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88 なんなんアイツ

前回のあらすじ


飴と鞭、教育にはバランスが大事

ウィンクル家では鞭が多め

山田家では飴しか出ない


どっちも不適切。

「じゃーヤマダ、お仕事にいってくるね!」


 Cランク傭兵コリーと仲間達、計四人はケモール商会の朝食で胃袋を満たすと、お土産を抱え残りのメンバーが待つ樹海へ向けて駆け出した。


 本来なら討伐中は樹海近くの平原で野営を行うところ、彼女達は当番制で商会でのお泊りを敢行しており、毎日メンバーを入れ替えては快適な工房暮らしを堪能していた。


 今日の配給も宜しくとの言葉を残し、工房から飛び出していった揺れる犬しっぽ達。


 その後姿を朝食を取りながら見送った山田の隣に、おおきな肉塊を揺らす牛族の傭兵がどかりと腰を落とす。


「やれやれ、すっかり居座られちまったねぇ。犬族ってのは甘い顔を見せるとグイグイ来るから、帰れってハッキリ言ってやらないとトコトン入り込んじまうよ」



 もう言ったわ。


 そんな突っ込みを心で放ち、山田は串肉をワイルドに噛み千切るシャジィルへと視線を向ける。


 山田より頭一つ高いこの姉御、コリーと同じく樹海での依頼に従事する身で在りながら、ほぼ毎日工房へと集りに来ては自宅の様に寛ぎ、飯・酒・寝床と好き勝手に要求してくる。


 当然そのしわ寄せが彼女のパーティーメンバーへ行っているのだが、良くも悪くもシャジィルの持つ人望故に、一言の不満すら上がる事は無かった。


 そんな彼女の口元に呆れた様な笑みが浮かんでいる。


「まったく、少しは遠慮ってもんを覚えりゃいいのにさ。なぁヤマダ」


「・・・・・・」



 お前が言うな。


 その突っ込みは、やはり心の中でのみ放たれた。





 溜息を一つ落とした山田が朝食を終え、出かける準備をする為にその場を後にすると、入れ替わる様にウルカが駆けつける。


「これ、ウルカが作った! 持ってけシャジィル」


 持ってけ持ってけと両手で掲げて見せる鞄には、ちょぽちゃぽと音を立てる酒瓶の頭がいくつも覗いている


「ありがとよ。でもこれから樹海にって奴に、酒なんか持たせるかねぇ」


「中身は強化薬、でっかいシャジィル用にでっかい瓶に入れといた!」


 何がとは言わないが、大きな体積を持つ彼女の為に、ウルカは酒用の容器に強化薬を詰めるという荒業を披露したのだ。


「沢山飲んだら、沢山強くなれるぞ」


「あはははは、そうかいそうかい、なら有り難く貰っておくよ」


 通常の五倍は有りそうな強化薬数本を受け取ったシャジィルは、笑顔を向けるウルカの頭をグリグリと乱暴にな撫でつけると、その酒瓶を自らの懐にしまい込んだ。



 ―――ウルカ特性強化薬に秘められた、驚くべき効果を知る事も無く。







「それでは物資の配達に行ってくる、土産を楽しみに待っていてくれ」


「無理はするなよ。いざとなれば、全部捨てて戻ってくればいいからな」


 そう言うと山田は、傭兵達へ届ける荷物を担いだサラフ達、百人程の雑種が通りへ向かう後ろ姿を、心配そうな表情で見送った。


 討伐依頼が始まって以来、こうして雑種達が単独で樹海へ向かう日が増えた。


 山田が頻繁にギルドへと出向く必要が増え、更には樹海での物資の運送をも鑑みた皆が、山田の負担を軽くする為に提案したのだ。



「駄目だ。俺の目の黒いうちは、そんな危険な事は決して認められない」


 などと当初は断言した山田だったが、哀しそうに項垂れた彼女達を目にし瞬間、この男は考えを翻した。


「や、やっぱりみんなも随分強くなったし、大勢で助け合えば大丈夫か。たぶん安全第一で行動するなら、いいんじゃないか。うん」


 子供達から放たれる、ありもしない圧にアッサリ屈した山田。


 立派な保護者を目指し、NOと言える厳しい父親像を目指すと言いながらも、その勝率は未だ0割を保ちつつある。


 娘達を悲しませる、更に本音を言えば、娘達に嫌われる位なら甘々なお父さんでもいいじゃないかと、山田の決意は常にぶれまくっているのだ。



 そんな子供を叱れない代表の様な男は、五十人ほどに減り、超賑やかから普通に賑やかになった工房を軽く見渡し、特に問題が無いことを確認するとポツリと零す。


「さて、少し散策にでも行ってみるか・・・・・・主に筋肉がいる方面に」


 数日経ち、ほとぼりも冷めただろうと、ゼクスとのお話合いの為に樹海へ向かう事にする山田。


 姉狐フォリィとの約束はどうなるのか?


