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53 悲しき誕生秘話

前回のあらすじ


魔物を巡り全ての傭兵が動きだす

ギルド、商人、為政者までも巻き込んで

街を揺るがす魔物騒動が始まりを告げる

未だ幾つものテーブルで、多くの傭兵が打合せをしている中、そろそろ帰ろうと山田は階段へと向かう。


そこへ打合せ中のテーブルから、一人の傭兵が立ち上がると階段を駆け上がって来る。


山田は身を寄せ会議室への道を開けるがその傭兵、犬族の少女コリーは眼前で足を止めた。



「ねぇ、おにーさんの所って食べ物も売ってるって言ってたよね」


「・・・はい、ありますけど」


「会議の時からいい匂いがしてたけど、もしかして持ってたりする?」


そう言うと鼻をクンクンと鳴らし身を寄せると、山田の体を上から下へと嗅ぎまわる。


「ここ、このポーチから甘い匂いするよ!」


そう腰のポーチを目で示すと、コリーは何故か驚いた様子で山田へ声を掛けた。


「こんな所に食べ物を潜ませるなんて、流石ご飯屋さん。取り合えず見せて、多分買うから」


「えぇと、これは売り物では無く私的なおやつでして」


今朝、ラネットが食べて下さいと持たせてくれた、朝食代わりのお菓子もどき。


その残りが入ったポーチを手で押さえ、山田がそう告げるとコリーの顔が悲し気に歪む。


「えぇー・・・そんなんだ。美味しそうな匂いなのに残念だなぁ」


そう呟くと肩を落とし、そのままじーとポーチを物欲しそうに眺める。ひたすら眺める。無言で眺める。


その雑種達を彷彿とさせる、分り易い仕草が哀れさを誘い、山田はコレも営業の内とポーチから棒状のおやつを一つ取り出した。


「こういう軽食なんですが、良ければ一つ「ありがとー!」


気付けば腕を両手で掴み取られ、コリーは山田の持つ”おやつ棒”を彼の手づから齧り始めた。


「いやコレは見せる用で、食べる分は自分でポーチから・・・ってまぁいいけど」


一心不乱にサクサク食べ続ける様子に、呆れ諦め、山田はワンコの食事の終わりを待った。



コリーは最後に山田の指まで口に含み、ちゅぽんと引き抜くと満面の笑みで山田を見上げた。


「おいしい!これ絶対売れるよ、うん、売ろう!私買うから、ね、いいでしょ!」


言ってる事は分かるが、美味しいからこそ、おやつ棒は売る事が出来ない事情がある。


最近一部で流行なこのおやつ、作る端から消費されていく状況にあり、需要に供給が追い付いていない。


ここにある分も飢えた獣から必死に守り通した、ラネットの奮闘が有ればこそである。


残念ながら、販売の予定は無い事を告げようとした時、階下から大きな叫びが叩き付けられた。



「あー!コリーが又ご飯貰ってる! 人間なんかに尻尾振るんじゃないわよ!」


見るとコリーに似た犬族の少女が三人、階段を駆け上がって来る。


「ち、ちがう! この人が自分からくれたんだから、私は欲しいなんて一言もいってないよ!」


コリーは慌てて三人向き直り、あたふたと弁明をし始める。


そんな中、一人の少女が、ずいっと山田の前に立ちはだかった。


「そもそも誰よあんた、ここに居るって事は会議の参加者なの? 凄く弱そうだけど」


「・・・ヤマダといいます。参加者と言っても、商人としてシャジィルさんに呼ばれただけでして」


「ふーん、シャジィルねぇ」


じろじろ値踏みするような視線を向けられていると、話の終わった他の三人も山田の前に身を並べた。


「あ、この人ご飯屋さんだって。ほら、よく雑種の子達連れ回してる人だよ」


コリーがそう説明すると、他の面々に理解の色が広がって行く。


