49 酒臭い死体たち
あらすじ
山田の隠蔽体質
パワハラ強制飲酒
軍門に降るヒューバット
ヒューバット達の治療が終わり、日が昇るまでの数時間”居酒屋:獣耳”で接待を受けた彼等は実にご機嫌だった。
「俺が本気を出せばシャジィルなんて直ぐにぶっ殺せるつーの」
「本当は、お前等の事もヤリに来たんだぜぇ~」
「ぎゃははは!ついでにクソウザいギルド長も叩き切って、俺がギルドを支配してやるぜ!」
「よし! この街は俺のもんだ!がはははは!」
「なに言ってんの、俺のもんに決まってるだろ!」
うひゃうひゃ笑いながら酒を呷る傭兵を見やり、山田は腕を組んで大きく頷く。
「よし、完全に壊れた」
自分が偉いとか、誰かを殺すとか言い出したら、完全泥酔のサインだ。
ここまですれば、後からウチの子が通り魔と言いだしても、有耶無耶に出来るだろう。
山田は計画の順調な推移に、ウンウン一人頷く。
彼等をココまで泥酔させた理由は二つ。傭兵達の記憶を曖昧にする事と、後の証言の信憑性を無くす事。
後はこのよっぱい共をギルドへ突き出し、職員達にこの出来上がりっぷりを見せれば、全ては酒の上での戯言に出来る筈であった。多分。
「もう十分だろ、ヒューバット。いい加減店じまいだ」
既に山田の言葉に敬語は無い。彼等の余りの泥酔ぶりに、払う敬意も底を突いていた。
「ほら行くぞ、さっさと立て」
「なに言ってるんだよヤマダ、これから、これからが本番だろ」
「もう酒もつまみも品切れなんだよ、いいからテーブルから離れろ」
「わかった、わかったから取り合えず飲もう、な、飲もう」
「だからテーブルから手を離せよ」
「うー嫌だ!もっと飲む」
子供みたいにテーブルへしがみ付くヒューバットを、無理やり外へと連れ出すと、空には既に仄かな朝の兆しが見えている。
「ほら、取り合えずギルドまで送ってやるから」
「あー?ギルドに用なんかねーよ!、送るならねぐらまで連れてけ!」
ぎゃーぎゃー不満を漏らすヒューバットをグイグイ引っ張り、適当に宥め賺す。
「ギルドに行けば又酒が飲めるだろ」
「はぁ?そうなのか?じゃーいっちょ行ってみるか。わはははは」
すると酔っ払い特有の手軽さで上機嫌になると、笑いながらギルドへ向かい歩き出す。
しかしその足は既に死に掛けているので、山田が肩を貸し半ばぶら下げる様に運ぶこととなった。
「よーし俺達も続くぞ」
「うははは、次はギルドで酒盛りだ!」
その後ろからフラフラと数名のよっぱらいが続く。
更にその後ろから潰れて寝息を立てる鎧男達を、雑種達がその手や足を引っ張り、地べたを引きずって歩く。
まるで死体でも引きずっている有様だが、まだ人目が少ない早朝なので、数人の市民に目撃されただけで済んだ。
その目撃した人物の一人、ベル商会の番頭オルスタイナーは、慌ててベル商会目指して駆けだすのだった。
「ヤマダが傭兵をギルドへ突き出しただと!」
商会長ベルトッシュは、オルスタイナーの知らせを聞くと、椅子が倒れる程の勢いで立ち上がる。
「儂が雇ったヒューバットに間違い無いのか!」
「はい、遠目で分かる程出血して、ヤマダが肩を貸して何とか歩いている状態でした。他のメンバーも怪我が酷いらしく、フラフラと歩くのがやっとといった様子で。数人は死体の様に引きずられ・・・恐らく既に・・・」
「くそっ!まだ護衛を隠して居たか!」
又も相手の手の内で踊らされたと憤慨するベルトッシュは、山田の次の行動を予測しその顔を青褪めさせた。
「まさか儂を殺しに、来る・・・」
ヒューバットと言う決定的証拠が有る以上、奴が自分を殺しても幾らでも言い分が立つ。
名分さえあれば、紛争相手の口を封じるのが一番効率が良いのだ。やらない手は無い。
自分ならそうする、だから相手もそうする理論で、命の危険を感じたベルトッシュは急ぎ逃げ出すとこにする。
「一旦街を離れる、直ぐに用意しろ!」
「え、こ、こんな時間にですか」
