70 危ないおもちゃ
前回のあらすじ
誰得、女の息育成計画発動。
「今あるのはコレだけだよ」
ごそごそとポケットを漁っていたリースが隣に立つ男、山田をそう仰ぎ見ると、彼の顔には予想外と言った表情が浮かんでいた。
「三百位か・・・思ったより少ないな」
ケモール商会へ帰り着いた山田はリースの下を訪れ、彼女のスキル、倉庫から取り出された商品を確認したのだが、思いの外少ない在庫に意表を突かれる事になる。
山田のポンコツなアドバイスの所為で、納豆を素材として組み込んだ回復薬は、とても臭いと評判でしかも使用期限も従来品に比べれば短い。
故にその売れ行きは悪く、無計画に作られる回復薬は、相応の在庫を抱えると予想されていた。
しかしその圧倒的低価格は一部の不便さなど容易く払拭し、庶民含め一部の傭兵様には大変好評な商品となっていたのだった。
「なんか無駄に売れ残ってそうなイメージが有ったが、結構出てるんだな・・・」
「すみません、基本的にみんな作りたい物を作ってるんで、数に関してはバラつきが多くて・・・一応少なくなったら物は優先して調合はしてますけど」
「あぁいいんだ、別に困る訳じゃ無いし、自由に作ってればいいから。お前達がやりたい仕事をする事が第一だからな」
申し訳無さそうにするハツカの頭を撫で回してそう説明すると、二の腕にリースがグリグリと頭を押し付けて来る。
「どうする有る分全部持ってく? 今日は一日増産体制だし、減った分は作れば問題ないよ」
「ふむ」
山田は両手でネズミとリスのケモ耳を堪能しながら、在庫と生産体勢、ギルドからの要請を鑑み方針の検討を始める。
が、5秒で良く分からんと匙を投げると、気持ち良さそうに目を細める二人へと視線を落とした。
「取り合えず有るだけ持ってけばいいかな?」
丸投げ全開で社長が部下に方針を確認すると、暫しの停滞の後。ダメな上司に成り替わり商品管理に思考を巡らせた二人の少女は、しっかりと頷いて見せたのだった。
樹海を望める草原の出張所前。
目の前に積まれた物資の山に、ギルド長ボドウィンは光る頭部に汗を浮べて唸る。
「・・・こんなに用意できたのか」
「出来るだけと言う事でしたので。あぁ必要ない分は持ち帰りますから、ご安心ください」
「あ、いや。多い分には問題は無いんだが・・・」
山田の声を上の空で聞き流しながら、改めて運び込まれた物資を眺め、ボドウィンはその量の多さに言葉を無くした。
見られちゃ不味い。その考えからリースの倉庫から取り出された物資は荷台に乗せられ、ゴロゴロと山田や雑種達に引かれるとギルドの天幕前へと運搬された。
その中には薬品の類は勿論、日用品から調味料、雑種達が面白がって積み込んだ、けん玉などの玩具まで紛れ込んでいる。
山田はソレ要らなくね? と思いつつも、笑顔で荷造りする雑種達にNOと言えず、木箱から覗くカスタネットからそっと目を晒すと、準備された全ての物資をギルドへと収める事にしたのだった。
そんな物資を目にし、暫し呆然としていたボドウィンだが、気を取り直すと山田へと向き直る。
「それで、回復薬はどの程度用意できた」
「なんとか三百ほど持って来ましたが、その他の薬は予定分しか持って有りませんよ」
「三百だと! それだけあれば数日は何とかなる」
「え?」
今日の分として取り合えず持ってきた回復薬だが、数日は持つとの言葉に山田は首を捻る。
「数日は何とかなる・・・ですか?」
「ふむ、これだけの量が数日で無くなるのが信じられんか。確かに平時ならそうかも知れんが、今は討伐依頼中だ。ギルドから回復薬の支給が有る以上、傭兵共がその使用を躊躇う理由は無い。・・・まぁそう言う事だ」
「只だから湯水の如く使用してくると」
「そこまでは言わんが、普段なら薬草で安く済ます怪我にも、気兼ね無く使う事になるだろう。頭の痛い話だが場合に因っては命にも関わる事だ、下手に規制する訳にもいかんのでな」
「そう、ですね・・・」
雑種達には掠り傷でも使用するよ指示を出している山田としては、持って一日だと思っていただけに拍子抜けする話であった。
