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92 これもまた、愛のカタチ

前回のあらすじ


家族愛のいいお話。


苛めの現場お母さん目撃

怒髪天が天を突く。

 魔物に打ちのめされ、地面に横たわるコリーは静かに涙を零す。



 突然現れた魔物と対峙する事を強いられた彼女達は、その圧倒的力にひたすら翻弄された。


 倒す事は元より、仲間を連れて逃げる事さえ叶わず、少女達は次々と打ちのめされて行く。


 コリーは霞む意識の中、最後まで抵抗していたボルダナの体が、地面へと強かに叩き付けられる様を目にする。


 それでも尚、必至に手を伸ばし、家族を救わんと足掻き苦しむ姿が、あらん限りの声を発し無様にも喚き立てるボルダナ姿は、愚かしくも有りそれ以上に愛おしかった。


「ボル・・・ダナ・・・」


 自らへと迫る巨大な鋏を前にしても、コリーの脳裏を掠めるのはボルダナへの憐憫。


 残された彼女が目の前で家族を失い、嘆き悲しみ、残された僅かな生を耐えがたい苦痛で終える事が、余りに不憫で・・・ただただ哀しかった。



 コリーは遠からず訪れるであろう、ボルダナの、そして家族達の最後を思い、静かに涙を零すしか出来ず、全てを否定する様にそっと目を閉じた―――その時。


 カーーーーーンッ!


 どこかでやけに軽快な音が響き、びくりと身を震わせた彼女は、はっと目を見開く。


 見上げる視線の先には、まるでフライパンの様な物体が映り込み、その影が視界一杯に広がったかと思うと―――


 ぱかーん!


「あぶぁ!」


 彼女の顔面を、ものの見事に痛打した。


 鼻の奥へと突き抜ける痛みに、瞬く間に意識を覚醒させた彼女はすぐさま周囲を見渡す。


 すると自分を見据えていた筈の魔物の視線が、樹海の一角へと向いている事に気付いた。


 釣られる様にして動いた彼女の瞳へ映り込んだのは、うっそうと茂る樹海の木々と、その隙間に立ち並ぶ幾人ものメイド達。


「う、うそ・・・来て、くれたの・・・」


 コリーが震える声で呟くと、魔物へと指を突き付けていたラネットと視線が絡む。


 彼女はふと優し気に微笑み、慈愛に満ちた視線をコリーへ送ったかと思うと―――鬼の様な形相を浮かべ、殺気に満ちた視線を魔物へぶつけた。


「ひぃ」


 思わず小さな悲鳴を上げるコリーを他所に、ラネットは眼光鋭く雄叫びを上げた。


「しねやっボケーーーー!」


 怒声一喝。


 圧倒的瞬発力を誇るその太腿から生まれたエネルギーが、ラネットの華奢な肢体を爆発的な勢いで中空へと射出する。


 その両足をそろえ飛翔する、48キロドロップキック砲弾は瞬く間に目標との距離を詰めると、キショイ魔獣の眉間へと目にも止まらぬ速さで激突した。


 がつん! ぐき! べしゃり!