 山田的には樹海を歩いていたら偶然出会って、偶々揉めるだけなのでセーフだと考えている。


 と言うかその体で誤魔化そうとしている。


 子供との約束を守らない碌でも無い父親だが、親というのは何時の世もずっこい生き物なのであった。







 傭兵ギルド、その運営を司る十数名の幹部達は大きな会議室に集い、ハゲた山賊の様な強面を持つギルド長の様子をつぶさに見つめていた。


 その注目の中、ボドウィンが手にした書類を会議用の大きなテーブルに戻すと、それを見守る多くの幹部達に緊張が走る。


「・・・いいだろう、当面はこの方針に沿って予定を進めよう」


 その一言で、会議室にはホッとした様な緩やかな雰囲気が広がった。


 四時間に及ぶ重苦しい話し合いが一応の落着を得た事で、疲労感を抱えつつも居並ぶ幹部達は、漸く肩から力を抜く事が出来た。


 無論、彼等の仕事はこれで終わりでは無い、これから各部署に戻り、計画に基づいて部下達を扱き使う仕事が待って居るのだ。


 それでもギルド長に扱き使われる段階を脱し事は、彼等から重荷を取り除き、幾分和らいだ表情で会議室を後にする事を可能としていた。



 書類を手に次々と退出していく幹部達、だがその背中を見送るボドウィンの表情は、今なお険しい。


 討伐隊が樹海に陣を敷いて一週間、未だに魔物発見の報は無い。


 元々、討伐と言えば街の近郊や街道といった、樹海外での仕事が一般的である。


 広い樹海で特定の獲物を見つけるなど困難を極め、半ば運に頼った正確性に欠ける作業。


 しかも今回の魔物討伐は、目標の詳しい生態など知る由も無い、正に手探りと言っていい程の苦行にも等しかった。


 それを人海戦術での捜索で何とかしようとしているのだ、様々問題が噴出しても不思議では無い。


 現に問題は山済みと成りつつあった。



「はぁ、なんでこうも面倒が重なるのだ・・・いい加減、勘弁してくれ」


「随分お疲れのようですね」


 誰も居ないと思った会議室に、聞きなれた男の声で返事が返ると、ボドウィンは驚いた様に視線を上げた。


「・・・なんだ、もう戻って来たのか」


 視線の先、思いの外近い位置に痩身のギルド職員、カーターズが書類を抱えて立っていた。


「まさか気付いていないとは思いませんでしたが、お陰で珍しいものが聞けました」


「ち、部下に弱音を聞かれるとはな、俺も耄碌したもんだぜ」


 どこかバツが悪るそうに言い捨てるボドウィンに、カーターズは小さく苦笑を浮かべる。


「それだけ参っていると言う事なんでしょう、最近の忙しさは異常ですからね」


 そして彼は困った様に表情を顰めると言葉を続ける。


「更に言えば追放した職員達の穴埋めが未だ出来ていません、その分は私とギルド長で手当てしなければ」


「・・・・・・くそ。こんな事になるなら、もう少し泳がせておくべきだった。あと、追放では無い、左遷だ」


「これは失言でした」


 カーターズは肩を竦めると、手にした書類の束をボドウィンの目の前に積み上げる。


「ギルド長の判断が必要な分です、資料は揃っておりますのでご検討下さい」


「くそ、また暫くはギルド籠りかよ」


 示された書類の山をぺらぺらと数枚めくり、嫌そうに眼を細めるボドウィンだが、これでもカーターズのお陰で大分量が減っているだろう事は理解している。


 ―――理解しているが、それと目の前の仕事の山に対する、ふつふつと湧き出る憤懣は別物であった。


「まったく、一つ片付けばまた一つとよぉ。問題が多すぎて全部が拙速になっちまう」



 拙速。正に今の状況を示す相応しい言葉であった。


 余りに急な討伐の依頼、しかし依頼主が侯爵となれば、その意向が何よりも優先される。


 騎士団の出立に合わせ全てを執り行う必要があり、結果、周囲への根回しをする間も無く事は動き始めた。


 これで全てが上手く回れば奇跡であったが、当然奇跡など起こる筈も無く、様々な弊害が具現化していく。



 傭兵達は互いにいがみ合い、商人共は物資を出し渋る。


 稚拙な計画は実を結ばず、関わる人員への負担は日に日に増え、不満と不安は留まる事を知らない。


 オマケに騎士団が手癖の悪さを発揮し、依頼の遂行に水を差してくる始末である。



「くくく、これで円満に解決させようと思えば、神様の気まぐれにでも縋すしかないな」


 そう自虐的に唇を歪めるボドウィンに、カーターズの表情も苦い物へと変わる。


「騎士団の件が大事に成らなかったのは幸いでしたが、対策の方はお済で?」


「あぁ既に何人か人をやって騎士団の樹海へと立ち入りを監視させている。向こうも騒ぎにしたくないのだろう、今は大人しく野営地で訓練三昧だそうだ」


「それは結構ですね、当面の間は静かにして貰えそうで何よりです」


「あぁ、奴等も流石にこれ以上の問題は起こさんだろう・・・・・・問題はこちら側にある」


「例のバラフィさんからの要請ですか」


 カーターズのその質問に、ボドウィンは皺の寄った眉間を指先で揉み解す。


「あいつ等・・・突然ヤマダと組ませろ等と言い出しやがって。自分達の影響力を少しは考えろ」


「彼女達程の注目を集めるパーティーが熱望するとなれば、山田への関心は今以上に高くなるでしょうね・・・・・・色々な意味で」


「そう言う事だ。今迄の悪目立ちだけでは済まん、純粋にヤマダの素性を探る者も出てくるだろう。当然それに絡む揉め事も出てくる筈だ」


「しかし、このタイミングでそんな事を言い出すとは・・・やはり騎士団の件、彼も一枚噛んでいると言う事なのでしょうか」


「・・・だろうな。あのパーティーは実質、バラフィと妹の二人が戦力の大半を担っている。どう上手く立ち回った所で、メンバーを守りながら騎士共を退けるなど出来るはずも無い」