まぁ足りるならいいかと楽観的に考え居てると、薬の類を確認したボドウィンが、他の荷物にも興味深そうな視線を向け始める。
「他にも色々持ち込んだようだな。予定に無い商品も検めさせて貰うぞ」
そう言うと荷車に積まれた木箱を、次々と覗き込んでいった。
「これは干し肉で、こっちは水と油か。ん、なんだこの黒い板は?」
幾つもの木箱を覗き込んでいたボドウィンだが、掌に収まる小さな黒い板状の物体を目にして疑問の声を上げた。
「レンガにしては歪だし、食い物にも見えないが・・・」
「それは固形ねん・・・薪です」
正確にはおが屑の等を炭化させ、練り固めた成形炭だが山田は説明を省く。面倒臭いから。
「薪だと、これがか?」
難しい顔をしたボドウィンがその黒い薪に触れてみると、指先に黒い煤が付着してくる。
「これは薪の燃えさしか、幾ら品不足でも・・・いや、樹海の生木を使うよりはいいが・・・」
一見すると、燃え残って真っ黒になった木片にも見える塊を手に取りしばし唸っていたが、これでも燃料に使えない事も無いと妥協する。
「仕方あるまい。火にくべる量を増やせば何とか使えるだろう、この際だ有るだけ引き取る事にしよう」
「毎度有難う御座います」
その有用性を説明するまでもなく、苦境にある状況が取引を無事成立へと導くと、ギルド長の検分は続いた。
「で、この楊枝の出来損ないはなんだ」
「マッ・・・着火棒です」
「着火棒だと? 何だそれは、火を付ける道具か何かか?」
「えぇその通りです、この棒の先に着いた先端の黒い塊を箱の側面に擦ると・・・」
「うぉ、火が付いたぞ!」
「まぁ火付けに手慣れた人には不要かも知れませんが」
「いや、火花から火を熾すのと、火種から火移すのでは大分違う。存外火花を散らすにもコツがいるからな、値段次第では貴族以外にも売れるぞ」
「こんなもの貴族が買いますかね?、一応庶民用に作って、一箱千エンドル位に考えてますけど」
「せ、千エンドルだと!」
そう驚愕するギルド長だが、流石にマッチ一箱千円は高いかと山田自身納得の反応である。
もっと安値でも赤字には成らないが、マッチ作りは人気が無い。
ちまちま面倒臭い作業なので、雑種達は気が向いた時にしか作らず、その在庫は常に品薄だった。
故に高額。
原価や需要など二の次で、雑種達が沢山作る=安い、雑種達が余り作らない=高い、という舐めた価格設定基準を山田は導入していたのである。
「あーその、今は開発段階と言いますか、試験的にその値段でして。正式な価格は後日調整しようかと」
「よし! 有るだけ全部買い取ろう。次の納入にも有るだけ持ってきてくれ」
「え・・・毎度」
どうせ売れ無いだろと思ったマッチがまさかの完売。
更には追加で求めるとは、どれだけ切羽詰まってるんだと山田が不憫に思う中、ギルド長の検分は続いて行く。
「これはなんだ、鉄球と尖った穂先が鎖で繋がっているが・・・武器か?」
木箱に詰められた沢山の玩具の中から、ひょっこり頭を出している、けん玉をその手に取ってボドウィンは首捻っている。
なるほど、ブラブラ揺れる球体と先端の尖った握りを見れば、その予想される殺傷能力から武器の類い見えなくも無いだろう。
因みに興奮した雑種の力に耐えられるよう、全身鉄製のメタルけん玉である。
「ソレはけんだ・・・武器です、フレイルの一種ですね。鉄球で殴り、手にした短い槍で突き刺します」
「随分と小振りだな、お前の所の雑種用か」
けん玉の玉の部分をブンブン振り回し具合を確かめたボドウィンは、そのシッカリした作りに一つ頷いた。
「いいだろう、傭兵共に配って意見を聞いてみよう。思わぬ収穫が有るかもしれん、全部置いていけ」
「・・・毎度」
結局、分銅にも見えるヨーヨーや、鋭い鉄軸を持つ駒を武器の類と認識したボドウィンは、木箱にぎっしり詰まった雑種達の夢を全て買い取った。
その後も木箱を覗く度に首を傾げるギルド長に、ハンガーや孫の手に対し、山田が適当な解説を施していくと、運び込んだ荷、全ての確認も何時しか終了していた。
「歯ブラシは兎も角、傭兵に爪切りやヤスリは別に要らんと思うが・・・・・・折角だ、持ってきた物資は全部ギルドで買い取ろう。追加の分も含め、今は納品書の発行で構わないな」
