77 取り敢えず殴ろう
前回のあらすじ
襲い掛かる獣の群れに
傷付き倒れる仲間達
戦場で身を支え合う
美しき姉妹の行く末は・・・
「みんなー、ヤマダ捕まえて来たわよー」
大きな獲物を携えて、意気揚々と拠点へ辿り着いローズだったが、視界に飛び込んで来た光景にその目を見開いた。
「なによ・・・これ・・・」
彼女が拠点を飛び出した際、仲間達は手分けして、忙しくも楽しそうに昼食の準備に追われていた。
だが今は調理中の食材や、様々な荷物が地面に散らばり、そこかしこで仲間達が鎧の男達に取り押さえれている。
何より自分の姉が、今まさに馬乗になった男に手に因って辱めを受けようとしていたのだ。
「おねーちゃん!」
あられもない姿の姉と、組み敷く男のニヤケた顔を認めた瞬間、ローズの思考は弾け彼女の持つスキル”加速”が火を噴いた。
駆け寄るローズを前に、ゼッセルには当初余裕があった。
「力でねじ伏せるのは簡単だが、それじゃ俺のきがすまねぇ。この女に当てつける為にも、より無様で屈辱的な仕打ちを与えてやるぜ」
ゆっくりと立ち上がるとバラフィの髪を鷲掴みにし、無理やりその顔を持ち上げ、晒された白い首筋に剣先を近づける。
「いいか抵抗するのなよ、抵抗したらコイツを殺すか「離れろ!くそたっれ!」ぐふぅおぉぉっ!」
だがセリフが言い終わる前にローズの姿が掻き消えたと思うと、次の瞬間にはその足の裏がゼッセルの顔面を捉えていた。
そのまま踏み抜く様に蹴り飛ばされたゼッセルは、ゴロンゴロンと大地を転がり背中から倒れ込む。
「ぐぞぅ、い、行き成りやってくれるじゃねーか!」
鼻血の流れる顔面を晒しつつ、ローズを睨みつけようと顔を上げるが、既にその視界一杯に振るわれた彼女の拳が迫っていた。
「はっ速がふぅ!」
ジャストミートした拳に台詞ごと叩き伏せられ、再び地面へと叩き付けられるゼッセル。
そのお腹目掛けローズのお尻が、ドスンと勢いよく飛び乗った。
「汚いもの丸出しにして、何て事してんのよ!このバカバカバカバカ!バカーーー!」
「がっごぼぅ! どがはぁっ! あががががっっっ!!!!!」
そしてマウントを取ったローズの、霞むほどの速度で放たれる拳により、ゼッセルはその軽そうな頭を上下左右に激しく打ち揺さ振られまくった。
あひんあひんと殴られ続け、無様で屈辱的な姿を晒す事暫し、見兼ねた騎士数名が助けに駆け付けて来る。
「いい加減にしろ貴様!」
水平に振るわれた剣を避け、ローズが舌打ちと共にサッと身を翻すと、すかさず騎士達がゼッセルの周囲を固める。
「ゼッセル隊長、大丈夫ですか」
「う、ぐぅ・・・くっ、よ、余計な、まねを、はぁはぁ、こ、これから反撃だってのに、じゃ、邪魔しやがって」
「・・・いや、随分一方的に殴られてたみたいですけど」
「うっ、うるせー演技だよ演技! いちちち・・・」
「こんなに顔を腫らして・・・膝も笑ってるじゃないですか」
「い、いいから回復薬を寄こしやがれ!」
「はぁ・・・回復薬ですどーぞ」
どこか辟易しつつある部下から乱暴に薬を受け取ったゼッセルは、一息で中の薬を飲み干した。
「ゆるさねぇ・・・ぜってー許さねぇぞアイツ等。ボロボロになるまで痛めつけてやる」
そうギリギリと歯を噛み鳴らすゼッセルの双眸は、燃えるような怒りと暗い情念で塗りつぶされ、射貫く様な視線で姉妹を睨みつけていた。
「く、うぅ・・・」
なんとか身を起こそうと足掻くバラフィだが、その意に反し身体は働く事を拒否すると、抗議する様な鋭い痛みを脳髄へと返して来る。
そこへ騎士達から距離を取ったローズが近づくと、心配そうに身を寄せた。
「はぁはぁはぁ、おねーちゃん大丈夫! みんなもなんで、こんな・・・あ、取り合えずこれ飲んで!」
バラフィは肩を抱きかかえられると、その口元に添えられた回復薬に口を付ける。
癖の強い風味の液体を飲み干し薬が効き始めると、傷が癒え全身の痛みが引いていく。
しかし四肢の痺れと強い脱力感は依然とその身を蝕み、碌に立ち上げる事すら出来そうに無い状況はなおも続いた。
(これでは助けに成る処か、足手纏いにしかならないわね・・・)
