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69 その微笑みの裏側に

前回のあらすじ


山田の傭兵内での評価が超低い


商業ギルド調べ。

「土地と家屋の追加借用・・・ですか?」


「はい、工房が少々手狭になって来ましたし、来客用の応接室なども必要と思いまして。この際建物を幾つか追加したいと」


 戸惑った様に尋ねる担当職員であるウィンクルの問い掛けに、山田はその必要性を説明して聞かせた。


 前日の来客や何時の間にか潜り込んだコリー達の件を鑑み、今更ながらに商会の内と外を分ける必要性に気付いたのだ。


 しかし新たな物件を借りる気満々の山田に対し、ウィンクルの顔には困った様な表情が浮かんでいた。



「現在のケモール商会の収益ですと、今の規模を維持するだけで精一杯だと思われます。お気持ちは分かりますが、ここは焦らず利益の向上を目指してみては如何かと」


 そう言ってテーブル上で差し出された書類には、ケモール商会に関する決算の報告が記されている。


 そこに並ぶ多様な項目とそれに続く数字を指し示し、「わかるやろ?」と目で訴える彼女の視線には、無言の抗議が伺えた。


 しかし山田は、そこに記された数字に軽く目を通しただけで、特に気に留める事無く話を続ける。



「必要に応じて換金を増やし、現金の回収率を上げるので問題有りません。物件の紹介をお願いします」


「そう、ですか。しかし万一支払いに滞りが出た場合、最悪はギルドによる商会の接収も有り得ますが」


 彼女としてもソレは避けたいと、再度翻意を促すが山田の態度は崩れない。


「大丈夫です、非常時の備えも整っていますので」


 余裕の態度でそう言い放つ山田には、支払に不備が出ないと言う明確な根拠があった。



 ―――ケモール商会には埋蔵金が有る。


 本来なら僅かな食料で扱き使われる雑種達だが、ごく一般的な日本人で有る田中の感性により、商会に属する彼女達には賃金の支給が発生している。


 しかし日本的福利厚生で衣食住が高水準で完備された環境で、彼女達がそれを用意る場面はといえば、せいぜい小腹が空いた時のオヤツの購入程度である。


 そのオヤツですら、圧倒的素材の無駄遣いを平気で行うケモール商会の台所事情により、めっきり外買いの機会は失われていた。


 商会内で全ての欲求が満たされしまう雑種達は、与えらえた金銭を持て余すと、じゃらじゃらと邪魔臭いその硬貨を、ポケットやタンスの裏へ無造作にしまい込み、美味しいご飯を食べる頃には、大抵その存在を忘れさってしまう。


 結果として、掃除や洗濯の度に忘れられた硬貨が発掘され、商会の金庫に戻す訳にも行かない持ち主不明の可哀そうな銅貨の山は、銀貨や金貨に姿を変えて商会の共有財産として保管されているのだった。



 支払いに対し余裕の態度を崩さない山田の様子に、ウィンクルは内なる疑念を大きくする。


(・・・やはりヤマダは商会の売り上げを隠蔽し、不当に利益を掠めている可能性が有りますね)



 山田を騙し書類上、ケモール商会の権利を乗っ取った彼女だが、大鹿を狩れる程の実力者を有して要るにしては、商会の売り上が余りにも芳しくない。


 毎日大勢の雑種を率いて樹海に赴いてはいるが、納品される成果が実に侘しい上に、報告される商店の売り上げも余りに低い。


 偶に大物の魔核などが換金されるが、最近は魔石等の素材が殆ど卸されず、肉類に関しては持ちきれず捨てているのか、換金される事は皆無と言えた。



 それでも毎月の支払いに関しては、ギリギリ足りている水準な所に、作為的な物を感じていた所であった。


(余りにも怪し過ぎます、情報が・・・ケモール商会内部の情報が必要ですね)


 利益の殆どが、雑種達の教育と胃袋に消えている等と思いも寄らない彼女は心底山田を疑い、その懐を探りたいと一つの提案の持ちかける。



「もしよろしければ私が商会へ出向き、帳簿や経理に付いて何かアドバイス等を差し上げる事も出来ますが」


「商会へ直接ですか?・・・いや、流石にそれは不味いでしょう」


 山田が困り顔でやんわりとお断りすると、ウィンクルは小さく苦笑を返す。


「うふふ、それもそうですね。商会の内部事情に踏み込むのは、少々行き過ぎでした」


「ははは、いや残念ですが、今回はそのお気持ちだけ受け取らせて頂きます」


 そう笑顔で微笑み合う二人だが、内心では不満と葛藤が渦巻いていた。



(やはり容易く秘密を探らせるほど、甘くはありませんか)


