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89 孫とジジイ

前回のあらすじ


山田は集られ

ボドウィンは疲れる

そして雑種達は今日も元気

 表通りに程近い閑静な一角に、その工房はあった。


 腕はいいが偏屈な性格と、年寄り特有の気難しさで客を選びまくる隠れた名工、ブラストス。


 いや、時代に取り残された堅物と言った方がいい、そんな頑固ジジイが営む小さな工房が。



 一見すると物置の入り口にも見える、頑丈そうな扉が勢いよく開き、頭を押さえた傭兵らしい若者が転る様に飛び出してくる。


「くそっ金槌で殴るとかボケてんのかじじぃ!」


「うるさいわい! 未熟な若造に精錬鋼の剣なんぞ三十年早い! 棍棒でも持って修行してこんか!」


「なんつー店だ、昔は一流だったか知んねーが、そんなんだから客が来ねーんだよ!」


「つべこべ言わず、どっかいかんか! さもないと次は、その粗末な息子を叩き潰すぞ!」


「はっ! もう二度と来ねーよ、くそが!」


 金槌を振り上げジジイが凄むと、傭兵は悪態を吐きつつ走り去っていった。


「ふん、最近はつまらん客ばかりしか来やせん。儂の工房に、ちゃらちゃらした格好で来るんじゃないわい」


 年寄りの嫌う、今時の若者を代表する様な、見栄えのいいだけの装いの傭兵を追い払い、ジジイは開け放たれた扉をバタンと乱暴に閉じた。


「樹海のなんたるも知らん若造が、ここを子供の遊び場と勘違いしおって」


 鼻息も荒く、ジジイは憤慨したままに言い放つ。



 ここは命を懸けて戦う戦士が、己が決意を委ねるに値する力を手にする、神聖な鉄火場。


 一般人は元より、戦う気概と姿勢を示せぬ者に、その立ち入りが許される事など一切無い。


 普段着にヘラヘラとした表情で足を踏み入れた先程の男は、正しく招かざる客として、追い出されて当然の結果と言えるだろう。



「忙しい時に下らん事で邪魔をしおって」


 そうジジイが肩を怒らせていると、閉めたばかりの扉が、先程以上の乱暴さで押し開けられる。


 バッターーーン!