「あだーーー! あっ足がー! 足首がーーー!」


「ラ、ラネットーーー!」


 しかしあっさり弾かれ足を挫いたラネットは、地面へと落下しゴロゴロと足首を抱えのたうち回り、コリーの悲痛な叫びが周囲に木霊する。


「だだだだ、大丈夫!? だいじょうぶなの、ラネット!?」


 心配で慌てふためくコリーに応える事もせず、ぎゃーぎゃー言いながらゴロゴロ地面を転がったラネットは、コリーの隣へ移動しスチャっと膝を立てて停止した。


「ふ・・・け、計算通りね」


「・・・凄い痛そうだったけど」


 涙目で不敵に笑うラネットはコリーの突っ込みを華麗に流すと、無言で回復薬を取り出した。


「取り合えずこれ飲んで」


「むぐ! んぐんぐ・・・」


 動けないコリーに代わり、ラネットが口内に容器を突っ込むと、独特な臭みを持った液体が口いっぱいに広がっていく。


 目を白黒させながらその全てを飲み干したコリーは、全身から痛みが引いて行く事がはっきりと実感できた。


 体力の消耗が激しく未だに手足に力が入らないが、たった一本の回復薬で大方の怪我は治療できたようである。


「ぷは、相変わらず凄い効き目だね。臭いけど」


「残念だけど手持ちはこれで終わり、動ける様になるまで暫くじっとしててね」


 言われた周囲を見渡すと、他の仲間もメイド達の手当てを受けているが、全快に到って居る者は見当たらない。


 本来ラネット達が所持する回復薬の量なら、全員を快癒させて余り有るのだが、そこはそれ。


 コリー達へと物資を運んだ際、飴玉を配る感覚で所持していた回復薬をポイポイ分け与えた結果だったりする。


 そしてその回復薬は現在、その他の薬品と共にラージロストとか言う傭兵が絶賛窃盗中である。



「あぁ鼻血まで出して・・・女子の顔をぶつなんて、ほんと許すまじだわ、あのクサレキショ虫め! 安心して、私達がしっかり敵を取ってあげるからね」


「え、あぁ・・・はい」


 鼻血はそこの落下物の所為なんですけど・・・・・・とも言えず、傍らに落ちていたフライパンを横目で見ると、ラネットの手がその凶器をムンズと掴む。


「じゃ、休んでる間に、あのゴミを片付けて来るから」


 そう言い残し、ラネットの体は宙へと舞った。





 メイド服に身を包んだウサ耳達は地面を駆けたと思えば、魔物の鋏が届かない程の高さの跳躍を行い攻撃をスルスル躱す。


 更にはお互いの体を足場に、迫る魔の手を空中で軌道を変える事で回避して見せる。


 ―――魔物の鋏は鋭く速い。


 だがそれ以上に巧みな兎乱舞が縦横無尽に飛び交い、その巨体を翻弄し傷付けていく。



「ほらほら、スキルで塩コショウの味付けをして上げるわよ!」


「こっちは遠赤外線よ、中身までしっかり煮込んじゃうからね!」


「え、えと、じゃ私は皮むきスキルでいっちゃいます」


「ギシャー! シャシャシャーーー!」


 良く分からないスキルと、精錬鋼のフライパンが、鍋が、強固な甲殻に無数のひび割れを刻む。


 無駄に高価な調理器具がここに来て真価を発揮し、場違いながらその存在意義を輝かせていく。


 だが所詮調理器具、一見すると相応のダメージを与えているように見えて、その実損害は軽微。


 傷はあくまで表面上の事で、その下に分厚い装甲が今だ健在で有る事は、打ち付けた手応えからも感じられた。


「攻撃が通るのは、表面の薄皮程度・・・・・・つまりは、せいぜい擦り傷って事ね」


 振るったフライパンに返る衝撃に顔を顰め、ラネットは呻く様に呟く。


「こいつ、硬すぎる! 私のお鍋がへこんできちゃったー!」


「ウチのお玉は、とっくに折れてんですけど」


「わ、私のスキルあく抜きが効いてない!?」


「もーこんなの、どう料理すればいいんですかー!」


 周囲を飛び交う兎達からも、苦戦からの弱音が聞こえて来る。


 見ると彼女が手にするフライパンも、心なしか歪んで来ている気がする。


「そう・・・コイツが、タイアーが言っていたキショイ魔獣ね」


 硬い、キショイ、ムカつく、その共通点からラネットはそう当たりをつけた。


 戦闘特化の彼女達が退いた相手と成れば、一筋縄で行かない事にも頷ける。



「仕方ないわね」


 ラネットはそう呟くと、懐から小さな笛を取り出し思いっきり息を吹き込んだ。


 途端にふぃ~と気の抜けた音色が漏れ聞こえる。


 それは樹海の広さに対し、余りにか細く力無い音量であったが、その実、ケモ耳を持つ者にとっては響き渡る様な音色を届ける。


 笛が生み出す響きに合わせ、ウサ耳や犬耳がピクピクと震え反応を示す。


 これこそが、街の衛兵さんや他の傭兵達に配慮し作り出した犬笛であった。


 それから発せられる、常人には聞き取れない波長の波は瞬く間に樹海を駆け抜け、広範囲で活動する仲間達への狼煙となる。


 一部の聞き取れる部外者への迷惑は考慮されていないが、広く素早く、その呼び声は周囲の木々の奥深くへと流れ込んで行った。



 ・・・笛を鳴らすこと暫し、返る返信は聞こえない。


 その事実に、範囲内に仲間が居ない事を察したラネットは、小さくその表情を曇らせた。


「援軍はなしっと・・・ちょっと手古摺りそうね」


 溜息と共に吐き出されて言葉にも、どこか困った様な響きが籠る。


「なら・・・少しばかり頑張ってぶっ飛ばさないとね!」


 だがその戦意に衰えは無く、子供を苛めた憎っくき敵を懲らしめんと全身からヤル気を迸らせる。


 メイド達の母性回路は、本日もギュンギュンに全力稼働しているのであった。





「ど、どうしよう・・・」


 コリーは魔物を取り囲み奮闘を続けるラネット達を見上げ、苦し気な表情でそう呟く。


 ラネット達が救援に駆けつけた当初は救われた気持ちでいたものの、正直状況は宜しくない。


 あらからの傷は癒えたが、未だにこの身は満身創痍。


 自力で逃げる処か、立ち上がる事する難しい程に体力も消耗している。


 下手に動いて魔物の注意を引いては、返って足手纏いとじっと体を休めているが、事態の好転は訪れない。



 自分達、碌に動けない面子、八人に対して駆け付けた援軍は十人。


 この状況で、全員が無事に逃げおおせる手立てなど有るのだろうか?