バラフィは如何ともしがたい状況に悲痛な表情を浮かべると、多少はマシになった口を開き妹へと語り掛けた。
「ロ、ローズ、逃げな、さい・・・」
「分かってるわ・・・先ずはみんなとここを脱出するのが先ね。アイツ等をブチのめすのは、後の楽しみにして取っておく事にするわ」
「だめよ・・・貴方、だけなら・・・逃げられ、る」
「いいから! ここは私に任せて!」
ローズは怒った様に声を張り上げると、キッと周囲の騎士達へ鋭い視線を向ける。
「大丈夫! 私がきっと何とかして見せるから!」
「ローズ・・・・・・」
眉目を吊り上げ毅然と言い放つ妹の横顔には、決死の覚悟がありありと浮かんで見える。
何としても何をしても、この場に居る仲間全員を助けると言う、命を賭した決意の表情が。
だがバラフィが改めて周囲を見渡しても、その決意が実を結ぶとは到底思えなかった。
離れた場所では仲間が取り押さえられ、多くの騎士達がそれを取り囲んでいる。
一人一人では脅威ではない彼等も、数を頼りに隊列を組まれると、途端に難敵へと変わる。
怒りの形相で、こちらを睨みつけているゼッセル。
流石に騎士団で隊長を務めるだけあって、散々殴られたにも関わらず、その立ち振る舞いには未だに余力が伺えた。
腕を組み、一見して強者の風格を放つ大柄な鎧姿の男、カラレイド。
不意打ちで炎を叩き付けても、叫び一つ上げさせる事さえ出来なかった、バラフィから見ても完全なる格上の存在。
そして最後に目に付いたのは、気の抜けた表情で立ち尽くす山田と雑種達―――
「・・・へ?・・・ヤマダ?・・・なんで?」
驚きに目を見開き、脳内で???が乱舞する。
しかしキョトンと眺めていたのは僅かな時間、直ぐにその現実を受け止めると心の中に僅かな光が灯る。
最早絶望しか感じないこの状況で、微かに見えた希望の光。
これで妹が逃げ出せる可能性が高まったと喜ぶの束の間、その妹の表情が硬く強張り一点を睨みつけている事に気付く。
釣られる様に動いたバラフィの視線の先。
ズシリズシリと歩み寄る、カラレイドの威圧的な姿がそこに有った。
傾きかけた日差しを遮り、ローズの足共に影を作る程に足を進めたカラレイドは、特に警戒をする事も無く彼女を見下ろす。
「お前はその女の妹のようだが、一緒に来た男と雑種も仲間なのか?」
「そうよ。これから一緒にアンタ達を叩きのめしてあげるわ」
「ふむ、まだやる気の様だが、よく周りを見てみる事だな。いまさら数人増えた所で結果は変わらん、無駄な事は止めておけ」
「あら、アンタもさっきのヤツみたいに、ボッコボコにして貰いたいのね」
「・・・先程の速さは加速だな、中々いいスキルだが、騎士団の中にも使える者がいる。余りそのスキルを過信しない事だ」
「何が言いたいのよ!」
「いや、ちょっとしたの忠告だ。そのスキルに付いては有用性は元より、抱える欠点についても良く知っている・・・と言うな」
カラレイドがふんと鼻で笑うと、ローズの額で眉尻がピクンと跳ねる。
「だからって、この速さに付いて来れる訳じゃ、無いでしょ!」
ガツン! と言葉を言い終わる前にローズ先制の拳が、カラレイドの顔面を強かに叩いていた。
「どう、知ってても対応出来ないんじゃ意味が無いわね」
「対応? する必要も無い」
ローズがお返しとばかりに鼻を鳴らしてくるが、当のカラレイドは眉一つ動かす事無く、平然とした顔で静かに見返す。
「そよ風に対し、一々身を躱すバカも居るまい」
「ぐ、避けられないからって、とんだ負け惜しみを」
そう忌々しそうに睨みつけるローズだが、カラレイドはそれを軽い一瞥だけで受け流す。
「まぁお前もお前の姉の力も、私のスキル”硬化”の前では無価値だと言う事だ。所詮―――」
一旦言葉を区切ったカラレイドは、これ見よがしに地に伏せるバラフィへと視線を投げる。
「―――あの程度の薄汚い女を姉と慕う下賤の身よ、直ぐにお前もあの阿婆擦れ同様、無様に地べたへと這い蹲らせてやろう」
「なっ! おまえーっ!」
姉を悪し様に蔑まれたローズが吠えると、全力でカラレイドへと飛び掛かり、そのすかした顔へ向け拳を振るう。
