68 出来る女と裏事情
前回のあらすじ
山田、心の闇が目覚める
ボドウィン、山田の頭を憐れむ
それはさて置き物資が無い。
物資を調達出来ず、頭を抱えている筈の商業ギルドの執務室。
その広々とした室内ではギルド長オステーナが、焦った様子も無く、悠々と紅茶の香りを楽しんでいた。
「いい香りね、でも何時もの葉の方が私は好きよ」
流れる金髪を撫で付けながら口を開いた彼女に、傍らに立つティーポットを掲げた秘書、エピフィルナは不満そうにその赤髪を揺らす。
「この時期に無理を仰らないで下さい。もっとも、雑草と区別の付かない、古い葉で宜しければ準備できますが」
お断りよと、小さく肩をすくめるギルド長を尻目に、ティーポットをワゴンに戻した彼女は、不思議そうに言葉を続ける。
「しかし宜しいのですか、傭兵ギルドからの要請を蹴られていた様ですが・・・」
「物資の催促の件ね。いいのよ、無い袖は振れ無いんだから、仕方ないでしょ」
「各商会長の方々に話を通せば、状況の改善は難しく無いと思われますが」
そう言外に、彼等の不正行為を含ませてみると、ギルド長は驚いた様に目を見開いた。
「まぁ、貴方は身内で有る彼等に事の原因が在ると言いたいのかしら。庇うべき会員を真っ先に疑うなんて、随分と薄情なのね」
「・・・・・・」
オステーナは驚いた表情で、そうエピフィルナに訴えるが、見返す彼女は無言のままジト目を向けるばかりだった。
しばし無言で見つめ合う二人だが、秘書からの白けた視線に根負けしたのか、オステーナは溜息と共に肩を竦める。
「・・・はぁつまらない子ね、そんなんだから見た目も肩書も立派なのに、未だに独り身なのよ」
「貴方に心配されると流石に心外なのですが。それより物資の件です」
「そんなもの、此方から商会長達にお願いをしたら、商業ギルドの借りになるじゃない。なんで傭兵ギルドの為にウチが負債を背負う必要が有るのよ」
「しかし領主様から指示も御座います、このまま物資が滞ると騎士団の方々に迄影響が出られるのでは? そうなると・・・」
流石に商業ギルドへ対する領主の心象にも、悪い影響が出かねない。
目でそう訴えるエピフィルナだが、対するオステーナは問題無いとばかりに胸を張って見せる。
「既にアヴェイン商会とは話が付いているわ、非常時には物資の提供を約束済みよ。最悪、傭兵ギルドへも物資を流す事も出来るわ・・・割り増しでウチが全額負負担しちゃう事になっちゃうけど」
「それは・・・今回の商会の市場操作、アヴェイン商会が関わって無いとは驚きですね」
「なに言ってるのよ、ガッチリ関わってるに決まってるじゃない。その上で商会長達とギルドを天秤に掛けているんじゃない」
「それを承知で組んで居ると?」
「組んでる訳じゃ無いわ、より利益の出る選択をしてるだけ。私もアヴェイン商会もね」
然も当然と言った様子でそう語ると、悪びれる事も無く紅茶を含む。
「商会長達の企みが上手く行けば、ギルドにも多額の金が流れ込むし、奴等が領主様の不興を買えば、間に入って借りを作ればいい。まぁ仮に事が大きくなって鎮火しきれなくなったら、商会を幾つか潰して責任と取って貰う事にするわ」
「その場合、此方にも飛び火すると思いますが」
「短期的に見ればそうね。商業ギルドも火傷しちゃうけど、最近あつかい難い商会も増えて来たし、ここらで邪魔な老木を排除出来れば、後々の運営も楽になるわ」
枯れ木ならきっとよく燃えるわと、冗談めかして呟く上司を、呆れた様子で秘書が見下ろす。
「どう転んでもギルドは短期的に得をするか、長期的に得をするか、ですか。流石のあくどさですね」
「失礼ね、そうなる様に仕向けてる訳じゃ無いわ。私はあくまで不測の事態に備えてるだけよ。商会長達の企みも、上手くいく公算も高いんだし・・・・・・まぁ以前までの傭兵ギルド相手なら、ね」
