↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/116

87 多頭飼い一頭飼いどっちが幸せ

前回のあらすじ


経営に頭を悩ませるビジネスマン達は

今日も会議を開いて、緻密な経営戦略に精を出す。


だが残念な事に、全てがご破算になる

フラグが立っているのでした。

「雑種の教育方法・・・ですか?」


「はい、ヤマダ様のお連れになる雑種の方々は、高い素養を御持ちだと伺っております。何か特別な指導などが在るのではないかと・・・」


 街に戻り雑種達と別れ、一人商業ギルドへと足を運んだ山田だが、ウィンクルより投げかけられたその質問に対し、困った様に眉根を寄せた。


「そう言われましても、これと言って特別な事は別にやってませんが・・・」


 咄嗟にそんな言葉を口から吐き出してみるも、実はやってる。


 合成強化で、ガンガンにステータスを上げまくっている。


 ・・・等と言える筈も無い山田は、それらしい説明でやり過ごす事にする。


「普通に仕事をさせて、働きながら経験とか学習をさせてますが・・・・・・うちはごく普通の商店ですから、特に変わった事は何も・・・」


 などと言ってみては、ケモール商会の普通っぷりをアピールしてみる。



 そんな山田に、ウィンクルから探る様な視線が突き刺さる。


「普通では無い所・・・・・・有るのではありませんか?」



 ホントはあんだろ、吐いちまえよ!



 目の前の才女が、目でそう訴えかけている様に感じる山田だが、特に動じる事も無く大きく首を振り返す。


「そんな事ありません、普通なんですよほんとに。むしろ普通しか無いかもしれませんね」


「では普段、雑種達をどのように扱って居るのかお聞きしても?」


「そうですね、頭を撫でたり、一緒に寝たり食事をしたりでしょうか・・・・・・」


「・・・・・・・・・それには一体、どの様な意味が?」


 ウィンクルが眉間に皺を寄せ、その行動が躾になんの関係が有るのかと苦慮を示めすと、山田の顔に動揺が走った。


(・・・・・・自分で言っといてなんだが、どこの変質者だよ)


 単純に言葉だけを聞けば、通報されそうな内容じゃないかと冷や汗が背筋を伝う。



 そんな山田に、ウィンクルから蔑む様な視線が突き刺さる。


「子供達を撫でたり床を同じくする事に・・・・・・どんな目的があってそんな行為を?」



 このロリコンが!



 目の前の才女が、目でそう罵倒している様に感じた山田は、慌てて保身の為の回避行動に移った。


「簡単に説明しますと、人の感情は自律神経に作用し生態機能に様々な影響を及ぼすとかなんとか。単純な免疫力や身体能力に始まり、感受性や発想力等の脳細胞の活性化にすら付与すると言われています。聞き及んだ所によりますと、娯楽の多い地域は平均寿命が長いという噂も有ったり、無かったり。要は撫でる事で機能増強を与えうる科学的根拠を、私は強く推奨しているのです。つまり合法」


「じ、じりつしんけい? え? え?」


 案の定、目を白黒させるウィンクルに難しそうな単語とよく聞けば推論だらけの説明を並べ立て、山田はしつこく自身の行いの正当化を図る。身の潔白を訴える。


「特に三大欲求に代表される、食べる寝る遊ぶは人の感情受導体を強く刺激して交感神経の改善へと繋がる、かも。ここで大事なのは、雑種達との接触は個人的な願望では無く、商会長として皆が快適に教育を受ける為の客観的な要因によると言う事です。すなわち業務、彼女達との接触は業務上必要な処置だと言えるでしょう」


「よ、良く分かりませんんが、全ては教育の一端と言う事なのでしょうか」


「そうです、教育するにおいて、より良い環境で学ばさせれば、どの様な分野であれ効率よく学習を行う事が出来る。と言う主張も成り立つのかもしれません」


「そ、それは単純に、本人の心構え次第なのでは? 真面目に取り組みさえすれば、どの様な環境でも人は学べると思うのですが・・・」


 何やら力説する山田に気圧されながも、ウィンクルからそんな一般論が返るが、保身に走る男は首を横に振りその常識へと否定を示す。


「それはどうでしょう。人はやる気や心構えでは、持てる力の全てを発揮出来ません、多分三割が限界?。自分では一生懸命に励んでいる積りでも、感情が落ちこんでいると学習能力も相応に落ちる・・・という書き込みも」


