58 弱い所を攻めるべし
前回のあらすじ
商品の売れ行きは好評
商会と雑種の地位は少しずつ上昇
しかしその陰で傷付く男が居た
でも主に自業自得
Cランク傭兵、グラファイト。
彼はパーティーメンバの一人、ラーザムと二人して、取り扱ってると言う強化薬の確認をしに、ケモール商会へと訪れていた。
「なかなかどうして、立派な店構えじゃないですか」
「ふむ、思いの外客入りもいい。これは期待出来るやもしれんな」
二人はケモール商会の予想外の印象に、その端正な顔に笑みを浮かべると、期待を胸に店内へ足を踏み入れた。
しかしその笑みは早々に消え、期待は容易く失望へと変わった。
山田が忙しいという事で、代わりに商品を手に現れたのは二人の狐の雑種。
侮られたと思いはしたが、所詮雑事と割り切った。重要なのは強化薬である
グラファイトは手渡された容器の見慣れぬ作りに気付き、矯めつ眇めつ眺めると首を傾げた。
「ふむ、始めて見る意匠ですね。これはどちらの製品でしょうか」
「あ、これはここで作ってる、自家製なんです」
「なんです」
姉妹らしき二人の雑種がそう答えると、グラファイトの眉がぴくんと跳ねる。
「自家製?」
訝し気に再度そう質問を投げかけると、狐の姉妹は誇らしげに胸を張る。
「うん、大体はハツカおねーちゃんが作ってます」
「作ってます」
その返事にグラファイトは額に手を当てると、数回頭を振って見せた。
二級でも良いが、せめて知ってる工房の名前を期待した彼だが、まさかのお手製と聞き落胆を露わにする。
「ふぅ、話になりませんね。エーテル工房などと高望みはしませんが、まさか素人のママゴトとは」
手にした容器を目の前の雑種に返すと、冷ややかに二人を見下ろした。
「これはお返ししますよ、ゴミを飲む趣味は無いのでね」
「ゴミじゃ無いもん」
グラファイトの言い草に、小さい方の雑種が不満を示し、慌てて大きい雑種がその子を止めに入る。
「ちょ、ちょっとリサリィ」
「だって、ハツカおねーちゃんのお薬はゴミじゃ無いもん!」
「これは失礼、少し意地悪が過ぎましたか。ただ私の口に合うとも思えませんのでね」
雑種とは言え相手は子供、グラファイトが大人の対応でその場を納めようとすると、小さい雑種から、いささかズレた発言が飛び出し。
「美味しいもん、ハツカおねーちゃんのお薬はお口に合うもん!」
そう言うと手にした強化薬の封を開けると、ゴクゴク飲み干して見せた。
「ぷはー。ほら、美味しい」
うま~と得意げに、ぐいっと容器を掲げて見せる。
「あ、いや、うん・・・そう言う意味ではなくてね」
「飲んで」
「え?」
「美味しいから、飲んで!」
ふんすと鼻息も荒く詰め寄る雑種に、これ以上は付き合いきれないと、グラファイトは小さく肩をすくめる。
「あーそう言えば、これから用事が有った様な無かった様な。今日の所は失礼させて貰います」
そのまま強化薬を突き付ける雑種に背を向け、ケモール商会を立ち去ろうとすると、足元を高速で何かが掠め、気が付くと目の前に強化薬を突き付ける雑種が居た。
「飲んで」
「なに!」
驚愕で目を見開くグラファイトの前で、雑種は変わらずムスッとした表情で強化薬を突き付けている。
「・・・ラーザム、見ましたか」
「あぁ、この雑種、相当速いぞ」
傍から見ていたラーザムの目は、雑種が高速でグラファイトの前に回り込む様子を捉えていた。
その速度は正直、Cランクである自分の手にも余り兼ねない動きだった。
「雑種には有り得ない・・・いや、並みの傭兵の動きじゃない」
「まさか・・・この強化薬の所為ですか」
二人の目が、飲んで飲んでと掲げられている強化薬に吸い付けられる。
「そうだな、折角だし頂くとしよう」
そう言ってラーザムが雑種から容器を受け取ると、グラファイトの表情が気遣かわし気に曇る。
「ラーザム、試飲なら私がします」
「いやグラファイト、お前は飲むな。検証もせねばならん、俺が飲んで手合わせをするぞ。弱い方が飲んだ方が確認もしやすい」
「それはそうですが・・・」
「万が一の場合も、その方が損失は少ない」
「ラーザム」
少々怒気を含んだその声に、軽い笑いで返したラーザムは強化薬の封を切ると、その中身を一息で飲み込んだ。