 扉は勢いよくスイングすると、取り付けられた壁面を強かに叩き、盛大なる騒音とジジイの額に青筋を生み出した。


「なんじゃ! 最近の傭兵は、扉の開け方すら知らんのか!」


 くわっと目を見開き、険しい表情を向けるジジイの視界に、雑種に有るまじき巨体を誇る、獅子の子イオンが姿を見せた。


「こんにちわー。お爺ちゃん、いま時間とか大丈夫?」


 傭兵どころか、お洒落を楽しむ女の子然とした可愛らしい衣装に身を包み、ニコニコと緊張感の無い笑顔で工房へと足を踏み入れるイオン。


 更にその背後からは、続々と工房に似つかわしくない身なりの少女達が雪崩れ込んで来る。


「ちーす、おじゃましまっす」


「おじいちゃん生きてる? また鍛冶りに来たよ」


「差し入れにお菓子持って来たから、お茶入れてー」



 その騒がしい来客を認め、ジジイは目の色を変え口を開いた。


「おぉ嬢ちゃん達じゃったか、ちょうど暇しておった所でのう。ささ、中へ入るがええ、直ぐにお茶を出すでの」


 途端に好々爺へと転じたジジイは、笑顔で彼女達を快く迎えると、いそいそとお茶の準備に取り掛かるのだった。





 工房内のそこかしこで、勝手気ままに持ち込んだオヤツと、出されたお茶をすする雑種達とジジイ。


「今日はまた随分と小綺麗な恰好じゃが、ちと鍛冶には不向きでは無いかの? 火花で焦げては、ちと勿体とおもうが」


「これも一応作業着なんだって、燃えない布で作ってあるから燃えない・・・らしいよ」


「ほう、また面白い物を拵えたもんじゃの」


「これお世話になってるお爺ちゃんへのお土産、燃えない手袋だってさ」


「おぉこれはすまんのぅ。まぁお主等の力に世話になって居るのは儂の方なんじゃがな」


 手渡された手袋を受け取り、ジジイは困った様に己の顎を撫で擦った。





 若き頃から才能に溢れた鍛冶師であったブラストスは、老齢を前に王都で最も優れた名工と謳われる様になっていた。


 しかしその名が知れ渡り、周囲からの評価が高まるにつれ、彼は自らの生き様に強り疑念を持つようなる。



「質は問わぬ、早急に騎士団に配る剣を鍛え献上せよ」


 そう命じる貴族の言葉。


「一振り作るのに時間を掛け過ぎですぞ。どうせ値段は変わらないのですから、適当に数を揃えればいいのですよ」


 本質を置き去りに、結果のみを求める商人達。


 どちらもブラストスの名声だけを欲する、上っ面だけの建前でしかなかった。



 最後に納得に行く仕事をしたのは、何時以来であろうか?


 本当に自分が培ってきた、鍛冶師の技能が必要とされているのか?


 そもそもこの名声すら、彼等の作り上げた都合のいいお飾りなのではないか?


 思い悩んだ彼は、下らん貴族の要求や儲ける事だけを考えた商人の注文に嫌気がさし、自身の信念に恥じぬ槌を振るう道を選んだ。



 ・・・・・・だが結果は散々なものだった。


 貴族からは嫌がらせの圧力を掛けられ、商人達は鉄片一つ流さない様になった。


 どれだけ腕が良かろうと、鉄を打つための炉と材料そものが無ければ、鍛冶師に出来る事など何も有りはしなかった。


 結局ブラストスは全てに嫌気がさし、王都を離れこのような辺境ともいえる地にて、気に入った傭兵の個人的な依頼を受けるだけの生活へと落ちぶれた。



 そんな鍛冶師として燻った様な日々を過ごす事、幾数年。


 彼は山田と名乗る男と出会い、一つの依頼を持ち掛けられる事になる。



 高価な素材と引き換えの、雑種達への技術指南。



 初めは素材欲しさに渋々受けた話だが、雑種達の能力、特に何人かが保持する鍛冶に有益なスキルを目にし、嘗ての名工ブラストスの心の炉に、赤々とした炎が再び燃え上り始めた。


