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59 調子に乗る人達

前回のあらすじ


商品は色々好評

スキル無双が始まった

田中が一番使えない

 山田がお茶を片手に窓の外を眺ていると、気難しそうな無骨な男と共に歩く、何処か軽薄そうな男の姿が瞳に映った。


「そう言えばアイツも来るんだったか」


 すっかり忘れていた男、ヒューバットに視線を止めると当の本人も山田に気付き、広場を横切ると山田が顔を覗かせる窓際にやって来る。


「よう、遅くなっちまったな」


「本当に遅いじゃないか」


 午後とはいえ、時刻は既にお昼を大分回っていた。


「いや出がけにコイツがごねてちまってよ」


 ヒューバットが背後を親指で指し示すと、その先に居たガルガイムがムッと表情を顰める。


「ごねてなどいない、お前が勝手に予定を決めるからだ」


「そっちこそ、勝手に面倒を押し付けってんじゃねぇ」


 二人は何処か疲れた様子で、お互いに横目で視線をぶつけ合う。


「外で立ち話でもないだろ、先ずは中に入って落ち着いてくれ」


 山田はそんな彼等を工房へ招き入れると、打合せの為にテーブルへと案内していく。



「なんだお前らも来たのかい」


 そこへ工房内をウルカ達と探索していたシャジィルも、目敏く二人を見つけやって来る。


「シャジィルか、今回は面倒掛けちまったな」


「なに気にする必要は無いさ、その分の報酬はしっかり頂くからね」


「ははは、お手柔らかに頼むぜ。特に金に関しては、今回の依頼の後にしてくれると有難いんだがな」


「何言ってるんだい、アタシ達の仲じゃないか、金なんて野暮なもん要求する訳ないだろ・・・なぁヒューバット」


 ニタリ、そう表現するのがぴったりな笑みを浮かべるシャジィルへ、ヒューバットはごくりと喉を鳴らして見せる。


「・・・いや、マジにお手柔らかに頼むぜ」


 引きつった作り笑いでそう返した彼を他所に、ガルガイムは一人、我関せずとテーブルへ座ると、達観した瞳を窓の外へ向けていた。


 それに倣い山田もテーブルへ着くと、何やら話し合っているシャジィルとヒューバット仰ぎ見る。


「取り合えず、討伐に付いての打ち合わせから進めたいんだが」


「おっと、そうだったそうだった。まぁアタシも伊達に長く傭兵をやって無いからねぇ、見識に付いてはチョットしたもんだよ。遠慮は要らないから、なんでも聞いとくれ」


 腕組みしたシャジィルが山田の隣にドスンと座ると、その隣にウルカとネコロも腕組みをして、ポスンと座る。


「ウルカも手伝う! 何でも聞いていいよ、多分わかんないけど!」


「私もわからん、だから聞いても無意味」


 何故か偉そうに二人がそう言い切ると、山田の隣に腰を下ろしたベアーネが恥ずかしそうに頬を染める。


「もう。二人とも、そう言うのは言わなくていいのに」



 そんな三人が、さも当然といった体でテーブルへ両手を乗せ会議に挑むと、更に興味を持った雑種達がトテトテと近寄って来た。


「このあんちゃん達誰?」「ほら、昨日の人達だよ」「あーあの潰れた人」


 雑種達はヒューバットやガルガイムの隣や、空いた席に腰かけると物珍し気に二人をジロジロと見上げる。


「何々? あたし知らないんだけど」「あんた寝てたもんねー」「つまりお客さんなんだ?」


「でも・・・だよ」「え、じゃ・・・なきゃ」「・・・で・・・だね」


 そんなごにょごにょと囁き合う雑種を見下ろし、子供が苦手なのか大の男が二人して、居心地悪そうに身じろぎを繰り返している。



「まったく、少し早いけどオヤツを出して上げるから、山田さんの邪魔をしちゃ駄目よ」


 そこへお茶を運んで来たラネットが、山盛りのジャーキーが入った小皿をテーブルに並べていく。


 途端に幾つもの手が伸ばされると、そこから先、雑種達の声が場を乱す事は皆無となった。


 もぐもぐと忙しく口を動かす子供達に囲まれ、会議の場には何か微妙な空気が流れる出すが、こんな状況なぞ慣れっこな山田は気にせず打ち合せを進める事とした。


 と言っても山田は討伐に付いて何も知らない、ヒューバットもそうらしいので、先ずはアドバイザーのシャジィルから色々と話を聞かなくてはならない。


「で、今回の依頼にある調査って、結局何をするんだ?」


「あぁそれかい。調査と言っても別に何かを調べて回る訳じゃない、魔物を探し、見聞きした事を報告して、騎士団との接触を促す・・・要は討伐までのお膳立てだね、一種の撒き餌さ、魔物を樹海の中から引っ張り出すね。ただ馬鹿正直に餌なんて言えないから、適当な名目を付けてるだけだよ」


 シャジィルがそう肩を竦めて見せると、山田な顔にも呆れた様な表情が浮かぶ。


「なんとも世知辛い話だな。しかしそれだと、下手したら戦闘になるだろ? 途中で傭兵が魔物を倒したらどうなるんだ」


「ちょっと戦力を集めた程度でどうにかなる相手じゃないよ、魔物ってのはね。よしんば倒せるとしても、そんな事をして侯爵の顔を潰すバカは居ない、必死で逃げるさ、色んな意味でな」