そう呟くオステーナの目は、先程迄の楽しそうな色合いと違い、強い懸念と敵意を湛えて揺れていた。
「今あそこにはボドウィンの陰に隠れた、手癖の悪い鼠が潜んで居るわ」
エピフィルナには彼女がその鋭い瞳に映す、憎むべき敵の姿を明確に推測する事が出来た。
「・・・例の傭兵ですか」
「えぇ、ウチが長い時間かけて育てた草を、容易く刈り取ってくれたヤマダとか言う傭兵。今回もなにか手打ってくる可能性があるわ」
苛立ちを滲ませた表情で虚空を睨み、ギリリと爪を噛むオステーナは、有能な秘書へ期待を込めた視線を向ける。
「で、どうかしら。傭兵ギルドから何か引き出せた?」
「内部情報は殆どありません、僅かな素材の換金を行って居る程度で、あとは噂程度の情報が幾つか」
「あくまでただのEランクを装う積りね・・・仕方無いわ、噂なんて当てにならないけど聞かせて頂戴。流石に情報が少なすぎるわ」
「まず評判は良くありません、多くの傭兵に嫌われていると言っていいでしょう。児童趣味や男色の噂を始め、尊厳を貶める風評が大半を占めています。更にギルド内で男傭兵の肩を抱いていた、獣人嗜好で小柄な獣族に体を触らせ奉仕させていた、等の目撃情報があり。街中に於いても多くの獣人の少女を侍らせて、スラムの自宅には何百人者もの情婦を囲って居るらしいと」
「・・・随分と目の敵にされてるわね、何したのかしらソイツ」
流石に評判が悪過ぎると、引きつった表情で尋ねられると、エピフィルナは手元の資料をぺラリと捲る。
「集まった情報によりますと、他人に寄生するしか能が無いカス。スラムで残飯を漁る腰抜け、傭兵の面汚し。雑種にしか相手にされない異常者。中には商業ギルドの犬、金の為なら誰にでも尻尾を振る裏切り者。と、商業ギルドとの繋がりを疑う声も上がっています」
「あーもういいわ、やっぱり噂は除外しましょう、愚痴を聞かされてるみたいで気分が悪いわ。商業筋の方どう、なんらかの記録は見つからないの?」
「街へ来る以前の情報が一切入って来ません、まるで忽然とこの街に現れた。そう評するのが一番しっくりくる人物像です」
「はぁ、完全に手詰まりね、思い切って接触してみるの手なんだけど・・・」
疲れた様にそう零すオステーナに、エピフィルナは小さく首を振って見せる。
「尚早かと。せめて領主との繋がりを調べてから挑むべきです」
「そうよね、それだけでも方針が全然変わるものね」
「侯爵様の視察に物資不足、更には情報源の喪失と最近のスラムの騒動、そこに魔物討伐まで重なり今はあらゆる面で手が回りません。ヤマダの件は後回しにせざるを得ないでしょう」
エピフィルナの口から、今更ながらに現状の困難さを述べられたオステーナは、暫しムスッとした表情で目を瞑っていたかと思うと、おもむろに目を見開くと、弾けるように両手を振り上げた。
「あーもう! なんか疲れちゃったわ、どうせ討伐が終わるまで何も出来無いんだから、暫く休むわ。明日から私居ないから」
そう叫ぶと、突然不満を爆発させたギルド長は、職務放棄を訴え秘書を驚かせた。
「当面は貴方に任せるから好きに裁いて頂戴、どうしても私が目を通さなきゃいけない案件は、戻ってから処理するから宜しく!」
鼻息も荒くびっしっと言い放つと、オステーナはツカツカと扉へ向かい足を進めた。
その様子に目をパチパチと瞬かせていた秘書だが、直ぐに冷静さを取り戻すと、両手でスカートを摘み優雅な会釈をして見せる。
「では私も滞っている休暇を頂くを事に致します。実家の方へ戻って居りますので、緊急の際は使いを寄越して下さいますよう」
そう告げて顔を上げ秘書が視線を戻すと、件の上司は机に向かい、猛烈な勢いで書類にペンを走らせていた。
「休暇?! 何いってるのよ、今のギルドにそんな余裕なんて無いわ! さぁサッサと次の書類を持ってきて頂戴!」
いけしゃしゃとそう言って、エピフィルナへとキリリと凛々しい表情を向けるオステーナ。
