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54 お父さんの気苦労

前回のあらすじ


山田は被害者

魔物も被害者

「随分と遅かったじゃないか、何してたんだい」


 ギルドを出た山田を迎えたのは、待ち草臥れた様子ながらも、楽しみを隠し切れないシャジィルのにやけ顔だった。


 微笑むだけなら綺麗なお姉さんだが、今はおっさんのスケベ顔の如く歪んで見える。


「・・・ちょっと込み入った「それよりさぁ、あたしのお陰でケモール商会の宣伝が出来たよねぇ」


 自分で聞いた答えを遮ると、シャジィルは下卑た笑みの浮かんだ顔を近づけ、そのまま肩を抱き寄せ密着してくる。


「この街のトップ傭兵への売り込みを差配したあたしに、なにか見返りが必要だとは思わないかい」


 と言いつつ、既にその手は、無遠慮に山田のお尻を撫で回し始めていた。


 不快に眉を顰めながらも、今回の件が大きな宣伝になったのは確かだ。何より雑種の地位向上への大きな期待が見込める。


(まぁ俺のケツ一つで、傭兵達とのコネ出来ると考えれば・・・)


 そんな感じで鍛冶屋の爺さんに続き、コネ獲得の為に体を使った営業を厭わない山田なのであった。





 ホステスに纏わりつく、スケベなおっちゃんの様なシャジィルを伴い、山田はケモール商会を目指す。


 今日も多くの人が行きかう裏路地を通り、来客で賑わう店舗を横目に工房の扉を潜る。


 中には百人ほどの雑種達が、思い思いに作業に勤しんでおり、山田達に気付くとその手を止めた。


「あ、ヤマダだ」


 誰かが声を上げると、途端に雑種達がわらわらと集まってくる。


 その中の一人が群れから飛び出すと、シャジィルへと飛び掛かった。



「シャジィル!」


「あっと、お前も留守番かい」


 ウルカが巨大な胸に飛び込むと、シャジィルはしっかり受け止め、その頭をグリグリと撫で回し始める。


「おや、少し背が伸びたかい?」


「ううん変わらない。シャジィルはデカくなった?」


 おっぺぇをフニフニさせ、流れる様にセクハラを働く狼の子。


「あはは、あたしも変わらないさ」


 幸い、そんな子供ながらの倫理感の無さをシャジィルは笑って受け流す。


 山田を揺れるソレを見ながら、何とかせねばと思いはするも、如何せん良い案が浮かばず、日々手をこまねいた居る状態だった


 好奇心旺盛なウルカ達のことだ、下手にこの方面の教育に手を出したらどうなるか。



「おーぱい触っちゃダメ」「なんでー?」の流れから、「赤ちゃんどうやって作るの?」に至る事は容易に想像出来た。


 そうなると、女の中に男が一人な山田の進退は、非常に厳しいものになるのだった。お気持ち的に。


 そんな子供達の今後の心配をしていると、周囲に集まったケモ耳が少ない事に気づく。


「街を出たみんなは、まだ帰って無いのか」


「まだお昼前なんですよ、帰って来る訳ないじゃないですか」


 ラネットがうさ耳を揺らし苦笑を浮かべると、山田も難しい表情を浮かべ、そうかと返す。



 朝早く、突然襲来したシャジィルによって、急遽にギルドへ連行された山田。


 自分が行けない以上、予定していた樹海行きは中止にしようとしたが、雑種達が珍しく我が儘を言って来た。


「行かせてくれよヤマダ、俺達だけでもやれるって」