「魔物の討伐の名誉と10憶は、バカをやるに理由にならないか?」


「手柄を奪われた侯爵が素直に出すもんか、魔物の出現自体が誤報扱いにされ、依頼自体が無かった事になるのがオチだよ。残るのは大貴族と傭兵達からの恨みだけさ」


 無い無いと手を振ると、指をぴっと立てて言い聞かせる良いに囁く。


「つまりはその辺りも含めての10憶エンドルなのさ、あたし達は金を侯爵は名声をってね。だから魔物を倒そうってなんてバカな傭兵・・・居る訳が無いのさ」


 表情を改めたシャジィルは、山田の目を真っすぐ見据えると、断言する様にそう言って聞かせた。







「魔物を倒すぞ」


 ゼクスは不適に笑うと、居並ぶメンバーを見据えて言い切った。


「はぁ、その為の討伐依頼ですよね?」


「ちげぇよ、俺達だけで魔物を倒すんだ、そうすりゃ手柄も10憶エンドルも総取りだぜ」


 言葉と共に目の高さで広げた手の平を、自慢の筋肉を唸らせギュッと握り込んで見せる。



 アジトの一室。メンバーを集めてのその発言に、周りの一同は一様にその表情を硬くしていく。


「そ、そりゃそうですが、魔物ですぜ、俺達だけじゃ厳しいんじゃないですかい」


「確かにそうかも知れねぇが、シャジィルやヒューバットが生きてる事を考えりゃ、そうそうヤバい相手じゃねぇ」


「そう言えば・・・一人も死んでないって話ですからね」


「少なくとも出会ったら最後って訳でも無いんだ、ヤバけりゃ逃げ出しちまえばいい。なら、一度顔を拝んでおくのも悪くねぇだろ」


「それで、もしやれそうなら、って事ですかい」


「そう言う事だ。上手く行きゃこの街を出て、王都で遊んで暮らせるぜ」


 ゼクスはニヤリとごつい顔を崩し笑って見せるが、メンバーの表情が晴れる事は無い。


「それって大丈夫ですかね、ギルドや領主の怒りを買っちまうんじゃ」


「そりゃ怒るに決まってる、だがやっちまえばこっちのもんよ。後からどうこう言った所で、事実は覆らねぇんだからな」


 ゼクスが今までの実体験を基にそう言い切ると、メンバー達が不安そうに目配せを交わし疑わし気に声を出す。


「ヤバいっすよ、絶対揉めちまいますって・・・」


「そうでもねぇ。こう言うもんはコッチが押せば、相手が引いちまうもんなんだよ。建前が無い以上、向こうは大声を出し辛いからな」


「いや、でも相手はギルドや貴族様ですぜ」


「関係ねぇぜ、たとえ貴族でも一皮むけば、所詮生身の人間だ。最後に物を言うのは気迫と覚悟なんだよ」


「そ、そんなもんですかね?」


「そんなもんなんだよ、世の中ってのはな。俺は今そうやって生きて来たんだ」


 今まで好き勝手、強引に物事を進め、結果的に美味しい思いをしてきた男は、自信たっぷりに言葉を紡ぐ。


「やっちまったもん勝ち、これが世界の真実よ。俺の経験上間違いねぇぜ」


 社会的強者と揉めた経験など無いゼクスだが、これまで傭兵相手に押し勝ち増長した彼にとって、ギルドも貴族も最早恐れる謂われなど無い存在だった。


 そんな彼が貫録を滲ませ、余りに堂々と語った言葉は、周囲に侍る粗暴な傭兵達の心へと激しく刺さる。


「ゼクスの兄貴がそこ迄言うなら・・・なぁみんな」


「あぁ、俺はやるぜ兄貴! あんたに付いて行けば間違いはねぇ」