 ケモール商会の内情を探れず、ウィンクルが笑顔の裏で落胆していると、内部機密何それ?な山田も、内心では勿体無いと愚痴を零す。


(正直助かるんだが、そこまでして貰うと流石に悪いしな・・・残念だが今回は諦めよう)



 傭兵ギルド長から苦言を貰っている身としては、余り甘えて商業ギルド長からもお叱りを受ける状況は招きたくない。


 それ以前にウィンクルにケモール商会の権利を、密かに騙し取られている事など当然知らない彼は、彼女が我が物顔で行っている、ギルドへの決済や報告も、ありがてぇありがてぇと感謝すらしている程だった。


 そんな彼だからこそ、これ以上お手間を取らせられぬと、申し出を涙を呑んで退けた。


 アドバイス処か、めんどくさい運営そのものを任せたい無防備過ぎる山田だったが、ここは我慢と自制を働かせたのだった。



 結局、作り笑顔で内心を隠した二人のすれ違いは、新しい物件の手続きが終了するまで続き、彼等の希望が合致するのは又次の機会と相成ったのであった。





 本日は半ドンのウィンクル嬢。


 癪に障る山田との会見も無事終わり、今は一人帰宅の途に就く旅人となっていた。



「ケモール商会、絶対何か秘密が有る筈ですのに・・・」


 あの商会は樹海の大物を狩れる山田と、雑種とは言え相応の実力者を数多く抱えて居るのだ、商会の売り上げがあの程度など到底有り得る話ではない。


 山田の将来性を見越し、大きく育った所を篭絡するか、利権を奪うか画策していた彼女だが、女に靡かない山田と、全然大きくならない商会に、心の中のモヤモヤを押さえられずにいた。