「あたし達、もう一人前なんだからー」


「第一、ここ暫くヤマダの出番は無かったはずだが」



 彼女達としても、何時までも見守られてばかりでは我慢できない。山田の為に出来る事を探して必死だった。


 しかし山田視点で彼女達は、数人掛りでもフォレストベアにも苦戦するひよっこなのだ。しかも未成年。


 彼の親心がどうにも不安を訴えて、安心送り出すなど、なかなか出来なかった。


 とはいえ、結局山田が雑種達のおねだりに抗えるはずも無く、余り縛って嫌われたくない心理も働くと、最終的には樹海行きを認めてしまった。


 タイアーを従業員登録すると、彼女の名前で雑種達の通行証を発行させたのだ。



 こうして泣く泣く送り出しはしたが、彼女達がまだ戻らない事を知ると、不安が再浮上してくる。


「いや、これは迎えに行くべきでは・・・」


 そう心配そうに呟くと、ベアーネが寄り添いそっと手に触れて来る。


「広い樹海でどうやって見付けるんです。大丈夫ですよ、みんなを信じて待ってて下さい」


 そのまま手を引かれ、近くの椅子に座らされると、一回り小さい兎の子を膝の上に乗せられた。


「ほらこの子、もう二つもレベルが上がったんですよ」


「ヤマダァ、わたしがんばったよ」


 そう言って見上げる兎の子は、恥ずかしそうに頭を押し付けてくる。


 こんな事されたらもう動けないじゃないかと、はにかむ子兎の頭を撫で回していると、背中に温もりを感じる。


「百人パーティーなら万が一も無い、最悪でも手ぶらで帰って来るだけ」


 背中に体重を掛けて来たネコロが、背後から抱き付くと耳元へ唇を寄せた。


(内緒のお薬も持ってるから超平気)


 そう山田を安心させる様に囁いてくる。



 即死意外ならセーフ薬を始め、所持してるだけで捕まりそうな品々を携え樹海へ向った一行。


 いざとなれば生態系を犠牲にしても、無事帰って来るとネコロ達は確信している。


「今お昼の準備をしてるんですけど、シャジィルさんもご一緒にどうです」


「あぁ、今日も期待させて貰うよ」


 だから呑気にこんな発言が飛び出すが、山田には魔物という気になる点が存在した。


「ちょっと皆にも聞いて欲しいんだが、会議で厄介な問題を聞いてな―――」





 それから山田は寄って来る子を片っ端から撫で回しつつ、ギルド会議の内容を語って聞かせた。


「魔物、ですか? 魔獣とは違うんですね」


「あぁかなり強いらしい。傭兵も何百人と狩り出されるしな。だから樹海のみんなが心配なんだが」


「なら尚更動かない方がいいですよ」


 なんで、と山田が首を傾げると、ラネットがぴっと指を立てて説明を始めた。


「非常時の場合、あの子達はヤマダさんが此処に居ると考えて動く筈です。連絡も移動も何もかも」


「まぁ確かにそうかもしれないな」


「その場合、最悪なのはヤマダさんと連絡がつかない事です。城壁すら飛び越えて、思わぬ手段で連絡が来るとも知れません。確実を期するならここに待つべきです」


「えーと、はい」


 目の前でぴっぴと指を動かすラネットに諭され、山田が神妙に頷くと、彼女は「よろしい」とほほ笑んで見せた。


「では、私はお茶でも入れてきますね」


 そう言って遠ざかるラネットの背中を見つめ、山田は改めて考える。


(まぁシャジィルやヒューバットが逃げ切れる程度なら、アイツらが逃げ遅れるなんて有りえないか)