「あー小さい子が好きとか言う、あの噂の人」


「でも男の人がいいって話もあるよね?この人」


「なら、小さい男の子が好きなんでしょ。ホントどうしようも無い人ね」


色々言いたい事も有るのだが、女の子四人に抗弁する気概など山田には無い。


せめて話の矛先だけでも変えようと、彼女達に会話に割り込むのが精々だった。


「あのーまだ打合せの最中なんじゃ、そろそろ下に戻った方がいいのでは?」


そう階下へ視線を向けると、先程まで四人が居たテーブルの周りには、まだ大勢の傭兵達が残って此方を見上げている。


「あーいいのよ、もう終わったし。お互いこれ以上話し合う事なんてないわ」


「そうは見えませんけどね」


改めて見ると、傭兵達は納得のいかない表情を浮かべ、睨む様な視線で山田を射抜いている。


自身の売り込みに失敗し、彼女達に袖にされた彼等は、山田へ理不尽な怒りをぶつけていたのだ。


「んーなんか俺が一方的に損しそうな気が」


「知らないわよそんな事。それより、ウチのコリーに何してくれてんのよ!」


弾劾する様な声と共に、山田はびしりと指を突きつけられた。


「いや、ただおやつをお裾分けしただけですけど」


「あんたねぇ、見知らぬ男が女の子におやつを持って近づくとか、怪しいにも程があるわよ」


「う・・・」


山田は思わず言葉に詰まる。それは正論。昨今の日本なら、警察に捕まり刑務所に放り込まれかねない。


そんな不審者、なんならその場でBANすら在り得る。


「ふん!どうせあんたも、犬族は食べ物で吊られる程、卑しいって思ってるんでしょ! けど私達は人に物乞いする様な野良犬とは違うんだから!」


その言葉を皮切りに、他の三人も山田へと指を突きつけ始める。


「犬族の誇りを見くびらないでよ! どんなに困ってたって人間の施しなんて受けないわ!」


「しかも一人だけとか、これだから人間は! この人でなし!」


「そもそも一本上げた位でいい気にならないでね、私はまだまだ食べられるんだから」


最後に、口の周りにおやつ棒の欠片を付けた、コリーまでもが山田を非難した。



どうしよう。公共の場で女の子四人に怒られた山田は、ひたすらどうしようか頭を悩ませた。


相手は年下の女の子、論争に勝ち目は無く力を振るえば即アウト。


もう社会的に死ぬか、土下座でもするしか無いと思っていると、幾分表情を和らげた彼女達が口を開く。


「でも勘違いしないでよね、別に人間に敵意を持ってる訳じゃないんだから」


「そうよ、私たちは誇り高いと同時に、高い協調性を持つ優しき犬族」


「相手からの善意だって無下にはしない、差し出された手と、ごはんは決して振り払わないわ」


「それはそう。出されたら食べて上げなきゃ失礼になちゃうもん、出されたら!食べなきゃ!」


最後に、涎をたらしたコリーがそう締めくくると、四人の視線がポーチへ集まる。


そして無言でポーチを見つめる四人を、無言で見つめ暫し熟考した山田は、そっとポーチを手に取ると。


「・・・よかったらお一つ「頂きます」


言葉半ばで、差し出したポーチに四人の腕が伸び、手に手におやつ棒を摘まみ上げる。


施しも相手からの好意ならセーフらしい彼女達は、笑顔でサクサクおやつ棒を齧り始めた。



「うま!、これうま」


「完全に犬族を狙った味付けよね、買い占めなきゃ」


「でもこれ売って無いんだって」


「なにそれ、犬族に喧嘩売ってんの」



そんなおやつ棒に夢中な少女達を目にし、ここが引き時と山田が動く。


「そ、それでは俺はこれで失礼します」


聞こえない程小さく呟き、階段へ足を向けるも右手をがっしりと掴まれる。


「まちなさいよ、あんた未だ隠し持ってるでしょ」