自分だけならいざ知らず、目の前の有能な秘書にまで休まれたらギルドが傾きかねない。
よしんば持ち堪えても、休暇明けの書類地獄を想像した彼女としては、目の前の秘書の休暇など、断じて認める事は出来はしない。
休暇発言など無かったように「ほら仕事よ仕事!」と連呼すると、変わらぬ動労を赤髪の秘書に強いる。
エピフィルナはそんな上司の姿に、深いため息と冷たい視線を送りつつも、オステーナの対面に腰かけると、積み上られた書類へと手を伸ばしたのだった。
そんな多忙な彼女達に既に処理され倉庫で眠る、Eランク登録の書類に気に留める余裕など有ろう筈も無く、そこに記された山田の文字を目にする事も当然無い。
更にはウィンクルが、ケモール商会の名義を改竄している以上、上がる報告にも山田の名は当然乗らず。
故に探している筈の標的が足元をうろついている事に、彼女達が気付き驚愕するのは、まだ大分先の未来の話しなのであった。
「うぅーむ」
そんな手癖の悪いと噂の山田は、街の通りを歩きながら、眉間に皺を寄せ物思に耽っていた。
今のケモール商会は、豊富な資金と広がる人脈も有って、建築や鍛冶屋の真似事にも手を出してる状況である。
そうなると始めは大きいと思ってい居た工房だが、最近は何かと窮屈に感じる事も多くなってきた。
先日も溶鉱炉を置く場所が無く困って居たら、似たようなもんだろと言うタイアーの発案で、台所の竃を撤去し溶鉱炉に変え所。
その後、チャーハンを作る時焦げ易い等と、ラネット始めメイド組からの不満が続出する事となる。
山田は、せめて台所だけでも専用のスペースが必要だと考えるも、如何せんどうにも工房内に空きが見つからない。
「これは・・・従業員二百名に対し、今の工房では些か手狭っぽいな」
山田はコンビニ四つ分程度の工房を思いだしながら、今更過ぎる程に今更だが、漸くその点に気付いた。
ではどうするか?―――ある処から持ってくればいい。
この場合は周囲の物件を追加で借り受ける形になるが、幸いこの辺りは治安が悪いと評判の地域。
周囲の土地は悪所らしく、相応に空き家・空き地が広がっていた。
「最近は客も随分と増えたし、商品を置く場所にも困る様になったしな。ここは一つ追加で必要な分を借り受けるか」
作業場と生活空間を分け、業種別に専用の物件を作る事も視野に入れ、アレコレ候補を思い浮かべる。
「やはり一番の重要な台所は専用の建物を用意して、ガンガン五月蠅い鍛冶作業も隔離したい。大人数用に、風呂ももう少し手を加えるべきか」
顎に手をやり色々な要素を思い描いていると、ふと毎晩の無秩序な雑魚寝風景が脳裏によぎる。
食後適当にまったりとした時間を思い思いに過ごし、雑種達は眠くなったら適当に横になる。
ある者は毛布にくるまり丸くなり、ある者は隣の子に抱き着いたまま寝息を立てる。
山田もじゃれ付いて来る彼女達の頭を撫で回している内に、気が付けば寝落ちしている事も少なくない。
幾ら親子の様な感覚とはいえ年頃の男女がこれでは、流石に少々不味かろう気がしないでもなかった。
「これを期に、男女別の寮でも作ってみるか」
朝起きると雑種達に抱き付かれ、色んな部位がギュウギュウと押し付けらている環境は改善の余地がある。
まだ未成年である雑種達が、保護者である山田に甘える事自体は理解できるが、これでも一応男の子。
彼女達の教育の為にも、異性との付き合い方も教えて居かねばならないだろうと思い至る。
「何時までも、お父さんんと一緒でも無いだろうしな。さて、そうと決まればウィンクルさんに相談でもしに行くか」
ウルカ辺りがそれを許すかどうかはさて置き、一人そう呟いた山田の足は、物件確保の為に商業ギルドへと向けて歩き出す。
こうしてケモール商会の拠点増築計画は、又しても山田の思い付きに因って、見切り発車と相成ったのであった。




