こんな所でどうしたんだい?」


 はたして現れたのは不快な筋肉では無く、長い黒髪を翻す馬の雑種、サラフであった。


「サラフ! なんであなた達が後ろから来るのよ?」


「ちょっと人探しをしていたら、擦れ違いになったらしくてね。まぁ結果出会えたからどうでもいいけど」


 サラフはそう言うと、意味有り気な視線を魔物へ向ける。


 その隣では三姉妹の末っ子であるポニーが、あざとい上目使いで小首をかしげ、いまだに背後に残った雑種へと怒りを表す魔物を指さす。


「もしかして、アレってラネットお姉ちゃんの獲物だった? それならポニー達に譲って欲しいんだけどなぁ」


 その、お強請り慣れした仕草に反射的に頷こうとしたラネットだが、はっと目を見張ると逆に姉妹へと詰め寄った。


「それより薬、薬頂戴! この子達、まだ完全には直ってないのよ」


「その子達・・・もしかしてあいつに?」


 次女のウィマーナがコリー達を覗き込み、難しい表情でそう尋ねると、これまた眉根を寄せたラネットが大きく頷きを返す。


「そう言う事。ホントなら私の手で仕返ししたいところだけど・・・」


「これは・・・ヤル理由が又しても増えてしまいましたね」


「お願いね、ボッコボコしてやって」


 薬を受け取りながら物騒な話を交わす様子に、コリーは慌てて悲鳴の様な声をあげた。


「ま、まって! 幾らなんでも無理だよ!」


 彼女達が自分より強い事は十分承知だが、新たに現れたサラフ達も、全部で十人程度の数に過ぎない。


 そんな少数で挑んだ所であの耐久力のお化けが相手なのだ、ジリ貧に陥る事など目に見えて明らかであった。


「まずは一緒に逃げよう! それから応援を集めて、もっと沢山で挑まないとアイツは倒せないよ!」


 そう必死で訴えるコリーだが、サラフは小さく肩を竦めると涼し気な視線を向けてくる。


「案じてくれるの嬉しいが、何も心配は要らないとも。頼りになる味方が後方で控えているからね」


「頼りになる、味方?」


「そう。血に飢えた獣が・・・・・・ざっと百匹ほどね」


 そうニヤリと笑うサラフを目にした途端、コリーの背中にゾクりとした寒気が走る。


「・・・では、吉報をまっていてくれ」


「ラネットの言う事を聞いて、ちゃんとお薬を飲むんですよ」


「じゃーお土産期待しててねー」


 口々にそう言い残し、ざっと踵と返して魔物へと向かう三人の姉妹の背中を見送る頃には。


 コリーの中に、彼女達へと向ける心配など、どこか遠くへ消え失せてしまっていたのであった。

は? シリアス?

何それ何処の食べ物?

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