「その口が消し飛ぶまでっぶん殴ってやるわっ!」
渾身の力、渾身の怒り。その全てを注いだ両手の拳撃が、ムカつく顔面を目掛けて次々と叩き込まれていった。
ドガガガと目も眩むような乱打に晒されながも、カラレイドはその全てを平然と受け止め、その胸中ではローズの浅はかさに呆れていた。
(ゼッセルへ突っ込んだ様子から、直情的な性格だとは思っていたが・・・ここまでとはな)
怒りのままに殴り続けるローズを眺め、やっぱバカはいかんなバカはと、哀れみにも似た思いさえ抱く。
そのままされるがままに殴られ続けていたが、振るわれる拳に鈍りが始めた事を察するとカラレイドが仕掛けた。
「ぐっ!」
今までに無い衝撃が腕を走り、顔を顰めたローズは後方へと大きく飛び退く。
「つっ・・・今のは」
右腕を庇い、肩で息をするローズに対し、カラレイドが小さな笑みを向ける。
「ふふふ、加速は確かに速い、俺では防御しようにも到底間に合わん程にな・・・だが攻撃は別だ」
「はぁはぁ・・・あんた、まさか」
「そうだ、殴られる瞬間自分から身をぶつけたのよ。どうだ、顔面で拳を殴られた気分は」
「ちっ、馬鹿じゃないの・・・はぁはぁ、そっちも痛いでしょーに」
「そうでも無いぞ、現に負傷したのはお前だけだしな。その様子では手首でも痛めたか?」
「はぁはぁ・・・」
返事こそ返らないがその様子から、腕に何らかの支障が出た事など、カラレイドには容易に推察できた。
「防御力は攻撃力。私を攻撃する者は、等しい打撃に晒される事になる」
そう胸を張って語るは、硬化を使ってのゴリ押し。
少々優美さに欠けるがこの強引な力技は、無骨なだけに強力で高い汎用性を有していた。
「そして随分と息が上がっているが、そろそろ限界だろう。これ以上痛い思いをする前に投降したらどうだ」
加速最大の欠点。速く動けるという事は早く疲れると同儀。
そこを指摘されたローズの表情がますます歪む。
「はぁ・・・はぁ・・・うるさいわね、まだまだこれからよ」
そんな強がりを口にするも、激情に駆られ、考え無しに暴れ回ったツケは、彼女の体から多くの体力を奪い去っている事は明白だった。
「それは失礼した、では続きと行こうか」
そう口にしつつも勝利を確信したカラレイドは、焦る事無くゆっくりとその足を踏み出した。
腕を負傷し体力の残りも少ない、元より相手を打倒す力が圧倒的に足りない。
ローズは正に手詰まりの状態である。
カラレイドが一歩踏み出すと、ローズは一歩下がる。
一歩、また一歩。
無防備に足を進めるカラレイドに対し、ローズは鋭い視線をぶつけながらも、押される様に身を引く事しか出来ずにいた。
そして遂には直ぐ背後へバラフィを庇う位置まで下がると、ローズはそれ以上下がる事さえも出来なくなる。
(・・・何とかしなきゃ・・・たとえ腕が砕けたって、お姉ちゃんを・・・みんなを・・・)
もはや玉砕覚悟の突貫に賭けようと、その身に最後の力を込め始めた矢先。
「どいてどいてーあぶないよーーー!」
危険を訴える甲高い叫びと共に、ブオンという風切り音が鼓膜を叩く。
何事かと彼女が視線を向ける間も有らばこそ、横合いから飛んで来た巨大な荷物が、ズシンとカラレイドの体にぶち当たった。
「ぐぬぅ! な、なんだコレは、重い!」
着弾した荷物によって鎧に包まれた巨体が五メートルも流され、踏ん張った両足がズザザァーーーと大地に二本の線を引く。
「ぬぅうう、なんのこれしき!」
カラレイドは勢いに押され体が仰け反るも、倒れまいと必至に踏み止まると、飛んで来た荷物のタックルをなんとか耐え凌いだ。
そのまま、抱えた荷物を投げ捨てようとした瞬間、その身目掛けておかわりが飛来する。
「ぐおおぉぉおおお!」
更にもういっちょう。
「ぐがぁああぁぁぁぁ!」
三つの荷物は上手い事カラレイドの上半身を捉え、仰け反った彼の上半身に積み重なると、持てる全ての質量を持ってその腰を責めたてた。
「お、おもっ! 腰っ腰がっ! あっあーーーー!」
ズズゥン!・・・