「トレトフ侯爵の騎士団であるなら尚更ですね」


「あぁ、悪い噂こそあるものの、その精強ぶりは悪評を駆逐して余りあるからな。並みの戦力じゃ太刀打ち出来んだろう」


 そう言い切るボドウィンは、バラフィから聞いた騎士団との揉め事に付いての報告を思い返していた。





 その日、突然ギルドへと押し掛けたバラフィは大至急内密な話があると、ボドウィンとの面会を半ば強引に取り付ける。


 彼女の表情から何かを読み取ったボドウィンは、遂に魔物を見つけたかと勢い込むも、返る否定に落胆を浮かべた。


 しかし続く報告を耳にすると、落胆は驚愕へと変わり、それもまた怒りや焦りへと転じた。


「メンバーへ暴行を働こうとした騎士数十名を撃退した」


 その言葉はギルド長の内心に、大声で喚き散らかしたい衝動を生み出すが、自制を総動員した彼は何とか表情を引きつらせるだけで納めて見せた。



 そして報告を行うバラフィも又、その心に怒りにも似た遣る瀬無さを滾らせていた。


 事の説明は山田からの願いで、騎士団を撃退したのはバラフィ達だという事にして、山田の名前は出さずに行われている。


 彼女としてはそれが不満で、何とも歯痒かったが恩人である山田の要請で有る以上、無下にする事など出来るはずも無かった。



 山田が名前を隠した理由は、単純に責任逃れである。


 どんな理由にしろ、国家権力と揉めて良い事など有ろう筈も無く、可能なら無かった事にして無関係を決めこみたい所である。


 更に言えば、ハゲに何を言われるか分からない山田は、全ての責任をバラフィ達へと押し付け、自分はとんずらする積りであった。


 助けた恩があるのだ、そのくらいエエやろ。


 端的に言えば、それが山田の心境である。



 だがバラフィ達の心境は違った。


「私達の面子を守る為、自らの功績を捨てる積りね・・・」


「そんな! 助けて頂いたばかりか、こちらの立場まで気遣って頂くなんて・・・」


 バラフィは悔しそうに爪を噛み、フローラは目に涙まで浮かべ山田の心根の優しさに身を震わせる。


 CランクがEランクに助けられたなど、強さが売りの傭兵にとって醜聞に他ならない。


 特に情報を表面的にしか見ない商人等からすれば、そんなパーティーに仕事を任せたいとは思わないだろう。


 だから山田は名を隠し、命を懸けておこなったその善行ごと、その存在を消したのだ。


 全ては救った彼女達の身を案じるが故に―――そう思い込んだフローラの瞳から、一筋の雫が零れ落ちる。


「もう、この身この魂、全てを捧げお返しするしか・・・・・・」


 そう感極まる彼女に釣られ、他のメンバー達もウルウルと瞳を潤ませていく。



 そんな中で一人、山田によって顔面を力任せに押さえつけらた経験を持つローズだけは、彼の人となりに思いを馳せると思案気に眉根を寄せていた。


「・・・・・・単に、面倒から逃げたんじゃないの?」


 女の子の顔面を無遠慮に押し退けるような男に、そこ迄の気遣いが出来るのでだろうか?、と首を捻るローズ。


 実に的を射た呟きであったのだが、彼女の発言は全会一致で無視されてしまったのだった。



 こうしてバラフィは山田の名前を出さず説明を行ったものの、続く山田と組ませろ発言でその計略は綺麗さっぱり吹き飛び、事の真相をギルド長へ悟らせるに至った。


 これが彼女の意図する所かは別として、結果的にボドウィンは山田のこの功績と共に、更なる警戒心を抱く事になるのだった。





「パーティー加入をランク差を理由につっぱねたら、終いにはヤマダをCランクに上げろと、しつこく食い下がる始末だ。まさか、この件をネタに俺を脅す積りじゃなかろうな」


 自分と違い大声で異議を訴えた彼女の剣幕を思い出すと、そんなバカげた妄想も真実味を帯びそうで気がめいってくる。