「確かに! 俺等とは経験が違うからな、兄貴は何時も正しい!」


「流石兄貴だ、傭兵人生長い人は言う事が違うぜ」


「まぁ・・・な」


 兄貴兄貴と自分を慕う周りの声に、ゼクスは不愉快になる内心を隠しつつ鷹揚に頷いた。



 歴戦の傭兵らしい貫禄を持つゼクス、30代40代の古参からすら兄貴と呼ばれる彼だが、その実、未だ20代の若造であった。


 その身に宿した実力と溢れる筋肉、そして目上の者ですら敬いたくなる様な風格故に、多くの傭兵が彼を上位者として扱っている。


 其れゆえ、居並ぶおっさん達に混じっても、全く違和感を感じるさせる事が無い。それ程の威厳が彼には有る。



 さらに端的に述べるのならば、彼は20代にしては―――老けていた。


 おっさん達から年上に見られる都度に、内心不快に思いながらも、それを自ら訂正出来ない程に―――凄く老けていた。



 そんな貫録の有るボディに秘められた20代の精神。そんな若輩な彼だからそこ、辿り着いた真理は「やったもん勝ち」


 若さゆえの無鉄砲さと浅慮、更には周りから持て囃された彼は、その全てを上手い事拗らせて見せたのだ。


 そんなゼクスは賛同したメンバーを見渡すと、絶対の自信をもって最後に、強く、言い放った。


「10憶すべて総取りだ!」







「10憶・・・愚かな傭兵共には過ぎた額ですな」


 商人達が集まり定期的に行う意見交換会―――別名、談合会議。


 その様な場で囁かれた男の言葉は、集まった九人の商人達の共通の認識でもあった。


「まったく。大金を手にした所で、どうせ酒と女に費やすしか能の無い奴等ですし」


「調子付かせても、害にしかならん連中だからの、アレは」


 彼等は口々に傭兵をこき下ろし、鼻で笑い合っていると、一人が未だに埋まらぬ空席を見つけた。


「この時間になっても現れないとは、今回もベルトッシュ殿は欠席の様ですね」


「前回も出て居ませんでしたな、確か近くに新たな商会が出来たとかで立て込んでいるとか」


「我らの手など借りぬと言っておったが、存外、手古摺っておる様子。少し調べてみるのも面白いかも知れぬのう」


 何か儲け話にでもならないかと一人が思案を始めると、別の商人が首を振ってそれを止める。


「止めましょう、どうせポッでの商会などその内片が付くでしょう。何より周囲を探られて、あの御仁がどんな難癖をつけて来るか」


「そうですね、最近特に気難しくなって来ましたから。やはり歳ですかねぇ」


「で、有ろうな、以前はもう少し話の分かる方だったが」


「代替わりも頑なに拒んでいるとか、まったく歳は取りたく無いものですな」


 彼等が肩を竦め、冗談交じりにそう言葉を交わして居ると、ごほんと小さく咳払いの音が響く。


 そこへ皆が目を向けると、一見すると介護が必要な程に年老いた老人が、眼光鋭く一同をねめつけていた


「そろそろ会議を始めたいと思うのだが。それともまだ年寄りをなじる陰口を続ける積りかね」


「あ、いえ。そ、そんなつもりでは・・・」


「だ、誰も陰口などは、ちょっとした雑談の積りでして」


「他意は無いのですよ、バロウズ殿は余りに矍鑠として居られる故、つい御年の事を失念してしまいまして・・・」