結局そう言うと、山田の説明を聞いたボドウィンは価格の安さもあり、持ち込まれた商品全ての買取を決める。
安かろう悪かろうは承知の上、品不足のこの状況にあって、彼は質の至らなさをその物量で補う事にしたのだった。
こうして先ずは一息といった体の彼は、当初に比べても幾分和らいだ表情で右手を差し出してくる。
「今回は助かった、礼を言う。しかし討伐が何時まで続くかは分からん、明日で終わるのか十日後も続いているのかもな。今後も可能な限り、物資の提供を頼みたい」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
ボドウィンと山田はガッシリ握手を交わすと、初回の納品はこれにて無事終了した。
ここにケモール商会からの予想以上の物資を得たギルド長は、商会長達に頭を下げて回る苦行を回避する事に成功したのだった。
山田の立ち去った後、残された物資の前には運搬の差配をする為、何人ものギルド職員達が呼び集められた。
その彼等は物資を眺めると、先のギルド長同様に目を丸くする事になる。
「この量をケモール商会のみで、ですか・・・」
大量の薬品に、うず高く積まれた食料、生活物資。
そこに有るのは、Dランクの商会が急遽手配し手にしては、些か過剰ともいえる物量であった。
「流石に何らかの裏が有ると見るべきでは?」
「そうです、幾ら何でも非常識と言わざるを得ませんわ」
大量の荷物、特に木箱に収められた回復薬の数に驚きを隠せない職員達から様々な疑惑の声が上がる。
そんな中、一人の男性職員が重い表情でぽつりと呟いた。
「もしや・・・市場から物資を買い占めて居るのは、ケモール商会と言う事も・・・」
その一言で場には奇妙な沈黙が訪れ、職員達の目が訴える様にギルド長へと注がれる。
全ては彼の商会による自作自演では? そんな憶測を視線で投げかけられるが、ギルド長は禿げ上がった頭部を左右に振ると否定を示した。
「それは無いだろう、商人共に気付かれず物資を買い漁るなど不可能だ。あの狸共が何も騒が無い所を見ると、買い占め自体、商会長共の手引きで間違いないだろう。それに・・・」
一旦言葉を途切れさせたボドウィンは、回復薬の一つを手に取りその封を解いた。
「そもそもの製法が違う、これほど特徴的な品、ケモール商会製以外に有りえまい」
言葉と共に容器からは異臭が漂い、周りにいた職員達は不快気に顔を顰める事になる。
「た、確かに、その異様な匂いは他所では真似出来ない特徴ですね」
「その欠点がケモール商会の潔白を示す、確固たる証拠になるとは・・・」
匂いに顔を顰めつつも、職員達に納得した様子が広がって行くと、ボドウィンは改めて物資を背にし彼等へと向き直る。
「これで当面の都合は付いた。傭兵共を集めろ! すぐに樹海内のCランクへ物資の配送を始めさせるぞ」
そう大声を響かせギルド長への号令の下、物資を運ぶ為の行動が開始されたのだった。
樹海内に残る僅かな獣道、馬車の立ち入れぬその道をギルドに雇われたDランク傭兵達が、大量の荷物を背負いゾロゾロと進んでいる。
彼等は樹海の中、事前に決められたエリア毎に調査と言う名の囮を担うCランクへ、物資を送り届ける荷運び人の集団であった。
「・・・おい、これって例のヤマダって奴の商品なんだろ」
周囲を警戒し黙々と足を進めていた一行の中から、赤いバンダナを巻いた傭兵が、不意に不機嫌そうな声を上げる。
「アイツの手伝いをしてるった考えたら、だんだん腹が立って来やがったぜ」
「あ? ヤマダって誰だよ」
「ほら、例の雑種野郎だよ。気味の悪い獣共を引き連れてるEランクのカス」
バンダナの愚痴に一人が反応すると、更に別に傭兵が口を開き、山田の名前に合点がいった周囲の傭兵達が次々に言葉を発しはじめる。
「あぁなんか受付の、ルビアちゃんに怒られてたガキか」
「ギルドの受付にまでバカにされてるのかよ、終わってんなソイツ」
「そーやって、相手の気を引いてんじゃねーの。変態だって噂もあるしよぉ」
「そういや、バラフィさんに言い寄ってるって話も聞いたぜ」