「ばかもの!ギルドがヒューバットの証言を認めたら、奴は儂を殺す免罪符を手に入れるんじゃぞ!悠長にして居る時間なぞないわ!」
「しかしここまで急ですと、護衛の準備も儘なりません」
外に飛び出す危険を避けたいオルスタイナーは、何とかして思い留まらせようとするが、ベルトッシュは聞く耳を持たない。
「Eランクでもゴロツキでも構わん!一時間で用意しろ!」
そう叫ぶとオルスタイナーを部屋から蹴り出し、残りの従業員達全員を集めると、総出で馬車へと私財を運び込ませた。
「くそ!絶対逃げてやるぞ、こんな事で終わってたまるか」
既に自分を追いつめる多くの証拠が山田の手にあると思うと、冷たい汗が背筋を流れる。
いつ山田の手の者が押し入って来るか、気が気ではない。
「えぇい!モタモタするなクズ共!もっとテキパキと働かんか!」
感じる恐怖を誤魔化す様に、従業員達に当たり散らかし暴言と暴力振るい、疲れると朝食を用意させ一人だけ食事を始める。
「儂が食い終わるまでに終わらせろ!終わったらすぐに出るから呼びに来い!」
そう言われ、従業員達は空腹と不満を抱えながらも、積み込み作業を進めていった。
「あ、オルスタイナーさん」
必死に馬車と倉庫を往復する従業員の一人が、商会を出るオルスタイナーを見つけ、咄嗟に呼び止める。
「これからどうなるんですか、俺達は大丈夫ですよね」
血相を変えて怒鳴り散らす主の様子に、危機感を覚えていた彼は、縋る様な気持ちで問い掛けた。
しかし無情にもオルスタイナーは、沈痛な表情で小さく首を横に振って見せる。
「・・・分からない。しかしベル商会はもう終わりだ、俺は護衛の手配をしたらそのまま街を出るよ」
「ほ、本気ですか!そんな事したら全部無くして無一文ですよ!」
「勿論覚悟の上さ・・・それに」
そういって懐から一つの革袋を取り出すと、その中身にぎっしり詰まった硬貨を見せる。
「これ迄の苦労賃だ、お前らも逃げるなら準備は怠るなよ」
「・・・分かりました、みんなに話してみます」
覚悟を決めた表情で頷いた従業員は、最後に一度オルスタイナーと別れの握手を交わすと、残った仲間にこの事を知らせに走った。
数十分後、食事を終えたベルトッシュが、仕事の遅い従業員を怒鳴りに中庭に姿を現す。
しかしそこで彼の目に映ったモノは、逃げ出した従業員に中抜きされた僅かな私財が詰まれた馬車と、オルスタイナーが最後の義理で手配したガラの悪い護衛達だった。
「では今回の件は、この方向で処理いたします」
職員のその言葉で、会議室に居た全員の肩から力が抜け、どこかギスギスした空気が霧散していく。
「みなご苦労だった、これで当面の問題は片が付くだろう」
傭兵ギルド長ボドウィンは、徹夜した職員を見渡し労いの言葉を掛ける。
横長なテーブルに座る十人程の職員、その全員の顔に一仕事終わった事による薄い笑顔と、それ以上の深い疲労の色が浮かんでいた。
「明日、あぁもう今日だが、急ぎの仕事が無い者は昼からの出勤で構わんぞ」
そんな冗談に職員達は一応に苦笑いを浮かべる、ここに忙しくない人間など居よう筈も無い。
職員の大量左遷により、このギルドからはゆとりと言う概念は消失していた。
ゾロゾロと疲れた様子で会議室を出て行く職員を見送り、ボドウィンは力尽きた様に椅子に深く座り込む。
職員の減少に反し次々舞い込んでくる事案に忙殺され、徹夜すら余儀なくされる状況にようやく一段落が付いた。
「これで今日から家で眠れるな」
家で待つ娘より、今は使い馴染んだベットの事が愛おしい。
椅子の背もたれに首を預け、じんわり来る気怠さ感じながら、ボドウィンはここ最近頭を悩ませた厄介事を振り返る。
事の始まりは一人の傭兵だった。
低レベルのEランクの分際で、D・Cランク並みの稼ぎを叩き出した。
素材の提供はギルドとして有難いが、そこに金が絡む以上様々な思惑が絡む。策謀や不正がチラつく。
Cランク傭兵の調査で裏が無いと分かり疑惑は解消された物の、大勢のギルド職員の左遷と言う事態に至った。