 商人達は慌てて言い訳を口に乗せ、取り繕う様な媚びた笑顔を老人に向ける。



 老商バロウズ。最古参の老体で有りながら未だにその手腕は衰える事は無く、今もCランク商会では一番大きな力を持っている。


 そんな彼の鋭い眼光は収まる処か、更に激しさを増すと一人の商人の眉間を射抜いた。


「年寄りが儂の事だと、誰が言ったのかね」


「うっ」


 彼は失言に気付き言葉を詰まらせると、助けを求める様に周囲に視線を回す。


 しかし周りの商人達は、あからさまに視線を四方へ反らし、誰一人として彼と目を合わす者は居ない。


 孤立無援の商人が、冷や汗塗れの顔を引きつらせていると、バロウズはフンと小さく嘆息を漏らした。


「気が済んだのなら集まった理由を説明するが、よいかな」


「ど、ど、どうぞお願い致します」


 商人がカクカク首を縦に振りながら頷くと、バロウズは改めて全員を見渡した。



 此処にいる九人とベルトッシュを含めた10人のCランク商人が、実質的にはこの街の経済の中核を担っている。


 他にも、商会ギルドとBランク商会が一つ存在するが、大人の話し合いにより三者は互いに住み分けを行う事で一つの経済秩序を生み出していた。


 Cランクは民需に関わる街の物流を、Bランクは貴族関係の大口の取引を、ギルドはそこから生まれる徴収金を得る事で、各々が利益を得ているのだった。



「既に分っておるじゃろうが、今回の魔物討伐の件じゃ。侯爵が10億エンドルの依頼料を傭兵ギルドへ提示した旨、皆も聞き及んでおろう」


 バロウズがそう尋ねると、商人達は当然だとばかりに頷いて見せる。


「無論ですとも、初めは耳を疑ったほどです」


「私もですよ、幾ら魔物とは言え額が額ですからね」


「どうにも領主様は焦って居られるようで、聊か金の使い方が杜撰に過ぎますな」


「それだけ今回の討伐に期待しているのでしょう」


「ともあれ、此方にもそれなりに金の流れを期待できると言うもの」


「つまりこの会合は従来通り、お互いにどう立ち回るかを協議する為のものですな?」


 商人達のその問いに対し、バロウズはゆっくりと首を横に振って見せた。


「当然、価格の設定や扱う品目の取り決めは行う。しかし今回は更に踏み込んで、物資の流れや在庫、情勢の偽装や操作も行おうと思う」


 その言葉に商人達は、当惑した表情で視線を交わし合う。


「それは・・・余り良い手だとは思えませんが」


「下手に市場を混乱させれば、我等への不信に繋がり兼ねませんぞ」


「なにより他勢力の介入を招き兼ねない。バロウズ殿も以前はそう言っていた筈ですが」



 幾ら経済を握る彼等とて、その全てを好き勝手に出来る訳でもなかった。


 中枢を担うからこそ、その維持に面倒な制約が付いて回るのだ。


 そんな事情を憂慮する商人達に反して、バロウズは心配など無いとばかりに余裕の表情を浮かべる。


「討伐終了までの短期なら市場の乱れもおきぬ。物流の操作もこの時期なら容易いうえに、依頼に関する不満となれば、その矛先は傭兵ギルドが肩代わりしてくれよう。そして物流の不便な辺境の街に加え、そこへ流れる10憶エンドルとくれば・・・この機を逃すのは余りに惜しい」