「これでは、何の為にヤマダを商人にしたのか分かりませんね。せめて経営に口出し出来るだけの立場になれれば・・・」



 書類上は兎も角、実質的に商会を運営し、従業員を手中に収めて居るのは山田である。


 ウィンクルが権力を笠に強権を発動して、商会の権利を主張した所で、山田や従業員に去られてしまえば、後に残るのは空っぽの工房だけである。


 せめて商会が抱える職人達との伝手が無い事には、どうにも動きの取れない彼女は、何とか運営に食い込めないかと思考を巡らせる。



「一番いいのは、私が商会を取り仕切り、山田には素材と金を納めるだけの、従業員となって貰うのが良策なのですが・・・難しいですね」


 山田が聞いたら「是非と」お願いされそうな話を、思考の海であれやこれやと画策し続けるウィンクル。


 そんな彼女の耳に、ガラガラと木箱が崩れる音と、野太い男の怒鳴り声が飛び込んで来たのはその時だった。





「ちっ薄汚い雑種がこんな所をうろついてんじゃねぇ!」


「う、うぅう」


 音の発生源に目を向けると、怒鳴り声を上げる商人らしき男と、蹴り飛ばされ地面で呻く猫の雑種の姿が目に飛び込んで来る。


「・・・最近では珍しいですわね」


 目の前の光景に対し、不快気に目を細める彼女の言う通り、昨今のファストルの街では、ボロを纏った雑種の姿を見る事は非常に稀であった。



 ゴロツキを襲う裏路地に出ると言う、腕一本お化けに続き、雑種を狙い徘徊する妖怪、雑種攫い。


 そのウサ耳の生えた妖怪は至る所に出没し、雑種を見つけては俊敏な動きで襲い掛かると、泣き叫ぶ彼女達を何処とも知れぬ、深い処へとその身を運び去ってしまう。


 連れ去られた彼女達が帰る事は二度と無く、今や市民街はおろか、近郊のスラム街ですら雑種達の数は激減しているのだった。


 因みに攫われた雑種達は、何故かケモール商会で黒髪の変態に、頭を撫で回される末路が待って居るとかなんとか。



 そんな今と成っては珍しい雑種の子が一人、商人の男に怒りお言葉を叩き付けられていた。


「店の周りにおめーみたいな奴が居ると、客足が遠のいちまうだろーが!」


「ご、ごめんなさい、いい匂いがして、つい・・・」


「あぁ! ウチのゴミ箱でも漁ろうってのかよ、このゴミムシが!」


 再度、蹴り付けようと男が足を振り上げた時、ウィンクルは弾かれた様に駆け出すと、二人の間に割って入った。



「お待ちください!」


「なんだてめぇ! 邪魔しようって、って、あ、あぁ、こりゃウィンクルさん」


 怒りのまま捲し立てようとした男は、目の前の女性が商業ギルドの幹部で有る事に気付くと、慌てて言葉を取り繕う。


「これはとんだ失礼を、しかし、どうしたんですかい突然」


「突然の不作法お許しください、実はこの子、とある商会に登録されている従業員ではないかと」


「へ、いや、しかしコイツは・・・」


 雑種ですぜと言いかけた商人だが、非常識にもその雑種を従業員にした物好きの噂を思い出す。


「もしかして例の・・・そ、その、知らなっかったんですよ、そんな薄汚れた格好ですし」


「えぇ、これは不幸な事故なのですから、そちらに非が有るとは私も思っておりませんわ」


 これは不味いと言い訳を始めた商人だが、その助け舟を得てほっと胸を撫で下ろす。


 そんな商人から視線を外すと、ウィンクルは地面に倒れ込んでいる女の子の傍らにしゃがみ込み、怖がらせない様に優しく声を掛ける。



「貴方も、もう少し身なりには気を付けなくてはね」


「あ、あぁ、私・・・その・・・」


 蹴られたお腹を押さえながら戸惑う雑種に、ウィンクルは小さく目配せを送ると、そっと手を差し伸べる。


「さぁ手を取って・・・大丈夫、後は私にまかせておきなさい」


 おずおずと伸ばされた震える小さな手、その手を優しく包むと、ゆっくりとその軽すぎる体を立ち上がらせ、困った様に立ち尽くす商人へ振り返る。


「この子は私が商会へ送り届けますが、よろしいでしょうか」


「えぇ勿論ですとも。お手数をお掛けして申し訳ありませんね」



 そう恐縮商人に会釈を落とし、ウィンクルは少女の救出に無事成功したのだった。





「どう、美味しいですか」


「うん! こんな美味しいの食べた事無いよ!」


 袋一杯のお肉の串焼きを抱え、口の周りをタレで汚した雑種が、満面の笑みでそう答えると、ウィンクルは可笑しそうに頬を緩ませる。



「ふふふ、焦らないでゆっくり召し上がってください」


 柔らかく微笑みながらその頭をそっと撫でると、雑種の子は頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうに顔を伏せる。


 それでも食べる速度を落とす事無く、串焼きをモグモグと口に頬張る姿は、如何に雑種らしい逞しさがあった。


 そんな二人は、それなりに上品な建物が並ぶ閑静な区画を暫し進み、やがて家賃の高そうな団地の一つへと入り込んで行く。


 入り口から続く大きなホールを進と、正面の窓口に居る年配の管理人が二人を出迎えた。



「おやウィンクルさん、今日は随分とお速い帰宅ですな」


「例の魔物の所為ですわ、今のギルドはシフトが滅茶苦茶になってますので」


「ほほほ、それは大変ですな・・・してその子は一体」


 そう言うと朗らかだった管理人の視線が、険しいものに代わる。


「ここには、それなりの方々がお住まいになられてますからな、余り部外者の出入りは歓迎できないのですがの」


「実はこの子、とある商会の職員の一人なのですが、今日から暫く私の下で勉強させる事になりまして」


「ほぉ、噂になっている雑種の従業員ですな。それにしては随分と、その、あれですな・・・」


 雑種の薄汚れた姿を前に、管理人は何と表現しようかと言葉を選んでいると、ウィンクルは困った様に顔を伏せた。


「実は雑種と言う事で目を離した隙に、他の商人から手酷い仕打ちを受けて居りまして」


「それはまた・・・面倒な御仁も居られるものですな」


「本当に。雑種だからと見下して目の敵にする方が多くて。この子には何の罪も有りませんのに・・・」


 そう哀し気に呟き、ウィンクルは雑種の頭を優しく撫でる。


 その姿を前にしては、流石の管理人も鋭い眼光を保つ事は出来なかった。


「まぁそう言う事なら・・・しかし何かあった場合は、責任を取って頂く事になりますが」


「無論承知して居りますわ、商業ギルド幹部職員としての肩書をご信用下さい」


「ほほほ、それなら安心ですな」


 再び柔和な表情に戻った管理人は相好を崩し、ウィンクルの言葉を受け入れ、仲良く手を繋ぎ立ち去るその後姿を笑顔で見送るのだった。





 ゴミ一つ無い広い廊下と、幾つかの階段を上った二人は如何にも分厚そうな扉の前に立つ。


 ウィンクルが鍵を外し扉を押すと、見た目に反し軽く静かに口を開けた扉の向こうには、広々としたお洒落なリビングが広がっていた。


「わぁ・・・すごぉい」



 目を輝かせ煌びやかな室内を見渡し、楽し気な歓声を上げた少女を見下ろし、ウィンクルが小さく微笑みを浮かべる。


「空いてる部屋が幾つも有るから、今日からここで暮らしていいのよ。貴方さえ良ければ私預かりの商人見習いとして面倒を見て上げますわ」


「え、あ、あの、よろしくお願いします。私、ミケアっていいます 「僕」 ―――え?」


 言葉の途中で挟まれたウィンクルの言葉に、ミケアが戸惑った視線を投げかけると、脱いだコートを壁に掛けた彼女が感情の消えた表情で振り返った。


「”私”では無く”僕”と言いなさい。今日から貴方には男の子として生活して貰います」


「え、でも私女だよ、男って・・・え?」


「僕、そう言いなさいといいましたよ。男の子なんだから当然でしょう」


「そんな、おかしいよ、私女なのに―――」



 バシン!