「では、雑種の感情を前向きに保つことが重要だと」


 書き込みってなんやねん?と首を傾げつつ呟くウィンクルに、山田は一度大きく頷いて見せた。


「ええ、その為には三食昼寝オヤツ付きは最低ラインでは無いかと。あと、事ある毎に褒めます。何も無くても褒めます」


「それがケモール商会の教育法ですか・・・」


「その通りです、褒めて伸ばす。言い換えれば、褒めれば伸びるのです、あの子達は」


 山田ははっきり言い切った、自信をもって言い切った。


 褒めて伸ばすは、偉い人も言っていた気がするので、たぶん間違い無い。


 そんな他人の知識とうろ覚えの雑学を基に、自信をもって告げられた言葉に、ウィンクルの喉がゴクリと鳴った。


「そう・・・ですか」


 山田の事を変態だが、高い教育を受けている訳アリの身分だと誤解している彼女は、その確信に満ちた視線を受け、心に思う。


 この男・・・・・・やはり使える、と。



 素晴らしい話術で、変質者の汚名を回避出来たと胸を撫で下ろす山田と、その山田の利用価値を再認識したウィンクル。


 二人は良く分からない汗を一筋流すと、内心の計略を隠して微笑みを交わし合う。


 こうして今日も又、密室で逢瀬を果たした二人の男女は、意味の無い解釈違いに終始するのであった。





 山田から聞いたケモール商会の内情を脳内で反芻しつつ、ウィンクルは自宅の扉を開いた。


 室内に入り後ろ手に施錠を施すと、その視線が部屋の片隅へと飛ぶ。


 そこには体中に包帯を巻いた猫の雑種ミケアが、タオルに埋もれる様にして横たわって居る。


 ウィンクルは真っすぐに歩み寄ると、おもむろにタオルの隙間から覗く頭髪を握りしめ、強引のその頭を引き上げた。


「・・・・・・どうやら、まだ死んではいないようですね」


 意識無く、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返す雑種の顔を確認したウィンクルは少女の頭を床へ落とすと、抱えた袋から回復薬の容器を一つ手に取った。