「あるある、干し肉系の匂いがするもん」


言葉と共に左手も別の子に掴まれ、ぐいっと腕を上げさせられると、脇腹や胸元の匂いをクンクン嗅ぎ回わられる。


「不思議だね、保存肉なのに焼き立ての鹿肉の匂いがする」


「どんな味かなー、興味あるなー」


「勘違いしないでよ、誰も欲しいなんて言ってないからね」


「くんくん、なんだろう、食べ物に混ざって何かいい匂いが」


干し肉を収めた胸ポケットを中心に、全身の匂いを嗅がれる山田。



突然始まった、両腕を肩の高さで拘束され、四人の少女にクンクン匂いを嗅ぎ回わられる刑。


何故、自分がそんな虐待を受けなければならないか、山田には分らなかった。


分からなかったが、それが山田の心の大事な部分をゴリゴリ削っていく事は分かった。


しかも、そんな姿を大勢の傭兵に仰ぎ見られるこの状況、まさしく公開処刑に他ならない。


異世界に来て、ドンドン減っていく心の奥の大事な何か。


その何かを守る為、山田は持てる全ての食べ物を差し出し、命乞いを始めた。





山田を取り囲んで居る四人は「もう勘弁して下さい」と渡された干し肉を受け取ると、持ち前の臭覚でもう食べ物が無いと悟り、あっさりと彼を解放した。


「じゃーこんど他の子も連れて遊びにいくねー」


そして流れる様に踵を返すと、軽い挨拶と共に山田の前から去って行く。


餌が無くなると途端に興味を無くす・・・犬猫あるある。



こうして心に傷を負った山田を残し、コリー達四人はギルドを後にした。


しばらく通りを歩き、頃合いを見計らうと、仲間からコリーへの質問が飛び出した。


「で、結局なんであの男に近づいたのよ」


流石に食い物目当てで人間に近づくなど、あまりに不自然すぎだった。


「んー、おっきかったから」


しかし端的すぎるコリーの返事は、仲間達四人の頭上に?を浮き上がらせる。


「おっきいって、なにが?」


「え、今なにが大きいっ言った?」


「ナニが大きいからって。コニー、あんたそんな時期なの」


「でたでた下ネタ」


「下ネタはね、言った人より分かる人の方がイヤらしんだよ」


「ちょっとやめなさいよ、人前で恥ずかしいわね。続きは宿でやりなさい」


「続きはだって。うぷぷ、止めろって言わない辺り、えっちなんだからぁ」


「あーもー!。コリー、いいから話進めなさい、計測を使ったんでしょ」


「・・・うん」



コリーの持つ、スキル計測は、見た対象の強さを纏うオーラから推し量る。


ギルドで大勢の傭兵に言い寄られ、その全てを計測して居た際、ふと目に付いた山田へと視線を向けた。


結果、そのオーラの大きさに気付いたコリーは目を見張る事になる。


スキル計測は、距離により測れる上限が変わる為、遠目では山田の上限を推し量る事は出来なかった。


その為に食べ物をだしに、山田への接近を果たしたのである。



「それで、私達と組める位の強さだったの?」


仲間からのその質問に、コリーの犬耳がパタパタと動いた。これは不適のサイン。


交渉時、目の前の傭兵を計測し、組むに相応しい強さかを、密かに伝える仲間内の決め事。


先程の傭兵達も全員これで不合格にされている。そんな合図に仲間達は納得した様な表情を浮かべた。


「まぁ雑種で食ってるとか言われてるし、強い訳無いわね。無駄骨だったけど、おやつ美味しかったからいいか」


「でも、それなら遠くから見て分からなかったの? もしかして、小さすぎて見えなかったとか?」


そんな言葉に、コリーはフルフルと首を横に振った。


「違うの、不合格は私達の方。あの人の強さに全然届いてない」


打って変わって驚愕の表情を浮かべた仲間から、疑念の声を上がる。


