67 金は有っても物が無い
前回のあらすじ
邪悪な魔物を倒す為
素敵な騎士団が出発だ
みんなの平和な生活を
輝く彼らが守り抜く
樹海が望める街道に面した草原の上。ここは非業の死を遂げた偉大な商人ベルトッシュが散りし土地。
この一見のどかな緑の景色の中でさえ、この世界に於いては何時訪れるとも知れない死の危険を孕んでいる。
そんな危険が付き纏う筈の開けた土地に、今や千人程の人々が集う臨時の集落が出来上がりつつあった。
広い平地部に張られた縄張りの中には、ギルドの仮設施設である倉庫や受付・待機所を兼ねる、大小様々な天幕が立ち並び、その隣には騎士団の野営地が設営され、彼らの寝床で有る天幕が数多く乱立していた。
ここで騎士団は魔物発見まで待機し、魔物に追われ、樹海から命からがら逃げだして来た傭兵達を颯爽と救出すると共に、街を脅かす魔物の討伐を行うのである。
その前段として、Cランク傭兵が樹海の調査を行い、それを支援する為にギルドの雇った大量のDランク傭兵が街と出張所、更には出張所と樹海の傭兵達との間を往復し、物資の運搬や連絡を担う事になる。
一種の物流ハブとなる傭兵ギルド出張所。
そのギルドの旗を掲げる一際大きな天幕の中では、馬車に乗り現着したギルド長、ボドウィンを始め、十人ほどの職員達が荷物の整理や、書類片手に難しい顔で打ち合わせを行っている。
そんな重苦しい雰囲気の流れる天幕に、一人の若者がひょっこりと姿を現した。
「失礼します山田です。打ち合わせに来たのですが」
「あ、ヤマダさん。ようこそ傭兵ギルド出張所へ」
天幕の入り口から顔を覗かせた山田に、ゴソゴソ荷物整理をしていた受付嬢のルビアが声をかける。
「思ったより早く着いたんですね、歩きだと大変だったでしょう」
「いえ、慣れてますので楽なものですよ」
「おぉ流石ですね・・・でもまぁ、キレイな女性とご一緒なら苦にも成りませんか」
ルビアは口元を手で隠し、うぷぷとにやけ笑いを浮かべると、ウザイ視線を投げかけてくる。
「バラフィさんを射止めるなんて、凄い戦果じゃないですか。しかも腕を組んで街道デートなんて、命知らずにも程がありますよ」
クスクスと楽しそうに語るルビアの声と聞きながら、やはり損しかない、と改めてバラフィの仕打ちに対し、山田の口から溜息が零れ落ちる。
「それよりギルド長に用が有るのですが」
「あぁ、それなら・・・」
そう振り返ったルビアの視線の先、二人の会話を聞き付けたらしいボドウィンが、書類から目を離すと山田達へと向きなおる。
「来たかヤマダ、待って居たぞ」
ボドウィンは職員との打ち合わせを切り上げると山田へと歩み寄り、その身をグイグイと天幕の隅へと押しやって行く。
「実は少し面倒な事になってな。色々な商会を通して依頼に必要な物資の確保を打診したのだが、どうにも思わしくない。どうも商人共が、裏でなにか企んでいるらしい」
手にした書類に目を落とすと、ボドウィンは厳つい顔をさらに険しく歪ませる。
「商業ギルドへも使いを出したが、例年以上の物資の不足で向こうも余裕が無いと言って来た。ご丁寧にも騎士団への物資に不足は無いが、此方へ回す分までは手が回らないらしい」
「・・・もしかしてギルド同士の確執って奴ですか?」
以前ルビア嬢が零した、商業ギルド憎しの言葉を思い出し、傭兵・商業・両ギルドのギスギスが原因かとも思ったが、ギルド長は小さく首を振りそれを否定する。
「それは無い。向こうにも領主から直接の要請が行っているのだ、この状況は商業ギルドとしても余り愉快な展開ではあるまい。恐らく商会同士が独自に組んで、利益を得ようと画策しているのだろう」
「商人が商業ギルドに不義理を働いていると・・・有るんですか、そんなこと?」