 時、場所、人、金。その全てが上手く整った好機だと語ると、周囲の商人達にも確かにそだと理解の色が広がる。



「限定的なこの状況なら、多少な無理筋も押し通せそうですな」


「時間が無いと言う制約は、今回は我らの有利に働く。他所の街から介入される暇を与えず、問題が噴出する前に風呂敷を畳める」


「我等が裏で繋がっている以上、短期間なら情勢の操作も容易い。なにより、周りが何かに気付く前に全てが終わるでしょう」


「なら後はBランク、アヴェイン商会の動向が気がかりですね」


「うむ、幾ら不文律があるとは言え、下手な口実を与えてはどんな横槍を入れて来るか」


 その言葉に商人達が難しい表情を浮かべていると―――



「あら、私はそんな事致しませんわ」


 突然、見張りを配した筈の扉が何の前触れもなく開き、若い女性の声が室内に響く。


「面白いお話をなさってますのね、私も一席にお加え願いたいところですわ」


 言葉と共に長い赤紫の髪を揺らした一人の女性が、無遠慮に室内へと足を踏み入れて来ると、軽く膝を曲げ会釈を示す。


「突然お尋ねして申し訳ありません、ここで皆様が友誼を温めて居ると小耳に挟んだもので、良い機会だと、ついお邪魔した次第でして」


 若くしてBランク、アヴェイン商会の商会長となった女性、アルメリアは柔らかい物腰で謝辞を述べると、誰に促されぬままに丁度一つ空いている席に腰を下ろし、眼鏡の奥の瞳を優し気に細めた。


「さぁ私の事はお気になさらず、お話をお続け下さって結構ですわ」


 そんな強引な彼女の動きに誰もが驚きで声を無くす中、警戒感を隠す事の無いバロウズが口を開く。


「その前に確認させて頂きたいのだが、アルメリア殿がこの様な小さな集まりに来られるとは、一体どの様なご用向きなのでしょうな」


「ただ単に、同じファストルの街に居を構える商人として、久し振りに私も皆様と交流を図ろうかと思い至っただけですわ」


「ほう、それは願っても無い事ではありますが・・・」


 バロウズの探る様な醒めた視線に、アルメリアは小さく息を漏らす。


「・・・皆様相手に詰まらない化かし合いは無意味ですわね。単刀直入に申しますが、私の目的は魔物の素材の独占です。皆様の10億に手を出す積りは有りませんわ」


「それもそうですな。アヴェイン商会が10億程度の為に、裏で動き回るなど考えにくい事ですからな」


「程度と言う程安くは無いのですが、確かに皆さんの不興を買ってまで、とは思っておりません」


 アルメリアはにこりと微笑み、10億の利権には絡む気が無い事を明示する。


「魔物の素材の全てをお任せして頂けるなら、皆様の邪魔をする事は致しませんし、なんなら協力すら惜しみませんわ」


 彼女の口からは、そう柔らかい言葉が発せられたが、その裏に込められた棘にバロウズの眉がピクリと跳ねる。


「そちらの意図は理解できましたが、流石に全てとなると安易に頷く訳にも行きませんぞ」


「では、素材の仲介を認めればどうでしょう? 但し相手は我がアヴェイン商会のみとして頂きますが」


「・・・なる程、我々が仕入れて其方に卸す形なら構わないと」


「ええ、それなら其方も十分な利益を見込めるのではないですか」


「その実、我々を通す事で、そちらは独占の誹りを避けられると言う事ですな」


「ふふ、流石はバロウズ殿、此方の手の内など容易く見抜かれてしまわれますわね」


「はてさて、どこまでアルメリア殿の手の内やら」


「いかがです、良い取引に成ると思うのですが? 一応念書を交わして貰いますが、お互い不要となれば、破棄して頂いても構いませんわ」


「・・・よろしいでしょう」


 暫しの熟考の後、バロウズがそう口を開き商人達を見渡した。


「私はこの提案を受けても良いと思うが、皆はどう思われるかな?」


 バロウズが商人達を見渡すと、彼がそう言うならと全員がこの取引に同意を示し、ここに商人達の密約が結ばれる事になった。





「首尾は如何でしたかお嬢様」


 通りに待機させた馬車にアルメリアが歩み寄ると、先代の時より商会へ仕える年配の執事が、馬車の扉を開きながら声をかける。


「上手く行ったわ、これで魔物の素材はアヴェイン商会で独占できる。この先ずっとね」


 アルメリアは車内へと腰を下ろすと、ニヤリと口を歪め念書に視線を落とす。


「彼等は魔物の発生など、十年に一度程度なんて思ってるんでしょうね。でも各地の事例を見る限り、今後はドンドン増える事になるわ。その辺りに視野を広がられ無いのが、世界を知らない辺境の商人の限界ね」