 だから大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせると、周囲で腰を下ろす雑種達へと向き直る。


「それじゃ、ちょっと軽く打ち合わせでもするか」


「でも魔物討伐の準備って、具体的に何をするんですか」


 ベアーネの質問の答えは山田も知らない、その為にシャジィルが居るのだ。


 だが彼女を交えての本格的な打ち合わせは、全員がそろってから行いたかった。


「重要な事は皆が帰って来たからだな。シャジィルの他にもう一人客が来るから、そいつも交えて考える。今は期間中のケモール商会の運営に付いて話そう」


 そう告げると経営の責任者っぽい、リースがハイハイ手を上げるので、指名して上げた。


「やっぱりお店はお休みにしちゃうの? 余り閉めたくないんだけど」


「休まない、ご近所さんが困るからな。ケモール商会は年中無休だ」


 おぉーと雑種達から良くわからない歓声が上がる。


「ただそれに加えて、傭兵への必要な物資の提供が有る。取り合えず商品の確認と増産をしよう」


「増産はいいんですけで、基本赤字なんですよねぇ」


 なんとなく生産部門の責任者っぽい位置にいるハツカが、眉を顰めてポツリと零す。


 この赤字は帳簿上の赤字では無く、理論上の損益の事である。



 超低価格で販売している回復薬、それに使っている素材等は直接売った方が何倍も儲かる。


 そういった意味ではケモール商会の商品は、作れば作る程、潜在的な損失が計上されて行く事になり、これまでに膨大な利益を逃していた。


 当然増産すればするほど、その値は増えて行く事になるのだ。



「まぁ高く売れる素材を使って、安売り用の商品を作ってる訳だからな・・・その分、みんなの技能向上に繋がるからいいけど」


「確かに・・・お陰で全員が調合に詳しくなりましたから、全員で当たれば今の十倍は生産できますよ」



 利益も需要も無視して、ひたすら薬品の製造を行った結果、ケモール商会は一人前と呼べる調合師を数多く抱える事になった。


 戦士は育成するが、技術者を育てる地盤の乏しいこの世界、それは大変稀有な事例である。


 人材育成には金が掛かる、その事をテレビで知っている山田だからこその運営法だといえた。



 だが山田職業訓練所では、所長の山田がザル運営で何の管理もしていない。


 その為、雑種達は好奇心にまかせて色々な分野に手を伸ばし、一人で複数の技術を学んでいる子も大勢いる。というか殆どがそうだった。


 まさに日替わり技術者。今のケモール商会はそんなマルチ人材の集団と化している。


 その上で義務教育必須な日本的常識の下、国語算数理科社会は山田の指示で全員受講中であった。


 なお、情操教育と保健体育は見ない振りをしている模様。



 そんな国家顔負けの人材を誇るケモール商会だが、働くみんなは小市民。


 今も貧乏性な山田とハツカは、消えていく幻の金貨に対し深いため息を零し合っていた。


「やっぱりお金、勿体ないかなぁ・・・」


「私、コスト削減頑張ります・・・」




 そして、そんな二人を見ていた、ちょっと上流階級なシャジィルは、目を丸くして驚きの声をあげた。


「やけに安いから、どんなカラクリが有るかと思えば、単純に身銭を切ってただけかい」


 仕入れ元や製法に何か秘密があるかと、密かに探っていた彼女だが、その余りに単純で余りに度し難い所業に眩暈すら覚えた。


 こんな事、例え他所の商会が知り得た所でマネなど出来ない。正確に出来てもやらない。


 もっと言えば、やる意味が分からない。



「なんで、そんな金をドブに捨てる真似をしてるのさ・・・もしかして心の病かなにかい」


「失礼な事を言うな。そもそも金に代わる前の素材を使ってるんだ、金を捨ててる訳じゃない」


「つまんない言葉遊びをするんじゃないよ、売れば莫大な富を得られるってのにさぁ。はぁギルド長が怪しむ訳だよ」


 目の前の男が、やたら大きな力を持ってる癖に、やたら実入りが小さい理由が此処にあった。


 手に入れた富を懐では無く、良くわからない事へとガバガバ消費しているのだ。




 突き刺さるシャジィルからの呆れた視線を無視して、山田は続いての方針を話し合う。


「増産について問題が無いなら、提供についてだな。基本は必要な分は傭兵が取りに来る、此方をそれを記載しギルドへ上げるだけだが」


「あれ、それなら私が幾らでも対応出来るよ」


 リースが簡単じゃんと、首を傾げていると山田が言葉を繋げた。


「だが今回は独自に、現地での物資提供も行う予定だ。なので配達要員も百人くらい出て貰いたい」


「ならその日の狩組に、そのまま配達を任せましょうか」