 そんな音と共に頬に走った衝撃で台詞が途切れる。


 ジンジンとした痛みと熱を訴える頬を手で押さえると、堪えきれない嗚咽が口から零れだし始めた。


「ふ、ふぇ・・・なん、で・・・」


 次第に涙が滲む視界で、ウィンクルを見上げると、底冷えのする程の冷たい視線が見下ろしていた。



「コレだから雑種は。幾ら口で説明しても理解出来ないなら、身体に教え込むしかないですね・・・本当にクズの相手は嫌になります」


「あぁ、あぁぁ・・・」


 ポロポロと涙を流しブルブル肩を震わせる雑種は、微笑みを消したウィンクルを見上げ、イヤイヤと首を横振る。


「う、うぅ・・・いやだよ、私・・・もう帰してよう・・・」


 バシン!バシン!


 涙ながらに訴える懇願は、先程よりも激しい裂音二つで搔き消された。


「まったく、帰る所など無いどぶ猫風情が何をまぁ。取り合えずその薄汚い口を閉ざして貰えますか」


「うぅわぁん・・・な、なぐらない、で・・・ぐふぅぅぅ」


 怒りのままに叩かれた雑種は鼻血を垂れ流し、ウィンクルの言葉など耳に入らないかの様に泣き喚く。



「黙りなさいと言ってるでしょう」


 痛い痛いと泣き崩れるその姿に眉根を寄せた彼女が、更なる躾と腕を振り上げるが、はたとその動きが止まる。


 不機嫌そうに、赤みを増した自らの手に視線を落としたウィンクルは、忌々しそうな表情で呟きを零す。


「これでは私の手の方が先に、どうにかなってしまいそうですわね」


 そう言うと暖炉に立て掛けられた金属製の火かき棒を手にすると、雑種の目の前に立ちはだかり、これ見よがしにその先端を揺らして見せる。


「これなら幾ら振るっても問題ありませんわ。薄汚い貴方に触れる必要も無いので、気兼ねなく躾けも行えます」


「ひぃっ!」


 雑種は目の前で揺れる金属棒の光沢に、ガチガチと歯を噛み鳴らせ怯えると、両手を使い口を押さえ必死になって嗚咽を飲み込んだ。


 足元に這いつくばり、恐怖に震え静かになった雑種に満足すると、ウィンクルは今後に付いての思考を巡らせる。



 ケモール商会を探るに当たり、山田の嗜好の対象である雑種という手駒を手に入れた事は僥倖と言えた。


 しかし極上の女で有る自分と言う餌に食い付か無いあたり、雑種の女を送り込んだ所で、得られる山田の歓心は高が知れている


 精々その他の雑種に埋もれてしまうのが関の山だろう。


 ならば本来雑種には居ない筈の男の子として話を通せば、山田の趣向も絡み、有益な弱みの一つも握れるかもしれない。


 結果的にバレたらバレたで構わない、勘違でしたとでも言えば済む事で有る。


 それより、性別が判明する状況に及んだと言う事実を上手く利用すれば、それこそ有利な立ち位置の確保に役立つだろう。



「その為には先ず、言葉遣いから仕草や服装、私の見習い弟子としての最低限の教養と礼儀も必要ですね」


 目の前で震える猫の雑種は、ケモール商会へ潜り込ませるに都合のいい存在ではあるが、実際に使い物になるかは、色々仕込んでみない事には分からない。


 特に余計な事を口走らない様に、ウィンクルは目の前の雑種に対して、絶対的な上下関係を骨の髄まで叩き込む必要を感じていた。


「さて、何処から躾けたものでしょうか」


 億劫そうに呟き、じろりと雑種を睨みつけると、小さな子猫の肩がビクンと跳ね上がる。


「ひっひう・・・」


 恐怖の限界を超えた雑種は、涙を流し青褪めた顔で身を震わせると、その足元にはチョロチョロとした水音と共に小さなん水溜まりが広がって行く。


 ウィンクルの目尻がピクリと引きつると、火かき棒を手にする腕に力が入る。



 ―――最初の躾は決まった。

雑種はチョロい、ご飯を上げると

のこのこ何処へでも付いて行っちゃう。

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