「な、なんですかそれ、Eランク如きがなんであの人に近寄れるんすか!」
若い傭兵の怒り混じりの叫びが上がると、バンダナの男はワザとらしく困った様に顔を顰める。
「なんでも提供する物資をネタに、ベタベタとバラフィさんに纏わりついてるらしいんだよ。彼女も困ってるらしいぜ」
「聞いた聞いた、妹のローズも口説こうとして怒らせたとか。知り合いが街道で怒鳴られてるとこ見たってよ」
「俺等もコリー達との打ち合わせしてたのに横から割り込まれてよぉ、折角まとまりかけた話が飛んじまったんだぜ」
「おいおいおい、やりたい放題じゃねーか。ギルドから協力商会として会議に呼ばれたからって勘違いしてんじゃねーか」
「しかし物資を持ってるってのは事実なんだろ? なんであんな奴がそんなに羽振りがいいんだよ。ぽっとでの雑魚なのによ」
「そういやそうだな、なんかあんのか?」
傭兵達が首を捻って疑問を上げると、頬に傷を持つ男がしたり顔で鼻を鳴らす。
「へ、しらねーのかよ、あいつ商業ギルドと繋がってるって話だぜ、だからギルド長もバラフィも、強く抗議できねぇのよ」
「それって傭兵ギルドの都合で、バラフィさんが困ってるって事じゃないですか! 非道っすよそんなの!」
「傭兵ギルドも立場があるからな、傭兵一人で穏便に事が済むなら、そりゃなぁ・・・まぁ一番悪いのは山田だがな」
「・・・そんなクソ野郎を喜ばせる為に、俺等はこんな重い荷物担いでんのかよ」
バンダナが悔しそうに呟くと、意を決した様に傷の男が皆を見渡した。
「権力を笠に許せねぇよな・・・・・・なぁ、これ無くした事にして樹海に捨てちまうってのどうよ」
「はぁ、何言ってんだよ! 出来る訳ねーだろ、そんな事」
「そうだぜ、ギルドへバレたら事だぞ。それにCランクの奴等も困るだろう」
周囲からは口々に反対の声が上がるが、傷の男は余裕の笑みさえ浮かべてそれらを見返した。
「大丈夫だって樹海での事故だぜ、ぜってぇバレねよ。それにCランクは物資が届かなきゃ街へ戻って休むだけさ、困るのは傭兵に負担を押し付けるクソギルドと、物資の持ち主であるクソヤマダだけよ」
「それは・・・いや、そうなのか、困るのはギルドとヤマダだけ、か?」
「そうさ、ギルドは依頼が遅れて面目が潰れ、ヤマダは物資が無くなり大損だ。これは調子に乗っている奴等への、ちょっとした意趣返しさ」
「んん、そう言われると、なぁ・・・」
「いや俺に聞かれてもよぅ・・・」
傷の男の説明に心動いた傭兵達の心情は、どうするどうする、とお互いに目配せをし合い葛藤の中で揺れて動いた。
「やりましょう! バラフィさんに我慢を強いるギルドも、それに付け込むヤマダも、一度痛い目も見るべきですよ!」
そこへ若々しい叫びが上がり、皆の決断を促してくる。
「俺達はギルドの歯車じゃ無いんだ、言いなりになる必要は無い! 何よりヤマダは、ヤマダの奴は許せない! そうでしょ!」
薄っすらと悔し涙まで浮かべたその熱意は、傭兵達の心にシッカリと届いた。
「・・・言うじゃねーかよ若造風情が。だがいいぜ、やってやるよ、あの雑種野郎に一発お見舞いしてやるぜ」
「そうだな一回だけ、今回だけにすればいいか。ギルドやヤマダへの良い当て付けになるしよ」
「しゃーねーな。あのクソ野郎の為に一泡吹かせられるってんなら乗ってやるとするか」
傭兵達は山田に目に物見せようと鼻息も荒く意気込むと、一致団結してプチストライキに賛同の声を上げた。
そんな中、二人の傭兵がお互いの視線を重ねると、ニヤリと小さくほくそ笑みを交わし合う。
(くくく、これで商人から依頼された補給の妨害も達成し、ヤマダの評判も落とせる。ギルドからの依頼料も含めホント美味しい仕事だぜ)
赤いバンダナを巻いた男は、頬に傷持つ相棒と共に内心で高笑いを上げると、間抜けな傭兵仲間達を冷ややかな視線を見つめ続けるのだった
これは男達が適当な魔獣を見つけ、大げさな悲鳴を上げながら駆け出す十分前の出来事で。
彼等が全ての荷物を投げ捨ててギルドの天幕に辿り着いたのは、そこから更に一時間後の事であった。
傭兵ギルドは貴重な物資の大半を僅か数時間で喪失した。