「それで行くか、実際現場がどうなる分からないし、明日は様子見として狩自体は最小限にしよう」



 ここで簡単に百人規模の話しが出て来た事に、シャジィルが現在のケモール商会の規模に疑問を持った。


「なぁ随分と人数が増えようだけど、今はどれ位の雑種が居るんだい?」


「あーたしか、二百超えた位だな」


 山田がそう答えると、ラネットがお茶を持って現れる。


「今一緒に暮らしている人数は、223人ですね、最近は雑種も見かけなくなりましたから、伸び悩んでますが」


「え!そりゃまた随分増えたじゃないか・・・」


 お茶を受け取ったシャジィルが、驚愕した声を漏らす。


 下手したら百人くらいは居ると持っていたが、まさかの二百越えるであった。


「もしかして、全員樹海でレベルアップしてるのかい」


「えぇもちろんです。とは言っても、半分はまだ猪に追い回されてるヒヨッコですけど」


 ラネットが困った様に苦笑を浮かべると、シャジィルもホントに困った表情で冷や汗を流す。


「それって、Cランクからの得物なんだがねぇ」


 今の話だと半分は猪とやり合える事になる、つまりケモール商会はCランクを百名擁する武装組織と言う事になってしまう。


 流石にCランクがそこまで居るとは思えないが、話半分でも一商会で扱っていい戦力では無かった。


(こ、これはギルドへ報告して、丸投げするしかないね。悪いけどあたしにはお手上げだよ)


 この時期は領主が率いる騎士団が居るが、そうでなければ街で一番強い組織は、間違いなくケモール商会だ。


 そうなると、領主からの圧力が掛かる程の厄介事に成るのは、目に見えている。


 今話すと流石にボドウィンが過労で死に兼ねないので、魔物の件が片付き次第、報告して一抜けする事にすると、シャジィルはこの件を、事が済むまで封印する事にした。




 その後も簡単な予定の確認と調整を行い、一先ずの打ち合わせは大凡終わった。


「今決められるのは、こんなもんだな。取り合えず明日、調査が開始されたら、商品を持って全パーティーに売り込みを行う。店では売れなくても、現場でならそれなりに売れるだろう」


 この場合、売り込みたいのは商品では無く雑種の方だった。ゲームでも、ダンジョンの奥で薬草を売る商人には、感謝しかなかったものだ。


 きっと今回も、樹海の奥で回復薬を配る雑種には、傭兵からの厚い感謝の念が集まるだろう。


 山田の浅い考えは今日も冴え渡り、思い付きを即座に運営に反映していった。




 そしてお昼。雑種達が野生を呼び覚まし、生きる為の死闘を繰り広げた約一時間後。


 まったりとした午後の一時が流れ、後片付けをするラネット達や、そこかしこで団子になって寝息を立てる子供達。


 そしてテーブルでお茶をすするベアーネ達に囲まれて、シャジィルと山田もまた、穏やかな時間を過ごしていた。



「Cランクへの売り込みと言う、またと無いチャンス。大いに活用しないとな」


「なぁゼクスにも売り込む気なのかい? あんな奴ほっときなって」


 シャジィルのそんな発言に、山田は暫しゼクスと言う名を頭で反芻する。


「ゼクス?あぁあの大男か、そういえば随分仲が悪そうだったな」


「ゼクスはCランク最強は自分だと嘯いて、何時もあたしに絡んできやがるのさ。本当にバカな男だよ、そんな下らない事に執着してさ」


 呆れた様に溜息を落とすと、しみじみといった様子で語る。


「あたしがスラムに引っ込んだ所為で、最近天狗になってるけど、どんなに騒いだ所で、あたしが最強なのは覆しようも無い事実だってのにさ」


「あー、そうなんだ」


「決まってるだろ、この街の最強はあたしだって事は、小さい子供だって噂してる事さ。ヤマダもそう思うだろ」


 完全に天狗なご様子の彼女に、すかさず山田は頷きを返す。


「思う思う、シャジィル最強」


 メンドク臭そうなので、山田は流れに逆らわず適当に答え続けた。


「そうだろう。あのクソ筋肉があたしの上に立とうなんて、思い上がりも甚だしいってもんだよ」


「まったくだなその通りだ。それにしても遅くないか、あいつら」


「まだお昼が終ったばかりですよ」


 ベアーネがクスクス笑いながら答えると、ばつが悪そうに山田の視線が流れる。


「そうか、もう少し後か・・・」


「もう、まだ全然後ですから。いい加減気持ちを切り替えて下さい」


 そう言いつつも、山田の傍らで食器を片付けるラネットの表情は、すこぶるご機嫌そうだった。



 こうして悶々とした山田を面白そうに眺め、周りの雑種達は楽しそうに午後の時間を過ごすのであった。

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