 すいっと念書を秘書に差し出しすと「しかし」と僅かにその表情を曇らせた。


「やはりバロウズは手強いわね。契約の破棄には”お互い”が不要とした場合と盛り込んだのに、彼には上手く躱されたわ」


「これは・・・バロウズ様の印だけは商会印ではなく、個人の承認印が押されておられますな」


「これでは、あの御老体が天に召されれば、この念書は効力を無くしてしまうわね」


 はぁと小さな溜め息を零し、今しがた出て来た建物へと視線を送る。


「本当に困ったご老体だこと」


 最後にポツリと零れたその愚痴は、誰の耳に届くと来なく車内に溶けて消えた。







「ふぅ、アルメリア殿にも困ったものよな」


 来客が去りCランクだけとなった室内に、バロウズのそんな嘆息が漏れると、周囲の商人達も苦笑気味な笑みを浮かべる。


「まぁしかし、これで憂いは消えましたな。後は我等の一存次第と言う事です」


「我等・・・とは言いますが、ベルトッシュ殿は如何するので?」


「彼は色々と忙しい様子。動きの取れぬ者を無理に引き込んでも、良い結果は生まれまい」


「ふむ、そう言う事で有れば仕方在りませんな」


「左様、致し方ない・・・今回は我らだけだ動くとしよう」


「当然の事、分配は我らだけとなりますが、仕方ない、仕方ない事ですな」


「では残念ですが、今回ベルトッシュ殿には外様となって頂きましょうか」


 最後の発言に周囲の賛同と、皆のクスクスと言う笑いが加わっると、方針が一つ纏まる事になった。



「次は具体的な方針ですが、まず人を使って物資を買い集めるべきでしょうね」


「そうですな、小さな商会でも流れた薬品が多少はあるでしょうし、その他の必要物資と共に、それらも回収する方が良いかと」


「更には街への物資の流入も操作せねばな。物資の乏しいこの時期なら、急に物資が不足し出しても然程不自然は無いはず」


「十分に物資を溜め込み、市場の物資を枯渇させたなら・・・機を見て我らが救世主として現れる訳ですな」


「供給を絞り価格を大きく引き上げて、と言う事になるのであろうな」


「くくく、本当に悪い事を考えるものよ」


 愉快そうに笑う声と共に、また一つ方針が纏まる。



「しかし侯爵様から何か言われぬか?」


「そこは上手くやるしかありませんね。買い占めはあくまで目立たぬ範囲で、無理そうなら手を付けずともいいでしょう」


「それに侯爵家にはアヴェイン商会からの荷が届くのだし、問題ありますまい」


「そもそも庶生の細々とした事など、さほど気にしまいよ。第一、物が無い訳では無い、不足気味で値が張るだけの話しよ」


「左様、物資不足で値が上がるのは当然の事。ただ幾ら売っても品切れにはならぬがの」


「くふふふ、不思議な事も有るものですなぁ」


「どの道、討伐に各種の薬は必要不可欠、平時なら兎も角、今回は無理してでも買わざるを得んでしょう」


「薬などの貴重品をまともに扱えるのは、我らCランク以上の商人のみ。その我らが謀れば市場など思うがままよ」


「暫くは買い控えるだろうがこの街に傭兵は多い、傭兵ギルド程だけでは到底賄いきれん筈、直ぐに我らに頼み込んで来るだろう・・・侯爵からの10憶を持ってな」


 その言葉に多くの商人が当然だと頷き、今回の勝ち筋を確信した。


「それはそうでしょう。大量の薬物類を差配できるのは、我々Cランクだけでしょうからな」


「まぁDランク以下でも、偶然数本程度は手に入るでしょうが、それでは到底市場は潤いませんよ」


「いやいや慢心はいけませんな、Dランクでも大量の薬品を扱う商会が有るやもしれませんぞ」


 一人の商人が、愉快そうにそうお道化て見せると、周りの商人達も相好崩し高笑いを上げる。