「あるな。傭兵と同じで商人共もギルドは都合よく利用するもの、そう考えているんだよ。まぁこっちも傭兵を利用してる立場だからお互い様だがな」
そう言うと手にして書類を山田へと手渡してくる。
山田が内容を見てみると物資の一覧らしく、様々な品目や数字が記載されている。
しかし、やたらめったら訂正や削除の跡が目立ち、ごちゃごちゃ見苦しいその書類は、物資不足の混迷さを、これでもかと表している様だった。
「見ての通り物資が色々不足している、中でも薬品関係が特に問題だ。・・・急な話になるが、今日中にどれ程の回復薬を都合できる? そっちも品不足なのは分かるが、可能な限り此方へ回して欲しい」
「そうですね、一度戻って確認しない事にはなんとも」
「可能な分で構わない、午後の納品と共に追加として持ってきてくれ」
「分かりました、後でまとめてお持ちします。―――あ、そう言えば・・・」
藁にも縋ると言った様相のボドウィンにそう答えた山田、ふとその脳裏に八匹の子犬達の事が脳裏に浮かぶ。
「実はCランクのコリーさん達に付いてご相談有るんですが」
「なんだ、アイツ等が何か問題でも起こしたのか?」
「いえ、彼女達のパーティーから依頼の間、施設の利用と食料の提供を要望されまして。まぁ要は宿屋替わりって事なんですが、これも今回の依頼へ計上していいのかを確認しておきたくて」
「ギルドの個室から抜け出し、何処へ行ったかと思えば・・・まぁ構わんだろ、どの位の費用を見ている」
許可が出なければ断る理由になると内心期待していた山田だが、あっさり下りた許可に内心舌打ちを漏らす。
これではラネット達を言い含める事は、とてもとても難しい。
それでも山田は未練がましく、お断りさせるべく交渉を持ちかけていく。
「あーいえね、ウチも本来と違うサービスを提供するとなると、色々と手間も増える訳で、そうなると如何しても費用が」
「構わん、幾らだ」
先程よりも早い即答、おかしいなと首を傾げながらも、交渉を続ける。
「それに傭兵の方々ってのはアレじゃないですか、ほら、乱暴狼藉の類とか。そうなると怯えるウチの従業員への手当てとか手当とか、あと手当とか。色々かかる訳ですよ」
「お前も傭兵だろうが。だがまぁ構わん、幾らだ」
全然マシに成らない交渉に心折れかけるも、コリー達から受けた恥辱刑を思い出し、何とか踏みとどまる。
「実は他にもですね「えぇいうるさい! さっさと掛かる費用を提示しろと言って居るだろうが!」
遂には業を煮やしたボドウィンにそう一喝され、山田の逆交渉は失敗に終わった。
がっくりと肩を落とした山田は、コリー達の件は仕方ないと腹をくくる事にした。
だが目の前の分らず屋なハゲに憤慨した彼は、こうなったらトコトンギルドから搾り取ってやろうと、心の黒い部分がザワザワと騒めき始める。
朝から積み重なったストレスが、心の奥底に眠る深い闇を呼び覚ましてしまったのだ。
(くくく、たしか以前泊まろうとした宿が一人三千だった筈、ならば思い切ってその倍の六千で、いや、少しやり過ぎだな・・・ならば)
「そうですね・・・一人五千エンドル、八人居るので全部で四万ですか。あぁこれは一日の額ですので、お間違えの無い様」
山田はボドウィンの目を正面から見据えると、街の宿泊施設が一人三千なのに対し、二千もプラスした一人五千の費用を要求した。
「一人、五千だと・・・」
流石にその金額には強気ハゲも動揺を隠せ無い、脂汗を流し狼狽えた表情で山田を見返してくる。
高すぎる! まるでそう訴えるかの様に注がれる視線を受ける山田だが、闇に飲まれた彼の心に生まれる罪悪感など、あまりなかった。
(・・・驚いたな、俺の中にこれ程のドス黒い感情が眠っていたとは。しかしコレは危険だ、迂闊に飲まれると容易く人を傷つけ、世界を壊しかねない・・・俺が、抑え込まなければ)