「はぁ! 私達よりあいつが上って言うの、ただのおやつ屋でしょ」


「ちがうよ、ごはん屋さんだよ」


「いやいや、商人って言ってたじゃない」


「どっちでもいいけど、結局どの位の大きさに見えたのよ」


コリーはしばし悩み、どう説明しょうか頭を捻った。


「大体の感じだけど・・・フォレストベアの倍はあるかな」


「倍!フォレストベアの倍って、Cランク越えてるじゃないの」


「計測で調べたらその位はあった。でも、指までくわえたけど、まだ上がある感じだったなぁ」


「そこまで密着して全部は見えないって・・・ヤバくない?アイツ」


「え、じゃーなに、私達って、フォレストベア二匹からご飯巻き上げてたの」


「二倍だから二匹よりずっと危ないけどね」


「大丈夫かな? 仕返しにぱっくり逝かれたりしないかな」


「だ、だいじょうでしょ、そんな感じしなかったし、おやつ程度で、ねぇ」


「そ、そうだよね、食べ物取られたくらいで・・・」



そう口にした彼女達の脳裏に、食べ物の恨みで勃発した、数々のパーティー内戦争が思い返される。


血で血を洗う凄惨な記憶は、時を経てなお彼女達の顔を青褪めさせる辛い思いでであった。



「お、お返しに食べ物でも送ればいいんだし、へ、平気だよ」


「ま、まぁこの街なら色々食べ物あるし、何とかなるよ、うん」


「なるなる、何とかなる」


辛い過去に蓋をし、前向きに考える事にした彼女達は、今後の問題に差し当る。


「で、どうするのよ。擦り寄るの? 離れるの?」


「安全策なら離れた方がいいけど、勿体無いよね。獣人でも下に見ない感じだったし」


「シャジィルとデキてるって噂も在るから、逆に獣人スキーなのかも」


「でもそれって逆に危なくない? フォレストベア二匹に襲われたら抵抗なんて出来無いよ」


「あーなるほどそれは危ない」


「雑種をこき使ってる以外にも、ロリーとかホモーとかの噂もあるしね」


「フォレストベア二匹より、そっちがヤバくない」


「ヤバイヤバイ、ヤバ危ない」


「うーん、どうしよう・・・」



それから暫し。四人は額を寄せ合いウンウン悩んだが、取り合えずはケモール商会を見て決める事にした。


噂通り、雑種にあんな事やこんな事をしている変態のようなら、一目散に逃げだす算段をしながら。





コリー達が立ち去り、一人傷ついた心を抱えた山田。


階下からの傭兵の視線も、何か別の方向へと色付けされている気がして心が痛い。


そんな視線から逃げる様に階段を下り、家路に向かう山田の背中に、受付カウンターから女性の声が飛んでくる。



「あれ、ヤマダさんも会議に参加してたんですか?」


見ると受付嬢のルビアが、驚いた様子で目を見開いていた。


ギルドの幹部と上位傭兵の集まる重要な会議、そこに山田が出席した事への驚きが見て取れた。


「もしかして、いつの間にかランクが上がったんですか?」


「いや、今日は傭兵としてではなく、商人としての参加ですよ」


誤解を訂正しようと、そう説明すると、ルビアの瞳がジト目に代る。


「あぁーそう言えばそうでしたね、ヤマダさん、立派な商人さんですもんね!」


今だに商人ギルドへの加入に対し、棘のある対応を見せるルビアに辟易しながらも、ついでだからと少し質問をぶつけてみる事にした。



常ならぬ傭兵達の様子、激しく飛び交う魔物と言う言葉。


会議の場に漂う雰囲気も思い返し、山田には薄々気付き始めた事を口にする。


「今更ですが・・・魔物って、魔獣とは別物なんですか?」


「本当に今更ですね・・・なんの為に会議に参加したんです?」


ルビアに心底呆れた視線を向けられ、やはり、カタツムリやデンデン虫の様に、呼び名が複数ある訳では無い事を、山田は今、知り得た。