ぷるぷると身を震わせ必死に耐えていたカラレイドであったが、飛翔体の勢いと重量に屈し、何処か物悲し気な叫びを最後に、三つに大荷物の下に敢え無く没した。
後には無敵の硬化をアッサリ無力化した、荷物の小山が墓標の様に残のみ。
ローズと騎士達は声も無く、点となった瞳でしばし呆然とその光景を眺め続けるのであった。
「んー咄嗟に投げてしまったが・・・死んでないといいけど」
「別にいーんじゃねーの。どう見たってコイツ等ワルもんだろ。むしろ殺そうぜ」
「そうだよー、おてんてん出してる変態さんもいるしねー。万死だよ万死」
荷物を投げつけた三人は、暢気に姉妹の下へ足を進める。
最初は、騎士団と揉めるなと言う、ヒューバットの忠告が脳裏に浮かび、傍観を決め込んでいた山田だが。
血を流し、組み敷かれたバラフィ達を見るにつれ、山田の中からその様な些事はキレイさっぱり霧散してしまっていた。
「なんか大変そうですね、取り合えずお薬を出しておきましょうか?」
山田がバラフィの傍らに膝を突くと、彼女は震える指で弱弱しくもズボンを握りしめる。
「わ、私の事はいい・・・ヤマダ、ローズを、ローズを連れて、逃げ、て」
必至の表情で懇願する彼女に、山田はあっさりと首を縦に振って見せた。
「あーはいはい、分かりました。頑張ってみます」
「あ、ありが、とう・・・」
涙を流し感謝を伝えるバラフィをシープアに預けると、我に返ったローズが山田の下へ駆けつけ、その襟元へと飛び付いた。
「ヤマダ手を貸して! 私が何とかコイツ等の気を引くから、みんなを運んで、一人でも多く!」
ローズは山田の膂力を当て込むと、その身をブンブン揺さ振り催促をする。
「あーはいはい、分かりました。頑張ってみます」
山田がサクッと首を縦に振って見せると。
「ホント!ありがとう!」
ローズは喜色満面で飛び跳ね。
「なっ!」
バラフィはガビンとショック受けた顔を強張らせると、話しが違うと山田を睨み付けた。
姉妹が正反対の表情を浮べる中、二人の雑種も両手をブンブン振りながら訴えかける。
「ヤマダ、やっちまおうぜ。こいつ等ぜってーボコっていい奴だって」
「そうだよー、みんなヤッちゃって女の子達を助けて上げようよヤマダー」
「はぁ・・・安易に暴力に頼るのはよろしくない。ここシッカリと状況を分析し、冷静な対処を心がけるべきだ」
せめて妹だけでも、いやいや囮は任せろと騒ぐ外野を他所に、山田の鋭い瞳がぐるりと回りを見渡し、明晰な頭脳が分析を始める。
女達を取り囲み、一部ズボンを下ろした大勢の騎士達。
部下に介抱される身分で、いっちょ前に殺意を飛ばしてくる目付きの悪い変態。
大荷物から抜け出そうとジタバタ足掻いている大男。
暴漢共の戦力と此方の戦力。
更には姉妹からのお願いと、要救助者である女性達の状況を分析し、山田は取り得る最善手を模索する。
「・・・・・・よし、ボコろう」
が、結局、考えるのが面倒臭くなったので暴力に決定された。
「ま、そう言う事だから、二人ともよろしく。あぁ一応出来るだけ殺さないように」
「任せろって! 最近は半殺しも随分上手くなったからな」
「うんうん。三人に一人は成功するよねー」
そう笑顔を浮かべ、よっしゃーと万歳をする雑種二人。
「ま、まって、ローズを連れて、に、逃げて」
「危険よ!囮は私がやるから、貴方達はお姉ちゃんと皆を運んでよ!」
その背後では、二人の姉妹が揃って異議を唱えている。
「じゃー、タイアーとシープアには、比較的丈夫そうな変態と大男でもシバいて貰うか。アレなら多少手加減を間違っても、早々死なんだろ」
唱えているのだが、方針を決めた山田はサクッと無視を決め込み、身内との打ち合わせを続ける。
「ゴロツキ達とは違うから、一応気を付けてな」
「おう、隊長とか言われてる奴だな。腕が鳴るぜ!」
「結構強そうだよねーでも私がんばるよー」
「うぅ、・・・逃げて、て、言ってるのに・・・」
「もう! なんで話を聞いてくれないのよ!」
こうして慌てふためくCランク二人を尻目に、最底辺のEランク山田と、劣等品種である雑種達は、気軽な様子で騎士団の討伐を決めしまうのだった。