強化薬を飲み、工房に隣接する広場にて借り受けた木刀を振い、二人が手合わせを始めて数分後。
「ははははは、どうしたグラファイト! お前の力はその程度なのか」
「ばかな! この私がここまで押されるとは!」
何時もなら自分がラーザムに胸を貸す立場の筈が、今は一方的な防戦を強いられている。
そして能力の強化のみならず、何時も冷静な彼の剣筋が異様に猛っていた。
「ほらほら、ぼやっとしてると手足がもげ落ちるぞ!」
「お、落ち着きなさいラーザム、な、なにか様子が変ですよ」
「ははは・・・・・・た、確かに、なんでこんなに気分が良いんだ? これは戦意高揚の効果か?」
グラファイトの指摘で、ピクリと眉を跳ねさせたラーザムは、次第にその表情を歪めると唸るように呟いた。
「場合によりは有効ですが、余り好ましくありませんね」
「ぬぅ、意識して使わないと、無茶をやりかねないな」
「幸い、左程強い興奮作用は無いようですし、なによりこの増強効果は秀逸です。依頼抜きでも手に入れたいですね」
「あぁ、取り合えず、有るだけ買い占めよう。ついでに専属契約も取り付けたい所なんだが」
「いいですね、高くついても構わないので、取引を持ち掛けてみましょう」
早速二人は、広場の片隅で模擬戦を見ていた、狐の姉妹に交渉を打診する。二秒で断られた。
「だめ、支給品の数は決まってるから。あと、個別の契約は依頼が終わるまで無しです」
「無しです」
「そ、そこを何とか。そうだヤマダと話をさせてくれませんか」
「ヤマダお兄ちゃんは忙しいんだって、だから無理」
「むり」
「いやそうは言っても少しくらい―――」
「だめー」
「めー」
と、その後もしつこく金や情で頼み込む二人だが、山田と違い、意外としっかり者の狐姉妹は、彼等が幾らゴネてもその意思を曲げる事は無く、最終的には。
「ダメなものはダメなの!」
「なの!」
そう言われ、渋々既定の本数を受け取ると、再度の来店を誓いトボトボとケモール商会を後にしたのだった。
その買い占めを断られ、肩を落として帰るグラファイト達が消えること五分後。
大量の荷物を抱え、ほくほく顔で帰路に就くバラフィ一行。
その命運の差は、山田と交渉したか雑種達と交渉したか、そこに尽きる。
まさに「攻め易きを攻める」その戦略がいかに正しく有効かを如実に現す実例だった。
「遅い」
そんな攻め易き男は 遠ざかる傭兵達の背中を見つめポツリと零す。
窓から外を伺う視線には、多くの人間や獣人が映り込むが、街を出た雑種達の姿は一向に映り込まない。
(いくら何でも遅すぎる、ここまで遅いと何かあった可能性があるぞ・・・)
山田はガタリと椅子を鳴らし立ち上がると、商品を片付けるハツカ達に向か直る。
「流石におかしい、これは迎えに行く必要があるに違いない」
「ありませんよ、まだ全然日が高いじゃないですか」
「いや、何時もならこの位に帰ってるだろ」
「帰って無いよ、夕飯も全然仕込み中だし。もしかしてお腹すいた、私は空いたけど」
眉間に皺を寄せる山田と対象的に、ハツカとリースは呆れたように溜め息を付く。
「ホントにヤマダって心配性ですね。変てこな知識もそうだけど、よっぽど可笑しい環境で育ったんですね」
「さっきも同じ事言ってたし、頭動いてる? もしかして栄養足りてない、ご飯食べる? 私は食べたいけど」
悪気は無いとは言え彼女達の言葉に、山田が少しばかり傷付いていると、ラネットがお茶を差し出してくれる。
「気にしすぎですよ、こんなに早く帰って来る訳ないじゃないですか」
「でもなぁ、今日は付き添いが無い訳だし念の為、四時間くらい早めに切り上げるとか思わないか?」
「思わないですよ、ゆっくりお茶でも飲んで待ってて下さい」
そうか思わないか。そう独り言ちると椅子に腰を下ろし、渡されたお茶をずずずとすする。
(俺の勘だと今頃みんな、不安がってる気がするんだよなぁ・・・はぁみんな無事だといいけど)
山田は窓から見える青空を見上げると、雑種達の無事を胸の中で祈った。
「ガァアアアアア!」
樹海にフォレストベアの絶叫と、バリバリという空気が弾ける騒音が響き渡る。