そして間を置かずして、その傭兵に絡んでCランクの傭兵が死んだ、しかも他所の街に所属するパーティーがだ。
当事者自身がギルドへ報告に来た為、事件の全貌は明らかだが、報告の為の書類作りは難航する事になる。
この街の傭兵が関わったと知れれば厄介極まりない、詳細をぼかしスラムとのイザコザを前面に押し出す。
なんとか辻褄を合わせ、取り繕った報告を出来たと思った矢先、またCランク傭兵が死んだ。
しかもまた件の傭兵の関与が疑われる。
幸い今回の死者はこの街所属のため、事後処理には融通か利く。
単なるスラムのイザコザでカタを付けるが、事実は残る。この街で短期の内にCランク傭兵、二つのパーティーが消えたという事実は。
領主もこの件には興味を抱くだろ事を思うと、後々の苦労が伺える。
そこへ来て面倒な報告が届く。市民街に近いスラムの一角に、百名近い大量のスラム民の死体が捨てられていたのだ。
明らかに異常だ、しかもその中に傭兵の間でも名の知れた、熊族や隻眼の姿も確認された。
ギルド上層部で、スラム間の抗争との意見が出るのも当然の流れだが、ボドウィンの脳裏には一人の傭兵の名が浮かんでいた。
「ヤマダ、またお前なのか?」
この街に五十人と居ないCランクの傭兵が、立て続けに九人も死んだのだ。
多くの人間は偶々起きた不幸な事故としか思っていないが、ボドウィンの勘は、山田に絡んで今後も多くの事件が続く事を予感させていた。
少しずつ下がって来る瞼を他人事の様に捕らえ、うつらうつらと眠気に誘われていると、会議室の扉が勢い良く開かれた。
「ギルド長!大変です!」
驚きに背もたれから身を起こし、目を見開くボドウィンの前に、職員の男が駆け込んで来る。
「ヤマダが、血塗れの傭兵を!」
ボドウィンに返事をする余裕は無かった。ヤマダの名を聞いた時点で立ち上がると、その足は既に扉の外へ歩を進めていた。
一階を見下ろせる踊り場で、ボドウィンの目に映ったのは、血に汚れた傭兵達とそれを運ぶ山田と雑種達。
フラフラとギルドへ入り、力尽きたように膝を突き項垂れる傭兵
力なく四肢を投げだし、死体の様に引きずられてくる傭兵
そして山田がそっと仰向けに寝かせた、浅い呼吸を繰り返す傭兵
そのどれもが健常とはかけ離れた、見た目と雰囲気を纏っていた。
「これは何事だ!」
叫びながら階段を下りると、床へ寝かされた血塗れの男へ視線を落とす。
「こいつは、たしかヒューバットだったか」
余りいい噂は聞かないが、れっきとしたCランクの傭兵だ。周りに見える顔も同じく。
先程の予感がこうも早く現実になるとは、ボドウィンとしても流石に予想外だった。しかも最悪の形でだ。
職員達が傭兵の介抱を行う中を進み、何食わぬ顔で立ち尽くす山田を睨み付ける。
「一体何をした」
「いえ、尋ねて来たので、ちょっと歓迎しただけですよ」
「ちょっとだと。ここまでの事をしておいて、ちょっとだと言う積りか」
この世界、手荒い歓迎はままあるが、流石にこれはやり過ぎだった。
「所詮実力が物を言う世界だし、どうせこいつ等がお前にちょっかいを掛けたんだろう、故に多少の事には目を瞑る積りだ。だがギルドへの損失にまで事が及ぶなら、その限りでは無いぞ」
「全員がここ迄潰れてしまうとは、もう少し強いと思っていたんですが」
「・・・お前がどれ程強いか知らないが、余り羽目を外す様なら此方にも考えが有るぞ」
余りに驕った発言に思わず言葉に力が入る。若い奴の増長を嗜めるのは、年長の務めとばかりに視線も鋭く細め威嚇する。
「なんなら俺が差しで相手してもいいんだぞ」
「遠慮しておきます、酒にはあまりいい思い出が有りませんから。彼等にも酔いが覚めたら謝っておきます」
「なら今度からは・・・・・・酒? 酔い、覚める?」
台詞の途中で違和感い気付き、ボドウィンが首を傾げると、瀕死だと思われたヒューバットの頭が勢い良く跳ね上がる。
「やべぇ俺ねてた!」
寝起きから行き成り陽気な声を上げると、周囲を見渡しボドウィンを視界に入れノロノロと状態を起こす。