「まったく、少し躾けたくらいで熱を出すとは・・・・・・どこまでも使えない生き物ですね」


 そう不満を零し、肉体的教育で体中傷だらけになった雑種の頭から、ドボドボと回復薬をぶちまけ始めた。







 山田は一人、工房へ帰る為に立地評価最悪の裏路地を歩く。


 治安が悪く薄汚れた筈のその区画は、雑種達の清掃活動によりあらゆるゴミが駆逐され、人の往来が盛んな賑やかな通りと化している。


 工房へ近づく程に行き交う人の数は増え、そこかしこの空き地では大勢の大工が建築作業に追われていた。


 トンカン響く騒音を聞きながら足を進めて居ると、一つの現場から見知った男が駆け寄って来る。


「おうヤマダ、大体の型組は終わったぜ。この分だと後数日もありゃあ、幾つかの建物は引き渡せそうだ」


 そう声を発しながら目の前で腕を組んだ男、大工の親方は、首を巡らし後方へと視線を向ける。


 山田も釣られて視線の先を伺うと、話しに出たであろう完成間近な倉庫じみた建物が数戸鎮座していた。


「有難う御座います親方、急なお願いですのに、こんなに速く進めて貰って。お陰で工房の拡張や、荷物の置場に困らなくなります」


 特に酔っ払いや集りの隔離に役立つ事が、山田的には非常に嬉しかった。


「なーに気にすんな、お前等には何かと世話になってんだ、この程度は朝飯前だぜ。っと言っても、おめーんとこの嬢ちゃん達が居ればこそなんだがな」


 そう語る親方が視線の先を資材置き場へと振り向けると、高速で鋸をギコギコと引く雑種達や、大量の材木を縦横に運んでいる雑種達の姿が映る。


「加工から運搬までやって貰って、随分と助かってるぜ。ホントうちに欲しい位の働きをしやがるからな」



 競う様に材木を切り分けるイヌ科の雑種が居るかと思えば、ネコ科の雑種達が足場の無い壁面を工具片手に駆け上がっていく。


 建設現場では重たい建材を一階から二階、二階から三階へとヒョイヒョイ手渡しでリレーする、熊やら牛の雑種が職人達から称賛の視線を集めていた。


「あれで雑種ってんだから、信じらんねぇよなぁ」


 手伝いてやって来た彼女達だが、親方からしたら今すぐにでも雇い入れたい程の人材ばかりであった。


「何人かウチ来てくれねぇもんかなぁ・・・やっぱ希望者はいねぇか?」


「あーなんか今一乗り気じゃないみたいで。やっぱあの子達も女の子ですし、危険な肉体労働は遠慮したいんじゃないですかねぇ」


 親方の落胆した表情に苦笑を返す山田。


 魔獣相手にヒャッハーしてるくせに、大工は嫌だとごねる雑種達に困ったもんだと小さく肩を竦める。


 しかし彼女達が独り立ちしない理由に思い至れない山田ほど、困った人間は早々いないのであった。



「いねぇんじゃ仕方ねぇか。まぁ諦める積りはねぇがな」


 そう言うと親方は、腰袋に差し込まれた道具類に手を伸ばすと、その中の一つを握り込んだ。


「それよりこの貸して貰った道具類だが・・・・・・ぜんぶ精錬鋼製じゃねぇか、どうやってこんなもん手に入れたんだよ」


 軽く持ち上げた手には、赤黒い刃を輝かせる一本のノミが握られていた。



 精錬鋼。魔物の素材等を使った少々値の張る鋼材で、素材などに応じその製法は様々である。


 希少な素材、特に大物から手に入る魔核を用いての精錬法は機密扱いとされ、物に因っては流通制限が掛かる程の価値を持つ。


 そんな代物が今、様々な大工道具として手元にある。


 その現実に大工歴40年の親方は、言い知れぬ興奮と恐怖を感じずにはいられなかった。



「試しに使って見ろって渡された時分は良かったがよぉ、段々怖くなっちまってな。貴重な鋼材で大工仕事をした所為で、お縄なんて間抜けな事になったら。おれぁ恥ずかしくて、女房に合わせる顔がねーぞ」