 この環境なら、またもう一度、己の道を歩き出せるのではないかと。


 何より非凡な才能を示す彼女達が、持ち込まれる素材の数々が、ブラストスの中に寝る鍛冶魂を刺激せずにはいられなかった。


「今なら、ここなら。儂はかつて辿り付けなかった、本懐へと至れるのではないか!」


 そう思い立ったブラストスは、話しを持ちかけた山田が引くほど熱心に、雑種達への指導の継続を申し出たのだった。



「運命とは正に数奇な物よの。挫折の果てに流れ着いた地で、目指す理想への足掛かりを得ようとは・・・」


 そんな事をしみじみと思いながら、雑種達と共にオヤツを齧るブラストスは、見渡す視界の中に見知った顔が幾つか無い事に気付いた。


「なんじゃ、今日はタイアーとシープアちゃんは居らんのか?」


 火と風を使う二人が居ると何かと捗るのにと、残念そうに眉根を寄せるジジイに、イオンはその肩を小さく竦める。


「あの二人ならリベンジだって息巻いて、お爺ちゃんと作った装備を持って樹海へ殴り込みに行ってるよ」


「あぁ、例のやたら硬い魔獣って奴じゃな。精錬鋼の武器は、そ奴に挑む為のものじゃったか」


 先日まで鍛えていた「兎に角硬い武器」という、なんとも雑な要望で作り続けた得物の数々。


 ジジイがその用途に合点が行くと、イオンからはウンウンと頷きが返る。


「なーんか前にボコられた所為か、みんなやたら殺意が高くってさ。絶対見つけてヤッてやるって鼻息荒くしてるんだよねー」


「イオンちゃんもやられたんじゃろ、ほっといてええんか?」


「あたしは別にいいや、樹海ってお肌荒れちゃうからあんまり好きじゃないんだよねぇ」



 そう零したイオンはシミ一つない無い、逞しく引き締まったその腕をそっと撫でる。


「やっぱ、あたしみたいなか弱い女の子が、魔獣相手に腕っぷしを振るうなんて似合わないもんね」


「ほほほ、確かにそうじゃの。イオンちゃんの腕は、鍛冶をする為の腕じゃからのぅ」


「師匠と修行する為の腕に決まってるでしょ。それよりこれ、余ったからリースが持ってけだってさ」


 大事に胸元に抱えて来たオヤツと違い、ぞんざいに腰からぶら下げた革袋を手に取ると、イオンはその中身をテーブルの上にガラガラとひっくり返した。


 すると姿を現したのは、玉石混交となった大量の素材達。


 その大量に積まれた素材の山から、透き通るような青さを放つ一つの宝石が、その丸みを活かしてコロコロとテーブルの上を転がって行く。


「おぉっと危ない危ない・・・ほぅ、これは青水晶の玉か。それにお約束の様に大物の魔核がゴロゴロと・・・相変わらず高価な素材を、当たり前の様に持ち歩いとるのう」


 ブラストスはテーブルから落ちそうな素材を拾いあげ、その価値に感心すると共に、それらを石ころの様に扱うイオンの姿に何とも言えない溜息を零す。


「これだけの物を抱え取ると知られれば、町中の盗人共から襲われ兼ねんと言うに・・・・・・なんとも剛毅な事じゃ」


 そんな呟きも雑種達にとってはどうでもいい事らしく、ジジイの目に前に素材を放り出したイオン達は、メイド達が作ったお菓子に舌鼓を打ち続けるのだった。





 結局持って来た手土産の大半を、自分達で消費した彼女達は、腹ごなしとばかりに鍛冶作業に取り掛かる。


「よーし、今日は水に浮く鉄でも打って見ようかな」


「は、何それ!? 出来んのそんなの?」


「知らない。でもヤマダが言ってたから、出来るんじゃない?」


「あーでもヤマダって、偶にポンコツだからねぇ」


「まぁ錆びない鉄は出来たんだし、やってみればいいじゃないの。ダメ元で」


「だね、ダメ元でやってみようか」


 ダメ元。それはケモール商会の基本方針である。


 こうして軽い感じで方針を決めた雑種達、勝手知ったる工房内を自由に歩き回ると、好き勝手に道具を拝借しては、好き勝手に作業を始めだした。



「ありゃ、全然素材が馴染まない。おじいちゃん、これって何が悪いの?」


「どれどれ・・・ふむ、二つの素材の温度に差が有り過ぎるのぅ。両方同じ時間加熱するでは無く、素材に合わせた加熱時間を考慮せんとな」