「わはは、有りえん有りえん。我々以外、どこの商会が貴重な薬を扱って居ると言うのだ」


「まさしく。この街で真面な量を取り扱っているのは、我々以外いる筈もありませんぞ」


「これで傭兵共は、命がけで依頼に挑んでも、手に入れるのは端金といった所ですかな」


「はははは。ホントに哀れですなぁ、命の価値が低き者どもは」



 こうして一通り嘲る様な嘲笑が過ぎると、バロウズの蔑むような声色が場に流れる。


「しょせん傭兵など、泥にまみれて血肉を漁る獣と変わらぬ。精々我ら人間の手足にする程度しか使い道もあるまいよ」


 その言葉に居並ぶ商人達は又も愉快そうな笑いを漏らし、全会一致で同意を示すと十年に一度の大商に向け、更なる方針を取り決めていくのだった。







 その頃、樹海で泥にまみれて血肉を漁る獣達は、今日も元気に獲物の狩り取りを行っていた。



「くくく、今日も大量だぜ」


「ほんとにねー、これだから中層での狩りは止められないよー」


 木に吊るされブラブラ揺れる犠牲者を見上げ、タイアー達は悪い笑みを浮かべる。


「しかも鹿肉とか久しぶりじゃねーか、チビ共も大喜びだぜ」


「むふー、結構レアだよね大鹿ってー。私もう、どんな味だったか覚えてないよー」


 覚えてないと言う割には、シープアの口からは涎があうーと流れ落ちていく。


 そんな二人に、周囲の雑種から呆れた様な声が掛けられる。


「お肉もいいけど素材も集めてよね」


「そうだよ、ハツカが素材が足りないってぶーぶー言ってたじゃない」


 その声に、おっとそうだったと腰の剣を抜き放ち、二人は吊られた大鹿へ歩み寄った。


「えーと確か大鹿の角は、首ごとぶった切るんだよな」


「そうだっけ? まぁどうせ首はスキル確認の為に全部持ち帰るから、それで良いんじゃない?」


「それもそうだな」


 ではと、タイアーが吊るされた大鹿の首をちょん切ろうとすると、ズドドンズゥンンン! と樹海の奥から地響きの様な音が聞こえて来る。


「なんだ、どっかの傭兵が戦ってる音か?」


「んーでも何か近づいてる感じもするよねー」


 その音は何かを叩きつける様な、重いもを引きずる様な不思議な音色で、その音量を徐々に増していく。


 遂には大地を揺らす振動と、大気を震わせる騒音をまき散らし、雑種達の見守る中、木々を薙ぎ払い騒音の根源がその巨体を現した。


 見上げる程の大きな身体と二つの頭部、如何にも硬そうな甲殻を纏い、四つの鋏と数えきれない足をひしめかせ、今話題の魔物が咆哮を奏でる。


「「ギシャアアアアアアアアアアー!」」


「「「うひゃあああああああああ!」」」


 その姿を目にした雑種達は目を見開き、咆哮に負けず劣らずの絶叫を上げ返した。


「なんだこいつ! み、見た事ねーぞ、こんなの!」


 タイアーはワナワナと唇を振るさせると、その表情を苦々しく歪める。


「う、うそだろ・・・コイツ、なんて・・・」


「そんな、こんなのって・・・」


 シープアも信じられないと言った様子で、首をフルフルと横にると、その足が思わず後ずさる。


「こんな、こんなのって・・・とっても気持ち悪いんですけどー!」


 わしゃわしゃ蠢く歩脚を見つめ、何処か怒りを感じさせる声で高々に叫ぶと、タイアーも同調する様に怒声を上げる。


「コイツ、なんて不味そうなんだ! おーい、こっちにデカマズそうな奴がいるぞ! ムカつくからこいつヤっちまおうぜ!」


 大声で背後に向って声を張り上げると、次々と雑種達が集まると、彼女達はぽけっと大きな口を開けてその巨体を見上げた。



「うわぉおっきーい、熊さんの何倍あるんだろうコイツ」


「これは・・・ヤマダへのいい土産になるじゃん」