「参加はシャジィルに、行き成り連れて来られただけだし。そもそも、魔物に付いての説明が一切なかった。これはギルドの不手際」


会議主催者のギルドへ責任の転嫁を試みるが、ルビアの冷たい視線に変化は見られなかった。


「魔物を知らない時点で、色々アウトなんですが・・・まぁいいでしょ、私は心が広いので裏切者のヤマダさんにも、親切に教えた上げます」


溜息と共にカウンターをゴソゴソと漁り出すと、そこから沢山の銅貨を取り出した。



「これは魔獣です」


そう言って三枚の銅貨を重ねカウンターに置くと、同じものを幾つもカウンターへと並べ立てて行く。


「昔、マーグスって言う偉い学者さんが書いた本にも書いて在りましたけど、生き物が死ぬとそのステータスは消えちゃうそうです」


重ねた銅貨タワーの一つから、ステータスの代わりに一枚だけ硬貨を取り除く。


「でも、実は消えたのでは無く、魂みたいに肉体から離れフワフワと樹海を彷徨っているとしたら」


指でつまんだ一枚の銅貨を、山田の眼前で上下に揺らす。


「そして魔力溜まりの様な場所へ、導かれる様に流れつくとそこに留まる。この過程が長い時を掛け、繰り返され」


手にした銅貨一枚を山田の目の前のカウンターに置くと、周囲にある魔獣を見立てた三枚重ねた銅貨から、また一枚の銅貨を取り上げる。


「倒された魔獣からステータスが抜けて集まる。抜けては集まる・・・」


ルビアは次々に周囲の三枚重ねの銅貨から一枚取っては、山田の前に重ねて行く。


ついには周りの銅貨を越える程に高く、十数枚ほど積み重なった銅貨の塔を、ついっと指先で押し出し告げる。


「これが魔物です」



目の前に積まれた銅貨の塔を見詰め、山田はなるほどと頷く。


「つまり殺された魔獣達の残照が寄り集まって、魔物は生み出されているって事ですか」


「通説なんですけどね。でも実際、魔獣討伐が盛んな地ほど魔物が多く生まれる点を考えても、筋の通る話ではあります。まぁ昔聞いた父の受け売りですが」


「・・・もしかして魔物って主な死因、例えば槍で殺された魔獣が多いと、槍対策とかしてたりしますか?」


「あ、鋭いですね、騎士団の討伐が盛んな地では、騎士を模範した様な鎧着た魔物が生まれたり、火責めを多用する地域では、火に耐性のある魔物が生まれた、という話はありますよ」


漫画で見た、殺されて復活する度に進化していく敵の特性を思い出し、なんと無しにした質問へルビアが驚いた様に答える。


「他にも射手を殊更に狙ったり、ひたすら街を目指したなんて魔物も居たそうですよ。集まった魔獣の意識の欠片みたいなのが在って、それが関係するって意見もありますね」


「なら今回の魔物もこの街の傭兵に対して、何らかの対策を持ってる可能性も有りますね」


「それはそうですが、可能性は相当低いですよ。先程の話しも何件かそう言う事例がある程度で、模範したり耐性を持った魔物は極僅かです」


ルビアは一枚の銅貨を摘み取ると目の高さへ掲げる。


「これが私が槍で倒した、魔物のステータスだとします。これを」


十数枚積み上げれられた魔物の銅貨の上へ、チャリっと重ね置く。


「このように沢山集まったステータスに加えても、所詮全体から見れば僅かな量です。これでは、槍への対策を持った魔物が生まれるとは思えません」


「大人数が入る樹海では、魔物も特定の対策は取れないと言う事ですか」



目の前に積まれた硬貨は数十枚だが、実際の討伐は様々な状況で、何百回、何百万回と行われる。


数多くの傭兵が、独自の手段で沢山の魔獣を討伐しているのだ。そんな膨大な量の情報の中から魔物が特定の状況を留意し、それに特化した生態を得る確率は低いという事だろう。