「おぉなる程、この色になるまで熱くしないと駄目なんだ」


「そのうち見て分かる様になるじゃろ、慣れじゃよ慣れ」


 呼ばれたジジイは合金に挑む雑種の質問に、素材を再加熱してその違いを丁寧に教えて込む。



「じっちゃん! なんか変な煙が出てんだけどぉおおお!」


「ほう、こりゃやっちまったのぅ。並みの鋼材に上位素材なぞ掛け合わせたら、そりゃ鋼材自体が持たんわい」


「そんなん初見殺しじゃん、耐えられるとかどうやって見分けんのよ!?」


「ほほほ、何度でも失敗して覚えるがえぇ、それ自体お主の経験となり糧となろう」


 本来であれば素材を無駄にした弟子に、金槌の制裁が下るところだが、ジジイは笑みさえ浮かべ雑種の頭を撫でる。


 完全に孫を可愛がる祖父の立ち位置に落ち着いたジジイは、昔を知る者が見れば顔を青褪めさせるほどの穏やかさで、雑種達に指導を続けていた。



「お爺ちゃん、精錬鋼って大分減っちゃったみたいだから、また作ったほうがいいよね?」


「その方がいいじゃろ、今後もお主等用に、たんと必要になるじゃろうからのう・・・でじゃイオンちゃん、今日はこいつを使って鍛錬してみてくれんか」


「ん、何時もよりでっかいトンカチだね・・・・・・私に持てるかなぁ」


 そう不安そうに零したイオンは、百キロは有りそうな無骨な金槌を片手で握ると、ひょういっと目線の高さまで持ち上げた。


「あ、思ってたより軽いんだね。これなら何とかなりそうかな」


 何とかと言いながら、ブンブンと金槌を素振るその姿に、ジジイは嬉しそうに何度も頷く。


「ほぅ、熊族が使う金槌でも大型なものなんじゃが・・・・・・流石はイオンちゃんじゃ、将来儂の後を次ぐだけの事はあるわい」


「継がないよ、私は一生師匠の傍で修行するんだから」


「いや、そんな事言わずに・・・老い先短いおいぼれの切なる願いなんじゃよ」


 哀しそうに眉をしならせたジジイは、同情を集める様に周囲の雑種達へと視線を向ける。


「皆もお願い出来んかのう。ココを任せらるのは、もうお主等しか居らんのじゃ・・・うぅぅ」


 今現在、その腕を欲しがる工房や商会は多いが、そんな事はおくびにも出さず。


 哀れな老人を装うそのブラストスは、出てもいない涙をそっと拭った。


「あ、ウチらも無理だから。ヤマダの面倒見なくっちゃだし」


「ヤマダって隙が多いから、私ら見たいなのがしっかり支えてやらないとさ」


「そうそう、直ぐに騙されて路頭に迷いそうなんだよねぇ」


 そう、やれやれと肩を竦めつつも楽しそうに話す雑種達に、ジジイの舌打ちが人知れず落ちる。


「ちっ・・・・・・こりゃ、ヤマダの方を何とかせんといかんかのぅ」



 ブラストスは山田に感謝をしつつも、目の前の弟子兼後継者に関しては、一切の妥協を許す積りは無かった。


(くくく、儂の持つ全てを教え込み、この娘を最強の鍛冶師に育て上げてみせるわい)


 ゴイン!ゴイン!と鋼材を叩く、イオンのダイナミックな振り下ろしを見つめ、こ奴なら世界を狙える!


 そう思いを新たにしたジジイは、あらゆる手段を用いて、事の成就を成し遂げる所存であった。



「いい調子じゃイオンちゃん、このまま魔力注入の方の試してみようかの」


「もー獅子浸透勁だってば」


「おーそうじゃった、そうじゃった。そいつがあれば、新たな鋼材の錬成が可能な筈じゃ、それも魔力を秘めたとびっきりのな」


「ほんと! じゃーヤマダも喜ぶかな?」


「そりゃ喜ぶわい、なにせ神器と呼ばれる国宝に並ぶ、いや、それを超える程の逸品になり兼ねんのじゃからのう」


「よーーーーし、ならガンガン魔力送っちゃうよー!」


「ほほほ、その意気じゃ、その意気じゃ」



 こうして嘗ての名工は、潤沢な資源と雑種達という優秀な助手、希少なスキルをふんだんに使い、嘗て作り得なかった程の業物を次々と生み出していく。


 将来の後継者候補にせがまれるままに、或いは孫に甘いジジイの様に。


 乞われるまま、幾つも、幾つも、際限など無いとばかりに・・・

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