「大丈夫ですよ、大した物は使ってませんから。余った素材を、知り合いの鍛冶屋に持ち込んだら作ってくれたんです。年寄りなだけに色々物知りな人でして」


「まぁ余りもんを使った程度ならなら、大した問題にゃならねーか・・・」


 山田の説明に、精々ハイエナの魔石程度だろうと、早々に納得した親方は幸せ者である。


 下手に深堀して、”余った”貴重なフォレストベアの魔核が主な材料だと知る事が無かったのだから。


 因みに鍛冶屋のじーさんには「言うなよ! この事は絶対言うなよ!」と口止めされていたが、山田は既に忘れていたりする。



 そんな紛うことなきポンコツな山田が親方と別れ、工房の扉をくぐると一発の砲弾がその身目がけて飛んで来る。


「ヤマダーーーお帰りーーー!」


 声と共に優に5メートルは飛翔したウルカが胸元にドシンと着弾すると、軽快な足取りで地面へと降り立つ。


「そろそろご飯の時間、ヤマダも早く準備する」


「室内で飛び跳ねると皆の迷惑になるだろ」


 少し怒らねばと思いつつ口を開くも、節操の無い彼の両腕は流れる様に少女の頭へと延びる。


「えへへへ」


 頭を撫でられ笑顔で見上げるウルカの背後から、どこか鈍臭いベアーネがトコトコと駆け付ける。


「もう、ウルカちゃんってば。ご飯時に埃を巻き上げたらダメだよ」


 使えない保護者に成り替わり、やんちゃな妹に軽く注意を促した彼女は、自然な動きで山田の足元にぴったりと寄り添う。


 そんな彼女の背中をネコロが這い上ると、軽い身のこなしで山田の肩へと腰を落とし、そのしなやかな尻尾でもってペシペシと背中を弾く。


「遅い、だいぶ待たされた」


「ん、なんで待ってたんだ? 適当に昼寝でもしてりゃ良かったのに」


「う~・・・」


 その返事が気に入らないとばかりに、唸りを上げたネコロは、両手を握りしめ山田の頭をポコポコと殴打し始める。


「はぁ、ヤマダさんは何処まで行ってもヤマダさんなんですね」


 ベアーネも女心を解せ発言に、呆れた様に溜息を零した。


 なんのこっちゃと首を捻る山田に、正面のウルカが改めて飛び付く。


「一緒がいい、だから待ってた!」


 満面の笑みでぶつけられる真っすぐな言葉。


「・・・・・・・・・」


 山田は思わず、更に激しくその頭を撫で繰り回すと、ネコロの攻撃が打撃から噛みつきへと変わった。



 四人が思い思いのスキンシップで戯れていると、再び工房の扉をくぐる人影が現れる。


「ただいまー。今日の板切りも、私の圧勝だったわー」


「アンタのは適当に切ってるだけじゃない、寸法通り切らないと二度手間なんだからね」


「つーか大工のおっちゃん達もしつこいよねー。うちらが他所へ行くなんて有りえないつーのに」


「だが悪い気はせん」


「確かに」


 外での活動を切り上げた雑種達が、ガヤガヤと騒がしく足を踏み入れる。


 お互いに軽口を叩き足を進めていた彼女達だが、ネコロに齧られた頭を捻りつつ、笑顔のウルカを撫で回し、ベアーネから呆れた視線を投げ掛けられる山田を見つけると動きと止めた。


「お、ヤマダ居るじゃん。もしかもう褒美タイム始まってんの?」


「ほな、ウチも早速ご相伴に預かったるかぁ」


「あたしもー、今日はちょっと多めに褒めて貰っちゃうもんねー」


「だが、私からだがな」


「残念、私が先だ」


 たちまち多数の暴徒達は山田を取り囲むと、褒めれ労われと催促の嵐を巻き起こす。


 当然彼女達の保護者は望むところとそれらを迎え撃ち、その場は大きな騒乱に包まれる事になった。



 ヤイヤイと喧しい彼女達だったが、その騒ぎを聞きつけ、腰に手をあてたウサ耳のメイド達が鎮圧に動く。


「ちょっとみんな! もうすぐ夕食の時間なのよ、ちゃんと準備しなさい。汚れたままじゃ食べさせないから」


「ちなみに今日は、おバカさん達が獲物を沢山取って来た所為で、お肉増し増しですよ」


 最初の警告で顔を青くした雑種達だが、続く報告に気色を浮かべると、競う様に着替えや手洗いへと飛んでいき工房内の治安は回復へと向かう。



 その後も続々と雑種達は帰り着き、彼女達を飲み込んだ工房はたちまち大食堂へとその姿を変えていく。


 テーブルには数々の料理が並べられ、それを囲む獣達の尻尾は忙しなく揺れ動く。


 本日も又、狂騒の宴が幕を開けるのは、もう間も無くの事である。







 ウィンクル家の夕食、そのテーブルには痛む体をおして席に着く、痛々しい姿のミケアが共にあった。


 山田から譲り受けた回復薬は殊の外効果を発揮したらしく、料理の匂いに誘われ、身を起こせるまでにはミケアの体調は回復していた。


 彼女は対面に座るウィンクルの視線に怯えながらも、目の前に並ぶ料理を次々と口へと運び、その悉くを胃の中へと落とし込んでいく。



 体中傷つきながらも、懸命に生きる糧を求める雑種の子。


 その姿を冷めた瞳で眺めつつも、ウィンクルの思考は山田の事へと傾注されていた。


「まさかあの男、医術にまで精通しているとは驚きましたが・・・・・・更に利用価値が増したの確かですね」


 山田の発した単語の大半は理解出来無かったが、実際にケモール商会の雑種は他と一線を画す性能を有している。


「それどころか大人数でならば魔獣を狩る事も可能となると、ヤマダの育成力は本物と言う事になるのでしょう・・・」


 そう結論付け、より深い思考の海に沈みかけていた矢先―――ボトリ。


 また一つ、ミケアの持つフォークから肉の欠片がテーブルへと落ちた。


「ひぅ、ご、ごめんなさい」


 ジロリとした視線を向けられ、涙目で謝罪を口にする彼女だが。


 ウィンクルが静かに腰を上げ、その手がテーブルに立て掛けられている火かき棒へ向かうと、ガチガチを歯を鳴らし身を震わせ始める。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・」



 ミケアの震える声など気に留める事無く、ウィンクルの手は火かき棒へ伸びるが、ふと脳裏に山田の言葉が過るとその手が止まる。


「褒めて・・・伸ばす・・・」


 葛藤する様に両目をきつく閉じた彼女は眉根を寄せ、暫し熟考するかの様に静かに佇む。


 その後、自身の中で何かの結論を出したのか大きく息を吐き出すと、力んだ両肩から力を抜いた。


 そのまま手の行く先を椅子へと変更すると、それ持ち上げミケアの隣へと並べ置く。


「ふぇ?」


 まさか椅子でぶん殴られるのかと身を固くした少女から、随分と間の抜けた声が漏れ出たと思えば、隣に腰かけたウィンクルは問答無用で少女の小さな体を自らの膝上に移動させた。