「お~ギルド長~、相変わらず禿げてんねぇ~」
行き成りボドウィンを指さしげらげら笑いながら肩を振るさせると、その仏頂面に気づき首を傾げる。
「およ、ご機嫌ななめ? 飲み足りないんじゃないの~。だれか、ギルド長様にお酒をお持ちして~」
「酒は終わりだ、ヒューバット」
周囲の雑種にお酒を催促するも、直ぐに山田からの指摘が入り、驚いた表情で目を見開く。
「はぁ?なんだよそれ! ふざけんな!」
「もうお酒は出さない」
「嘘だろ!なぁ、もう少しいいじゃないか!たのむよ~」
傍らの山田の足に縋りつくと、頼み込んだり怒ったり、様々の手を尽くして酒をねだる。
聞き入れられないと悟ると、終いには腹ばいになり顔を伏せ、本気の涙を流し始めた。
「ぐす、お酒、なんでだよ・・・うぅぅ・・・いい、じゃねーか・・・ぐぅ」
そして彼はそのまま夢に国に旅立った。
「なんだコレは!」
一連の流れを唖然と眺めていたボドウィンは、ほんとに何だとコレと言う気持ちを込め、問い詰める様に山田へ怒鳴る。
「いや何って、酔ってウチで騒いでた酔っ払いです。ここで引き取って貰おうか思いまして」
「ギルドはコイツ等の保護者じゃないんだぞ」
「あぁそうですよね。じゃこっちで対処しますので」
アッサリ引き下がり、ヒューバットへ手を伸ばした山田に、ボドウィンは一抹の不安を感じた。
「待て、どうする積りだ」
「取り合えず邪魔にならない場所に置いてこようかと」
山田のその言葉で、スラムに捨てられた大量の死体が頭をよぎる。
「・・・ここに置いていけ、空き部屋にでも転がして置く」
このまま山田に任せると、本当に三組目のCランク傭兵損失事件が起きそうな気がして、ボドウィンは傭兵を引き取る事にする。
直ぐに床に膝を突きしゃがみ込んでは、気持ち悪い気持ち悪いと繰り返す酔っ払いや、死体の様に引きずられても目覚めない熟睡者。
泣きながら眠るヒューバット等は、職員の手で空き部屋へと運ばれて行く。
思いがけず暢気な展開になったが、ボドウィンの中に有る山田への不信が消えた訳ではない。
「ヤマダ、お前の狙いはなんだ」
「・・・どうしたんです行き成り」
少々後ろ暗い気持が有るだけに、山田の返事に固い響きが混ざる。それに目敏く気付いたボドウィンの声も、相応に低く重さを増していく。
「お前に関わり被害を被ったCランク傭兵は、これで三組目だ。なにか目的があるとしか思えない」
三組目と言うギルド長の言葉で、シャジィルから聞いた最近起こったCランク傭兵の事件に、山田が係わっているという誤解が思い出された。
「言いがかりは止めて下さいよ。リーダムの件はこっちが被害者だし、犯人はスラムの連中だ。二組目は完全に無関係で、今回にしても酔っ払い達は自己責任ですよ」
「それは結果論で、一つ違えばこいつ等もスラムで冷たくなってたんじゃ無いのか」
「・・・なんの事だか」
山田は一瞬言葉に詰まる。一度はその一歩手前まで行った経緯があるのだ、思わず視線も泳ぐ。
「やはりな。お前がどんな無法地帯から来たかは知らんが、ここにはれっきとした法が存在する。暴れ過ぎれば、いずれ首を絞める事になるぞ」
「いや、こっちは基本被害者なんですけどね」
「その言い訳が通る間は見逃してやる、だが火遊びも過ぎると火傷じゃ済まなくなる事を忘れるな」
そう言い残し踵を返すと、ボドウィンは酔っ払いを運ぶ職員の後を追った。
その肩を怒らせて歩く背中を見送りながら、山田は思った。
ガチおこだと。
日本では酒は提供する側にも大きな責任があった。きっとこの異世界でも、そうなのだろうと思い至り、自らの行いを深く反省をする。
(次からは・・・バレない様に門前に放置して逃げよう)
そう戒めを心に残し次回への改善を誓うと、お手伝いに従事した雑種達を伴い、朝の通りを歩き家路へと付く。
これにて、ボドウィンからの疑念を代償に、山田のお酒で傭兵ポンコツ化計画は一応の成功を納めたのだった。
取り急ぎ出来た分だけ。