「俺の一存で出来るなら、とっくにやってるってのによ・・・」


「まぁ、実力的には問題無いんですがね」


「どんなカラクリを使っているのかは知らんが、計測しても低レベルの反応しか現れん。あれでは他所のギルドへの手前、CどころかDランクにも上げてやれん」



 各地に存在する傭兵ギルドは、同じ組織で在りながら互いに蹴落とし合う商売敵でもある。


 他所のギルドがズルしな様に目を光らせ、弱みや失態の検出に余念が無い。


 不正に所属傭兵のランクを上げ、ギルド保有の戦力を過剰に計上する事の無いよう監視するのもその一端である。


 しかもこの街のギルドは歴史は浅いが、侯爵の肝煎りで強引な発展を遂げて来た。


 当然、周りからの反発も多い。


 だが侯爵に文句を言えない者達は、傭兵ギルド、延いてはその長であるボドウィンに、中々理不尽な敵意を向けているのである。


 そんな中、分かりやすいランク偽装など行えば、格好のサンドバックと成る事は目に見えているのだった。



「あんでアイツが絡むと、こうも面倒ばかり起こるんだ。しかも騎士団とやり合うなど、ギルド始まって以来の厄介事だぞ」


 問題解決の為に山田の手を借りたら、問題が倍になって返って来たのだ。


 ギルド長がそんな不満を零すのも、有る意味もっともな話しではあった。


 しかしそこに山田を責める正当性は無く、彼には全ての件で無罪を勝ち取れるだけの状況証拠が揃っていた。


 だからこそボドウィンは、全てに於いて山田の都合の良い状況が整っている事態が、何よりも不信だと思わずにはいられなかったのだ。



「出来過ぎた証拠ほど疑わしいと感じるのは、俺の性格が悪いせいか?」


「長くギルド長なんてやってるんです、性格が歪んでしまうのも仕方ないかと」


 冗談めかした質問に冗談で返す部下、そんな何気無い軽口でも幾分気分が軽くなるのを感じる。


「ヤマダに関わらなきゃ、俺はいい上司の筈なんだがなぁ」


 更なる軽口を続ける上司に、その部下は言い難そうに数回口を開閉させた。


「その・・・ヤマダですが、商人共が何やら嗅ぎまわっているようでして・・・」


 軽くなった筈の気分が又も重く濁るのを感じ、ボドウィンの表情は瞬く間に渋面へと変わっていく。


「・・・・・・面倒事の予感しかせん。そもそもアイツは商人としても登録している筈だろう、何故いまさら奴等がウチを探る必要が有る」


「恐らく商業ギルドでも、ヤマダの素性を掴み兼ねているのではないでしょか」


「あの女狐が尻尾を掴めないなど想像も出来んが・・・・・・」


 業腹だが商業ギルドの情報収集能力は、傭兵ギルドのそれを大幅に上回る。


 更に言えばそこを牛耳るオステーナが持つコネや情報網は、侯爵でさえ警戒を示すほどであり、傭兵ギルドの情報をギルド長である自分より、早く正確に握られた事も一度や二度では無いのだ。


 その上で山田が自身の情報を秘匿し続けているとすれば、山田のそれは両ギルド、更には侯爵家を加えてすら届かない力を伴っている可能性があった。



「どんな秘密を隠してるかは知らんが、こうまで得体が知れないのはな」


「えぇ、あれだけの”力”に対し、一切の情報が浮かばないのが不思議でなりません」


 大の大人は二人して、山田の抱える一個人にしては過剰な暴力と物資に思考を巡らせ、その根源に辿り付けない状況に歯噛みする。



「まったく、どっから湧いて出やがったんだアイツは・・・」


 ある日突然、降って湧いたかの様な山田の存在に、今日もギルド長は悶々とした思いにかられる。


 無い秘密は見つからない、そんな単純なオチに思い至る事も無く。

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