「・・・はぇ、なにこれ?」


 今度こそ訳が分からないと、疑問を口にしてしまったミケアに構わず、ウィンクルはそっと耳元へと語り掛ける。


「落ちてしまった物は仕方ないですね、残った料理を食べていきましょうか」


 内心では不快感に顔を顰めながらも、自らにこれも仕事と言い聞かせると、優しくミケアの両手へ手を添える。


「フォークはキチンと刺し込んで、そして口に収めるまで目を離してはいけませんよ。ここには料理を盗む人はいません、一口一口落ち着いて食べて下さい」


 重ねた手の平でミケアの手を導き、正しい所作で料理を彼女の口の中に運び入れる。


「そうです、上手にたべれましたね」


 恐る恐る口を動かす雑種を、言葉で褒めると共に優しくその頭を撫でさする。


 上から下に頭の形をなぞる様に、二回三回と繰り返し褒めて聞かせた。


「さぁ、ゆっくりでいいですから、食事を続けましょうね」


 そしてウィンクルはお得意の愛想笑いを浮かべると、戸惑うミケアを促し表面上は穏やかに食事を続ける。


(あの男・・・・・・絶対ボロボロになるまで利用して、ゴミクズの様に打ち捨ててやります)


 この様な手法を吹き込み、そもそもの原因である山田への強い恨みを理不尽に募らせながら。



 膝を貸すウィンクルがその内心で燃える様な怒りで心乱している時、膝の上の少女も又、突然に豹変したウィンクルの態度に、その心を大きく乱されていた。


(な、なに、怒らないの?・・・叩かないの?・・・)


 膝の上に乗せられ、手ずからご飯を食べさせてくれた事にその心が、何かの間違いかと動揺に揺れた。


 与えられた恐怖は未だ消えぬが、舌の上で踊る幸せと、胃の腑を満たす満足感が少しずつ少女から不安を削いでいく。


 背中に感じる体温と頭を優しく撫でる手の温もりが、ミケアの心を解きほぐしていく。


(もう、痛い事しないのかな・・・優しくしてくれるのかな・・・)


 殴られ蹴られるなど日常茶飯、ある意味暴力に対する高い耐性を持つ雑種の子は、初めて感じる人の優しさに狼狽え心をかき乱される。


(この人・・・私の家族になって・・・くれるの?)