それは数瞬で消えさり、打って変わって静寂が訪れると、シュウシュウと煙を上げるその熊の巨体が、どすんと大地に倒れ伏した。
「おーホントに効いた」
片足をビクビクさせているクマを見下ろし、末っ子のポニーが驚きの声を上げる。
電気を纏った槍で、散々突いても平気で暴れていた魔獣が、前後から挟んで電気を流した途端、身を仰け反らせて息絶えたのだ。
「魔力が高い相手にもこれだけ効くんだ。私達のスキル、雷って凄かったんだね」
ポニーが横たわるフォレストベアを、槍でツンツン突きながら呟くと、傍らに次女のウィマーナが歩み寄る。
「電気抵抗とか電極間って言ったましたけど、どうやら私達のスキルは、互いに干渉しやすい質の様ですね」
「束ねるより、分散させた方が強いとか不思議だよねー」
自分達のスキルだが、良く分からないと首を捻る二人、そこへ長女のサラフが言葉を加える。
「磁界で発生した電位は、魔力の影響を受けないか。良く分からないがヤマダの読み通りなのだろう」
そう言って、プスプス煙をあげるフォレストベア見下ろす三姉妹。
彼女らが山田から貰ったスキルは、三人とも雷。
このスキル、雷が飛び出す訳では無いが、槍に纏わせる事で攻撃に応用でき、触れただけで相手へ流れる雷は、防御不能な凶悪な性質を持っている。
その反面、流動的なその力は拡散し易く、魔力の抵抗を大きく受ける側面も有している。
ゴロツキ共に悲鳴を上げさせるには便利だが、魔力が高い相手だと途端に弾かれ、効果が散らされる欠点を有していた。
その点を山田に相談したところ「プラスとマイナスで挟めばいい」等と良く分からない返事が返って来た。
三人が首を捻っていると、取り合えず挟み込んで雷を流してみれば、と言われ試してみればこの通り。
いままで表面で弾かれ、効果の薄かったスキルが、フォレストベアの体内深くを貫き、遂には致命の一撃を与えたのだ。
「これで大物相手にも、戦略の幅が広がるな」
「そうですね、相手を倒せるダメ押しの一手が有るのは、大きな武器となるでしょう」
長女と次女がウンウン頷き合っていると、その傍らでは末っ子のポニーが達観した表情で背後を振り返る。
「まぁ・・・あっちの二人に比べたら地味だけどね」
「むぅ・・・」
「たしかに・・・」
三人が半眼で見つめるその先、大きく開けた空間では、赤々とした炎が周囲の木々を明るく照らしていた。
「あーはははは!どうだ、俺の火炎の味はよぉ! 遠慮せずたっぷり味わってくれよ!」
哄笑を上げるタイアーの視線の先では、スキルによって撒き散らされた彼女の炎が、広範囲で魔獣達をその熱で炙っていく。
「あははは、半分は私の力なんだからねー。だけどこれは爽快すぎるー」
笑顔でそう主張するシープアが、風のスキルで炎をドンドン活性化させると、大地を舐める赤い絨毯はその版図と勢力を益々増大させていく。
熱量を捨ててまで量産したタイアー炎を、更にシープアが吹き広げ回す。
広範囲の炎が空気を押し上げ、風の流れが渦を描き始めると、周囲の酸素をドンドン取り込み渦を巻く。
後は熱が空気を、空気が熱を。互いにギュンギュン回り始め、遂には炎の竜巻となった紅蓮の渦が、数十匹の魔獣の群れを飲み込んだのだった。
炎の殺傷力は低い、風も同じく。その事に思い悩んだ二人は山田に相談、貰った答えが「風で炎を回しちゃいなよ」だった。
彼女達は良く分からず首を捻ったが、その後山田監修の下、炎と風のスキルと色々試した結果、火炎旋風が巻き上がり、二人でご機嫌な高笑いを上げるに至ったのだ。
「ほらほらほら灼熱の炎で、こんがり丸焦げちまえ!がはははは」
「私の旋風でー、煙や毒素ごと包み込んで上げるーうひゃひゃひゃ」
轟々と燃え盛る炎に当てられた二人は、テンションMAXで馬鹿笑いを上げ、そこに炎の檻で蒸し焼きにされた、魔獣達の絶叫が響き渡る。
さながら地獄。笑う鬼と焼かれる亡者の図が、樹海の中で展開されたいた。
そんな地獄の宴も物の数分で終わりを告げると、炎とガスに蹂躙された焼き焦げた大地には、だた一片の生物すらも存在しては居い。
後には残ったのは、おーほほほと高笑を上げる二人と、それを生温かい目で眺める雑種達だけだった。
結局、山田の心配を他所に、樹海の雑種達は何時もどうり元気だったそうな。