せいぜい傭兵への憎しみをもった、傭兵絶対殺すマンになる程度だろう。


(どうせ人を見たら、問答無用で襲い掛かって来るんだろうし、どうでもいいか)


山田が実質影響は無いと考えて居ると、ルビアが思いついた様に口を開く。


「あくまで可能性ですが・・・」


そう口にすると沢山の銀貨を手に取り、それを魔物の銅貨の上に高々と積み上げ始めた。


「この様に、それ迄の積み重ねを越える質や量の討伐を、同じ個人や同じ手段で積み重ねれば、魔物がそれらへの耐性を持つ可能性は十分ありますね」


そう言われ、山田は十数枚の銅貨の上に積まれた、何倍もの高さの銀貨の塔を見詰めた。


十年続く凡戦を覆す歴史的一戦、それがこんなに沢山起こるとは思えない。


「流石に無さそうですね」


山田がそう結論付けると、ルビアも同意して頷いた。


「えぇ。よっぽど短期間で沢山倒したり、よっぽど魔獣の魂に残らない限り大丈夫でしょう。例えば死の間際、恐怖や絶望を刻まれる、とか」


「・・・魔獣が恐怖で震えるとか、あるんですかね」


「ぷふっ、怖がる魔獣なんて居る訳ないじゃないですか。例えばの話しですよ、例えばの」


「なるほど、それほど在り得ない話と言う訳ですね」


「そう言う事です。魔獣が恐怖に怯えるとか、魂に絶望を刻まれるとかあり得ない話ですよ。なので今回の魔物も、耐性とか模範とか無いと思います。いやきっと無いです!」



鼻息荒く、自信満々で言い切るルビアを見て、日本文化に詳しい山田の脳内で言い知れぬ不安が流れた。


いうなれば、何処かで不吉な旗が立てられてしまったような、そんな不安が。







昼なお薄暗い樹海の奥深く、木々をへし折り進む巨体の姿がある。


硬い甲殻と多数の歩脚、二つの頭部に四つの大鋏。シャジィルを追い回し、ベルトッシュを喰らった、双頭の魔物であった。


何処かの受付の力説に反し、この魔物の魂には、強烈に過ぎる二つの残滓が刻まれていた。



一つはどんなに大きな力すら喰らい尽す、無尽蔵な獣の群れ。


それがもたらしたのは、身を蝕む原初なる恐怖。呼吸と鼓動すら支配され、魔獣をただ震え上がるだけの羊へと変えた。



一つはどんな数の暴虐をも容易く屠る、一個人の圧倒的力。


それが刻んだのは、魂を犯す絶対的な絶望。無慈悲に無造作に心を圧し折られては、哀れな魔獣達の亡骸は大地を覆った。



二つの矛盾する大きな脅威によって、魔獣達は何度も何度も何度も何度も。その身と魂を蹂躙され続けた。


せーので百の魔獣で同時に飛び掛かろうと、たった一人に、拾った枝木で張り倒されて散った。


覚醒し、真フォレストベアに到ったクマも、数多の群れに、前後左右からどつき回され逝った。



故に求めた。数と力への対策と耐性を。


しかし圧倒的な数、純粋な暴力、そんな単純すぎる力に対する答えは存在しない。


例え神に問い掛けても、がんばれ、としか返せないだろう。



故に備えた。振るわれた力を模範しその在り方をこの身で体現する為に。自らを滅ぼした忌まわしき人間の力と本質を。


恐るべき敵へとなり替わる事こそが、魔物が、樹海と言う世界が見出した、ただ一つの回答。


だからこそ、二つの知恵持つ双頭の魔物は、樹海の深層に爆誕したのだった。



こうして一部の傭兵達のやり過ぎで生まれた、型破りな一体の魔物。


その影響力はいまだ未知数なれど、栄光を求め樹海に足を踏み入れる全ての者達にとって、その存在が大きな脅威となる事だけは確実だと言えるだろう。

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