己の中に潜む闇に戦慄と危機感を覚えた山田は、身近な人々や取り巻く環境を守る為、その制御と自制を強く心に誓う。
山田の中に眠る黒い闇。それは彼の器に相応しく、とてもとてもショボくてセコイいものであった。
山田が己の業に心痛める一方で、かつては傭兵として世間を渡り歩いたボドウィンもまた、胸中で渦巻く葛藤の只中に居た。
(五千・・・安すぎる。この時期は商人も傭兵も少ない、割り引きをしている宿も少なくないだろうが・・・それでも安い)
彼自身、駆け出しの頃は兎も角、Cランクとなって以降は万単位以下の宿など利用した記憶が無い。
ましてや依頼中の宿泊代など割り増しが基本である、そんな中、安宿の大部屋の様な低価格を真顔で告げて来る山田に対し、彼の中で一つの推論が浮かび上がった。
一芸に秀でた者には偶に居る、才能と引き換えに人間性や倫理観を喪失した人間、ある種狂人と呼ばれる怪物達。
今迄何人もそんな人間の見て来たボドウィンは、山田の纏う底の知れない不気味さの中に、彼等に通じるものを感覚として捕らえた。
(そう考えれば納得がいく、奴の行動も商会の経営も。間違いない、その力と引き換えにヤマダは・・・・・・凄く頭が弱いのだ)
驚異的な戦闘力の代償に、お金の計算がとても苦手な山田に対し、ボドウィンの視線の中には僅かな憐みの色が混じる。
しかしそれは目の前の男の危険性を減じる要素に成りはしない、返って内包する危うさを際立たせ兼ねなかった。
今、ボドウィンの中では、山田に対する認識が複雑に揺れ動き、今更ながらに彼の起用に不安が広がっていた。
「・・・いいだろう、依頼が終わり次第、彼女達の署名を入れた宿泊記録を持って来るがいい。」
だが暫しの葛藤の末、彼が出した結論は妥協。
他に打てる手が無い現状を理解しているボドウィンは、己の中にある不安を強引に押し込めると、絞り出すようい口を開いた。
「他にも彼女達が何か要望すれば応えるといい、報告は事後で構わない」
「分かりました、ギルド長」
そう応える山田の声も、何処か後ろめたさ感じさせる沈んだ声色。
今更ながらにボッタクリに罪悪感を感じ始めた山田と、一抹の不安を抱えたボドウィンの声色は実に陰気臭い。
無事、取引が成立した筈の両者は笑顔の一つ浮かべる事も無く、彼等の面会はどんより暗い雰囲気のままにその幕を閉じる。
そしてルビア始めそれの見守る周囲の職員達は、そんな二人を気味が悪そうに見つめていたのだった。
全ての打ち合わせを済ませ天幕を出た山田は、天空一面に広がる青空を見上げると、気持ちを切り替える様に大きな溜息を零した。
「流石に心が気まずい・・・物資の件は善処してみるか。それに商業ギルドに物が無いなら、不足分をこちで売り出しても恨まれる事も無いだろう」
今迄は、よそ様の商売を邪魔しては悪いと、それなりに気を使って商品の提供を絞っていた。
しかし需要が賄えないなら、ケモール商会でその不足分をお補う事は、市民の不満を押さえ、他商会の経営の助けに成るのではないか。
更には品不足の解消は、商会の評判も高め、延いてはそこで働く雑種達の地位向上にも繋がって行く。
まさに一挙四方得。誰もが嬉しい、幸せの未来がそこには在った。
「折角の機会だ、ちょっと色々放出して見るのも悪くないか」
そう呟いた山田の脳裏に浮かぶのは、彼のうろ覚えの知識を盲信し、溢れる好奇心と稀有なスキルを数多く擁する雑種集団によって、ファンタジー的に再現された現代商品達。
画期的な品や「そんなの要る?」と首を傾げる珍品迄その多種多様な品々は、今はケモール商会の中だけで活用されるの留まっている。
そんな数々の商品がこの件を境に少しづつ、異世界の一角を汚染し始めようとしていた。