 仮にラネット達に動けない自分達を運んでもらうとしても、当然その速度は大きく減じ、そのままでは容易く魔物の餌食になってしまうだけだろう。


 どうしても魔物を足止めし、危険に直面する人員が必要になるが、それでは先程と何も変わらない。


 足手纏いが居る以上、いや例えいなかったとしても、あの魔物から犠牲無しで逃げ切る事自体が困難な作業なのだ。


 コリーが見つめる先、魔物の周囲を飛び跳ね、懸命にその注意を引き付けるラネットの姿が先程の自分達と重って見える。


 今は危なげなく魔物を牽制して居る彼女達だが、いずれ疲労と言う避けられない枷が積み重なっていく。


 そうなれば訪れるは末路は結局一つなのだ・・・・・・。


「・・・このままじゃ、ラネット達まで」


 最悪を予感し、青褪めた顔で思考を回すコリーの下に、額に汗を浮かべたラネットが着地した。


「ふぅ、ほんと硬いわね、あのキショ虫。あんなの絶対不味いに決まってるわ」


 ゆっくり息を整える彼女の足を、意を決したコリーがぎゅっと握り絞める。


「ラネット・・・もう無理だよ・・・」


「え?」


 驚いた様に此方を見下ろすラネットを、コリーは真剣な表情で見つめ返す。


「お願い、逃げて、このままじゃ・・・みんな死んじゃう・・・」


 ここで、全員が死ぬ必要なんて有りはしない。


 今取り得る最善の答えなど、最初っから一つしか無かったのだ。



 ラネットは始めポカンとした表情を浮かべていたが、コリーの言葉の意味を理解すると慌てて狼狽え始める。


「な、なに言ってるのよ、これからじゃない! あんな奴、すぐにボコボコにしてみせるわ」


「いいの・・・もういいの・・・十分だから、にげて・・・」


「駄目よそんな! アイツは、貴方達を・・・・・・くっ、大事な事を放り出して逃げるなんて、私には出来ないわよ!」


「私達の事はいいの・・・これ以上、危険な事はして欲しくない・・・おねがい、だから・・・」


「そんな・・・貴方はそれでいいの? 私は・・・・・・嫌よ!」


 案の定ラネットは、コリー達を見捨てられ無いと、激しく首を振て拒否を示す。


 コリーにもその気持ちは痛い程良く分かる。


 現にそれが出来ずに自分達は、ここで命を落とす事になるのだから。


 だがしかし・・・或いはだからこそ、コリーはありったけの想いを込めてラネットへ訴える。


 見捨てて欲しいと懇願する。


「おねがい・・・おねがい、だから・・・逃げて・・・」


 ボロボロと涙を流し、自分と、それ以上に大切な家族の命を諦める。


 振るえる声で、震える指先で思いを伝える。


「逃げて・・・ください・・・」


「コリー・・・」



 ―――果たして、その願いは確かに届いた。


 ラネットは血が滲むほど拳を握りしめ、ギリギリと歯を食いしばると、彼女は意を決して仲間達を振り仰ぐ。


「みんな! 撤退するわよ!」


 ウサ耳達から息を呑む気配が伝わり、全員の目が信じられないと見開かれる。


 在り得ない!考え直せ!


 そう訴える意思が、突き刺さる視線から容易にうかがえる。


 中には怒りを露わにし、怒気を含んだ瞳を向ける者さえ現れる。


「これは、決定事項よ! 全員樹海の外へ退避するわ!」


 だがラネットはその全てを打ち払い、血を吐く思いで指示を飛ばすと、悲壮な覚悟を目に宿し、動けないコリーの姿を瞳に映した。


「ごめんね・・・」


 全てを手にする事など所詮絵空事。


 ならば大事なものを守る為、彼女は心を殺し現実を受け入れた・・・。



 コリーはラネットのじっと見下ろす視線からは、申し訳無さと詫びる様な感情が、痛い程伝わって来るのを感じていた。


 仲間を見捨てられなかったコリー達の判断が、愛ゆえの決断であったように、非情な決断を下したラネットの判断も又、愛ゆえの結果であった・・・・・・ラネットはコリー達の心を救ったのだ。



「ありが、とう・・・」


 そう呟いたコリーの言葉は、とても穏やかで、どこまでも優しかった。

温暖化の所為か台風がやばい。

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