 そして遂には、悪い男に騙される女性の様な事を考え始めるに至った。



 殴られても蹴られても、ちょっと優しくされると直ぐ懐いちゃう。


 雑種とはかくもチョロい生き物なのであった。







 そんなチョロい生き物で溢れたケモール商会では、椅子に座り、両足に乗せた幼子を撫でる山田の姿があった。


「言っておくがコレは、この子達の強化に必要な業務で、別に俺の趣味趣向とはなんら関りは無いからな」


「どうしたんです? 突然」


 夕食の後片付けをするラネットは、真顔でそう訴えた山田に意味が分からないと首を傾げて見せる。


「そんな事よりこの子達も見てやってください。今日一日で沢山成長したそうですよ」


 彼女は恥ずかしそうに身を捩る小さい子供達の背中を、ズイっと押しやり山田の前に押し出した。


「おー随分伸びてるじゃないか、頑張ってお手伝いしたんだな。えらいぞー」


 そう言って強化はとっくに終わったにも関わらず、必要以上に頭を撫でると、小さい子供達は揃ってはにかみ顔を伏せる。


 その様子が心の琴線に触れた変態は、更に遠慮なく顔から頭からを縦横無地に撫で回しまくるが、その全ては業務。


 故に一切の私情は含まれず、その行為の悉くが合法なのである。とかなんとかほざいている。



 そんな山田の背中に、童心を無くした大きな子供から無遠慮な声が掛かる。


「そいつらの後は俺も頼むぜ。騎士共をぶちのめしたら、随分とレベルが上がっちまったからな。お前もそうだろ、シープア?」


「えぇーと、私は小さい子達をお風呂に入れてくるから、後ででいいよー・・・・・・寝る時にでもやって貰おうかなーって」


 沢山の子供達を引き連れたシープアは、残念そうな声色でそう口にするが、その表情は二ヘラと嬉しそうに緩んでいた。



 その様子に胡散臭いものを感じたタイアー。


 暫し頭を巡らせると、忙い事を理由に山田の寝床へと潜り込もうとする、シープアの卑劣な企みに気付いた。


「シープア、てめぇ・・・」


 彼女はキッと目付きを鋭く変えると、足元の小さな獲物二人を両手に抱え上げ浴室へと走り出した。


「よしチビ共! 洗ってやるから付いて来い」


 シープアの策に感銘を受けたタイアーは、二秒でその策に乗っかる事に決めたのだった。


 担ぎ上げられ、キャーキャー楽しそうに悲鳴を上げる仲間を目にし、我も我もと残った子供達がその後に付いて行くと、取り残されたシープアが慌てて後を追う。


「ちょっとー、ズルいよータイアー。私が考えた作戦なのにー」


「しらねーよ、ばーか」


 どたばたと小さい子供達を引き連れ、大きな子供は浴室へと消えていった。



「・・・この分だと今日はアイツ等の子守か」


 新たに寄って来た子の頭をナデナデしつつ、そんな一団のやり取りを耳にした山田はポツリと零す。


 最早日課となった子守歌ならぬ、子守撫で。


 夜な夜な床に付いた山田ににじり寄り、グイグイと頭を押し付けてくる雑種達を迎え撃つ山田の掌は、何時しか彼の意識を必要とせずとも少女達の頭を撫で繰り回す存在へと昇華していた。


 つまりは寝ながらでも、撫でる頭さえあれば彼の腕は自動で働いてくれるのだ。


 そんな山田にとって夜通し甘える彼女達の頭を、子守歌替わりに撫で続ける事など造作も無い事なのである。



 成長し、色んな所に肉の付いたタイアー達は少々重苦しいのだが仕方が無い。


 父として母として、甘える子供達は甘やかしまくる駄目な保護者山田に、目の前に出された頭を撫で無いという選択肢は無いのだから。


 こうして雑種達の心を満たし、何よりその保護者自身が至福を満喫する時間は穏やかに流れる。


 雑種多様な、はみ出し者の生活は、今日も静かに暮れていくのであった。







 ゆっくり浮上する意識の中、いつの間にか抱え込んでいた枕を、ウィンクルはぎゅっと抱き締めた。


 そのフワフワとした心地よい手触りと、ポカポカと暖かな温もりを求め、首筋に感じた朝の冷え込みから逃れる様に更に強く枕を掻き抱く。


(・・・? 暖かい?)


 その違和感に押され、眠りの水底から意識が覚醒してくると整った目元が僅かに開き、宝石の様な瞳が姿をみせる。


「ん、んーーー」


 軽く喉を鳴らし伸びをすると、爽快な目覚めと共に彼女は小さな欠伸を吐き出し―――


「ちっ・・・・・・台無しですね」


 視界に飛び込んで来た雑種の姿に気分を害すると、折角の清々しい朝をぶち壊され事に悪態を付いた。



 毒を喰らえば皿までと、昨夜はミケアをベットへと誘い共に就寝したのだが、今思い返しても不愉快な一夜であった。


 しかもギリギリまで距離を取っていたにも関わらず、眠りこけた雑種の手はウィンクルのネグリジェをしっかりと捕まえている。


 イラついた彼女は鬱陶しいとばかりにその手を払い退けるが、小さな掌はモゾモゾ動き、ウィンクルのネグリジェを探し当てると再度ぎゅっと握りしめた。


「おかぁ・・・さん・・・」


 次いで紡がれた出たその寝言にウィンクルの表情が殊更歪むと、次の瞬間、ミケアはベットから蹴り出される事となった。


「ぎゃっ!」


 床に顔から落下し、鼻を押さえて痛みに耐える雑種に等一瞥もくれず、ウィンクルはネグリジェを脱ぎ捨てると、朝の沐浴をする為浴室へ向かう。


「何時まで惰眠を貪れが気が済むのですか、ほんとに雑種と言うのは意地汚い生き物ですね。これから日の出と共に起床する様心掛けなさい」


 そこでタオルを手にチラリと振り返ると、青い顔で見上げてくる雑種へと視線を落とす。


「あぁ心配は要りませんよ、頭の悪い貴方でも覚えられるよう、私がシッカリ教育して差し上げますから」


「ひぃ」


 その冷たい眼差しから、昨夜の事はやはり何かの間違いだったとミケアはその身を震わせる。



 飼い主の想いを一身に受けた彼女は、痛みと恐怖で涙を浮かべ、バタンと固く閉ざされた浴室の扉を不安げに見つめる事しか出来ないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。