「やばい。もしコイツが大鹿くらい美味しかったら、超デカヤバい」


「いや、この見た目じゃ味とか期待できないっしょ」


「一応身が痛んじゃうかもしれないから、スキルは無しでいこっか」



 長きにわたる捕食者生活で「出会う魔獣は食料です」を実行してきた雑種達。


 調子こいた彼女達は「舐めプ」宣言を口にすると、スラムのチンピラもかくやといった様子で魔物を取り囲み始めた。



「くくく、もう逃げらんねーぜ」


「大人しく、念仏でも唱えちゃってね」


「ひひひ、まぁ運が悪かったと思って諦めるんだな」


 ガラ悪く、巨大エビに襲い掛かった彼女達だが―――



「かってぇー! なんだコイツ剣が通らねぇじゃねーか!」


「槍も駄目だ、穂先の方が欠けたぞ!」


「関節もトゲトゲに守られて手が出せなーい」


「構わないから焼いちゃってよタイアー!」


「おねーちゃん、私達もスキル使かっちゃおう!」



 雑種達は思いの外、手ごわい相手に舐めプを取り止めると、思い思いに全力をぶつけ始める。


 しかし全力でぶち殺しに掛かる事数分―――



「な、なんでこんなに硬いんだよ! ばかじゃねーの」


「お膝擦りむいたぁー。お洋服もボロボロだよー」


「ぐぬぅ、多少は削れたが、こっちの武器が先におしゃかになるとは」



 機動力を犠牲にした魔物の防御力の前に、逆に体力と装備を消耗する事になった。


 そのうえ武器もスキルも全ての攻撃を弾いた魔物は、ブンブン鋏を振り回し周囲を飛び交う雑種達を打ち払い、打率1割以下ながら手数と頑張りで、大勢の雑種をぺしぺし叩き落とし彼女達の襲撃を凌いで見せた。


 結局、雑種達はメタメタに惨敗すると、泥だらけの傷だらけという醜態を晒す事になる。


「うぅ、どんくさい癖に手数だけは多いとか」


「きっと出鱈目に振り回してるだけだよ、あれって」


「ぐやちぃー待ちハメやろーめー」


 そんなぐぬぬと地べたで唸る雑種達の姿を尻目に、魔物はまるで勝利を誇る様に四本の鋏を天に掲げ、吠えた。


「「キシャシャシャシャー」」


 どこか愉悦を感じさせるその奇声に、イラっときた雑種達が、泥で汚れた顔を上げると口々に怒声を上げ始める。


「はっ!硬いからって調子に乗りやがって!覚えてろよハサミやろーが!」


「目も足もぜーんぶ気持ちわるーい!もう死んじゃえー!」


「ばーかばーか!なんかもーお前ばーか!」


 更には罵声と共に、悔し紛れの投石がポコポコ甲殻を叩き始めると、気を悪くしたのか魔物の四つの瞳が、周りでぶー垂れる雑種達をギロリと睨み付ける。


「・・・あ、やば」


 そのまま小石を振り上げた雑種と目が合うと、掲げた鋏を勢いよく振り下ろした。


「キッシャーッ!」


「あわわっわ!」


 狙われた雑種が咄嗟にその鋏から身を躱すと、叩きつけらえた鋏が、ドスンと地面を大きく陥没させ、もうもうと砂埃を舞いあげる。


「やばい、また暴れ出した!」


「あーもう、肉! とにかく持てるだけ肉持って、てったいするよー!」


 慌てた彼女達は討伐を諦めると、本日採取したお肉を担ぎ上げ、樹海の外を目指し駆け出した。


「元気な奴は俺と一緒に囮になるぞ! 残りはお宝持ってとんずらしろ!」


「鹿肉だけは絶対持ち帰ってねよー」


「ばーかばーか! 鋏とかホントばーーーか!」


「「ギシャアアアアアアー!」」


「うひゃー来た来た来た!」


「まじ足きもーーーー!」


「わーーーーー!」


「きやーー!」



 こうして雑種達は久しぶりに敗北を喫すると、負け惜しみの悪態を付きながら逃げ出す事になったのだった。

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